寿司屋は寿司を握り、教師は嘆き明日を信じる。なにごとのふしぎなけれど。
それはそうと、昨日はマイクロソフトの腹黒さにあてられ、日記を書けなかった。ジャストシステムは非道いと思ったが、やはりビルゲイツのほうが上手だ。
お仕事 の日記群
いやな雨だ。私自身はわりと雨は好きなのだが、明日は久々の練習試合が予定されているのだ。朝の7時前には家を出なければならない。さっさとあがって頂きたいものである。
未だ、カウンタが稼働しない。
夏休みも折り返し地点を迎え、「夏も終わりか・・・」と思う今日、1週間前に縫った右眉内の傷の抜糸も終え、布団も干し、ワイシャツのアイロンがけも終わり、「ホームページの更新でもするか」という具合であります。結局サードマシンを買わずに、GAとCPUを交換し、ウィンドウズ98に乗り換えただけで満足している状態です。
ちなみに、右眉内の傷は以下のような状況で作成しました。(以下、どこかから引用)
風邪を引いた生徒に代わり、サードを守っていました。相手はランナー3塁、サードランナーとバッターが目配せしたのを見て、「何かする気だな」と思いました。「たぶん、バント&ラン(スクイズ)だろう」と思い、味方の投球と共に、前へダッシュしたところ、目の前にボールが飛んできました。(その距離、約10m。ソフトボールの塁間は18.29m(野球のバッテリー間と同じ)で、通常ソフトボールのサードとファーストは、1,3塁ベースよりもホームベース寄りで守備をする。塁間が近いため、素早くバント処理をするため、やむを得ないのである。)
メガネがはじけ飛び、「いってー」と思っていると、ショートにいた生徒が「血が出てますよ」と。ボールが当たった右目の上に手を当てると、確かに血が付いてきます。結局のところ、2cmほど、眉毛の中が切れてました。外れたレンズがぶち当たり、皮膚が裂けたのです。6針ほど縫いました。骨折は体験済みですし、後は、救急車に乗るくらいでしょう。
明日から、修学旅行の引率である。私は「晴れ男」であると自分で思っている。高校時代合唱部の部長に君臨(?)して以来、企画するイベントは天気予報の網をすり抜け、何とか天気を保っていたように記憶している。
「晴れ男・晴れ女」というものが本当に存在するならば、現在の科学で解釈すると「やたら下降気流を生じさせるヒト」ということになろうか?体温が限りなく低く、周囲の大気から熱を奪い、決して上昇気流などを起こさせない。あるいは「やたら周囲の大気から粉塵を除去するヒト」とも考えられる。恐ろしいまでの静電気か何かで、周囲十数kmの微粒子をことごとく吸着もしくは排斥し、決して雨滴・氷晶をつくらせない。
まあ、「晴れ男・晴れ女」の存在する理由として、最も考えられるのは「単なる思いこみ」でしょうけど。
今日は始業式だった。担任を持つようになって3年目。やはり緊張した。明日は入学式。前方よーし。
日本酒の一部を冷蔵庫に入れて売っている(ただし、仕入れ直後から冷蔵しているのかどうかは分からぬ)割とよく行く酒屋に行った。レジの横に二毛猫(白黒)が載っていた、置物のように。この猫が床を徘徊しているところは今までも目撃していた。
今、この日記を書きながら、無駄な(あたかも注意されたがっているかのような)自己主張をする生徒をふと思い出した。
しかし、結局5mmほど窓を開け、右腕1カ所を蚊に刺されたのでした。
明日も保護者会なのでした。
「水酸化ナトリウム12g」は「かなりまずい」と思われる(かなりの量でしょう、NaOH12gは。多少化学を勉強した、というかあの水溶液に触れたことのあるヒトならば、そんな危険なことはするまい。)今日は、1つめの試験の採点も終わったし、2つめの試験はまだだし、喪中の通知も出したし、明日着ていくワイシャツもあるし、日記の更新でもするかという気分なのだ。
水酸化ナトリウムをもらった児童の気持ちになれば、「余ったから混ぜちゃえ。(どうなるだろう?)」というのも分からないでもない。ましてや「カレー」というメニューは「おあつらえ向き」と言えるだろう。「素うどん」のつゆにあの「半透明の粒」を混ぜても面白く無さそうだものねぇ。
そして気になるのは、その4名がどのように選抜されたのかということだ。いじめなのか、その逆襲なのか?
ところで、私が今日知ったことの一つは、「劇物は14歳以下には交付(?)してはいけない」という決まりがあるらしいことだ。
この日記は学校で書いている。
今日は祝日で休業日なのだが、コンピューターの置かれた部屋の中で、高校1年の指導要録の印刷(パソコンによる打ち出し)の監視をしつつ、化学実験のレポートを添削していたのだった。かなり部屋の中はオゾン臭いはずなのだが、分からなくなっている。
とりあえず、調査書の原稿書きも終わったし、レポートの添削も終わったし、婆さんの喪中のハガキも出してあるし、年を越せそうな気がしてきた。
現在、打ち出しは1年8組の途中である。
こういった書類の作成は、異様にプリンタを占拠してしまうし、人がいない時間に行うことが多い、今日みたいな。かれこれ5時間弱印刷機が動いている。かなり電力を消費しているのであろう。新しい校舎になり、生徒用のパソコン40台と、最新型のレーザープリンタ(4台:ゲロッ速)があるので、そちらの部屋で指導要録を印刷するという手もあったのだが、プリンタが変わると、Accessの設定を微妙に変える必要があるかも知れず、込んでいるこの部屋(現在プリンタは1つだけ)を見た昨日、「明日(つまりは今日)、印刷しよー」となったのだ。
あと、2人くらいで8組の分も終了しそうである。9組の分は印刷の司令だけ出して、帰宅してしまおうかとも思ったが、とりあえず、クリーニングに出しっぱなしのスーツを取ってくることにしよう。
そして印刷は終わり、涼しい?アパートへ執筆場所は移動した。
先ほど、久々に風呂に入った。さすがに体が普段よりポカポカする。学年の忘年クリスマス会のプレゼント交換でゲットした入浴剤を使ったのだ。普段はシャワーしか使わないのだが、せっかく頂いた入浴剤なので使用してみた。
湯に入ってしばらくすると、浮遊物が現れはじめた。「さすが外国製の入浴剤だ」と思った。が、よく考えるとそれは風呂にこびりついた水垢がはがれて浮いてきただけなのだった。
約2週間後に卒業する(予定の)ヒトビトの卒業文集が出来上がり(といっても勝手に出来上がったわけで無い、もちろん)、半分ほど読破した。友達礼賛の文章が多い。チナミに、「礼賛」は「れいさん」だと思っていた、さっきまで。「らいさん」だと生まれて初めて知った、「ATOK」と「ドクターマウス」のおかげで。
高校3年間てのは、私にとってはかなり重要な友人達を得られた時期であると思う。まあ、誰でもそうなのでありましょうが。
多分、卒業文集ができて一番真面目に読んでいるのは、書いた本人ではなくそのヒトビトに関わった教員達なのであろうと、センセエになり初めて卒業生を送り出す立場になって思った(気づいた?)。
自分が小・中学生のときは卒業文集の原稿を書いたような気もするが、しばらく読んでいない。
無事卒業式も終わり、私の身体の細胞の2割方が「真っ白な灰」となっているような気がしますが、日記を書けるくらいに恢復しました。
「男は人前では泣いてはいけない」と何となく思っているので、人前でモロに泣いた記憶があるのは数回です。
その1:小6のときの爺さんの葬儀(このときになんだか「泣くこと」の恥ずかしさを感じた気がする)
その2:1992年大学3年春休みの「伸歩会(歩いて旅するサークル)」の合宿最終日前日(その前数ヶ月壊れかけていて、そのとき何故か「真っ白な灰」となってしまい、その後数ヶ月壊れていた。恢復中に錯乱気味で迎えた中学校教育実習では評価「C」を頂いた。)
その3:昨年の夏、ソフトボール部の3年生の引退時(不覚にも久々に泣いてしまった)
そして今回の卒業式なのです。
素晴らしい「送辞」「答辞」を聞くうちにこの3年間の様々なことが思い出され泣けてきたのですが、涙も収まりかけ「蛍の光」を歌っている途中に、昨年の春死んでしまった高校の同級生を不意に思いだし、「(自分たちが高校を卒業した)11年前にいた、あいつはもう居ないのだ。」と再確認し、ついでに泣いてしまったのであります。私の涙自体は外から見れば、どの滴も変わらなく見えるでありましょうが、卒業生のみなさんや保護者の方々や、死んだセリザワにも悪い気がしたので告白しておきます、なんとなく。
私のお勤め先は私学なので、そして私が知る限りは「入学式」「卒業式」で「君が代」が「式次第」に入っていたので、特に今年も変わり無く、卒業式でも君が代を歌った私なのであります。
一応、私は「君」は「卒業生タチ」のつもりで歌った。特に「アキヒトの世がいつまでも」なんて思わない。
公立学校の教員が「法律になったって、「君が代」なんか、歌いたくない。起立はするけど。」(意訳)なんて投書が新聞にあったりします、というか、私はどうしても目に留まってしまうのです。
教員をやっていく上での一番ムズカシイ点は、「ヒトの価値は試験の成績で決まるものではない。」「自分の考えを持ちなさい。」とか言うコトもありながら、自分自身が大学入試・教員採用試験を通り抜け、日本国憲法・教育基本法・学校教育法達に守られた存在であるということでしょう。
そこへ来て、「君が代だけは・・・」と言っても、説得力はないような気がする、ましてや公務員でない人から見れば。だから、そこそこ常識派の教員は諦めてしまうのでしょう。別に投書もしない。
無理に波風を立てるよりは、生徒のためになる(であろう)ことを、自分自身が納得できることをすればよいでしょうし。
「君が代なんか歌うか!」と言っているセンセイが居るというのが、不思議というか、面白いというか、尊敬するというか、無邪気というか、複雑な問題だなあと。
そして私は卑怯なことに、「私学で良かった」なんて、思ってしまうのです。
疲れた。
そして、40倍速のCD-ROMドライブを買ってきた、pioneer製のやつ。フロッピーやカセットテープはTDKのやつを買っている。クスリはあまり買わないが、買うなら中外製薬だろうか?
色々な製品が並んでいると、何となく、友人のお勤め先の製品を買ってしまうのだった。
本年度、初めて「地学」を教えているのですが、先日読みそこなったCDはその地学のCDだったのです。教科書の本文と図が入っているのですが、図の方が「GIF」と「花子(!)」形式で納められているのです。チナミに本文は「Word」形式。謎に思うのは、教科書の図は何で作っているのだろうか?ということです。もしかすると、「花子」で作っているのでしょうか?そうしたらスゲーなーと思うのでした。私は都合が良いけど。逆に、元の「ラスタグラフィックス(最近聞かない表現?)」を「花子」に移植したのだとしたら、凄まじい気合いだと言えましょう。まあ、おそらくは「一太郎(日本の「デファクトスタンダード」?)」に貼り付けやすいということで、昔からコツコツ移植してきたのであろうとは思いますが。
以上、本年度、初めて地学界?に入ってビックリしたことでした。
ソフトボール部の試合も雨天順延となり、昨日までの高1移動教室の疲れを癒せた日曜日でした。
移動教室最終日である昨日から、肩の筋肉痛を覚えていたのです。「何故かなー、運動といえばチャリンコに乗っただけだし・・・。」と考えていたのですが、思い出しました。大縄跳びをしたのです。
考えれば、「一昨日、縄跳びの縄を回して筋肉痛になった」なんてヒトは、世の中に数人いれば多い方でしょう。もしかすると、私だけかも知れない。
大縄跳びは楽しい。それほど難しくなく、何となく連帯感が生じるし。
今年も硫酸バリウム入りうんこが流れない。あんなに金属を飲んで良いのだろうか?と思う。明日は終業式らしい。
学校で「地学」を教えており、天体望遠鏡を是非ともゲットしなければッ、何故なら現有の望遠鏡は「チョー古い」且つ「昨年の引っ越しに伴って、架台行方不明(というか、捨ててしまった気が・・・)」だからだ!
拙者は「アキバ」の「望遠鏡ショップ」で参考書籍を購入後、いつの間にやら出現した万世橋横の「Laox」に侵入!。そこで見たのが「ネットワークウォークマンNW-E3」!!!。疲れたので、文体を元に戻す。
メディア(フラッシュメモリー)内蔵型の「MP3」ではなく、「ATRAC3」プレーヤーを見たのだった。ちょうど、MDも持ってないし「買うならコレかな」と。ただ問題なのは、私が普段から音楽漬けでなくても構わないヒトであることなのですな。酒浸りだけど。
「教育改革国民会議(誰それ?)」言うところの「奉仕活動」が強制されたら、その活動は「奉仕」とは言えないだろう。
と、ここまで書いたものの『岩波国語辞典』で調べたら、「奉仕:(1) 国家・社会や目上の者などのために、私心を捨てて力を尽くすこと。「勤労―」」ということらしい。今までは「奉仕=ボランティア」と漠然と思っていたが、辞書が正し(?)ければ、「奉仕」は「volunteer」ではなく、「走狗」となることであるらしい。
てなことで、「なんとか会議」の言いたいことはさらにハッキリした。
私に言わせれば、単なる戦中世代のノスタルジアに過ぎない。
チナミに、私は10年近く前に教員免許を取得したが、「ボランティア活動」が必須となる前で良かったと心底思っている。今思えば、教育実習の担当教諭にも存分に迷惑をかけたし。
祭りが終わり、寂しい感じがするので、このページは「虚脱編」と名付けてみました。
特に意味があるかどうかは分からないのですが、32KBを目安に本文を作成しているのであります。あなたのパソコンにクラスタギャップを作らないように。ホントかいな?
と、ここまで書いて前回の「混沌編」を見てみれば32KBを越えていることに気づきました。まあ、いいか。
ソフトボール日本チーム、すごいですなぁ。来年、たくさん部員が入ったらいいなぁと思うのでした。
(「虚脱」とか「混沌」とかは、旧サイト時のページ名です:2006年4月記す)
大学の卒業論文を「ハイパーテキスト」にする作業が先日終わった。改めて文章やグラフを作っていると、色々なコトを思いだしてきた。結構おかしな出来事(塩化水素吸引・皮膚癌発病疑惑・パソコン破壊未遂など)を思いだした。
今日はのんびりと学校へ行き、最近教材として購入した天体望遠鏡の包みを開いてみた。太陽をじかに観察するには、フィルター等を買う必要があるようだった。
フィルター買ってきた。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」についての映像が、ニュースステーションで流されていた。あの番組を作っているヒトの誰かは今日改正される「少年法」にぶつけたつもりなのだろうが、映像が作られすぎている。まあ、「やらせ」とマスコミ、特にテレビ業界は切っても切れない縁なのであろう。ニュースステーションも大人数で作っているだろうから、切れ味鋭い番組にすることは、これから先さらに難しくなるだろう。
最近気になっているのは、曾野綾子というヒトです。マイブーム(死語?)です。「教育改革国民会議第一分科会への提議」(誰が誰へ提議しているのかよく分からん)ってPDFファイルを首相官邸付近からゲットしたのだが、それを眼にする前は「奉仕活動」=『第一分科会』の意見という認識があった。取りあえず、複数存在するはずの「分科会」(何それ?)それぞれの『提議』は存在しておらず、その謎の御意見帳にその謎のPDFのみ放置されていたのだ。
で、結局それを見る限りは、「奉仕活動」=「曾野綾子の私見」である気がするのである。曾野綾子ってヒトは日本財団(私の認識では、限りなく戦犯に近いヒトが作った、「日本船舶振興会」の名前が変わっただけ)のトップに祭り上げられてしまったらしいし、よほどスケープゴートに使われやすい、馬鹿なヒトなのだろうなと。フジモリ大統領の件で更に感じたッス。どんな本書いているのか、買ってまで読みたいとは思わないので、図書館で借りてみようかと思うが、それも時間の無駄になりそうな気もしてまだだったりする。て、そんな感じで非常に気になるヒトなのです。ソノアヤコ。
今日は妙にいろいろあったッスよ。
- 今日の午前中、フトこのページを見てみれば、カウンタは「1001」を示していた。祝1000カウント。と、言ってもその種は自分が蒔いていたとも言えるのですけどもね。学校で教えている「情報」の一部で「ほめぱげ」づくりをしているので、その「見本」の一部にこのページへのリンクがひっそりと佇んでいるのも一因でしょう。
- 昨年卒業したオシエゴ(浪人生)がやってきた。まぁ、頑張ってくれ。
- 車に轢かれかけた。チャリンコに乗っていたこっちは、信号を守っていたし、ライトもつけていたのであるが、丁字路(南阿佐ヶ谷駅前)で車にはねられそうになった。その一瞬のうちに「怪我して学校休む自分」が思い浮かんだ。幸い、自分も向こうもブレーキを踏み、轢かれ損なった。「事故り」懐かしいねぇ。
- 昨年卒業したオシエゴ(この氷河期に就職できたヒト)とすれ違った。向こうは歩き、こっちはチャリンコ。私も向こうもすれ違った後に気づき、それぞれ振り向きざまに10m以上離れて「ちわっ」と挨拶、夜だってのに。付近にいたヒトは何事かと思ったことだろう。
これらのデキゴトの途中にもう一つ何かあった気がしたが、忘れた。
DSL、その存在は2年くらい前から知っていたので、ISDNに入ろうかというヒト、主に職場の同僚のセンセイ達には「やめといた方がいいですよ。今は安売りしてるけど、それはじきにISDNが使いものにならなくなるからなのです。内蔵の56kモデムを使った方が結果的に良いですよ。」と言っておいたハズなのだが、何人かはNTTの術中にはまってしまったようだ。
ISDNからDSLにする(戻す?)際に、手数料を再徴収するってのが更にいやらしい。
私は通信世界に入ったときから、バリバリの「銅線ユーザー」であり、ケーブルTV会社のケーブルモデム導入の勧誘もバッチリ断ってきた。大体、NTTってのは税金でできた会社なのに、いつの間にか民営化?され、えばっているのが許せん。私は断固戦う、ただし消極的に。
NHKも嫌いだ、消極的に。まあ、他のテレビ局よりはましかも知れないが、TV局として「ベター」であっても「ベスト」ではない。もちろん私も「ベスト」な人間であるなどとは思っていない。ただ、言いたいことは言う人間でありたいと思っている。
ということで本題なのですが、何故に本気でNTTその他に怒れないかというと、私も税金の一部を頂いている人間なのですよね。
まあ、広い意味で言えば税金のお世話にならないヒトはいないと言えます。また、私立学校の教員は公立校の教員(公務員)とは違うので、生徒(の親)からのお金も貰っているはずではありますので、公立校の教員よりは心意気を持っているつもりであります。
が、「私学助成金」という名目の「税金のなれの果て」を貰っているのは確かなのであります。知らなかったらゴメンナサイ(?)。石原都知事あたりが言っている、「(税金の徴収には)聖域を設けない」ってのも、ある意味正しいと思っています。
それを知っているから、私はゼネコンや電力会社などの「私企業」に勤めるヒトなどよりは、真面目に働かなければいけないと思っています(反語的な隠喩であるツモリ)。まあ、どこの世界にも一生懸命シゴトしているヒトもいるだろうし、いい加減なヒトもいるでしょうから、そういった意味でジョンレノンの言う「世界は1つ」は真理なのかも知れない。意味不明。
繰り返しますが、NTTとかNHKの営業方法は嫌いですね。
チナミに私のお世話になっている「リムネット」は好きだよ、割と。
買って来ちゃいました、まずはケース・マザーボード・CPU・OS(windows2000)を。
どうも私の場合、この時期(年末)はシゴトが無くなり、ヒマになってきて散財する傾向があるようであります。一昨年はオーディオシステム・昨年はテレビを購入しましたし。チナミに「シゴトが無い」ってのは「部活動(私の場合はソフトボール部)の指導すら無い」という意味であります。さらにチナミに私のお勤め先のセンセイと生徒達は、その所属している部活動によっては年中無休であることもあるようです。凄い。
ソフトボールは野球から派生したスポーツであり、野球はシーズンオフだから、ソフトボールも完全に休むのです。・・・・・・と、私は解釈している。寒いとボールが硬くて痛いんですよね。硬式のソフトボールならそれほど変わらないのかも知れませんが、ゴムボールは捕球感が違います。硬式のソフトボールってのは、大学や実業団やオリンピックとかで使う革張りの硬い球であり、高校以下や「草ソフト」はゴム製の(軟式?)ソフトボールを使うのですね。ソフトボールは複雑な生い立ちを持っているスポーツでありますが、やってみると結構面白いスポーツだと思います。少なくとも、軟式野球よりはボールの動きからキビキビしていて面白いでしょう。
ということで、共通一次ならぬセンター試験から一週間。生物と化学(ともにIB)を解いてみた。生物はケアレスミスで1つ間違ったが、気持ち的?には満点であった。
化学はケアレスミスを1つし、1つを完璧に間違ったのは自分でも分かるのである。

が、この問題に引っかかった。最初は「記述c」は「正」だと思った。が、「分子」というのは「眼に見えないもの」であり、「薄片」ってのは雲母のように「眼に見えるもの」を指しているような気がしはじめ、これは「よくある『ヒッカケ』か?」と思ったりしたのである。
実際のところ、私自身は純物質の黒鉛てのに触れたことはないので、本当に軟らかいのかどうかは知らないし、前に見たことがあるダイアモンドはガラス玉だったのかもしれない。ましてや、ダイアモンドが共有結合から成っているという、私の中の常識は教科書から得たものであることを承知でいうのだが、鉛筆に含まれている(らしい)黒鉛が「薄片」であるなんて、とうてい認識できない、日本語として。
ミルフィーユやパイが「薄片」から成っているというなら異を唱えることは無いのだが。
まあ、以前国語のセンセイに「『・・・・は(化学的に)安定である。』という表現は正しいのか?『・・・・は安定している。』が(日本語としては)正しいと思うのだが?」と訊かれたとき、「理科の世界では『・・・・は安定である。』という言い方はふつうの表現ですね。」と答えた。
だから、眼に見えなくても、「(理科の世界では)黒鉛は薄片にはがれるものだ!(ましてや構造式が教科書に載っていれば!!)」と言われればそれまでだ。
こんな感覚を大事にしていきたいと思う今日この頃なのであった。
一昨日のハナシなのだが、思い出したので記す。
私は普段(日本語を用いて)ヒトと会話するときは、言葉を聞きながらも、相手の仕草や表情も見ている気がする。まあそれは心理学者なら「あったりまえ」のことなのであろう。
視線を向けずに話を聞くってのは真面目に聞いていないことを表しているのだろう、意識的あるいは無意識的に。また、時には自分や相手がそうしていることに気づくこともあるでしょう。
で、本題である。勤務先で行われた「(英語による)スピーチ・レシテーションコンテスト」の入賞者のお披露目会@全校集会では、生徒の発表(暗記した文の暗唱)を真面目に聞こうとする私がいた。が、その際、何とかその発表を理解しようとした私は、喋っている壇上の生徒から視線を外し、脳の何らかの部分にアクセスしようとしていたのである。
これは本来のコミュニケーションではないのであろう。生徒の英語がスラッと頭に入ってくる生徒や先生もいることであろうが、私の頭には入ってこなかった。メッセージを認識しようとすると、頭のある場所を使おうとしてしまうようだ。「三つ子の魂百まで」って感じ。
ってことで、私は小学校での英語教育に賛成するかと言えば、そんなことはない。まずは母国語の習得であろう。
最近はだいぶ下火になったが、「抗菌グッズ」ってのがありますなぁ。しかし、「細菌」ってのはひたすらに居なきゃいい、ってものではないってことを、大抵のヒトが知らないってわけでもないような気もしないでもない。
