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自己紹介 (日記の抜粋)

2001/11/28 上梓
2011/11/19 フッタ修正

98/7/6
MON

今日気付いたこと。
 今日新聞を読んだら、「日本で「クローン牛」が生まれた」とのニュースが載っていた。
 最近、出生前(受精卵)診断の是非(?)についての記事が多い。
 私は軽度なのだが、「緑色弱」なのである。
 私の母親は終戦直後の生まれである。(父もそうだけど)
 ネットサーフィン(死語)をしていたら、日本軍において、「色覚異常者」は徴兵の対象外だった(らしい)ことを知る。
 私の色弱は(母方の)爺さん譲りであるらしい。早死にした爺さんからもらった「酒に強い」「色弱」は私のアイデンティティーでもあるのだ。(思いこみも多々あるけど)
 以下続くかもしれない。(そればっか)

99/7/1
 「恐怖の大王」とは何か、地域振興券・盗聴法案・国旗国歌法案など、絞りかねている今日この頃です。
 そこで一首。    試験前 教科書持って 帰宅する ビール飲みだし 問題できず
99/9/24
 まだ、尿酸値の結果を書いていなかった。「9.7」だった。検査前日の1.9リットルが効いたらしいことを、後になって知る。ビールは尿酸の素(プリン体というらしい)を多く含んでいるそうな。来年の定期検診の前日に飲むのは焼酎にしておくことを心に誓った私だった。
 明日から、学校の学園祭である。ここ4年ほど、学園祭の担当教員に名を連ねている。が、飽きることはない気がする。お祭りはよい。
00/3/9
 無事卒業式も終わり、私の身体の細胞の2割方が「真っ白な灰」となっているような気がしますが、日記を書けるくらいに恢復しました。
 「男は人前では泣いてはいけない」と何となく思っているので、人前でモロに泣いた記憶があるのは数回です。
 その1:小6のときの爺さんの葬儀(このときになんだか「泣くこと」の恥ずかしさを感じた気がする) その2:1992年大学3年春休みの「伸歩会(歩いて旅するサークル)」の合宿最終日前日(その前数ヶ月壊れかけていて、そのとき何故か「真っ白な灰」となってしまい、その後数ヶ月壊れていた。恢復中に錯乱気味で迎えた中学校教育実習では評価「C」を頂いた。) その3:昨年の夏、ソフトボール部の3年生の引退時(不覚にも久々に泣いてしまった)
 そして今回の卒業式なのです。
 素晴らしい「送辞」「答辞」を聞くうちにこの3年間の様々なことが思い出され泣けてきたのですが、涙も収まりかけ「蛍の光」を歌っている途中に、昨年の春死んでしまった高校の同級生を不意に思いだし、「(自分たちが高校を卒業した)11年前にいた、あいつはもう居ないのだ。」と再確認し、ついでに泣いてしまったのであります。私の涙自体は外から見れば、どの滴も変わらなく見えるでありましょうが、卒業生のみなさんや保護者の方々や、死んだセリザワにも悪い気がしたので告白しておきます、なんとなく。
00/9/20

 「教育改革国民会議(誰それ?)」言うところの「奉仕活動」が強制されたら、その活動は「奉仕」とは言えないだろう。

 と、ここまで書いたものの『岩波国語辞典』で調べたら、「奉仕:国家・社会や目上の者などのために、私心を捨てて力を尽くすこと。「勤労―」」ということらしい。今までは「奉仕=ボランティア」と漠然と思っていたが、辞書が正し(?)ければ、「奉仕」は「volunteer」ではなく、「走狗」となることであるらしい。
 てなことで、「なんとか会議」の言いたいことはさらにハッキリした。
 私に言わせれば、単なる戦中世代のノスタルジアに過ぎない。
 チナミに、私は10年近く前に教員免許を取得したが、「ボランティア活動」が必須となる前で良かったと心底思っている。今思えば、教育実習の担当教諭にも存分に迷惑をかけたし。

01/1/28
 ということで、共通一次ならぬセンター試験から一週間。生物と化学(ともにIB)を解いてみた。生物はケアレスミスで1つ間違ったが、気持ち的?には満点であった。
 化学はケアレスミスを1つし、1つを完璧に間違ったのは自分でも分かるのである。
センター試験をキャプチャーしたものby代ゼミ
 が、この問題に引っかかった。最初は「記述c」は「正」だと思った。が、「分子」というのは「眼に見えないもの」であり、「薄片」ってのは雲母のように「眼に見えるもの」を指しているような気がしはじめ、これは「よくある『ヒッカケ』か?」と思ったりしたのである。
 実際のところ、私自身は純物質の黒鉛てのに触れたことはないので、本当に軟らかいのかどうかは知らないし、前に見たことがあるダイアモンドはガラス玉だったのかもしれない。ましてや、ダイアモンドが共有結合から成っているという、私の中の常識は教科書から得たものであることを承知でいうのだが、鉛筆に含まれている(らしい)黒鉛が「薄片」であるなんて、とうてい認識できない、日本語として。
 ミルフィーユやパイが「薄片」から成っているというなら異を唱えることは無いのだが。
 まあ、以前国語のセンセイに「『・・・・は(化学的に)安定である。』という表現は正しいのか?『・・・・は安定している。』が(日本語としては)正しいと思うのだが?」と訊かれたとき、「理科の世界では『・・・・は安定である。』という言い方はふつうの表現ですね。」と答えた。
 だから、眼に見えなくても、「(理科の世界では)黒鉛は薄片にはがれるものだ!(ましてや構造式が教科書に載っていれば!!)」と言われればそれまでだ。
 こんな感覚を大事にしていきたいと思う今日この頃なのであった。
01/6/5

 「プロジェクトX」ってNHKの番組のなかでは質(たち)が悪い番組であると思う。お涙頂戴的なところがまずいやだし、時には取り上げられている企業がバレバレのコトもあるし。
 黒部ダム建設を扱ったハナシあたりから、「それは違うんじゃないの?」と、私は思い始めた。
 一種の歴史の美化であろう。なんで、お上から命ぜられたシゴトでヒトが死ななきゃならないのだ?電力会社なんて、限りなく「クニ」に近いカイシャであろうて。
 今日放映された「ロケット開発」や「黒部ダム」と、イニシヘの「神風特攻隊(など)」には共通点が多い気がした。
 1:税金を使っている 2:ヒトが死んでいる 3:その死が美化されている?
 NHKを放っておいたら、かのJCOで死んだオオウチさんすら美化されかねない、上司やクニの責任はさておき。

 なんて思った。


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