くどいので改めて書くと「"細菌はある程度必要な存在だ"というコトは常識となりつつある」ってこった。例えばそれは「MRSA」などという存在からも推測できよう。
例えば、歯周病というのはある種の細菌の存在が関与しているのかもしれない。しかし、その原因となる口の中に存在する菌を抹殺すればいいと考えるのはいかにも短絡的にすぎる。「腹が減るのがイヤだったら死んでしまえ」あるいは「そんなに太りたくないのなら、この世から消えたまへ」というようなハナシに近い気がする。
歯周病菌がはびこるのは結果であって、その原因を究明しない限り(例えば免疫系に何らかの異常を抱えているのかもしれないし、もっと単純な理由かも知れない)、根本的には解決しないはずなのである。大体、歯磨きが必要な生物ってのは人間以外にはいないような気がするので、食べ物に気をつけれ(究極的には食品の調理に火を用いない)ば、歯磨きなんて作業は必要ないのかも知れない。
こんなコトを考えるのは私くらいかも知れない。もしかすると、歯磨き粉メーカーは「さふいったおもひ(無常感)」にとらわれているのかも知れませんが。
それはさておき、製品を一人でも喜んで買ってくれるヒトがいれば、喜ばしいことなのかも知れない。そして、企業としてはかなり大勢の人に喜んでもらえる製品を作らないと、生きてはいけないのであろう。だから、本当に必要かどうか分からない品物にも「抗菌作用」を謳ったりする。自然科学を教える身である自分は、そんなCMに踊らされる人がいるってコトは悲しいことだと思う。
で、「アニメ」と「広告」のハナシは別の機会に。
勤務先(高校)の修学旅行が行われている。「花の巴里」でございまする。私は九州の修学旅行がいいと思ったし、学校の会議でも主張し続けたつもりだったが、決まったものはしょうがない。「アタックチャンス」「その狙い目は?」「パリ挑戦権獲得!」「その人物の名は!?」で私の頭の中では「エールフランスで行くパリの旅」ってことで、パリといえば「アタック25」だったのだが、アタック25の商品はいつの間にかパリからアメリカになったのね。
ヒトゲノムの解読に関わっているセンセイのハナシ@私学教育研究所主催を聞いてきた。
世の中ってのはどんどん細分化されているけれども、そのセンセイの話を聞いているうちに、「病気(疾病)」と「健康」の境目や体質ってのも「相対的」なモノであるのだと改めて知った。そして、究極的には2ビットの情報(DNA)に行き着いてしまうというのが面白い。神経における情報の伝達は1ビットだし、この文章も1ビットの変形であるし。結構世の中は単純だ。
なんて思ってはいけない。
私は日頃から「見たモノしか信じない(噂は無視する)」ようにしようと思っている。昔から信じられない(実感できない)のは、「世の中のすべてのモノは原子からなっている」ということだ。まあ、私が本気で感じているのは「フキはゆがいてからのほうが爪が染まらない」ってことくらいしかないけどね。
高校の卒業式。とりあえず涙をこらえた。泣き癖がついてもまずいし。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うが、何となく春ってのは良いですね。中学卒業式代休の春風の中、運動(部活の指導)をし、帰宅後にビールを飲んでも寒さを感じないこともあるし。
今年になって、やっとソフトボールの下投げ(ウインドミル投法)のコントロールがついてきた気がします。苦節6年(長げー)。
結局のところ、投げる先を見続けるということが重要であるようです。まあ、このことはごく初歩の入門書にも書いてあるんですけどね。ただ、体が「ド真っ正面」を向きっぱなしではあんまりいいタマは投げられないことも確かなような気がします。結局、ソフトボールのピッチングも、他のスポーツや勉強や教員業務と同様、「気合いと訓練」なのでしょう。
憲法記念日ということだが、ソフト部の練習試合も雨で流れてしまい、学校のなかで細々と練習した。その後、お勤め先の図書室に忍び込んでみた。チョット昔にかなり売れたらしい、しかし私は読んだこと無かった「葉っぱのフレディ」ってのを発見したので眺めてみた。内容はともかくも、1500円はボリすぎの気がするが、どうなんだろう。どこかで読んだ感覚(既読感?)を伴う「ありきたり」の内容である気がしたし。
昨晩、据わりの悪いいすに座りながら飲酒していたら、うたた寝すると共に転倒し、右手中指の爪が微妙に剥がれて流血すると共に、肘の下を擦りむいてしまった。また現在、首の後ろ側にもすこし違和感があったりする。まあ、キーボードを打つ分にはそれほど支障はないので、ダラダラと試験問題を作っている。
J-PHONEの無料メールは面白い。自分宛のメールをJ-PHONEに転送すれば、メールチェックするためにパソコンの前に座る必要が無くなるのである。それはそれで良いような気もするが、なんつーかメールに追われて生きているような感じになってしまう気もする。ま、家でダイアルアップを無駄に繰り返すよりは良いのだろう。
私の持っているプリンタはPICTY180というhp(ヒューレットパッカード)が作ってNECに卸しているものなのだが、今日までWindows2000には対応していないのだと何となく思っていた。が、ドライバがあることを今日知った。Windows2000は安定していて良い。一太郎・エクセルを使用しながらメディアプレーヤー7.0でCDを流している状態でこの文章を書いているのだが、固まる素振りすら見せない。安定しているというのは良いことだ。
ってコトで、試験問題の作成も終わった。まあ5時間も(酒を飲まずに)パソコンの前に座ってれば、それくらいはできるのでありましょう。SETI@Homeの36ユニットめの作業が終了したようでもあり、リムネットに繋ぎますかね。
最近思ったコトがある。世の中で一番虚しい職業は「佐渡トキ保護センター職員」かも知れない、と。
本日は高校2年の校外学習の引率で上野動物園などの上野公園周辺を散策してきた。上野動物園には様々な籠があったが、大型の鳥類の籠ではしみじみとした悲しさを感じた。特に雨に打たれる「モモイロペリカン」なんかは。
そんな籠・壁、幼かりし頃は気づきもしなかった。ランラン・カンカンを見るために並んだ記憶くらいしかない。コドモには子供の、オトナには大人の動物園鑑賞法(動物園の存在意義)があると思った。少なくとも私自身については。
「超伝導」の最も胡散臭いトコロは、「(超)低温」を生成するコストが無視されている点だ。だから科学は生きていけるのかも知れない。
「教師」という職業も胡散臭いッスね。社会科学(政治学・経済学・社会学その他)の教授よりは「まし」かも知れないが。
「『現在の私』が嫌いなNHK」の3チャンネルを見ている。題名からクサい。『にんげん広場21いのち「働く喜びって何ですか」世代を越えた対話3時間生放送』だってさ。まあ、新聞のテレビ欄にあった「そのクサい題名」に興味を覚えてチャンネルを合わせたので、けなしていること自体が私の中で自己矛盾しているのですけどね。
よく小学校時代に見たNHK教育(15分番組)の記憶「3チャンネルは何となく偉い」ってのが効いているのかも知れない。道徳とか理科ではよく見たッス。多分、担任の先生がその科目が苦手だったのだろうと気がついたのは大学の頃だ。
総合的な学習についても、NHK教育で「対応番組」をつくるらしい。そんな状況だったら止めましょうよ、「総合学習」。
テレビ東京の「美の巨人たち」とかいう番組で聞いたフレーズは、異様に私のココロに突き刺さった。確か1・2年前だ。
インタビューで「どうしたら、(有名な)画家になれるのですか?」と聞かれた画家(誰だか忘れた)は「画家になる方法はない。ただ『描き続けた』ものが画家になるのだ」というヤツだ。カッコ良すぎるけど、真実であると思う。多分どんな職業においても。
一日86.4k秒(十進法)も生きていると、結構楽しいこともあったりする。今日も、結構愉快な出来事があった気がする、「今日の(この)ページの更新のネタに使えるな」というコトが。そして、悉く忘れ去っている。「ことごとく」は「悉く」と表記されるのですね。
で、結局普遍的な話題を。
今の高校生徒って、やたらとプリクラを撮りますよね。このブームは既に5年以上経過しているのです、恐らく。もう「ブーム」ではなく、女子高校生活の一部のようです。気がつけば、教室の床や廊下にプリクラ殻(がら)が落ちている。チナミに「プリクラ殻」とは私が命名した(そして私の心の中でだけしか用いていない)、プリクラの台紙(台プラスチック)のことです。
なんで、あんなに自分たちの姿を記録に残したがるのだろう?と疑問に思いました、1996年当初。しかし、私自身も中学頃に始まるのです、プリント癖。高校・大学時代の7年間に私が撮影した写真の量は、他の23年間の撮影した、撮影された写真の量を遙かに超えています。
これは私の仮説なのですが、「自分の存在があやふやに思えるとき、つまり人生に悩んでいるとき、ヒトは自分や友人の姿をカタチに残したがる」のではないかと。
これは「私的(わたしてき)に」かなり深い話題ですので、気が向いたら関連ネタを書くこととし、本日はこれにて終了。
写真を意図的に撮らなくなったのは、大学4年頃からです。記憶は写真などによって意図的に残すものではなく、無意識的に形成されるものであると気づいたからです。
多分、本当に重要なことは本人が望むと望まざるとに関わらず、勝手に心に凍みていくものである気がします。ま、昔の写真を見るってのも、面白いことは確かですが。
で、私は「学級通信」ってのを作らないことを信条にしているのです。
茨城から東京へ転校した、小学4年生の時に担任をしてくれたK先生(男:多分20代だったハズ)は若くて熱心なセンセイでした。やたらと学級通信を発行し、休みの日には生徒や親を連れて郊外の公園へ行ったり、クラスのお楽しみ会などではアコースティックギターを弾いて、みんなで歌を歌ったり。
小学校を卒業した後に知ったのですが、結局その先生は家業(教会だというウワサを聞きました)を継ぐために教師を辞めたということでした。私たちが小学校を卒業して数年後のことらしいです。
今にして思えば、カタチに残るものを作らざるを得ない心的状況だったのカナ?と。
ヒトは設計図であるDNAがあれば、生物としてこの世に生まれられるのでしょうが、ヒトが「ヒトらしいヒト」であるためには愛(教育)というものが必要なのだと思います。最も重要なものは親の愛でしょう。その補助として学校という存在、教師という職業がある。愛の一部であるはずの教育は、モノを残す必要は無く記憶にさえ残れば良いのだ。
なんて思うので、「学級通信」は書かないのです。
ノリスケさんの声が変わっていたコトに気づいた。
海の向こう(古風な表現だ)ではイチローが凄まじく活躍している。彼は1塁にたどりつくまでに4秒かからないと聞いた。
で、日本の阿佐ヶ谷。生徒の計測によると、私はソフトボールの塁間(60feets=18.29m)を3.01秒で走ったそうな。正確にはバッターボックスでバットにボールを当てた(バントした)瞬間から、1塁を踏むまで。とりあえず少なくともソフトボール部員である女子高校生徒達には勝った(当たり前?)。
で、比較してみた。私とイチローの足の速さを。野球の塁間は90feets(=27.43m)だそうな、今日知ったッス。ということは、私がバントをしてダッシュし、そのトップスピードを持続すれば、メジャーリーガーの平均(4秒台半ば)には達するのであろう。
しかし、メジャーリーグで毎度毎度バントだけをするわけにもいかないでしょうから、右のバッターボックスでフルスイングするならば余計に時間がかかりますな。てコトで、足の速さについてもまだまだ精進が必要であることを認識した、って当たり前?
暑いッスね。現在私のいる部屋は摂氏30度を超えており、私は私自身を強制空冷しながらこの文章を書いているのであります。部屋の中の空気自体を冷却しているわけではありません。わかりやすく言うと、クーラーは使っていません。扇風機の風を浴びながら、ビールを浴びつつあり、打鍵しながら、ソフトボール大会の要項をパソコンFAX経由で送信しているのでありました。
この暑さは完全に梅雨明けの暑さですね。梅雨前線も東京の北に移動しているし。東京付近は「モンスーン気候区」から「亜熱帯気候区」に移行しつつあるのかしら?でも、とりあえずは「23区?」なんてね(寒む!)。梅雨前線は今後南下するのでしょうか?
こんなに梅雨の中休み(そしてこのクソ暑い日々)が続いた年は記憶にありません。それは以前の梅雨時に「飲んだくれ」すぎていたためなのかも知れませんし、今現在「飲んだくれ」ているからそう感じているだけなのかも知れませんケドね。
そんな感じで、21世紀最初の夏は始まるようでありました。
PC-9821Xa10/C12のハードディスク1.2GBはやはり駄目らしい。
1学期も終わり、一息つけたトコロであります。ま、部活動の指導はあるものの、授業やほかのオシゴトがある平常時よりは、お気楽な日々が待っているのです。練習後の昼ビールもおいしいですしね。
でも、うちのガッコの一部のヒトビトにとっては、これからが正念場なのかもしれない。「インターハイ」ってやつが控えてますから。
と、そんなわけで、学校で日々使用していた履き物(サンダル)を持ち帰って洗った。サンダルのくせに「臭う」ってのが気にくわないので。裸足でプラスチック製のサンダルを履き続けると、てきめんに香ってきますね、私の場合は。かといって、学校内で草鞋(わらじ)を履くのも不気味だし、結局靴下を履いた状態でナイキのサンダルを愛用しているのであった。
今後は athlete's foot ユーザーとでも自称すれば、多少はかっこいいかも知れない。
左足首を捻挫した。
ピッチングマシンの球をポコポコ打てたので、いい気になって校庭の壁に向かってピッチング練習をしていた。そして、投げ損なって逸れた球を追ったとき、ゴム製の(ダブル)ベースを変なカタチで踏んづけた。そしてとりあえず前回り受け身。
左くるぶし外側の前方が見事に腫れている。
ADSLモデムとスプリッタが本日午前中に届く予定なのだったのだが、12時23分現在届いていない。
台風が夜に来るらしいので、午後の部活動をお休みにしてしまった。雨の中登校して、外で行う競技であるソフトボールの練習をするというのがピンと来なかったし、練習終了時には風雨も強まっているであろうと考えられたし。
昨日買った「ノルウェイの森」を昨晩から改めて読んでいたのだが、それも読み終わってしまい、読書にも飽きたので気分転換に日記を書くのであった。腹も減ってきたのだが、買い物にも出かけられない。
家で「届くのが分かっているもの」を待つというと、小学校の頃の学研の『学習』と『科学』を思い出す。
何で外務省のヒトビト(ま、一部であるのでしょう、と祈ります)はあれだけ税金を無駄に使えるのだろうか、と考えてみた。あいつらは、ヒトにペコペコされることはあるものの、ヒトに感謝され、その微笑みに触れる機会が少ない人生を送ってしまったのではないかと思ったりした。だから、どんどん荒んでいった。落ちるところまで落ちていったのであろう。「罪を罪と認識できて良かったんじゃない?」と祝辞を送る。
ヒトは「『人の役に立った』と自己満足したい」が為に生きているのではないかと思っている。そんな私は、リアルタイムにその感覚が味わえそうな職業として「教師」を選んだわけだ。
いつかその日が来るであろうコトは予想していた。そしてその日は来た。それは昨日のこと・・・
お勤め先の学園祭の2日目の朝、オガワマサキ(30)は前日から考えていたとおり、麻の交じった生地でできたスーツを手に取った。スーツを着る回数が年々減り、入学式や卒業式、保護者会や学校説明会など、学外の人に接するときくらいしか袖を通さない昨今であった。完全に秋の気配であるここ数日、買ってからほとんど袖を通していない3ボタンスーツ。今シーズンは今日以降着る機会が無いであろうと、埃よけにかけてあったクリーニング屋のポリ袋を破ろうとしたとき、厭なものを眼にした。
カブトムシの幼虫の20分の1模型のような小さな虫と、その抜け殻らしきものがスーツの左胸のあたりに存在していたのだ。
簡単に言うと、「虫に食われた」のであります。今までは運良く、大した害を被ったことは無かったのですが、見事に侵蝕されていました。麻混のウールってのはおいしいのでしょうかね?同じ虫は紺のダッフルコートにも居たのですが、そいつは非常に厚手だったせいもあるでしょうが、被害を受けた形跡はありません。その薄手のスーツのパンツは面白いくらいに穴があいていました。ジーンズも、裾がすり切れているのは許せるのですが、ひざの抜けたジーンズは一生涯履くつもりはない私ですので、その直径数ミリの穴がポツポツ空いたパンツ、速攻処分しました。
救いだったのは、その日は感動するくらいに空が青かったことです。その前日も風が強かったから、空気中の塵が一掃されていたのでしょう。まあ、スーツを失った悲しみが私に空の青さを再認識させただけなのかも知れませんが、文化祭の天候としては申し分のない空でした。明日は体育祭であります。空の下で行う方が健康的というか、馴染みが深い気がするのですが、校庭が狭い関係上、東京体育館で行われるのですな。「暑さ寒さも彼岸まで」ってのは「病は気から」くらいに印象深いことわざ?であります。そんな秋。
とりあえず書いておくのだが、先週の12日金曜日午後1時頃、杉並において以下の特徴を持ったヒトが徘徊しているという情報がお勤め先(私立の中・高等学校)に入った。情報の出どころは「区役所」と聞いた記憶があるが、定かではない。
男
目出し帽
色白
身長172~3cm
刃物を持っている (以下略)
この情報は午後1時半頃、お勤め先近くの区立小学校にも流れたそうだ。そこの校長先生は「その情報が届いたときには1年生を帰宅させてたし、『注意しろ』ったって注意しようがないよ・・・」とぼやいていた、その日の午後4時過ぎに。
ってコトで、かなり集中してマスコミの情報を確認し続けている私だが、そういった報道は未だに無い。その日12日金曜日、確かにヘリコプターが飛びまわっていたが、積極的に住民に注意を呼びかける放送とかは無かったようだ。
で、考えられるのは「デマ」あるいは「意図的な情報の隠蔽」である。前者の方がありがちな気がするが、後者の方も捨てがたい。マスコミは「110番通報(あるいは警察無線?)」を傍受しているという話も聞くし、前者の方が可能性が高いかとは思うけれど、世の中には意図・政治的な「秘密」も多いだろうし。
そんなこんなで、ヒトからの伝聞よりは新聞・テレビを信頼している自分を再確認した。山本リンダの云うトコロの「噂を信じちゃいけないョ」ってコトか?「新聞だから正確だろう」と思っているわけではないし、テレビなんか「やらせ」の巣窟であろうと思ってはいる自分だが、出どころのはっきりしない噂話にも気をつけようと思うのだった。
「スペランカー」の完クリ(ただし1周目?だったらしいと先ほど知る)に比べれば、化学の試験問題作成の方が凄まじく楽なはずなのだが、あんまり進まなかったりして。
ネットサーフィン(死語)してしまい、問題は数点分しか増量できなかった。
「♪反吐かい?ゲロかい? わしは、まだ、飲み足ーりなーぃ」
大分連載に飽きてきたので、一気にカタをつけます。
信じられないかも知れませんが、その謎の円柱は自動洗濯機用合成洗剤の一部だったようです。具体的な商品名を挙げても良いのですが、新聞屋さんからの貰い物でもある手前、それだけは私の胸に納めておきましょう。
何なんでしょうか?数年前に貰った洗剤でもありますので、空気中の酸素とか二酸化炭素と反応して、予想外の物質が生じたのかも知れません。実は、最初から研磨剤?として混ぜられていたのかしら?笑っちゃうのは、綿ゴミ収集ネットの中にバッチリ集まっていたことです。当然のコトながら、水には溶けない。部屋に落ちていた「元糞」を濡れた手で潰そうと試みるも、相手は動じるところを見せず、指先に堂々と存在し続けました。
ふと思ったのですが、今日の日記は怪しい趣味を持った方が間違って訪れてしまいそうな単語が並びましたね。俗に「スカト○」って呼ばれる世界ですな。試験の採点も終わり(ほぼ予想通りのできぐあい)、調子に乗りすぎました。以後気をつけます。
冬休みに入ってから今日まで、覚醒中(俗にいう昼間)に空腹を感じたことが無かったことに気づいた。ま、それなりに肥えるわなぁ、という気がする。
本日も暇だったので、昨日に引き続きキョーザイ(サンガッキ最初のジュギョウ用のpuzzle)を作ろうとしたのだが、その前にCD-RWドライブのファームウェアの更新を行ってみることにした。ああいった機器(CDドライブの類)にファームウェアがついてるってのは今日初めて知ったのである。セブンイレブンで昼飯と共に購入した愛読書『週刊アスキー』を読んでて。
で、そのアップデートにうまい具合に時間がかかったのである。いい暇つぶしだった。何時から始めたのかは記憶にないが、2時間は軽く費やしたような気がする。
ま、今のスキルがあるからその程度で終わるのであり、6年前の私だったら皆目検討つかない状況だった気がする。今回の作業(win2kが走っているCUSL2上のIDEデバイスの転送モードを変更したい場合は、デバイスマネージャやCUSL2のBIOSをいじるのではなく、マザーボード付属のCDROMでインストールした「Intel Ultra ATA Storage Driver」を操作する必要があるというコト)も苦労しただけに忘れないだろう。
私のパソコン能力は着実に向上しているのであろうが、客観視してみると「下り螺旋エスカレーター(ウィンテル社謹製)を中途半端に上り続けているヒト」とも言えるだろう。
パソコンは便利ではあるがテレビよりも使いづらい、テレビにファームウェアは無いし。ファームウェアを含めたドライバ類を更新(アップデート)しなければいけないというパソマニア(この語は私だけが使っているのかと思い、商標?に登録しようかと思ったが、googleで81件も引っかかってきたので止める)心理がこの不便を生んだのだろう。
♪あー、明日の今頃はー、僕は宿の中ぁー
ってことで、高校2年の修学旅行の引率前日。
明日は早起きせねばならない。部活動の引率でも4時台に起きる必要って、まず生じない。「起きなきゃ」って思うと、目覚ましが鳴る前に何度も起きたりしちゃうんですよね。明晰夢ってヤツにも遭遇しやすい。
定期試験の問題作成は面倒くさい。
私が問題作成にアタマを悩ます、その瞬間にも愛国心?のため命を捨てるヒト、そしてそのとばっちりを受けるヒトがイスラエル近辺ではいるようである。
また、この瞬間にも「発展途上国」ならずとも餓死するヒトもいるはずである。世界は広い。日本のマスコミの報道を見てその全てを把握している気になってはいけない。とりあえず、身の回りのヒトビトと仲良く暮らしたいと思う私なのであった。
教員に「自ら学び、自ら考える」児童・生徒を育たせようとする前に、バリバリの公僕である政治家全てが「自ら学び・自ら考える」ようになって欲しいと思う。先達(先輩議員)の痴衣(自分らが作ったハズの法を犯しているような下らない知恵)の数々を借りなくて済むように。
明日は始業式である。今日は入学式であった。
朝7時少し前、フジテレビ「めざましテレビ」の占いで「山羊座」は「日記を書く」と「ラッキー」ということだった。そんなわけで日記を更新している。
「星座占い(12・13星座とも)」にしても、「血液型占い」にしても、「バイオリズム」にしても、「動物占い」にしても、基本的に信じないスね、現在の私は。てコトは、小学校・中学校・高校時代くらいまでのワタシは、結構それらの占いを気にしていた?
そうかも知れませぬ。私の「個性的(生徒に言わせれば「変」とか、他の(私が思うに怪しい)センセ曰く「怪しい」とも表現される)?」な性格・言動は「(血液型の)AB型は『二重人格』である。」という雑誌(例えば小学館の『小学云年生』)の付録における表記を素直に信じたためであるような気もする。
「風水」ってのは何なのでしょうかねぇ?あるいは「仏滅」とか「大安」とか。「丙午<ひのえうま>」の出典?は知らないけど、その年に生まれるヒトが少ないことは知ってる。
そんなわけで、無理矢理日記を書いたら、妙に括弧<かっこ>が多くなった気がするのでした。熱い4月であります。扇風機を出そうかと思った。
最近自分がオッサンになったのだか何だか、あんまり働きすぎは良く無いなぁと思っている。何で学校ってシステムは「出勤簿(働いた日に印鑑を押す帳簿)」ってものを重要視するのであろうか?
学生時代は意図的に教育絡みのアルバイトをしなかった自分である、教員になるつもりであったので。
大学1年の時には新宿はヒルトンホテル裏の妙なビアガーデン、大学2年次は「つぼ八 新宿中央口店」、大学3年次は「ゲームファンタジア サンシャイン店」あたりでバイトしたのでありますが、必ずタイムカードってのがありましたね。まあ、時給というコトで給料が計算されている職場だったからそうなるのでありましょうが。
私の出勤簿、この4月に入ってからは「はんこ」の途切れることがないのでありますな。毎日労働。今日はブカツの引率で6時起きだった。結局この今も降り続く雨のため、試合は順延となったのでした。10時過ぎには帰宅し、久々にダラダラ昼寝しました。ここ数週間の労働を時給に換算してみると、恐らく給料の手取りは1000円/時を下るのであります、私の場合は。大学のアルバイト時代と大差ないか、あるいは少し安く働いているようであります。ま、私の学生時代は「バブル期」だったこともあるかも知れませぬケド。(でも、かなり真面目にバイトでは働いた。つぼ八では、他のヒトがくっちゃべってる間にもフロアを回った記憶がある。ゲームファンタジアは一番面白かった。いろんな同僚?(大学生)やゲーセンに通う変なヒトビト(お客さん)にも出会えたし。)
まあ、今の世の中でシゴトがあるだけでも幸せだっつーことも自覚しているのでありますがね。でも、結構搾取されていると感じないことも無い。
今日は凄まじく良い日だった。昨年末からの目標としてきた「文大杉並高校ソフトボール部都大会出場」が達成されたので。ソフト部顧問となってから、今日が一番嬉しかった。自分の高校時代における合唱部の活動に匹敵するくらいの喜びが得られた。
試合後はもう一人の顧問のセンセと祝杯をあげた。帰路のバスに乗っても喜びを反芻していた。電車に乗ったトキ、ふと思った。私は何を思ったのか?
非常に教員臭いというか、胡散臭い話?になるのであるが、「私や部員達がソフトボールという競技をしている間に、世の中ではどれくらいのヒトが餓死したのだろうなぁ?」なんて思ったのであります、嘘じゃないすよ。スポーツをできるということ自体、非常に幸福なのでしょう。それを忘れてはならないのだなぁ、とか思ったりした。そんな喜ばしい今日のこの日。
昨日に続き、ソフトボール部絡みのネタ?を記す。
過去の卒業生のカタガタの名誉のために補足しておきますと、勤め先のソフトボール部の都大会出場ってのは大して珍しいことでは無いのです。過去数度、都でベスト16くらいまでは上ったことがあるのです、ただしそれは監督が私ではなかった頃のハナシ。
私が日野在住の50過ぎのヨッパライ(名誉毀損?いいえ、単なる事実)から監督業を引き継いで以来、この2年くらいは都大会へすら進出できなかったのですな。
昨年秋、多摩地区のとある学校のソフトボール部顧問である、やはり50過ぎの(知る人ぞ知る?)ヨッパライのTセンセなるヒトから、「オガワちゃん、しっかりやれよ。最近弱えーぞ。目標持ってやってんのか?」と言われたのです、練習試合後の飲酒時。確かにそれまでは明確な目標を持ってブカツの指導に臨んでいなかった気がします、「(それぞれの生徒がそれなりの)全力を尽くせれば良いだろう」くらいな感じで。
「都大会に出るのだ」と生徒に言い放ち、目標にしてきたこの数ヶ月でありました。
そんなワケなのです。うーん、モロに日記だ。
久々にドーブツを葬った。カラス(の死体)に初めて触った。
午後1時過ぎ、校庭で行われているソフト部の練習に参加すべく、中央線高架横である学校の敷地を歩いていた。「上空に妙にカラスが多いなぁ」と気になった。(全国的に有名な「文大杉並の」)ソフトテニス部室前を通り過ぎようとしたとき、その部員が「カラスが死んでます」と。彼女ら曰く、「自分たちが見たわけではないけど、カラスが(校舎の)壁に激突して死んだらしいです」とのことだった。
確かに校舎脇に仰向けになったカラスが寝ていた。
カラスって、変に「おっかけっこ」している場合がありますよね。あれはカラス界の「(弱いもの)いじめ」なんじゃねーかなぁと思っていた。追っかけ方と逃げ方が尋常じゃないもの。でも、もしかすると、カラス界にも「ジョナサン・リビングストン」が居るのかもしれないなぁ、荻窪には。とか思ってた私だったりする。
何で彼(彼女かもしれないけど)は壁にぶつからにゃならなかったのだろうか?
流れた練習試合・上がる雨・遅々として進まぬ試験問題作成・そしてこのような逃避。
今日、とうとう舐めてしまった。辛酸でもなく勝利の美酒でもなく・・・・。それは、ケータイの充電用アダプタ(クレードル?)である。あれは舐めると味がするのであろうコトは予想していた。直流電流によって生ずる電気分解の味ね。
本日の高校3年生対象の化学IBの授業で、私の進めている話とは直接的に関係ない質問が出た。ま、良くあることだけど(苦笑い)。
生徒曰く「センセー、あたしケータイのアダプタを手で触ってみたんだけど、何ともないよ。何で(感電しないんですか)?」と。私もそれは試したことあるのであった。人の皮膚は電気抵抗が大きいため、そう簡単には電流が流れないし、流れても神経が知覚できる程の電流はそうそう流れないのである。で、答えた。「私もやったことあるけど、皮膚じゃほとんど電流流れないね、抵抗がデカいんで。舌で舐めれば分かると思うよ。舐めてみたら?」と。
その場で「気が向いたらやってみる」と約束したのを思いだし、帰宅直後にアダプタ舐めてみた。やはり電気の味がした。噂によると、修行を積めばプラス極とマイナス極が判別できるらしいです。そこまで私もマニアックではないので、その辺で止めておいた。
現在の私のこのページのトップのカウンタは三々五々<さんさんごご>を表示しているらしい、わらえる。ホント、三々五々といった感じで、しみじみ増えているのですよね、このカウンタ。現在では1日平均で4カウントくらい増えていってるのです。結構なペースだと思います。
で、「誰が見に来ているんだろう?」と6月末からアクセスログをとっているのですね。それをボーっと眺めるのも面白いものです。
で、まだ全然答案の採点を始めていない、気合い不足の私なのでした。三々五々?、答案をかたづけていきましょうかね。
昨日、久々にパソコンを増築?したのである。ATAPI(「アタピ」って読むらしい、やっぱり)接続の内蔵型MOドライブをひっつけたのだ。USB接続って方がメジャーであるのですけど、住処がクソ狭いため、余計な筺はなるべく置きたくないのですな。電源ユニットに強力なブツが入っていることもあるしさ。
この夏休み(夏季休業)に高等学校の新教科「情報」ってヤツの研修(講習)全16日に行かされる参加させて頂くのですが、課題提出用メディアとしてMOが推奨されているのですよ。
で、その「情報科」の免許を取得するための講習に参加するには、以下のような条件があるのだ。知ってました?
「数学」「理科」「家庭」「看護」「農業」「工業」「商業」「水産」「情報技術」又は「情報処理」の高等学校の普通免許状を有し,情報に関する内容やコンピュータを活用した指導の実績があるなど「情報」についての一定の知識と技術をもっていること。
バッカじゃない?
何故?どうして既取得免許の教科が関係するのだ?国語だって、社会(地理・歴史、公民)だって、英語だって、私のオツトメサキで云えば、相当パソコンに達者なヒトはいるよ、ええ。
まあ、私が相当パソコンマニアであることも確かではあります。学校で2番目にパソコンに詳しいと思う。1番詳しいセンセは昨年その講習を受けたわけでもあるのだケドさ。ただ、学校によっちゃ、理科とか数学以外の先生の方がパソコンに詳しいことも多々あろうて、なあ。
日陰科目の差別化かしら?とか思ったりする理科免許取得済みの私なのであった。よく分からんわ。
ま、私というヒトが教員という職を得て生きているという奇跡に比べれば、そんなに大した不思議ではないかも知れないけどサ。
高等学校新教科「情報」の免許を取得すべく、この夏は全16日、延べ90時間の講習・演習を受けねばならないのでありました。その初日が昨日だった。
寝ちゃうんですよね、人の話を聞いていると。昼飯後は特にダメ。ま、高校・大学時代に比べれば、私としても真面目にヒトのハナシを聞いているのですけど、やっぱだめだ。ねみーのだ。寝ちゃうナリ。気持ちイー。授業中の居眠り。なつかしー。
「起きてください」とか言われれば多少起きる心づもりもあるけど、私自身も枯れた教員である?ので、自分自身の授業の際、眠れる生徒は起こさない。お喋りされるよりゃマシだし。この講習における講師のセンセイも枯れた方が多いのだろう。「起きてください」とは言わないね。
ただ、気合いが入ったセンセイの場合は、こちらもキチンと聞きますよ、ええ。こちらがそれなりに睡眠欲を解消できているという前提がありますけど。
って、ダメダメじゃんワタシゃ。
服装とかって、フシギですよね。
ワタシも結構オッサンになった(長いものには巻かれるようになった)らしく、改まった場所ではスーツ着るなり、ネクタイ締めるなりしてしまうのでありました。ま、夏休み中の部活動とかのための出勤では無精髭に半袖・短パンでチャリ通勤するんだけど。
その、「情報科」の講習、今日で3日目だった。
1日目は煉瓦色のコットンのパンツにカフェオレ色のシャツ、適当なネクタイを締めてった、靴はプレーントゥの茶色い革靴、ベルトも同系色。2日目は黄色いオックスフォード地のボタンダウンシャツ、ノーネクタイ、グレーのグレンチェックのスラックスだった。黒のローファーと革ベルト。本日3日目は、紺色のコットンパンツに緑がかった辛子色のポロシャツ、モカシン風の薄茶の靴と同色のベルト。
明日は綿のパンツに裾を出したポロシャツの予定。
Gパンとか、短パンを経て、最終日には「全裸」を予定してるんですけど、どうですかねぇ?
ワケ分からん。
「情報科」=「パソコンオペレーション技術習得」ではないらしいコトは分かってきた。物事を知るほど、謎も多くなっていく。そして僕は進む、未開の地を。少しばかりの不安と多大なる期待を持ち。
「日本経済の、自身へのカニバリズム」という感覚を覚えた。めざましテレビを見て思い、新聞を見て更にその感覚が強くなった。日本経済は、それ(新紙幣発行)によって生きていけるのか?必要なことなのだろうか?緩やかな自殺ではないのか?
たまには朝っぱらに日記を作成してみた。今日も講習である。短パン・半袖・サンダルでゴー。
その1:蟻
9時に始まり、16時半に終わる講習、昼食場所の確保が多少面倒くさかった。
うちの学校から今回の研修に来ているのは私1人である。同僚のセンセがいれば、その人と食事に行ったでしょう。研修に参加している他の学校の先生には、多少顔見知りもいたことはいた。自分が高校時代に教わった先生とか、他校のソフトボール部顧問の先生とか。食事時間の微妙な駆け引きって結構面倒くさい。数名でつるんでいったとき、誘われないと悲しむヒトがいたり。
基本的に1人でいることを全然厭わない私である。水道橋駅近辺の食べ物屋を巡った、数日間。
その日、講義の開始が10時45分開始だった事もあり、朝食が多少遅めだった。JR阿佐ヶ谷駅に付随しているJR系のコンビニでおにぎりを2つ買っておいた。水道橋駅近辺を散策した際、発見した公園でそのおにぎりを食べようと思っていた。
そして、その日の午後の講義も終わったとき。「蟻さん、どこへ行ったのでしょうねぇ?」「そうだねぇ」私の席の後ろからその会話が聞こえてきた。
私の脛、アリンコが引っ付いていた。気づいたのは午後の講義の1コマめだった。公園での昼食の際、同僚の食事を調達すべく、探索活動に勤しむ蟻たちがいた。私の毛脛をガンガン登坂してくる。「なにもないっつーの!」と、足を振り回したり、アリンコを潰さぬよう、軽く手で叩き落としたりしつつおにぎりを食べたっけ。間違って?おにぎりの具「うなぎ」を落としてしまった。そこにやってきたクロヤマアリの行動を観察するも、私はファーブルほどの暇も無く、観察も適度に切り上げ講習会場の地下ホールに戻ったのだった。
そうか、彼はこの地、餌もなく我が家からも遠く離れたこのカーペットの上で殉死するのだなぁ。
その2:スニーカー
スラックスに運動靴はどうかねぇ?先生。
その3:サイクル
四・五十代のオッサンは、周波数の単位を「ヘルツ Hz」と云わず、「サイクル cycle」と云うことを確認。
『蟻』で文学的才能を使い果たしたので、『スニーカー』『サイクル』は手を抜きました。スミマセン。講習全16日中の9日が終了した。お疲れ様、私も他のセンセイ方(401名)も、講師のセンセイも、会場管理の公務員さん達も。
16日の日記の下線部分は後から改変・捏造した部分です。
今日はオツトメサキの「学校見学会」だった。「予想を上回る参加者数で、嬉しいねぇ」って日でした。まさか10万人も来てくれるとはねぇ。
現在、14時22分。お勤め先でノートパソコンに向かって「情報」研修のレポートを作成している。めちゃくちゃ煮詰まり中、辛い。さっきはこの間退職された先生から譲り受けた重たいバットを素振りしたけど、気は晴れない。
逃避として日記を記し始めた。つまんないレポート(内容は結構しっかりしているはず、少なくとも結構おもしろいと思う、自分では)書いているので、反動として日記が書きたくなった。
情報科の研修、21日に終了したのである。のべ90時間の授業だった。激烈に辛かったので、その場合は睡眠した。話がおもしろい先生は引き込まれるんですけど、そうじゃないときはバリバリ寝てやった。一番講義がおもしろかったのは画像処理についての講義をしてくれた鉄道マニアの先生。二番目は著作権について講義をした、どこか田中康夫風の先生だった、私的には。
何が有意義だったかって言うと、免許が取れそうなこと、ではない。まだ取れるかどうかは分からないのだ。4つの作品と4通のレポート、学習指導案を提出しなければいけない、怠い。大学時代に比べると、相当真面目にレポート作成してる。ってか、文章作成能力が増強されている気がするのと、キーボードをすさまじい勢いで打てるようになったことがありますけど。大学の時のレポートは手書きだったからなぁ、基本的に。キーボードに本気で触れたのは大学4年からだったりするのである。私のパソスキルを知るヒトには驚かれますけど、ホントなのです。ま、中学時代なんかも親にパソコン(FM-NEW7)を買ってもらったのもデカいことはデカいですけど。タッチタイプの習得は「気合い」以外のナニモノでもありませんね、私に言わせれば。手元を見ない「気合い」だけだ。
で、その「情報科」の免許、別にそれほど欲しくないんですけど。とか言ったら講習洩れたヒト(居るのか?)に殺される? ま、何らかのキャリア?にはなるでしょうけど。
一番有意義だったのは、知り合いの先生がドカッと増えたことでしょう。
外部の先生というと、理科絡みかソフトボール絡みが多かったけど、ここへきて全然違う人々とも接する機会を得られた。知り合いの知り合いとか、昔教わった先生とか。
結局、私は酔っぱらいなので、酔っぱらいの先生と仲良くなってしまうのでした。ってか、気になった先生が打ち上げ宴会にいらっしゃっている場合が多かった。類は友を呼ぶのだと実感した。
この夏は東京都で400名強の先生が受講し、そのうちの35名と共に1つの教室で最後の7日間を過ごしたのでした。そのうちの16名の先生で飲みに行ったのでした。飲み会を仕切ってくれた先生に会えたのが一番の収穫であった。ここまで記すと、そのヒトが特定されてしまうかしら。まあ良いでしょう、悪口書くわけじゃないからね。
とんでもなくすさまじい繋がりがあるその先生、たまたま宴会では隣に座らさせていただいたのでした。具体的に書いても相当おもしろい繋がりなのですが、あの場に居たセンセ達と共に「心の共有フォルダ」にしまっておきましょう。
学習指導案、作成再開できそうな気がしてきた。
現在14時47分。約25分間の逃避でした。
約1300文字だった、数えてみたら。1分間に50文字以上打ち込んだのですね、文章を考えながら。すげぇ。
今日行った逃避として、ポータブルCDプレーヤーの購入ってのがあった。職場で時々使うんですよね、パソコンに向かっているときとか、要録・調査書の類を作成しているときとか。さすがにヒト(生徒やセンセイ)がたくさんいる平日とかには使いません。長期の休みとか日曜なんかは音楽聞きつつシゴトする。私は結構音楽聞きながら作業する事って苦にならないヒトらしいス。ま、聞き慣れている音楽に限りますけど、歌詞が入っていても問題なく聞き流せる。
で、今まで持ってたプレーヤー、右のヘッドホンの音が割れ気味になっちゃったので、新たなのを買うことにしたのでした。性能が全然違った。前のも今のもパナソニック製を買ったのであるけど、雲泥の差。音質が違うし、イヤホン自体も耳への収まり具合がよろしい。ま、古いヤツは壊れかけてたのでしょうけどね。プレーヤーはめちゃくちゃ軽く、小さくなってる。
ケンイシイなるヒトのアルバム等を聴いたりしつつオシゴトしたのでした。渋い音楽知ってますね、私って。何で「ケンイシイ」知ったかというと、ラジオで聴いて気に入ったからだったりする。何年前だろ。「メタルブルーアメリカ」って曲だった。
もうひとつ行った逃避はバドミントンの公式戦の観戦。んー大変暑うござんした。うちの学校の大体育館に面が6つ出来てた。ハードな世界だ。勝ち上がってくと1日最大6試合行うらしい。タイヘンだ。
なんか、ケンイシイとか聞きつつパソコン打ってると、サイバー?な感じがしてきますね。今暇つぶしに読みつつある本、かの有名な「1984年」ってヤツなのです。以前から書名は知ったんですけど、読んだこと無かったんですよね。
サイバーパンク。私の頭もパンク。それは「情報科」レポート作成のため。今までも相当文章作成したのだけど、更に6400文字紡ぎ出さなきゃならない。この脳味噌から。つれぇ。
そのCDプレイヤー、私の愛するノートパソコンLet's note は CF-L1EA と色がお揃いなのだ。紫がかった青色がカッチョイー。で、私の顔色ともお揃い!
「ぇ、マジすか?」(Kセンセ風)
またビミョーに内輪受け?
今日、明日とオツトメサキの学園祭。
現在『目がテン!』放映中。この番組は相当面白い。スポンサーから金が潤沢に供給されるからだろう。そのスポンサーは「電気事業連合会」だ。私の納めた税金が回されているってコトですな。あるいは電気料金。
現在7:18。今までにCMが1回(少ない!)流れたが、見事に「AC(公共広告機構)」のものだった。全部「AC」だったら面白いですね。原発の事故隠しの発覚直後だものねぇ。
電力会社のCMに出るヒトビトってどうかと思うね。私だったら出ないな、ま、出れないけどサ。
ガッコ行く準備しよう。
学園祭に引き続いて行われた体育祭が終わり、本日は2連休の1日目である。ブカツのシドウも終わり、帰宅してブロッコリーを電子レンジで茹でていた。その最中、久々にゴキブリを見た。最初はビーサンでひっぱたいたのだが、不発に終わった。その後、物陰に隠れているので、輪ゴムを用いて狙撃した。1度目もヒットしたはずだし、2度目には羽を1枚もぎ取ったのである。それでも彼は力を振り絞り、物陰へと戻ったのだった。
「ゴルゴ13」的、「甲殻機動隊」的、「ホワイトアウト」あるいは「猛き箱船」的と言おうか?何にせよ、狙撃者の気分を味わった。死体を確認したい。
洒落を最後に挿入したッス。不健全な日記と思ったので。
私の住処、日当たりは悪いけど、建物の建て込んでいる場所にあるから、風はあんまり強くなくてラッキーかも知れない。台風が来てますよね、21号らしい。
高校3年の担任をしているので、調査書を作成する必要があったりします。と、言っても30数名分なので楽なのかも知れない。私は第2次ベビーブームの走りの世代らしいのですが、私のオツトメサキでも平成元年前後は1クラスが50名を超えていた時期もあったそうです。すんげー。そんなわけ?で、調査書の所見欄や推薦書の下書きをする前に日記を更新したりしてます。「色覚異常について」ってページも更新しましたから、その存在を知らなかった方、お暇な方はご覧あれ。
NHKのアナウンサーが「赤い羽根」つけてる、ヤダヤダ。私は「偽善者」よりは「偽悪者」でありたいね。基本的には「本音のヒト」であるつもりだけど。でも、調査書・推薦書作成の際は相当嘘付いてる気がします。「この生徒、そんなに良いヤツだったっけ?」って内なる声が聞こえるノダ。教員業務も板に付いてきた感じ。そんじゃ、専門学校への推薦書の原稿を作成しましょかね。そんな都民の日(オツトメサキは私学なのに本日は休業なのだ、謎だ)。
温厚な私も切れた、無駄に存在する禿に。ちゃんと働きやがれ。(覚え書きとして)
雨天のため、教員ソフトボールチームの試合は流れた。「リーグ戦」ってヤツなのでした。東京都の実業団とクラブチームによるリーグ戦なのですな。もらっているプリントを元に、その参加チーム記してみよ。
IHI(石川島播磨重工業)瑞穂 筑波クラブ(筑波大の卒業生なのかしら?) オリンパス 東京アスリートクラブ(多分今年からリーグ戦に参加したチーム) 航空自衛隊 早稲田クラブ(早稲田の卒業生チームらしい) 東京教員(私のいるトコ) 高風<こうふう>クラブ 印刷局王子(別に王子様ってワケじゃなく、北区のオウジ) 睦<むつみ>クラブ 以上。
全部で10チームのリーグ戦であること、今知ったのでした。ちょっと賢くなった。
試合が無くなったので、思う存分寝たつもりが、6時半には目が覚めてしまった。ま、8時間くらい寝たわけですけど。睡眠時間が減少している気がする。老人化しているのだろう。
『目がテン!』見て、風呂入って、賞味期限を約一ヶ月過ぎた「サッポロ一番味噌ラーメン」キャベツワカメ混入物を喰らい、1週間前に借りたけど結局見る暇がなかったビデオを返してきた。
そろそろ試験問題を作成しましょうかね。中学2年理科(化学反応のトコロ)の問題、あと80点と少し作らにゃならないのでした。そう、今は逃避中。朝は9時13分。
現在11:17。90分ほど問題作成し、40点分と少し完成した。残りは41点分である。逃避として洗濯物を畳んだのだった。更に逃避として下らない文章記そ。
近年、具体的には2年前にその現象に気づいたのですな。オツトメサキの合唱祭の引率の帰り、魚屋の2階の飲み屋の宴会場だった。ちゃんと店を予約しておいた(そう、私は「宴会」のためにも生きている、相当に。宴命!)のに、どたきゃんしたセンセが多く、食べ物が余りまくったのだな。ホントはドタキャンのヒトからも料金を徴収すれば良かったのだけど、性格的に駄目なのだ。万を超える額の自腹を切った記憶がある。2年くらい経ったので白状しておきましょう。宴会のドタキャンは駄目ですよ、皆さん。とか言いながら、やはりオツトメサキのセンセの結婚式の2次会、練習試合後に駆けつけるつもりだったのを、すっかり忘れたことがあるのも私だったりする。5年くらい前のコトだったような?さっき思い出した。悪いコトしてますね、私だって。
で、「その現象」とは何か。具体的には「限界スレスレまで飲酒をした状態で、牡蠣を食うと吐瀉してしまう」という私のカラダについての出来事である。その魚屋の2階では、厭になるほど生ガキを食いましたね。5・6個くらい食ったのかしら。夜中にモドしましたね。翌日他のセンセに聞いてみたけど、「牡蠣にアタった」ってヒトは居なかった様子。その後、たしか2度ほどありましたね、牡蠣食って吐いた経験。1回はグラタンの中に入ってた牡蠣でした。1個しか食わなかったのだけど、酒は大量に飲んでました。牡蠣食っても、飲み過ぎていなければ大丈夫なのです。モドしたりしない。
2日前、高校時代の友人中最強の酒飲みと阿佐ヶ谷で飲んだのでした。2人でジョッキを1杯ずつにピッチャーを3つ。後に焼酎をロックで飲んだ。飲み屋では彼が「牡蠣とニンニク芽の炒め物」を頼んだのでした。私も不安があったのですが、牡蠣食いました、美味かった。夜中突如として吐き気で目が覚めましたね。昨日は二日酔いとトイレ掃除のために職場に遅刻しかけた。
今朝、2度めの掃除もしたのですけど、まだトイレが生臭かったりして。
オゲレツな話題でスミマセン。問題作成再開しよう。11:34ナリ。
本日3度目の日記執筆。試験問題の作成は終了した。あとは校正と手直しだけだ。結構早く終わった。教員チームの試合が流れたのは、それはそれで良かった気もするのだった。今日、高体連の新人戦、東京都2支部予選が行われているはずでもあるのだ。勤め先のソフトボール部、公式戦に参加できないのでした。部員が9人に全然満たないのです。悲しいけど事実である。私が顧問になってから、公式戦に不参加になったのは初めてである。試合の申し込みを忘れたことを除いて。なんて顧問だ!
私の2台のパソコン(もう1台は職場のノート)で動く SETI@home が199ユニットめに突入した。
文部科学省周辺の腐れ公務員様へ
まずは自分らの評価をすべきじゃないの?児童・生徒・学生に全国的なテスト(=税金消費するわなぁ)を行う以前にサ。指導要領って何だっけ?上限?最低基準?大体、あなた達は日本国憲法とか教育基本法遵守してる?朝令暮改も甚だしくて、涙すら出ないね。私自身があなた方(の先輩?)のお世話になったのは確かだろうが、君たちを尊敬はしないね。食わしてやってるんだから、働け、上から下まで。ってか上のヤツらね、特に。
今日、初めて「お色直し」をした。
今朝着ていったシャツ、かなり強烈な色だったんですよね。「臙脂<えんじ>」でしたね。
着用するのは2度目だったのです。前回は茶色の毛のパンツ(スラックス)を履いていったのでした。今回は濃いめのチャコールグレイの綿パンツと臙脂の地にプリントが乗っかったネクタイを合わせたのでした。自分でも「怪しー」とか思ってたのですね、実のところは。
職場に行って思いだし&ビビりました。「本日は学校説明会だったのだ」って。来年の4月に入学するかも知れない方々にお会いするのですよ。私自身、今朝の私のような格好をするヒトって信用しないなぁ(なんじゃ、そりゃ?)。朝のホームルーム(と言っても私は「一般的な」クラス担任らしきハナシをしないような気もする)のとき、生徒も言っていた「怪しー、ホストみたいー」って。別に「ホスト」という職業?を否定するわけではありません、念のため。かといって、肯定もしないけど。
一度帰宅し、ワイシャツ(ホワイトシャツ)・グレーのスーツに着替えた私だった。だんだんオッサン?になってますな。スーツ・ワイシャツを肯定したいとも思わないけど、全裸を肯定することもできない。
そう、一昨日はこれから記すネタを書くつもりだったのでした。私の人生における、最低最悪の日について。
(おとといの)学校説明会、夜の7時から始まるのでした。私の勤め先、そんなにわかりにくい場所じゃない、ってか、相当分かりやすい場所にあるのですね。しかしながら、何だかんだ言って、初めて来ていただく方には案内も必要でしょう。私はJR阿佐ヶ谷駅近くの交差点(って程広い道じゃないけど)に道案内役として立っていたのです、18時から19時頃まで。
ただ道端に「突っ立って」いても、意味が無いですわな。同じ場所に朝方立っていて、道行く生徒が私の顔を知ってりゃ「登校指導の教師」と認識するでしょうけれど。
「サンドイッチマン」、雇用機会均等法的には「サンドイッチパーソン(googleでも3件しか引っかからなかった、なんか嬉しい)」?として、中央線の高架下に佇んでいたのですよ、小一時間程。
ヒトって、興味があるものはとりあえず見ますよね。聴覚・嗅覚・味覚・触覚よりも、まずは視覚でしょう。
私もそうです。気になるものがあると、知らないうちに凝視してたりする。
阿佐ヶ谷駅近くの「サンドイッチマン」、確かに私も見たこと無いわ、よく考えてみれば。そんなわけで突如現れた「オープンサンドイッチマン(背中側には看板をかけていないオガワマサキ)」、かーなり視線を感じましたね。私も暇だったんで、道行く人を観察してたし。チナミに、説明会自体は40組弱の方々が訪れてくださったようでした。間違えました、4万組でした。
私自身は十数組が私の前を通過したと認識していました。オツトメサキに来てくれそうなヒトは、何となく分かりましたね。で、面白かったのは道行く通行人とのデキゴトであります。
私と眼が合うと、ほぼ全てのヒトは目を逸らしましたね。ま、そうかもね。思えば「サンドイッチパーソン」ってうつむき加減の人が多いですわな。新宿でも、上野でも、池袋でも。晴れがましいのはボクシング等のリング上の「ラウンドパーソン(googleで0件!)」?くらいでしょうな。
目を逸らされながら思いました。「この感覚、懐かしいなぁ」って。
「最低の日」は一昨日ではありません。それは1990年の冬のコト、変に(いや、その場に於いては「当然のこと」として)目を逸らされてる私が存在したのです。
中学2年生用の理科試験問題、残り30点分ほど作成する必要があるのだけれど、家に帰ってしまうと飲酒の道を突き進んでしまい、恐らくろくに試験問題が作成されないだろうから、職場に残って試験問題の作成を続けているのだった。緑茶をがぶ飲みしながら。
とか言いながら、こんな風に「日記作成」という逃避に走っている私なのだった。
およそ12年前のバイク破損。親に修理代を立て替えてもらったのでした。十数万かかったっけなぁ。伊藤(本名)がそのバイクに乗っている間、私は気が気では無かった、「あのバイクで彼が事故ったら、私に相当責任があるなぁ」って。幸いなことに、彼は事故る前にそのバイクを売っぱらった。ヤマハのserowに乗り換えたような記憶があります。
事故車って、圧倒的に扱いづらくなりますよね。私の実家には以前180SXなる日産の車があったのです。シルビアのクーペ版ね、知らないヒトはとことん知らないでしょうし、知ってるヒトは「ワンエイティ」については解説要りませんな、恐らく。ちなみに排気量1800cc版の古いタイプでした。古いタイプの方がフロントがかっこいいと思いますね、私的には。で、その180SXはもう既に実家には無いのですが、アクセルを床まで踏み込めば平気で180km/hに達しましたね。そしてリミッターがかかるのでした、ただし妹がその車で事故るまでは。
ある時(妹の事故後)に乗ってビビリましたね、140km/hくらいのスピードを出すのが怖いのです。ハンドル近辺が変な振動を起こすのでした。事故以前は高速道路上なら普通に140km/hで巡航できたはずだったのに。ってこれも法律違反ネタですね。ま、現在の私はあまりにも車に乗らないから「ゴールド免許」になってますし、時効ですね、時効。
目を逸らされた話はいつ頃出てくるのでしょうか?
試験問題の作成を再開しましょうかね。そんな19時17分。
4日ほど前に勤め先の高校卒業式があったのだった。自身としては持ち上がりで3年間担任した生徒を送り出すのは2度目なのだった。
ビビりますね、来年度は勤め始めて10年目に相当するのですね。大学卒1年目は別の学校で非常勤講師、2年目は今の勤め先で非常勤講師。3年目から今の勤め先に専任教諭として勤務している。
今回生徒たちが卒業し、大変に嬉しく思うのは確かだ。
で、次に心に浮かんでくるのが退学者たちなのだった。幸い?なことに前回の卒業生たちのときは、自分が担任した生徒で退学しちゃった生徒はいなかったのだ。今回は自分がクラス担任したことがある生徒は4人退学したんですよね。何らかの運命によって出会った以上、3年間お付き合いしたかったのだけど叶わないこともあるわけだ。
で、突然話は変わるが、「財団法人」とか「社団法人」とかって胡散臭い。「学校法人」より数段胡散臭い。
基本的に彼らの給料は税金な訳でしょ、あるいは寄付。よく知らないけどさ。
ま、私の給与の一部分も税金だけど。
私は真面目に仕事しないと生徒が来なくなって仕事を失う可能性があるケド、「補助金」が舞い降りてくる彼ら(見たこと無いけど)は大してそんな心配しないんじゃないかな?
私が在籍する「学校法人」にはそういった団体からの「講演会のお知らせ」みたいなメールが結構やってくるのですね。職務として学校宛のメールをチェックする係になっているので。そういったメールを目にすることが多いのですよ。
じゃ、採点に戻りましょう。そう、逃避していたのですね。
平成14年度も終了! と。
本年度前半は今まで生きてきたうちで一番多忙だった。後半はそれに比較すれば楽だった気がするのであります。チナミに残業とかいった概念は無いッス。教員は楽なのか?私はハードながらも楽しいと思う。おもしろい仕事だけど、休みが多いとは思えましぇん。
現在19:15、職場にいたりする。この文章がweb上に存在するってコトは、文章をメールで自宅に送信し、そこからhtmlに起こし(大した技使っちゃいないですけど)た上で、リムネットのサーバーにFTPで送ったってコトになるのです。
これから記すのは先ほど脱力したコト、「職場における旧世代の方々の努力」について。
とあるヒトが文章をワープロで執筆、印刷→その印刷結果をFAXで送信→受信した別のヒトはそれを見ながらパソコンのワープロソフトで清書、印刷以上の一連の作業が行われた様子である、私の観察によると。
原稿をメールで送受信してレイアウトをワープロソフトで行うか、あるいは元原稿作成者が直接添付ファイルの形にして送れば済むシゴト?であろう。時間が無駄に使われている気がしてならない。
「人の振り見て我が振り直せ」という諺もあるし、なるべく時間を有意義に使おうと思い直した次第であった。そんなわけで、自分の机の整理を放置して無駄に日記を記す私でした。帰宅しよう。
気がつけば教員業も11年目に突入したらしいです。
社会人?初年度はボロボロでしたね、登校拒否(出社拒否)に陥ったものなぁ。今でいう「パニック症候群」だったのでしょうね。2回ほど原因不明の動悸・発汗・めまいに襲われましたっけなぁ、山手線内で。
今でも生徒に対して「押しの弱い」教員だと自覚しているのですが、これでも強くなっているわけですよ、それなりに。教員業1年目、授業中は生徒に喋られ放題でしたからねぇ@品川女子学院。当時最も世話になった(私が制御できなかった)中学1年生、今は大学を卒業した頃なのでありましょう。
ま、現在の勤務校でも初年度はボロクソだったわけですけど。ってか、今もボロクソなのかも?でも、自分としてはかなり楽しくオシゴトしてますね。
こんな文章記す暇があるなら、試験問題作成すれば良いのにねぇ。
はい、現在16:40。職場にいるのでした。試験問題の元ネタ(元画像)の作成までは完了した。
最近は教科書の指導書にCD-ROMが付いてきて、その中に教科書の絵が入っている場合が多いのですね。そのgif画像に手を加え、試験問題に貼り付ける場合が多いのです。もちろん貼り付けるのは「はさみと糊」を用いるのではなく、パソコンの画面上でコピー&ペーストを行うわけであります。
私はパソコンがないと試験問題が作れないと思いますね。マイ手書き文字は美しいとは言えず、しかも巨大なのだ。
ただし、黒板に板書する場合はそれなりに見やすい字を心がけていますし、あんまり生徒から「文字が読みづらい」との苦情が出た事もないッス。
私が小学生のトキ、センセ方は蝋紙に鉄筆で印刷原稿を作っていたっけなぁ。私はこの「教員業務電算機化時代」に教員になって良かったように思う。ま、教員の基本は「喋りの面白さ」だと思いますけれど。
試験問題作成に飽きたので、逃避してみました。帰宅して続きをやろっと。
16:50になった。
そうだよね、書いとかないとね。

「趣旨」の1行目から誤解釈も甚だしいのですけど…。
直接「高等学校教育指導課」にもの申したワケじゃないけど、どうせメール送ったって反応無かろうから、こぢんまりと告発?してみました。一応解説しますと、「学習指導要領」ってヤツには「確かな学力」なんて文言は無いハズなのですよ。「確かな学力」ってのは最近雲霞<うんか>省、じゃなくて文科<ばっか>省が言い出した謎のフレーズに過ぎないハズなのだ、私が知る限り。
意見反論送りやがれ、バーカ。おまえの父ちゃん日本銀行!ついでにおまえはどら息子。そう、僕たちもリーチ孫ドラドラで二千ザンク。親流れだぁ、ざまあ見やがれ。(あぁどんどん意味不明)
そう、僕は純真さを失っている。どうしようもないギャグ風の文章でホントに言いたいコトを紛らわしているのです。
いや厳密に考えてみると本当に言いたいコトなんて特に無いのです、スイマセン。僕は僕として真面目に生きていきます、これからも。そう、高等学校教育指導課の馬鹿どもを反面労働者として。
現在11:02。阿佐ヶ谷北口から中村橋への関東バスの中。
本日は授業を1コマだけこなし、豊島区(地元!)の中学校4校を回る予定。今日で延べ4日間に渡る営業活動はひとまず終了する。昨今は少子化の影響著しく、生徒もなかなか集まらないのである。ポスターやパンフを渡しに中学校や塾を巡るわけなのですな。
11:09、ケータイメールは疲れるのでひとまず終了。
12:50、豊島区内の公園にて。さっきバスに乗ったとき、始発の駅から2つ目の停留所で下車する老人がいた。高齢者用無料パスの乱発が老人の足腰を退化させ、それが医療費の国庫負担増に繋がっているような気もした。老人になった時に困らないよう、職場(学校)内ではエレベーターを使わない私が思ったコトでした。雲行きが怪しい。雨にならなきゃ良いのだが。
16:50阿佐ヶ谷に向かう中央線の中。豊島区内の残りの4校を回り終え、帰宅の途に着いている。帰宅したら正式な報告書作成せねば。今回、私が理科教師の道を志す直接のきっかけとなったキムラ先生と同僚だったという先生にも逢え、それなりに面白い数日間だった。毎日この日々(営業活動)の繰り返しだったら嫌になるだろうケド。
高校1年生の移動教室引率終了。
怖いね、だんだん慣れている。
例によって虚脱感が私を襲うのだが、だんだん虚脱量?が減少している。良いのか悪いのか判らない。
彼女らにとっては1回きりの移動教室なのだけど、私はなんだかんだ言って5回目だったりするし。
しかし、今回が一番楽しかったのも確かであります。
愚痴るとする。あるいは「自己弁護」とも言えましょう。
私はこの職業(教員業)に入ってコノカタ、シゴトには以下のような優先順位をつけているつもりである。
1.授業
2.担任したホームルーム生徒の面倒を見る
3.校務分掌(教育業務上の事務的処理)の遂行
4.部活動指導
大体、オシゴト初年度・2年度は非常勤講師だったし、シゴトとしては「教科指導」しかあり得ませんわな。
で、部活(ソフト部)の生徒が今日も言う、「練習に出てください」と。私は答える「出られるだけは出るよ。出てるよ。」と。
現在19:36。家に帰ってしまうと飲んだくれてしまうので、学校に残って試験問題を作成している。あと35点分ほど作成したいのでありました。ま、22時前には帰宅したいですねぇ。
20:33。あと17点分。
21:25。とりあえず完成、解答用紙まで。今日は結構意志が強かった私である。先週末に中学校時代に大変影響を受けた先生にお会いでき、真面目に生きようとの思いを新たにした私だったから、多分。
文化祭担当として何年間になったのかしら?毎年面白く観察しているのは、施政者(生徒側の委員)と市井の人々(一般ピーポー:生徒)の関係である。ヒトってのは根本的にヒトを支配したがるものなのかしら?ま、教員なんて最たる「権力志向の持ち主」だってか?そーですね、否定しない。
モチロン、個人の資質に関わる部分が多いのでしょうけれど、ある程度の権力、というか判断を任せられた生徒(文化祭の委員)は、その権力を笠に着る、とまでは言わないけれど、市井の生徒?と反目しがちになるように見受けられるのですね。委員の生徒曰く「(奴ら、)締め切りを守らない(でやがんの、ったく!)」ってのは毎年聞かれる愚痴ですね。私はそういう生徒に聞きたくなるけれど、聞いたこと無いことがある。「あなたは今まで、学校その他のすべての提出物を、その期限までに提出してきたの?」って。
人の振り見て我が振り直してくれれば良いと思う、毎年の私なのでした。
全然ハナシ変わるんだけれど、AdobeのReader(AcrobatReaderでは無いらしいヨ)6は重すぎる。ま、使っている以上あんまり文句を言える立場じゃ無いのだけれど、バージョン5よりも格段に起動時間が増加した。
で、この間はちゃんと調べなかったのだけど、「バカチョン」というコトバは「馬鹿」と「チョン」に分解されるコトは確からしいが、「チョン」の語源には諸説あるらしい。今回調べてみて、初めて判りました。
ま、何にせよ私は「バカチョンカメラ」ってコトバは使わないな。「だったら記すな!」ってか?
差別?ってことで私の中に出てくるのは、「色覚異常」ってヤツですね。
ついこの間、7月22日から25日まで、校長の命令で「企業等派遣研修」とやらに行ってきたのですね。「株式会社日立ハイテクノロジーズ」には東京の私学から6名、東京の公立校から5名が参加したのでした。いろいろ貴重な体験をさせて頂きました、かなり面白かったです。
で、この日記に書きたいのは、公立小学校から参加された先生に、最終日の懇親会で以下の質問をしたってコト。「私は都の小学校の教員採用試験を3回落ちたのですけれど、『シキカクイジョー』って関係してるんですかねぇ?」と。彼女(管理職候補だそうで)曰く、「関係ないと思いますよ。」と。もっと具体的な質問をしましたし、それに対して答えを頂きました。が、当事者(「石原式:ラハシイ式では無い」に引っかかるヒトか、教員を採用するか否かの最終的な判断を下すヒト)じゃなけりゃ判りませんよね、確かに。
チナミに、私が質問をしたセンセ、公立のセンセ方の中では私(痛風候補?)が1、2番目に好感を抱いたおヒトです。ブッチャケ言うと、他のお三方はあんまり良い印象持たなかった。ま、私学のセンセも私を含めて怪しいヒトが多かったけどね。(一応お決まりのギャグで締めてみた。)
女子校に来る男子は緊張している、特に入場口となる校門付近では。
見ているこっちが緊張するわい。そして、僕は相当に「悪人面」に見えちゃうのだろうな。
そんな祭りの日。そう、学園祭は1日目だったのでした。
本日、お勤め先で「生徒会役員選挙」の演説会があった。
その最中でふと気づいた。生徒が結構(全員の2~3割くらいかな?)宣うのだな、「清き一票を」っていうフレーズ。
「んー、これは“過去の残滓”だな」と思った私が居るワケね。
だいたい、「清き一票」ってコトバが存在するのは「清くない一票」が実在する、あるいは実在したからですわな。普通の大人の頭で考えると、「清くない一票」ってのは「公職選挙法(突然大人の世界のハナシに移ります)に抵触する一票」ってコトなのだろうね。それは「金や物で買収された票」ってコトでしょう。
果たして、現在の生徒会の皆さんがどれくらいの選挙活動を行っているのか、生徒会に属していない(そう、生徒会は生徒の組織だ)私は知る由もないが、自分の高校時代を振り返ってみると、「ヤツはいくらで票を売った」なんてハナシは聞かなかったな、小学校から高校まで。ま、もしかすると「票ブローカー」が暗躍し、その結果として私の生徒会長達?が存在したのかも知れない。で、真面目な私?にはブローカーも声を掛けなかった。
公共の建物や横断歩道橋に存在する選挙の啓発ポスターや啓発横断幕を思い返してみると、「あなたの一票」ってフレーズは記憶にあるものの、「清き一票」ってヤツは見た記憶がないなあ。幼い頃?に街頭や街宣車で見た立候補者の「清き一票をお願いしますっっっ!」って大声は聞き覚えがあるけれど。
最近は選挙終了直後に「公職選挙法違反」で逮捕されるヒトも少ないですよね。中元や歳暮も選挙がらみの規制対象であると聞いた気がするし、当然の流れなのでしょう。「票田」に対する金の流通量も相対的に減少しているのは確かなんじゃないかしら。そう、徐々に一票の純度は高くなっていっているはず。
だからこそ、私は違和感を覚えるわけだ。「清き一票」って言葉に。
もともと中学や高校の生徒会選挙なんて「清い」ハズじゃないですか。
この謎な国家日本が存在するのは、清くない一票の集積でもあろう。
かと言って、自分の清き?一票に何の意味があるのか、あんまり分からないような投票を繰り返しているワケでもあるけれど。
そんな投票も、もう10年以上ですかぁ。年も取ったわなぁ。
1か月前の文章ってどうよ?名文じゃない?
ってコトを自分で思っちゃったもんだから、どうもその後の日記を記しづらかったのです。
本日、かなり貴重な体験をしたので、一応記しておきます。
伝書鳩(レース鳩)、教室に飛び込んできました。
以上!
追伸:カラスよりは軽かったかも。
どうも楽しいコトに走ってしまう私。試験問題は全然作成できなかったものの、年賀状の原稿はそこそこ納得するモノができた。
謹賀新年。
と言っても、のんびりとした年明けではなく、宿題に追われる2004年の私なのだった。
年賀状っていうのもよく分からない存在ですわな。年末年始はその作成や返事書きに追われてしまったりして。本当は簡単には会えないけれど挨拶しておきたいヒトに送るものなのだろうけれども、職場のドーリョーの方々にも送ったりするものねぇ。
そして、「どうせ送るからにはそれなりの作品を送ろう」という気持ちでここ8年くらい過ごしてきた私である。まだ訪れていないんスカ?そんなアナタ、どうぞ行ってらっしゃい『年賀状ギャラリー』へ。
1年間で一番好きな香りって「沈丁花」の香りだな。何でなのだろうか?
婆さんか爺さんあたりに教えて貰った可能性は高い。生家の庭には二羽ニワトリがいる。じゃなくて、私の生家の庭には沈丁花があるし、「じんちょうげ」っていう名はその木の「姿カタチ」とセットで私のアタマに登録されていると思っているから。
ところで!現在イラクに出張なさっている「自衛隊」の方々に「職業選択の自由」ってヤツは在ったのでしょうか? 私はかなり厳密な消去法によって現在の職を選択したつもりなのですね。
時々ニュースになりますよね、「教員が答案を無くした」って話題が。この文章はある意味「告発」となるのだろうが、私が高校生のとき少なくとも答案を2度無くした(と生徒に説明した)らしい教員がいた。英語のI山センセってヒトね。その生Yセンセが当時在籍していたのは東京都立小石川高等学校。
私はその先生に教わった記憶は無いのだが、その先生に担任して貰っていた、そして現在この世の中にはいない芹澤隆一郎ってヤツから聞いたのだね、そのハナシ。まさに「死人に口なし」なので、彼から改めて聞くことはできないけれど、他の人に聞けば解るのでしょうね。その高校は担任もクラスメートも3年間持ち上がりだったから、同じ合唱部(音楽研究会)にいた「おがひ」君とかに聞けば解るのだろう。
私は答案を無くしたこと無いし、割と採点は好き、というか授業の効果?を知りたいから紛失は無いなぁ、多分。
ここ数年思っているのですね、自分には何ができるのかを。
ま、ぶっちゃけトーク、何もできないのだろうという結論に落ち着きつつある。ってか「終わりがない」だろうから、この職業に就こうと考えたのだけれどもね。
そうです。相当に計算した結果、私は今の職に就いたのだ。そして計算するに、今の職を続けるのが吉だろう。
イラクで拘束された人達(日本国籍のヒトに限らず)、何でそこに居た、行こうと思ったのだろう?
この瞬間にも、このホシ(地球)の上では兵器によって死んじゃったヒトがいるのだろうなぁ。
そして日本でも、空腹や絶望で絶命するヒトがいるんだろう、今夜も。
ま、宇宙ってヤツは懐が広いよねぇ。
26日深夜にこの日記を記しているのだ。本日は職場で11時間、自宅でも3時間弱はシゴトした。実労で14時間ですか。疲れたのねん。
虹は雨が上がった後、ひょっこり現れて皆を元気にしてくれます。 良く日本では虹は「七色」であると言われますが、あなたは七つの色を数えられますか? 冷静な目で観察するならば、実際の虹には色の境目は存在しません。人間側で勝手に色を区分けしているに過ぎないのです。そういった意味で、私たちヒトは虹と同じなのではないでしょうか。 あまり深く考え無いヒトならば、自分たち人間の間に線を引くことはできるのかも知れません。例えば「正義の味方」と「テロリスト」という風に。 しかし、それは本当なのでしょうか?どうやって線を引くのでしょう?単なる主観ではありませんか?他人との間に線を引き、その内側で群れて安心するのも楽でしょう。しかし、それは空しいことではありませんか?
ヒト一人ひとりの個性を認め合い、無限に存在するそれらの色を集めて、未来へと続く美しい虹を作ろうではありませんか。そう、この私たちの薔薇祭から。
勤め先の文化祭のために考えた文章である。ま、ボツになるかも知れないから、ここに載せておこう。
現在18時を回ったところ。
問題作成にスパートがかかってきた。だったらそのまま仕事を続ければよい気もするのだが、ま、息抜きである。
私はホームページの原稿書き(日記作成)こそ職場で行うことがあるものの、html化とftpは自宅のパソコンから行うのだった。原理的にはこの職場からリムネットのftpサーバーに繋ぐことはできるのだろうが、ユーザー名とかパスワードを流すことに不安を感じるのだ。ってか、職場から個人的なwebページの更新をすることは倫理的?に×なのじゃないかと考えてるってコトもあるのですけれどね。
そして、ちょっと校内を散歩したら生徒に捕まり、現在は18時35分。確かに化学の初っ端は一番難しいところですわな、molね。pHを「ぴーえいち」と読まずに「ぺーはー」と読むと、場所によって馬鹿にされるのと同様、molも「モル数」よりは「物質量」と呼ぶべきであるらしい。そして、μmは「みくろん」よりも「まいくろめーたー」と呼びましょう。
しかし、ドイツの車メーカーであるBMWは「べーえむう゛ぇー」と読んだ方が良いような気がするのだが、日本法人は「びー・えむ・だぶりゅー」なんだってさ。
「華氏911」って興味ありますね。「ボウリング・フォー・コロンバイン」は高校時代からの友人である日本共産党員からのメールでその存在を知り、数ヶ月前にレンタルを借りて見た私なのであった。ここ数ヶ月、「天誅紋次郎」なる人物からのメールが職場に届くのだが、時々「なるほどねぇ」と思わされる記述を見ることがある。ま、自分ではそのSPAM紛いのメールマガジンを講読しようとは思わないが、職場に届いたメールは時々眺めたりするのだった。
そして、19時近くなったから、仕事を再開するとしましょう。
で、現在19時40分。生物1の問題はほぼ完成した。解答用紙の作成に入りましょう。
20時7分。テストプリント完了。帰宅してから実際に解答してみるのでした。明日の午後には職場でソフトボール大会が行われるのだ。だから、今日のうちにできるシゴトは可能な限り片づけておかなければならない。
ほんじゃ、帰宅しましょ。
たまには理科ネタでも書きますかね。
私が約15時間前に頼もしく思ったのは、「setiを知っている小学6年生の女の子が居る」ってコトでした。
職場で「オープンスクール」ってイベントがあったのですね。私立学校ですから、生徒が来なければ倒産しちゃう。営業活動の一環として全職員で行ったわけです、夏休みの1日を使って。
ま、参加者も大変だったみたいです。午前中は小学生、午後は中学生対象だったのですが、参加した中学生の中には「午前中に会場模試を受けてきた」ってお子さんが結構居たみたいです。選ばれる学校も、選ぶ側の生徒や親も大変ですなぁ。彼女たち、宿題は終わっているのかしら?私はとりあえず自分の宿題は終えたけれど、2学期に着ていく半袖シャツは洗いっぱなしであり、アイロンがけが終わっていないのだ。明日かけなきゃなぁ...。
で、ホントは私、「太陽の望遠鏡観察」を行う予定だったのです。前回の7月18日はバッチリ晴天だったため、ファンキーな小学4年生の女の子達を中心のお客さんとしながら、カンカン照りの太陽を観察して楽しく過ごせたのですが、今回は天気が悪そうなことは数日前から判ってました。
で、やはり天候は回復せず、「どうしたものかなぁー」と悩みながら数日過ごし、「太陽についての講義と天文学関係のビデオを見せてお茶を濁そう」との結論に達したのです。
チナミに皆さんにもお伝えしますと、太陽をソフトボール(3号)の大きさに縮小すると、同じ縮尺で地球は直径0.9mmとなり、太陽~地球間は10m強になるのです。ま、ここで書いてもあんまりピンと来ませんよね。気が向いたら?実物を作成してみてください。地球や自分の小ささが実感できることでしょう(そして、このちっぽけな星の上でちっぽけな自分がいろいろ悩んでいることってのは、なんと小さなコトなのでしょうか!って思いたい私も居たりする。生きるコトは大変であります)。
アテネ五輪の男子マラソンでトップの走者(誰か知らない)がスカート(ってかブルマー?)兄ちゃんに捕まりかけた。生中継って面白いですわな。イングランド系?の服装だったなや。彼は何を言いたかったのだろう?で、雨天のために私が選んだビデオってのは、NHKが3年くらい前に作成した『世紀を超えて』の地球外生命体に関わるハナシ、マイビデオライブラリーの一つなのだった。
1234番のランナーは後続に抜かれた。私は5年前、1999年の5月からseti@homeをやっているのだが、最近はだいぶ市民権を得てきたのだと思いましたわ。
一見夢に満ちていて勇気づけられるような、しかし実際は儚く悲しいものであるseti@homeプロジェクトを小学6年生の女の子が知っていることが頼もしかった。何が頼もしいのかと分析してみるに、「自分が惚れた思想を継いでくれそうなヒトがいる」っていう、ヒトがヒトらしくあるための条件の一つを私が感じたからなのでしょう。
チナミに本日「太陽の望遠鏡観察」を希望していた小学生は5人居たのでした。ま、ヒトの希望は地球の都合(東京には雨降らせるぞ!)には負けるってコトが判ったとも言えましょうか。それはそれで良いと思います。私はその星に住んでいるし、その星以外には住み場所が無いことも確かだろうし。
1234番のランナーは銅メダルらしい。メダル取れて良かった気がする。
環境問題を考えるってサイトは凄いです。その存在を知ったのはいつだったか忘れましたが、凄まじいまでのエネルギーを感じましたね。
理科教師だったりするアナタ!是非とも上記サイトに行け!
小学生の時、地球は寒冷化傾向にあるっていう情報に怯えていた私も居たような気がします。が、南極の氷が溶けて70m水面が上昇するって情報に世の無常を感じた私も居たような…。
そんな私でありながら、いつの間にやら二酸化炭素増→地球温暖化っていう情報を生徒に流していたコトもあるし(自戒)。
ま、ご覧あれ。
未成年の喫煙はどんどん増えている気がしますね。ま、法を犯して煙草を吸う若者は昔も今もいるのだろうし、私自身も20歳になる前に煙草を遊びでフカしてみたこともあるのは確かなのだがな。
何でそんなコト言い出したかって云うと、職場の学園祭での警備係(校門での人物・チケットチェック)をやっていて思ったことがあるからだ。校門を出た直後に、煙草に火を点ける「どう見ても未成年」が多くなった気がするのだ、ここ数年。
「健康増進法第二十五条」に基づき、うちの職場でも喫煙者は肩身が狭い思いをさせられているのですね、私は煙草を吸わない人間だから、あんまり関係ないのだけれど。で、学園祭の際は毎年全面的に校舎内は屋外の一部を除いて禁煙になっている。ま、学校の中でプカプカ歩き煙草なんかをする輩はさすがに居ないけれど、校門を出た直後に煙草に火を点ける人物に、「いい年した大人」は居なかったな。みんな私よりも若かった、間違いなく。
煙草って、体に良くないのは確かだろうし、お金もかかるよね。制服を着ながら校門前で煙草を吸っていた輩に声をかけたことがある「金がかかるからやめた方がいいんじゃない?」って。向こうも私が教員だとは知っている様子であった。「法律で決まっているから」なんて、彼らに言っても意味無いし、法を作成する立場やそれを遂行する立場の人たちなんか、バンバン法律を破っては捕まって・捕まらずに居るわけだしね。私が彼らに言える煙草を勧めない理由は「金がかかるから」以外には無いな。
で、昨日さらに考えてみたのだけれど、煙草を吸うヒトに「体に悪いから止めたら?」とか言ってみたところで、「別に長生きしたくないもんね」と言われればそれまでであろうな、と。現代社会で生きていくことは大変だからなぁ。でも、煙草を吸い続けていると煙草を吸わないヒトよりも確実に癌になりやすいらしいじゃないスか。癌は痛いらしいし、その治療には金もかかるよなぁ。痛いコトってやだよね、誰でもさ。
東京都教育委員会から出たらしい「男女平等教育について」の写しは何時だったか学校で見ましたわな、確かに。
「ぱっと見」意味が分からなかったが、良く読んでみたら多少意味が分かった。
で、結果的には何を求めているのだ?東京都教育委員会ってヤツらは。
私の疑問は以下の通り。
小学校や中学校のクラス内の出席番号が男女混合であった場合、そいつが「男女共同参画社会」由来の男女混合名簿なのか、行き過ぎた(東京都教育委員会の見解とは異なる)「ジェンダー・フリー」由来の男女混合名簿なのか、どうやったら解るんですか?
そういったリトマス紙?を開発した後で通知を出して欲しいね。ま、私のお勤め先は一応女子しか居ないから、あんまり関係ない通知ではありますけれどね。
(これは生徒に対する侮辱という形をとったギャグである。一応補足しておくが、私は彼女らに対して「女の子なんだから…」とか「高校生(中学生)なんだから…」とかいう風な、「私自身の中にしか存在しないような型」を押しつけようとしたコト、意図的には無いと思いまする。さらに補足しますが「私が好き(嫌い)」だから「何らかの行動・態度」を要請することはありますけれど。何言ってるか判らないって?スイマセン。)
ま、私も他人が思うほど暇ではないので、プレス発表資料以下のページをすべて見たわけではないのだが、その謎の写しは印象深かったな。
それでふと思い出したのだけれど、私の卒業した高校、東京都立小石川高等学校は女子の方が出席番号が先だったのですわ。5~6年前も状況は同じだったらしい、googleのキャッシュを漁ってみると。私が在学していたとき(昭和61年入学・平成元年卒業)は、学年が9~10クラスあり、50人弱のクラスメイトがいましたわな。女子が出席番号1番から16~7番くらいまでを占めていて、男子が出席番号21番以降だった。私は26番だったなぁ。そんな先進的な学校も、そのうち都立の中高一貫校になってしまうようだ。この「女子が先にいる名簿」続けて欲しいな、何となく。
チナミに、朝日新聞で採り上げていた「自衛隊とか米軍とかに関する記事」、私は基礎知識がないのであんまりコメントできません。勉強する気になったらします。
賀正。
今年の正月は、過去数年間の正月とは異なる点が多いのである。
1.年賀状が来ない
ま、理由は簡単である。転居を行ったからなのだ。郵便局には転居届を提出してあり、確かにその後は郵便物は転送されてきていた。しかし、1月1日、年賀状は1通もやってこなかったのである。ま、正確に言うと私の友人(やオシエゴ)のうち、「昔気質でマメで律儀な人」の賀状は届いたのだ。正確に表現するならば、「昔ながらの紙の年賀状を作成するヒトであり、私の転居通知メールや職場に於いての転居通知を確認して住所録を訂正した上で、旧年内に賀状を作成・投函してくれたヒト」の賀状は届いた。旧住所・阿佐ヶ谷のクソ寒いアパート宛の賀状が数十通もゴッソリ行方不明になってしまうことは無いだろうコトは予想されていたので、後ほどまとめて転送されるのだと考えた。本日ネット上で調べてみたところ、予想通り転居先への年賀状の転送は数日後にまとめて新住所に行われそうな様子である。郵便局の正式なコメントではなく、過去の掲示板のログなどから分かったことでありますけれどね。なにしろ、新年のちょっとした暇つぶしが消えてしまい、少々つまらない元日なのだった。
2.三が日のうちに出勤してしまった
現在の職場に勤め始めてから10年くらい経過しているのだが、今年度のこの冬休み、始めて講習なるものを担当することになった。高校2年生対象の化学であります。2004年度から教科主任ってヤツになってしまい、私も講習の講師を引き受けた方が良いかなぁって考えたからなのである。また、高校2年生は担任してるクラスもありますしね。ま、教科主任って職もクビになる可能性があるから、そんなに気張らなくて良いのかも知れないが、あんまり適当にシゴトしてると(念のため言っておきますが、私は真面目に仕事してますよ、ええ)、職場自体をクビになる可能性も無いとは言えないので、ポーズとして講習の担当を買って出たとも言える。ま、部活によっては年中無休で活動しているところもありますし、冬休みも4日しか取らずに年末も年始も講習に燃えている修行僧のようなセンセ(某ガンちゃん先生:内輪しか知らないッスね)もいるから、特に珍しい存在では無いのでしょうけれど、私の勤務校の場合はね。で、ついでだからソフトボール部の部活動の仕事始めも4日からにしてしまったのでした。昨年度までは1月の始業式以降に活動をしていたのですけれど。
3.ちゃんと初夢を見た
何故かは知らぬが、今朝の夢で石原慎太郎の授業を聞いたなぁ…。初夢に該当するのでしょう。扇形の大教室の黒板の前でシンタロウ氏が何か楽しげな授業をしていた。「彼の授業も面白いじゃん、マスコミの報道では色んなコトを言われているケド」なんて感想を抱きながら私はノートを取っていたなぁ。何の授業だったか忘れたが、不思議な夢だった。
ちょっと前から、ってかこのニュース見た瞬間から思っていたことがあるので披露します。
小学生の4割「太陽が地球を回ってる」 国立天文台調査小学生の4割が「太陽は地球の周りを回っている」と思い、3割は太陽の沈む方角を答えられないことが、国立天文台の縣(あがた)秀彦・助教授らのアンケートで分かった。回答者はそれほど多くないが、身の回りの天文現象への関心や知識が薄れている傾向が見て取れる。21日から盛岡市で始まる日本天文学会で発表される。01~04年に、北海道や広島など8都道府県の14小・中学校約1700人にアンケート。このうち、太陽と地球の関係については、授業で天文を学習した公立小4校の4年~6年生までの348人が回答し、「地球は太陽の周りを回っている」と正解したのは56%。42%は「太陽は地球の周りを回っている」を選んだ。 また、太陽が沈む方角を公立小9校720人に尋ねたところ、「西」と答えた子どもは73%で、あとの3割近くが正確に答えられなかった。都市部ほど正解率が低い傾向があり、縣・助教授は「夕日が沈むのを見るような自然体験が子も親も失われている。情報があふれる一方、テレビやゲームなどに時間を奪われ、身近な現象を学ぶ機会が減っている」と指摘している。 誤答の多い結果について、調査した教師や研究者らは、今の小学校の学習指導要領では教える内容が厳選されていることを理由に挙げている。「地球の自転・公転はもちろん、月の満ち欠けの仕組みなども教えるようには明記されてはいない。小学校では、天体や宇宙を大きくとらえられるような授業が必要だ」と話している。 (09/21) あさひこむhttp://www.asahi.com/edu/news/TKY200409200233.html
ま、結構このネタはblogなんかで取り上げられているのですね。ある意味衝撃的なニュースなように見えますが、私もそのblogerさんたちの一部(たとえばhttp://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/diary/archives/200409/222326.php)が述べていらっしゃるように、アンケート結果自体は大した問題ではなく、その記事としての取り上げ方が問題じゃないかと思ったりしたわけさ。
大体、地球が太陽の周りを回っているとか、地球がコマみたいに(もちろん1日で1周というゆっくり?とした回転らしいのだけれど)回っている何てコト、まっとうな感覚器官や脳みそを持ったヒトなら気付くわけ無いのだ。
アサヒコムの記者は「地動説が正解、天動説は不正解」なのだ!って決めちゃってる。多分その記者の(教わった、あるいは自分で学んだ、数十年間進歩していない)宇宙観では、太陽が中心なんじゃないかな?
太陽系も銀河系という巨大な渦のなかに存在しており、他の恒星から見ればで相対的に移動している(らしい)なんてコトは知らないのじゃないかしら。ま、新聞記事ってのはblogみたいに字数無制限で幾らでも書きたいことを書けるわけではなく、どうしても推敲という作業が入るでしょうから、そんな馬鹿っぽい文章になってしまうのは仕方ないのかも知れないが。
で、私が最近心がけている「元ネタの参照」をしてみた。
Y01a 小学生の天文・宇宙に関する理解とその改善策の提案 -天動説支持者は4割-○縣秀彦(国立天文台),成田直(東能勢小),西田昭徳(春江西小),本田輝政(同志社香里中・高),飯田毅(ミュージアムパーク茨城県自然博物館),加藤忠(NTTファシリティーズ),川井和彦(理研),高幣俊之(理研),山縣朋彦(文教大)
現行の学習指導要領小学校理科では,「地球は丸い」ことも,「地球は自転している」ことも,「地球は太陽の周りを公転している」ことも扱っていない.児童の天文学習への興味・関心や知識・理解の実態を調査し,児童の学びの現状を把握することで,小学校の天文学習カリキュラムについて検討した.7都道府県,14の学校で計1500名を超える児童・生徒がアンケートに回答した.その結果,「太陽が地球のまわりを回っている」と回答した児童が4割にのぼるなど,幾つかの学習指導上の問題点が明確になった. 現行学習指導要領の小学校天文分野は,以前小5,小6で扱われていた月や星の観察等が,小4にまとめられたため,学習内容が極めて不十分なものとなっている.さらに,太陽,月,星の学習で,観察した事実のみにこだわっているため,結果として運動のみを重視する内容にとどまっている.次期学習指導要領作成においては,太陽,月,地球が球体であることを前提として示し,太陽系を鳥瞰する図を用いることで,地上から見た天体の動きが宇宙での各天体の位置関係等と関連づけて理解できるよう配慮すべきである. http://www.asj.or.jp/nenkai/2004b/html/0122.html
太陽系を俯瞰する図とか、惑星の動きとかを小学生の段階で扱っちゃった日には、一般的な日本人における宇宙観は「理解不能」っていう括りで終わっちゃうんじゃないかしら?いい大人、具体的には私の職場におけるお隣の席の巨大な地理・歴史科の女性教諭なんかは言っている「私って宇宙のこととか全然わかんないのよねー」ってコト。ああいった「立体的なモノを頭の中で組み立てる作業」ってのはヒトによっては向き不向きもあるみたいですし、三球儀とかを見たコトあるヒトの方が、三球儀を見たこと無いヒトよりも「太陽系の構造」と「地球からの他の星の見え方」は理解できるのでしょうね。
何しろ、日本天文学会のページってヤツを初めて訪問してみた私ですし、研究発表の全文が引っかかってこなかったから…
ってここまで書いてもう一度調べてみたら引っかかってきました。
http://centaurs.mtk.nao.ac.jp/~agata/research1/index.html
で、(恐らく)パワーポイントから作成されたpdfをざっと眺めてみた。
♪いーじゃなーい(ギター侍風)
おいおい、尻すぼみですな、私よ。
でも、やっぱり何事もおおもとのネタを見てみるべきだね。(見知らぬ)アガタせんせ達の仰ることはもっともであると思いますよ、私は。
あー、はやく『新しい歴史教科書』読みたいなー
話を戻し、ひとつ「へー」を
地球の自転によって東京は毎秒400mの速度で移動している。
これは地球の公転による移動速度に比べれば圧倒的に小さいのです。自転の速度は地球の中心を基準として考えた場合であり、公転の速度は太陽を基準として考えた場合の話しです、モチロン。相対性理論は気になりながら真面目に読んでいない私である。しかしなにしろ、実生活上は地動説より天動説の方が都合が良いやな。
それから念のため言っておきますと、指導要領を一番気にしているのは恐らく教科書会社でありまして、現場の教員である私は教えたいように、生徒がわかりやすいと思われるカタチで授業を行っておりますなぁ(生徒が判っているかどうかは別問題)。
トキに教科書に書いてない話をしてしまうのは、自分を博識に見せたがるという教師の性もあろう、恐らく。
本日は高校入試であった。普段の通勤より早い時刻、授業が無いから生徒も通らない阿佐谷南3丁目を歩いていた。
ここ数日、その通学路では露出狂が出没するそうである。この寒い中ご苦労である。その苦労が偲ばれる。で、ふと思った。「女子校に勤務しなければ、そういった露出狂の方々に遭うことなんて殆ど無いだろうなぁ」って。
男である私は、男であろう露出狂を普通の町中で見たことは無いし。
私が直接見たことあるのは以下に述べるお三方。
その1
下校途中の生徒から「学校南側の路地に露出狂出現」との連絡を受け、もう1人のセンセイ(ハンドボール部顧問のSセンセ)と出陣。出現したという情報のあった路地を流して?いると、生徒達の背後へ自転車に乗った細身の兄ちゃん(20代後半?)が近づいていくトコロに遭遇。生徒達を先頭に兄ちゃんが続き、後ろに私ともう1人のセンセという隊列で数秒間歩く。おもむろに兄ちゃんが生徒達に声をかける。振り返り固まる生徒。兄ちゃんを捕まえにかかるSセンセ。
結局、彼は短いジョギングパンツの下から「わいせつ物」を露出していたようなのだな。そんなに暑い日では無かった記憶があるのだ、わざわざご苦労様。彼はSセンセにヘッドロックを掛けられて校舎内に引きずられて行きました。私は彼のチャリンコを押して運んであげました。その後、彼は無事警察の方々に遭遇することができましたとさ。
ところで、この日記を書いていて「公然わいせつ」とか「わいせつ物」の定義が気になったのでチョロッと調べてみたのだが、掠りはするものの「これがわいせつ物だ!」って定義は見事に見あたらなかった。「わいせつ物」ってのも定義が難しいモノのようである。
その2
下校途中の生徒から「学校東側の路地に停まっている車の中に変な人がいる」との連絡を受け、数名のセンセイと確認に出向いた。スーツを着た立派そうな、やはり20代(前半?)の兄ちゃんが運転席に座り、腿の上に書類を広げていた。営業途中であったらしく、白のライトバンに乗っていた。通りかかる生徒に道を尋ねる振りをして、書類の下に隠した「わいせつ物」を披露してくださっていたようだ。テクニシャンだねぇ… ○| ̄|_
常々私は胸ポケットにメモ用の紙とペンを常備しているので、車のナンバーはバッチリ控えたのでありました。その情報は警察に伝えておきましたとさ。何らかの連絡が行ったのかなぁ、彼の勤務先に。あるいは彼は今も都内のどこか、あのテクニックを駆使しているのだろうか…(何となく涙)
その3
例によって下校途中の生徒から「学校南側の路地に露出狂出現」との連絡。教頭と共に自転車で出撃。路地に餌食となる生徒はいなかったが、ベージュの麻のスーツを着た人物が居た。眼があった瞬間、彼は猛然とダッシュしていた。
何しろ恐るべきダッシュ力であった。私自身は並の30代男性よりは足が速いつもりなのであるが、その人物(やはり20代後半かなぁ?)は滅茶苦茶に足が速かった。とりあえず、私たちはチャリンコで追走した。そして数秒後、近くの都道4号線(青梅街道)へ差し掛かった我々は恐るべき光景を眼にしたのであった…
何と、彼は車が普通に往来する青梅街道(片側2~3車線の道路)を走って横断したのだ。我々は言葉を失った。車がびゅんびゅん通っている青梅街道を渡るなんてコト、私たちにはできなかった。結局そこから30m程離れたところにある横断歩道まで移動し、青信号を待った。足の速い彼が路地を曲がったところまでは見えていたので、そこに行ってみたところ、道は行き止まりとなっていた。近くにいた婦人や大工さんに尋ねると、「ものすごい勢いで走ってきた人が、住宅群の隙間を抜け、彼方へ走り去っていった」とのコトであった。
それ以来、私は「露出狂出現」の報を聞くと、徒歩で探索に向かうことにしている。チャリンコは小回りがきかないんだよね。ま、私自身は車道を走って横断しようとは思わないけれど。
でも、たとえ足の速さにある程度自信がある私でも、自分の行為(ブツ露出)でアドレナリン分泌(ある意味ドーピング?)中の彼らには敵わないのかも知れませんねぇ。
本日から4泊6日で修学旅行引率なのでした。行き先はフランスのパリであります。
3年前にやはり高校2年の担任をしていたときも、修学旅行では同じ行き先を予定していたのですが、9/11の同時多発テロの直後だったため国内旅行に変更になったのです。
では、そろそろ新三河島駅へ向けて出発しますかね。
2月17日から22日まで、修学旅行の引率でフランスはパリへ行ってきた。その間の出来事を。
17日
成田空港からシャルル・ド・ゴール空港へ12時間超のフライト。直行便ではあるのだが、何しろ長かった。使用したのは全日空NH205便。日本を正午前に出発し、時差で日本から8時間遅れのフランスに着くのは現地時刻の16時半頃だった。以前から私の中で懸案事項であった10年前に発行された未読書籍『ソフィーの世界』を機内へ持ち込んでみたのだった。あの本の作者はノルウェーの生まれだそうだが、その上空を飛んだわけですな。結局たいした量を読むことができなかったのでした。また、私が座ることになったのは窓際の席だったので、窓からの眺めを楽しみにしていた。チナミに私の隣の席はなぜか一般客2名(修学旅行生と一緒なんて可哀想)。太陽を追いかけて飛ぶ便なので、照明?的には問題無かったのだが、シベリアからヨーロッパ上空は雲が多めであり、ほとんど地上を望むことができなかった。飛行機がフランス上空へ入った頃、久しぶりに地上が目に入ってきた。まず思ったことは「畑がきれいな国だなぁ」ってコトでした。さすが農業と原子力の国である。広くて平らな緑の絨毯(おそらく麦が主だったのでしょう)が広がっていたのが印象的であった。飛行機は無事着陸して誘導路を走っているとき、白いものがチラチラ動いているのが目についた。さすがヨーロッパである。ムーミンに出てくる「ニョロニョロ」がたくさん生えて...いるワケがない。白いものはウサギのおしりであった。背中側は灰色に近いのだが、おしりやお腹、しっぽの裏側は白いのですねぇ。空港内でヒト以外の動物をあれほど大量に目撃したのは初めてでしたなぁ。そして、飛行機を出て最初に思ったのは「香水臭せぇー」ってコトであった。さすが「おフランス」である。空港からホテル(メルキュール・パリ・ポルト・ド・ベルサイユ・エクスポ)へ向けてクラス毎にバスで移動する途中、エッフェル塔が見えたときはちょっと感動した「写真と同じだ」って(アタリマエ)。その日は時差の影響もあまり感じず、軽い夕食を食した後に教員のミーティングを行い、眠りに就いたのでした。
18日
最初の見学地はモノプリ(MONOPRIX)というトコロでした。日本で近いキャラ?っていうとイトーヨーカドーかしら。なにしろ見学の都合上、最初の訪問地がスーパーマーケットなのでした。ま、あれはあれで面白かったですね。私自身も日本で買い物する場合はスーパーマーケット(最近はほとんど「いなげや」)が多いですし、庶民?の暮らしを見ることができますわな。とりあえずワインを買ってみようとしたのだが、どのワインが良いのやら?棚の前で悩んでいるところへフランス男性がツカツカと寄ってきて、棚から同じ白ワインを3本カートへ突っ込んだのでした。その男性が関わっている飲食店用の買い出しだったにしろ、彼の自家消費用だったにしろ、とりあえず同じワインを3本も買うということは、味とコストパフォーマンスのバランスが良い商品だろうと思ったのですね。私も同じワインを買ったのでした。モノプリは開店直後だったため、客が選んで棚から持っていった商品がすぐ分かる状況だったのは良かったですね。ポテトチップやその他のスナックについても、棚から若干目減りしている商品を選んで私のカゴに入れましたとさ。ポテトチップスは先日食べましたが、おいしかったデス。じゃ、その時のワインは何処で飲んだのかって?不思議ですねぇ。で、集合時刻になったのですが、生徒は集まりきれません。なにせ大半の生徒はレジで行列してたから。朝早くだったのでレジのねぇちゃんたちも頭数が揃っていなかったのでしょうね。とりあえず買い物は終了し、ベルサイユ宮殿へ移動しました。その日から3日間、私たちのクラスをガイドしてくださったのは現地に住む長手(おさで)さんという60才間近の女性でした。言い忘れてましたが、日本からお世話になっていたのは近ツリの品川さんという男性。
18日(続き)
そしてベルサイユ宮殿へ。有名である(らしい)「鏡の間」は補修中で一部分しか見れませんでした。私が何よりもビビったのはその庭園の馬鹿デカさでしたね。日本式の庭園って、池とか石とか木の配置によって何か?が表現されているような感じがあり、十把一絡げに扱われる存在ってのは「砂利や苔」みたいな小物って感じがあるのですが、ベルサイユでは「高さ数mもある立派な樹木」が「十把一絡げ」に扱われていました。別の言い方をするならば、木々は「その他大勢の仲間の木々と共に、遠景として存在させられている高さ数mの生け垣の一部」となっていました。何しろ、池もデカかった。で、昼食後はオルセー美術館へ向かいました。ミレーとかモネとかマネとかゴッホとか、美術の教科書で見たような有名どころの絵が並んでいて、お買い得感?が感じられる見学場所でした。その美術館で一番印象的だったのは男子用小便器の位置の高さでした。日本の由緒正しき(短足)老人なんかだったりすると、便器の下端に尿排出部が届かないんじゃないかしら?日本でも時々、高い位置にある男子用小便器(もちろん、女子用便器を見る機会は基本的に無いのだけれど)を見ることがあるが、それはある程度意図的にデザインされている気がする。それに対して、オルセーの小便器は「素」で高い位置にあったような気がするのだな。ま、日本人に限らず、短足なヒトは大便用の便器を使用すれば良いのでしょうけれどね。でもそれじゃあ悔しい気もしますわなぁ...
今回一緒に引率に行ったKセンセ、夜中の乾燥を避けようとしてバスタブにお湯を張り、トイレ兼バスルームのドアを開け放って眠りについたそうだ。私もその技をどこかで聞いたことがありましたので、同じく最初の晩は洗面台にお湯を張っておいたのです。使わない大量の水をバスタブに張ったりするのは申し訳ない気がするとともに「どうせ水は漏れてしまうだろう」とも予想していたから。その翌朝、予想通り私が使用した部屋の洗面台の水は流れ去っていましたが、予想以上にフランスのホテルは乾燥していましたね。洗面台とかバスタブってヤツは使用後にどうしても水滴がついてしまうのでありますが、前夜にシャワーを使用したにも関わらず、翌朝にはバスルーム内のすべての壁や床がきれいさっぱり乾いていました。日本ではあまり見ない光景ですわなぁ。で、当然の事ながらバスタブにお湯を張ったKセンセの場合も、バスタブはきれいさっぱり乾いていたそうです。おかしいのはそのセンセのハナシなのです。彼女は空になったバスタブを見て「まぁ!こんなに乾燥しているのかしら!?」って思ったそうなのだな。うーん、さすが。ま、その後には考え直して「水が漏れたのねぇ」と気づいたということも、彼女の名誉のために申し添えておきます。
19日
ケチくさい日本の旅館とは違って、泊まったホテルのテレビは無料だった。しかし、1つのチャンネルを除き、使用されている言語がことごとくフランス語だった。それはそれで異国情緒を感じられるというものかも知れないが、何しろ日本の様子が分からなかったのでありました。パリの朝は2日目だったのですが、自分にも英語教育が施されていたことを確認しましたね。前述の「1つのチャンネル」ってのはCNNでありました。フランス語はほぼ100%聞き取ることはできないのだけれど、CNN は若干聞き取れましたから。ま、大学を含めて8年間の英語教育は無駄ではなかったということですね、私においては。
私の担任している6組と行程が同じもう一つのクラスである4組、その日最初はルーブル美術館に向かいました。有名な地下1階の「逆ピラミッド」では、アヒルの腹を見ることができました。水鳥の腹を見る機会、普通の人にはありませんよねぇ。私もアヒルに関しては普通の人?なので、ガラス張りの天井を歩くアヒルさんがいてくれた今回、初めて水鳥の腹を見ることができました。アヒルとか鴨とかの歩く姿って笑えますよね。下から見た彼らの歩く姿は、なかなか面白いものでした。
世の中は4月にもなろうかというトコロなのであるが、私の日記は2月半ばなのだった。でも、まだ続く。
19日(続き)
ルーブル美術館は何しろ広かった。絵よりは彫刻の方が面白かったかしら。「モナ・リザ」を初めとした名作だらけで、ある意味疲れましたね。また、あまりにも有名なヤツが多すぎて、有難みに欠けるような気がしたッス。絵画よりは彫刻の方が面白かったですね。数百年~数千年昔のモノ達がちゃんと残っているってのは凄いことでございますな。で、ルーブル美術館ってところ、年令を証明できるもの(ま、普通はパスポートですな)を見せれば、18歳未満は入場無料だったりするらしい。で、現地のガイドさんに連れられてルーブル美術館を見学し「皆さん、解散しますから各自好きな場所に行くなり、買い物をするなりしてくださーい」って解き放たれたのは、ルーブル美術館出口改札?を出てからだったのだ。一応入り口改札?のヒトに「私は教員なのだが...」と(英語で)伝えたつもりであるものの、「ダメよ」と断られてしまったのだった。あれが今回の修学旅行で一番悲しい出来事だった。入場料払って再入場するのも癪だしねぇ。
昼食後、バスにてフォンテーヌブロー城へ移動した。今回の旅行で一番印象的だったのがこの「バスでの移動」である。前にも述べたが、フランスは畑のきれいなクニである。それを堪能できたのが高速道路でのバス移動だった。東京ってか首都圏ってのは人が住んでいない場所が無い位に家だらけじゃないですか。畑もあるにはあるが、税金対策風の小規模農園が多い気がする。また、そんな町中を走る日本の高速道路ですから、防音壁が道路の両側に屹立しており、当然景色はあんまり良いわけがない(そして馬鹿高い料金だ)。それに対して、パリってのはフランス最大の都市なのだそうだが、それでも人口は200万を超える程度なのだそうで。だから、高速を数十分も走れば周りには畑の広がる風景が出現するのだ。もちろん防音壁も存在しない。さらに「フランスだなぁ」と思ったのは、高速道路脇の道をロードレーサー集団が走っていたことだ。恐らく自転車チームのトレーニングだったのじゃないかしら?日本では集団チャリダーはほとんど見ませんわなぁ、趣味のサークルみたいなヤツですら。
19日(続き)
フォンテーヌブローはこぢんまりとした城だった。といっても住居としては十分にデカいのですけれどね。クソ寒い中での見学だったが、綺麗な芝生が印象的でした。面白かったのは館内の壁でしたね。部分的には大理石が使ってあるのだが、その一部、というか大部分だったのだろうか?漆喰だかなんだかで作られた壁の上に、近くの大理石(マーブル)と同じに見えるようにペイントが施されていたのですな。一般人ではそのことに気付かずにフォンテーヌブロー城を去ってしまう可能性が高いだろう。たまたま?私は大学で岩石学を専攻したこともあって、石の模様が気になるのだ。そしてその「偽大理石」に気付いたのだ。チナミに大理石という名称は中国での産地、雲南省大理に由来するのだそうだよ。これを知ったのは数年前でありますが。
館内の見学後は庭園を見学しました。城の屋根の上かどこかでは、聞き慣れない声の鳥が鳴いていました。スパナで油の切れたナットを締め込んでいるような鳴き声でした。また、その庭園に生えている植物も日本のものとは明らかに違うものが多かったですね。しかしながら、私は理科教員ながら生物名にやたらと暗いため、どういった鳥や植物が生息していたのかはあんまり分かりませんでした。ホテルへ帰る途上の車窓では、雲間から差し込む日差しと緑色の畑、そして曇り空を背景にした葉を落とした木々が印象的でした。
ここ数回の日記群は修学旅行のしおりに書かれたメモ書きを元に文章を起こしているのです。例えば「蛍光灯パリは少ない」ってメモがあります。フランスに於いて、照明に使われているのは基本的に電球でした。更にメモ書きに「王制とチップ?」というのも残っているのです。が、私は何を考えていたのか忘れてしまいました。チップという風習について、旅行を一緒に引率した先生方とチップの由来について何かを考察したことまでは覚えているのですがねぇ。
ご無沙汰しております。このページ群の更新が滞っていたのは、個人情報保護法の施行も中国の反日デモも関係有りません、多分ね。年度の切り替えってのは毎年一番忙しい時期なのですけれど、ここ数日やっと仕事に追われなくなってきたのです。では、2か月前のコトを記しましょ。
2月20日
ホテルを出発し、その日最初は朝市へ行ってきました。パリ市内で市が立つ場所(変な日本語?)とその曜日は固定されているそうです。私たちのクラスが覗いたのはメトロが高架になっている部分の下でした。小雨が降っていたのけれど、高架下だから快適でありました。売り物で面白かったのは「ブタの耳・謎の生物のタン(舌)・羽を抜かれた丸ごとの鳩・血のソーセージ」などでしょうか。また「文化?が違うなぁ」と感じたのは、青菜が株ではなくて葉っぱ1枚1枚にちょん切られて売られていたことですね。ホウレンソウだと思うのだけど、ザルの中に葉っぱがパラパラ盛ってありました。私の感覚からすると葉っぱが萎びてしまいそうなのだが、少なくとも朝市ではあの売り方が基本の様子でした。
その後はエッフェル塔登頂です。各自ザイルとピッケルが与えられ、優勝者には名物「エッフェル饅頭」が与えられると聞き、私も結構真面目に登りました。そうです、嘘です。塔に登る前に近くの庭園でバスを降り、記念撮影タイムがありました。当然の事ながら、塔に寄りすぎるとカメラのフレームに収まりきらないのですね。だからある程度離れた場所でバスを降り、記念撮影をしたわけです。気温はさらに下がり、雨が雪混じりになっていました。撮影タイムの後はバスにて塔のふもとへ移動。エレベーターに乗って展望台へ。凱旋門やモンマルトル、ルーブルその他の美術館の位置関係が分かりました。高いトコロってのは単純にそれだけで楽しいですよね。クソ寒かったのが難点でしたけれど。塔は徒歩で降りてみました。エレベーターに乗っても良いのだけれど、普段からエレベーターをなるべく使わないコトを心がけて生活している私なので、当然の選択?として歩いて下ったわけです。可能ならば歩いて登りたかったのですけれど、生徒と一緒の行動である以上、それは叶いませんでした。
バスへ戻ってパリの市内観光です。オペラ座の周囲を徘徊し、ヴァンドーム広場はバスから車窓見学。川沿いのレストランでは昼食にエスカルゴを食しました。味はニンニク入りの普通の貝でした。ま、カタツムリは貝類と同じく軟体動物ですから当たり前です。しかし、貝殻の模様は見慣れた「デンデンムシさん」だったとです。なぜか少し心が痛みました。マサキです(ヒロシ風で)。1時間程度の食事の合間にも、雪が強くなるかと思えば日が差してきたり、何しろ目まぐるしく天気が変わる街でした。
昼食後はコンコルド広場へ。オベリスクとやらは滅茶苦茶に巨大な石でした。そしてやはり滅茶苦茶に寒かった。そこからシャンゼリゼ通りの散策です。コンコルド広場から見た凱旋門と片側5車線くらいあるシャンゼリゼ通りは、テレビや写真で見慣れたものでした。
ヒトは何故に記憶と一致するものを見たり聞いたり読んだりすると、ある種の感動を覚えるのでしょうかねぇ。何の予備知識が無いヒトに対しても、「初対面で感動させてくれるモノ達」こそ本当に素晴らしいものなのではないかとも考えたコトがある私です。しかし、絵画・音楽などに限らず、山とか海などの風景でも、まずは「フツー」のレベルのものを見たり聞いたり(普通の定義も難しいですけれど)するという経験があるからこそ、とんでもないレベルのものを見たときに、記憶の中の「フツー」と比較し、感動が生じるのでしょう。結局のところ経験と感動は不可分なのかも知れませんねぇ。だから「わー、写真と同じだぁ」という喜び方は観光慣れした俗物っぽいものでありながら、純粋な感動であるとも言えるのかも。
20日(続き)
シャンゼリゼ通りは凱旋門へ向けてなだらかな上り坂になっていました。ルイヴィトンを初めとした有名ブランドのショップが並んでいました。日本でいうならどこに当たるのかしら?やっぱり銀座なのですかねぇ?凱旋門の周りはロータリーになっています。日本では「ロータリー」というと駅前くらいにしか存在せず、街道が交わるトコロの車の流れは基本的に信号で制御されていますわなぁ。それに対して、ヨーロッパの大きな交差点はロータリーになっている場合が多く、その周囲は常に車が周回しています。そんなわけで凱旋門の真下へは地下トンネルを使用しました。一度地上へ出た後、凱旋門の片側から内部に入りました。その内部には地味な螺旋階段がありました。エレベーターも存在しているのですが、基本的に使用できないような感じがします、net上での日本語による凱旋門情報を検索してみても。ま、グルグル階段を登る方が楽しいからエレベーターが故障?していて良かったと思います。凱旋門の天井真下に当たるフロアには、昔の戦争写真が展示されていました。100年以上昔の写真を見て「ネガやプリントという形で保存されていたから、この現代まで残っているのだろうなぁ」と思いました。私もパリにはデジカメを持って行きましたが、その際に撮影した画像が何枚かあります。それらのデータは人に渡すもの以外はプリントせず、半分以上はハードディスクの中にデジタルデータとして保存しているわけです。保存性というコトを考えると、プリントとデジタルデータはどちらが有利なのかと考えるのですが、プリントの方に軍配が上がるのではないかと思うのですねぇ。そして今(5月14日)ふと思い出したのが、伊豆の天城は浄蓮の滝。その横の石碑に彫られた石川さゆり。あれは保存性良さそうですなぁ。
20日(続き)
凱旋門を後にした我々は「シャイヨー宮」なる場所へ行きました。今ネットで検索して改めて思い出したのですが、あの場所は博物館が入っていたのでした。それらの博物館には全然入らず、パリで一番のルックスとなるそうなエッフェル塔を眺め、写真を撮影してバスへ戻りました。その日はパリ最後の夜でしたので、7クラス全部が中華料理店へ集合して夕食を摂りました。それまでは朝食も昼食も夕食も、場所が時刻やバラバラだったのですね。中華料理自体は良くある感じ?のメニュー構成でした。スープ・麻婆豆腐・酢豚・青菜の炒め・炒飯等々...。最後近くに出た焼きそばは中国風でしたね。日本の焼きそばっていうのは大概麺が太めでモチモチしてますが、中国本土や香港で私が食べた焼きそばってのは細い麺ばかりだった記憶があります。私はその細麺焼きそばの方が好きなのですな。ヒトによってはあの細麺が好みでは無いそうでありました。食事を終えた我々は、各クラスごとにバスに分乗し、ピカピカ光るエッフェル塔その他を車窓見学しながらホテルへと向かいました。エッフェル塔の光りっぷりはなかなか美しかったです。塔の全体にちりばめられたフラッシュがやたらと点灯するのですが、普通に長時間露光で写真に撮ってしまうとフラッシュが全部記録されてしまい、電球を全部点灯した紅白歌合戦の小林幸子みたいな状態になってしまうのですね。一応デジカメで録画してみたのですが、あんまり画質は良くなく、それでいて10MBくらいの容量なのでした。何しろ肉眼で見た方が美しかったですね。
21日
パリ最終日、荷物をスーツケースに詰めホテルを後にした私たち、最初の見学地はノートルダム大聖堂でした。大聖堂の内部には、ステンドグラス・壁画・彫刻がありますし、外壁も彫刻で装飾されていました。現地ガイドの方に教わって知ったのですが、あれらの装飾は教会を威厳づけるために存在しているわけでも、来たヒトを感動させようとしているわけでもないそうで、第一の目的は「文盲(もんもう)のヒトがキリストにまつわる物語を理解できるように」というコトなのだそうでした。ま、巨大な建築物ってのはそれだけで威圧されますし、見たときに感動を覚えるのは確かですが、寺院の基本は布教活動なのだなぁということを改めて認識しました。チナミに「ノートルダム(Notre-Dame)」ってのはフランス語で「私達の貴婦人」という意味で、英語なら「Our Lady」ってコトになるそうです。この「私たちの貴婦人」ってのは聖母マリアに与えられた称号なのだそうで。そんな感動的なノートルダムの周辺で、一番面白かったのは「怪しい日本語」でした。周囲の売店とかも含めて、看板とか庇とかには様々な言語で歓迎のコトバが書いてあるわけですよ。「Welcome」とか「Willkommen」とかね。で、日本語はどうなっていたかというと「よこそう」なのですね。「ようこそ」って書きたかったと思うのですが、「よこそう」。で、その後よくよく考えたのでありますが、ヨーロッパ系言語を扱う人々にとっては「ヨーコソ」よりは「ヨコソー」のほうが言いやすいのでしょうねぇ。「ヨーコソ」でも「ヨコソー」でも日本のヒトなら意味は通じますから、ある程度日本語が喋れるヒトが自分の喋っている挨拶を「ひらがな化」すると「よこそう」になっちゃうのでしょうね。本日(5月25日)、「よこそう」をググってみたら、結構なヒット数がありました。そんなページの中には、ネイティブの日本語使いでないヒトが、完全に「ようこそ」と書き損なっていると見受けられるヤツもありました。結構奥が深いですねぇ。と、いうことで日本語ネイティブの私、「ようこそ」の語源を調べてみたところ、やはり予想は当たっておりました。「よく来そ」の音便形なのだそうで。なにしろメッセージは伝わればよいわけだから、「目くじら」立てる程でもねぇやな、ノートルダムの「よこそう」。シテ島周辺はバスを停められないそうでして、ラ・セーヌの周辺を散策し、パリ市街の小道を抜け、リュクサンブール公園まで市内見学の散歩を行いました。そんなのんびりとした時間のなか、朝食の際に水を飲みすぎた私は、散歩途中から尿意を催し、既に公園内では気もそぞろでありました。現地ガイドさんに有料トイレの場所を聞き、生徒を置き去りにして小走りで有料トイレに駆け込んだ私、チップを支払う余裕さえありませんでした。背後からは「ムシュー、ムシュー!」という管理人のおじいさんの声も聞こえたのですが、とりあえず便器へ。後から一応チップを払ったのですが、おじいさんの非常に冷たい視線が辛かったとデス。チップのお釣りもくれませんでした。チップ制トイレ(男性の定価は15ユーロセント)のお釣りはあるのかどうか判りません。それ一度しか使わなかったから。楽しく有意義な修学旅行引率だったのですが、その出来事さえ無ければ完璧だったのにねぇ。スイマセンでした、おじさん。リュクサンブール公園横でバスに拾われた私たちは、昼食場所のレストランまで移動しました。それまでは生徒が寝ようとも私自身はバス内では寝ないように心がけ、それを実践していたのですが、その日は気が付いたら生徒と一緒に眠っていました。そんなわけで、ガイドさんの声に起こされたトキ、バスは停まっていました。昼食後はモンマルトルへ。ムーランルージュ横を過ぎ、モンマルトルを登り始めました。振り返ってパリ中心部を眺めると、曇り空ではあったものの、その隙間から日差しがこぼれており、大変美しい光景でした。また、サクレクール寺院の中はとても綺麗で厳かな雰囲気でありました。私はそこで「キリスト教に感心する前に、自分と関わりが深い仏教をちゃんと勉強しなきゃなぁ」と思ったのでした。とか言って、今日『修学旅行のしおり』を見直すまでそういった決意をしていたことをすっかり忘れていました。あれから3ヶ月。中国近現代史の勉強はしたものの、仏教の勉強はしていませんですなぁ。モンマルトルには鳩や雀がそこそこ生息していました。私の見る限り、ドバトは日本もフランスも見栄えに差がないのですが、スズメのルックスは違ったように感じましたね。具体的に「どこがどう違う!」とは指摘できないのですけれど。で、例によってネット上の複数のページで調べてみたところ、都会に住むハトはヨーロッパでも日本でもほぼ同じ種だが、都会に住むスズメについてはヨーロッパと日本では種が違うというような記述をみることができました。(Wikipediaその他によると、ヨーロッパは「イエスズメ」で日本は「スズメ」だとか?)。自分の観察力をちょっと見直した、晴れた5月の午後なのです。話は戻ってパリへ。美しい風景と美しい寺院を見て何となく敬虔な気持ちを取り戻した私でしたが、もうパリともお別れなのでした。現地のガイドさんにはモンマルトルの麓にて、この旅で新しく覚えた別れの挨拶「オールボアー(正確には「オー ルヴォワール」みたいです)」で別れを告げました。そしてバスはシャルル・ド・ゴール空港へ。空港に着いたときは曇り空だった気がするのですが、出国手続きや買い物その他を終え、搭乗口近くへ行ったときには驚きましたね。何せガンガン雪が降っていましたから。と思ったらその直後に日差しが出現し、と思ったらまた雪が...。私は朝の天気予報(聞き取れないフランス語のテレビ)を思い出しました。太陽と雪のマークがほとんどフランス全土を覆っていたことを。「こんな天気予報、日本ではあまり見ないなぁ」と、記憶に残っていたのですねぇ。きちんと天気予報は当たっていました。あまりに雪が降ったため、飛行機の羽根にも雪が積もってしまったそうで、それを取り除く作業が入ったために飛行機の離陸が遅れました(確か30分間)。日本からパリまでインフルエンザウイルスを運んでしまった生徒がいた様子で、旅行中はクラス内で体調を崩す生徒が数名出たものの、とりあえず死ぬことも怪我することもありませんでした。で、参加者全員、無事に日本に帰ってきたとさ。おしまい。
先週末、私の勤め先に於いて、専任教諭には1人1台のパソコンが行き渡った。私は情報処理部とやらに属しており、部長(Tセンセ)は数年前から「1人1台のパソコンを!」と主張していたのでありますが、パソコンも結構値が張るものでもあり、なかなか「1人1台」の実現が果たされなかった様子であります。
私自身は5年前に自腹で購入したノートパソコンであるLet's note(型番CF-L1EA)を職場でコツコツと使い続けてきたのですが、この度やっと仕事用のツールが正式に支給されたわけですね。そんなわけで、5年前のモデルからCeleronM搭載の富士通はFMV-LIFEBOOKとやらへ、作成したファイルや環境を移行する作業を行い、それは本日ほぼ完了しました。その際に知ったことが2点ほど。1つは「Googleツールバー」の新バージョンが出ていること。もう1つは「SETI@home」の新バージョンが出ていたこと。どちらもなかなかに面白いものでありました。setiのほうは敷居が高くなった気がしますね。公式ページには日本語も記してありましたが、プログラムの導入自体が複雑になっており、少し英語と格闘した私でした。「Googleツールバー3」はベータ版ではあるらしいですが辞書機能が追加され、便利になっていますね。辞書ってのは基本的にWebページを閲覧しているときに多用しますしねぇ。
富士通というと、この間買って読んだ『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』が印象深かったのであります。なかなか面白い内容でありました。Amazonで思い出しましたが、『新しい歴史教科書』の新版ってヤツ、今回は市販されないそうでありますねぇ。
学校というトコロはかなりの量の印刷物が届くところであるなぁと思う。昨年度から職場では教科「理科」の「まとめ役」を仰せつかっているので、理科関係だけでも毎日毎日いろいろな郵送物がやってくるのである(メール便もね)。そんな中、私がもっとも楽しみにしているのは東京電力の発行する雑誌『ILLUME』である。年に2回しか発行しないそうであるが、装丁も美しく、記事にも読み応えのあるものが多いのである。そいつが本日やってきた。
私の住んでいる場所に給電してくれているのは東京電力であり、毎月電気代の請求等はバッチリ投函されてくる。しかしながら、この冊子は普通の東京電力ユーザーに送られているわけではないようで、私の家のポストに入っていたコトは無い。つまり、東京電力の一般ユーザーは、使いもしない「TEPCOひかり」のテレビCM広告料やこの冊子『ILLUME』の代金を電気代として余分に支払っているのであろう。まだ1年経っていないと思うのだけど、上記サイトではバックナンバーをくれたり(あるいは購読を申し込めたのだったかしら?)した気がするのだ。そのサービス?も終了してしまったらしい。
こういった啓蒙書?の類は原子力関係や大学なんかからも送られてくるのだが、面白さでは『ILLUME』には敵わないのである。カネのあるところは強い。
関係が無いような話だが、私はここ数ヶ月「核燃料サイクルの研究も続けたほうがよいのかなぁ?」との思いを強めつつあるのだ。かといって、敦賀湾の横に棲みたいとも思わないのであります。卑怯な私であります。ちょこっと関連するのだが『地球と人間の環境を考える』っていう日本評論社という会社が出しているシリーズは面白いです。1巻から6巻まであるのですが、一通り読みましたし、巻によっては複数回読みました。間違って図書館で何度も借りてしまったノデ。と、ここまで書いて調べてみたら、このシリーズは12巻まで発売されている様子であります。とりあえず7巻目を杉並区立図書館に予約してみた。
私の記憶が正しければ、この2週間ほどの間に別々の生徒から合計3・4回質問されたのである。「何で先生になったのですか?」と。
今は丁度教育実習生もやってきているし、実習生の思いを聞いたり、そういったことを実習生に尋ねたりしたついでなのかも知れません。生徒からは「こいつ、教員っぽくねぇヤツだなぁ」と思われているのかも知れませんねぇ。
上記の質問に対して、時間が無い(というか、授業を進めたい)ときは「この学校にたまたま拾われたのです」とか、「消去法だね」とか答える私であります。これらの回答は決して嘘ではありません。少し時間があるときは「理科が好きだったから」とか、「色々悩んだが大学4年の時に決心した」とか「東京都の教員採用試験を3回落ちた」という事実を付け加えることもあります。これも真実であります。
で、私が教職を志した理由を正確に記すと、結構おかしな理由になってしまうのであるが、そいつを記してみよう。
私は1971年の生まれなのだが、私くらいの世代のヒトってのは幼い頃に少なからず「ノストラダムスの大予言」ってヤツを意識したことがあると思うのだ。「ノストラダムス世代」とでも言えばよいのかなぁ?と思い、例によってググってみたら、40件ほどヒットした。その筆頭は『ほぼ日刊イトイ新聞』ってヤツだった。そのページ群、名前は知っていたけど閲覧したのは初めてだったりした私である。
幼い頃ってのは「怖いもの」が怖いじゃないですか。私が小さい頃には「口避け女」とかが日本中に存在したらしいし、結構本気で信じたりしちゃう。そのひとつとして『ノストラダムスの大予言』ってヤツがあったのですな。日本における「ノストラダムスブーム」のおおもとは何らかの単行本か何かだと後から知ったのだけれど、小学生である私のナイーブなココロにグサッと突き刺さったのは、一番有名な「1999年の云々…」なワケですよ。(以下続く)
「そうかぁ、僕は28歳で死んじゃうのかぁ」と、小学生の私は思ったわけですよ。ま、ココロの4分の1くらいは「死なないだろう」とも思っていたのかもしれないけれどね。で、28歳で死んでしまうという前提で人生設計を考えたわけであります。
28歳というと仕事に就いているだろうと考えたわけです。何かの職人になるとしても、28歳までの数年間ではたいした職人になれないまま地球の終末を迎えてしまうと考えました。また、仕事というのは究極的に他人を喜ばせ、笑い顔を見ることによって自分の満足が得られるものであろうとも考えたわけです。
小学生の私にとって、楽しいのは理科の勉強であるし、その楽しさを伝道できるなら素晴らしいだろうということで、「センセイという職業がいいかなぁ…」という結論に至ったのです。ま、教え子であるコドモも数年後には死んでしまうのだから、かなり虚しさがあるとも言えましょうが。
また、中学校のときの先生(木村清志センセイ)に高度な実験をやらせてもらえたというのも、理科がさらに好きになった理由に挙げられるでしょう。
杉並区では『新しい歴史教科書』が採択されようとしているらしい、「つくる会」の教科書採択に反対する杉並親の会とやらの宣うところに拠れば。結局のところ、私は未だに『新しい歴史教科書』とやらを読んでいないのです。恐らく職場にはその新版見本があるのでしょうが。で、仕方なく?新しい歴史教科書をつくる会のページでも見てみた。
面白い(なかなかやるなぁ)と思ったのが、トップページに「英語訳・中国語訳・韓国語訳公開!」とある点である。教科書の内容に自信があるというコトを知らせたいのかも知れないが、私は日本語版を読んだこともなければ、外国語も達者ではない。従って、英語訳・中国語訳・韓国語訳が誠実に日本語版を訳しているのかどうかは検証できないのだ。
で、その杉並区では「とめよう!『つくる会』教科書」っていうコトで署名活動が行われているのです。私が通勤で使用する阿佐ヶ谷駅前には、ここ数日ビラ配りのヒトや署名を乞うヒトが立っているのです。また、私は職場ではクミアイってヤツに所属していることもあり、左寄りの回覧物も回ってくるわけですよ。
『新しい歴史教科書』は読んでいないから内容や主張については未消化のままなのでありますが、私は朝日新聞が割と好みだったり、高校時代の友人に洗脳されたコトもあったりするワケでして、署名した方が良いかなぁ?ってな気分だったのです。だから本日帰宅途中に署名してきたのですわ、阿佐ヶ谷駅前で。
で、本心というか私の中のわだかまりを暴露すると、「何で歴史教科書ばっかり問題になるの?」ってなトコロもあります。理科の教科書はどうした?って疑問がありますなぁ。で、理科の教科書、私が良いと思ったのは「東京書籍」のヤツであります。ま、私自身が中学校で使用した教科書の会社なんて覚えていませんが、学年が変わるトキに教科書会社が変わって勉強しづらかったような記憶(たしか数学)が今フト蘇ってきたッス。
日本共産党のスローガン?「たしかな野党」ってヤツを目にしたとき、「野党で良いのかい?与党になる気は無いのかい?」って思った私である。選挙とか政治ってのは野党とか与党とか関係なく、理念とか主張とか政策がキチンとしていれば良いだけの話じゃ無いですか。やはり、ネット上でも同様の意見が散見されるのでありました。
で、このスローガンがどうも気にくわない私である。それは文部科学省だか何だかがここ数年宣っている「確かな学力」ってのにカブる感じがするからなのだ。「確かな学力」とか言い出す前に、コネとかが関係ない「確かな教員」の採用を推進したり、文部科学省が各学校へ送り出してくる「やたらと枚数や前書きばかり多い、A4版でコピーが繰り返されて印刷が見づらく、その段階で中身を見る気になれない文書」の製造を止めて、「(公務員としての)確かなシゴト」とかをやって欲しいと思うのでありますねぇ。ま、どういうシゴトが「確かなシゴト」となるのかは分かりませんけれど。
今住んでいるトコロの最寄り駅から電車に乗れば、秋葉原へは10分もかからない。そのせいか、明日開業となる「ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba」なる店舗の折り込み広告が朝刊に挟まっていた。で、かなりビビッタ事があるのでお知らせしたいのだ。
実はニュースでも報道されていたのであるが、私は気が付かなかった。その建物は地下6階までが駐車場になっているコト。「地下6階の駐車場」なんて聞いたコト無いや、私は。
ちょっとググってみたけど、そんなに深そうな駐車場、やはり見あたらない。「地下6階」で引っかかったのは「国際ビル(東京都千代田区丸の内三丁目1番1号)」であります。帝国劇場が入っているビルらしいです。もちろん、地下は駐車場では無いらしいです。
最近私はアングラに興味があるのですね。アングラはundergroundの略ね。この場合のアングラは「演劇」でもなければ「政治活動」でもありません。その字面のまま「地下(構造物)」に興味があるのね。丁度1年くらい前、杉並中央図書館から1冊の本を借りたのですね。その本は秋庭俊というヒトが書いた『帝都東京・隠された地下網の秘密』ってヤツ。詳しくはAmazonの書評をご覧あれ。この本は続編もあって、それも借りて読みました。私は割と地図好きであり、山や川といった地形、道路・地下鉄の走り方なんかにも昔から興味があるのだな。チナミに鉄道車両マニアではないです。また、以前から「何で東京の地下鉄は不自然に曲がっているのだろう」というのも疑問として感じていました。2つばかし、私が以前から疑問に思っていた例を挙げましょう。 1:池袋駅周辺の地下鉄路線の走り方。新しいはずの路線である有楽町線、郊外からやってきて要町駅を出た後、昔からある丸ノ内線のホームへ向かってませんか?(チナミに、新線はもっと露骨に丸ノ内線ホームに向かってますよね。以前、丸ノ内線のホームの端から線路の行く末を眺めた事がありますが、暗くてよく見えなかったデス…) 2:新橋駅東側で発生する、銀座線と都営浅草線のニアミス。銀座線は「最初の地下鉄」というコトになっていますが、何で新橋駅の東側ではバキッと折れ曲がっているのだろうか。地下に元々十字路が有ったんじゃないの?
で、秋庭ってヒトに言わせると、東京にはかなりの地下道網が第2次世界大戦前から存在したってコトらしいッス。それらの本を読んだ後、職場の近くの南阿佐ヶ谷駅でフト気付いた事があります。丸ノ内線ってヤツは車両の上に「架線」も「パンタグラフ」も無いのですね。低い位置にある電流専用のレールからエネルギーを得ているらしいです。しかし、丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅の天井には、どう見ても「昔、何かが取り付けられていた形跡」があるのですよ。コンクリが剥がれ落ちているというか、等間隔にボコボコ穴が空いているのです。昔々、トロリー系の乗り物か、あるいは地下鉄があったのでしょうか?秋庭というヒトに言わせると「都営大江戸線が広軌(鉄ちゃん的には標準軌らしい)なのは、昔(戦前?)からあった線路を使ったためであり、車両が妙に小さいのは、昔からあったトンネルの内側をきれいにデコレーションしたため」ってなそうだ。確かにそれもありそうだ。
そんなわけで、地下を使えるビルの持ち主ってのは、かなり胡散臭いというか、クニ(利権)に近い存在であるのだろう…と彼は宣う。私は折り込み広告を見て思ったさ、「ヨドバシよ、おまえもクニ側か…」というコトでありますよ、結論はね。前述の「帝国劇場」ってのが入っている「国際ビル」。名前も地下6階まであるってコトも胡散臭いなぁ。
あ、チナミに前回の物語のオチを。私の胸が赤く染まっていたのは、シャツの胸ポケットに入れていたボールペンのインクが漏れたってコトです。ノック式のペンは気付かぬうちにペン先が露出する恐れがあるし、そうするとシャツへのインク付着が起こりますよね。そんなわけで、私は胸ポケットに収めるボールペンは必ず「キャップ式」にしているのです。しかし、夏休み終わり近くのある日、何がどう忙しかったのかよく判りませんが、ボールペンを使い終わった状態のまま胸ポケットに収めてしまったようなのですね。水性インクだったため、どんどんインクはシャツに染みこんだ様子でした。ただし、水性だったから手洗い+洗濯機でほとんどインクは落ちました、めでたしめでたし。
職場での学園祭「薔薇祭」とりあえず終了。会計の締めとか、後かたづけが若干残ってはいるものの。
その学園祭では毎年テーマを設けている、一応。今年のテーマは「No Border No Line」であった。
学園祭のテーマってのは、存在意義があんまり無いと思ってる私である。基本的には「祭り」は「祭り」で良いと思っている。大学時代は学園祭の実行委員に名を連ねた私であるが、テーマってあんまり記憶にないのですなぁ。(ま、真面目に決めた記憶はあります。)
時々、他の中高校学園祭のパンフレットなんかを見たりするが、大仰なテーマが記されているワリに、中身をよく見ると食べ物を売ったり肝試しみたいなイロモノばかり目についたりするコトがある。
で、今年の薔薇祭ね。
何が一番良かったかって言うと、その文化祭を仕切る生徒たちが作成したパワーポイントのスライド。
自分の中学・高校生時代、「世の中には歴然とした貧富の差があるのだなぁ」というコトに気付き、愕然としたような記憶がある。それから20年くらい経過している今、「金持ちは何故に金(と扱われるシリコンやガラスなどの上の電磁気的情報?)を集めたがるのだろう?」という疑問に駆られる私である。それはさておき、スライドは良かった、ナレーションも。ここに採録できるわけでは無いのですけれど。
「ホワイトバンド」ってヤツがあるじゃないですか。ま、私はいつもココロにホワイトバンドを所有しているつもりなので、ホワイトバンドなんか買いません、付けません。絶対に募金はしない。ああ、しません。
しかし、「ホワイトバンド」っていう「かなり商業的な臭いが漂う物品」の存在がなければ、あのすばらしいスライドが完成しなかったのも事実であろう。その1点だけでも、ホワイトバンドの存在意義はあったと思います。少なくとも、本校生徒数百名には何らかの印象(恐ろしいまでの地球上の貧富の差が厳然と存在するという事実)が残ったんじゃ無いかな?
あの「ホワイトバンド」という名称のプラスチックで、誰がどれだけ儲けているかは知らない、知ろうとする気力もない老人の私である。
そして、
腰パンしている男子高校生の白いシャツから透けて見えるパンツの柄はあんまり見たくない。
久々に14時間労働をした。
こういう日が続くことはそれほど無いが、休みが無いまま勤務&出張が続くことはそこそこあり「ました」。部活動の試合引率があり、それを頑張っていると、休めないコトになる。つまり、私はあんまり試合の引率が無いのである、ここのところ。
で、思い出すのは裁判所に「過労死認定」されるようなヒトの働かされぶりね。「一ヶ月の残業が百数十時間」とかって、尋常じゃないですよね。だからニュースになるわけだが。
近年はblogというものがあり、時々凄まじい情熱を感じるブツを見る場合がある。「blog過労死」とか、そのうち出てくるんじゃなかろうか。商標登録しておこうかな?
日記を書きすぎな私である。この数日間の時間を試験問題作成に費やせば、もっと睡眠時間も確保できるのだろうにねぇ。
試験問題は2種類、150点分作成しなければならない。ま、「多くもなく、少なくもなく」というトコロか。どちらも私だけが担当している授業であるため、勝手に問題作れるって点は楽である。しかし、原稿締切が無いため、だらだらと試験直前まで問題を作成しがちでもある。
授業のコマ数としては、2005年度後期の現在は、週あたり16コマである。これも普通なのかな?前期は18コマでした。しかし、そのうちの4~6コマは教科情報のTT(ティーム・ティーチング)の補助側なので、かなり楽であります。で、メインで授業を担当しているのは、「中2理科(地学分野) ×3クラス」「高1情報A ×2クラス」「高3生物I ×1クラス」ってコトになり、「総合的な学習の時間×1クラス(担任しているクラス)」も含めると4種類と云うことになる。これは多い方なんじゃないかなあ?
私が中学時代に色々な意味で大変インスパイアされたモナー、じゃなくて木村清志先生は、中学校教育の最盛期(第一次ベビーブーム)には、週に20数時間授業を担当していたそうで、空き時間は1コマか2コマしか無かったそうだ。その話を数年前に初めて聞いたときはビックリしたやね。でも、多分授業の種類は少なかったはずですね。どちらが楽か(種類が少ない・コマ数が少ない)と問われれば、「なるべくどちらも少ない方が楽だし、どちらも多いと大変だ」というコトになろう。当たり前だ。
また、木村先生は年度当初に時間割を組む際、生徒にその基本を教え込み、時間割を作らせちまったそうである。生徒も先生もすごいもんだ。
明らかに大学入試は推薦枠が大きくなってきている。ま、4年制大学の推薦入試に対する制限も緩和されているのは確かだし、短大は入学者全員を推薦入試で確保しても良いわけだし。
現在、高校3年のクラスを担任しているのだが、3年前も6年前もやはり高3を担任していた。
3年前は大学への「内部進学」が主体のクラスだったので比較できないのだが、6年前は現在と同じようなカラーのクラス(外部への進学希望者が多いクラス)を担当していた。そのときは39名クラスであり、今年は33名のクラスである。そして、「内部進学」を選ばなかった生徒は6年前も今年も30名弱であった。
6年前は推薦書の原稿を10枚も作成しなかったようなのだが、今年はその2倍の20枚近くにはなるであろう。推薦入試というのは、恐らく大学の教官にとっても面倒な手続きのハズである。私が大学へ入った頃、約15年前ってのは、基本的に一般入試しかなかった記憶がある。稀に推薦入試もあったようだが、評定の基準が高くて全然手が届かなかった。入試といえば一般入試であり、大学へ入学する生徒はほとんどがその試験を通過してくるから、ある程度学生の質は揃っていたはずである。
それに対して、昨今の推薦入試の多さね。AO入試なんてヤツもあるから、受験機会はどんどん増えている。教官や大学事務職員の手間も増えていることでしょう。高校教員の推薦書作成の手間は増えています、確実に。
大学にとっては、推薦入試枠を増やすと、経営上は利点が多くなってくる。
・入学者数の見通しが立ちやすい。
・受験料収入が多くなる。
・一般受験の枠が小さくなり、必然的に合格に必要な偏差値が上昇する。つまり、大学の見かけ上のランクが上がる。ただし見かけ上。
しかし、教育上の利点はほとんど無いのではないだろうか。
入学してくる学生のレベルはバラツキが大きくなるため、場合によっては高校レベルの補習を行うそうである。これは数年前から話題になっていますよね。
大学の入試直前、「勉強するか寝てるかメシ食うか」という生活を1ヶ月以上続けた経験は、私にとって決して悪いものでは無かった。ま、大学に合格したから言えることであるけれど。あのトキに頭に叩き込んだことは、大学入学後も、その後の教員生活でも役に立っていると思う。不毛な修行僧のような生活だったが、「おれはあれだけやれたのだ」という自己評価に繋がっている気がする。また、受験を目の前にしたオシエゴ達への説得力にも繋がっていると思う。
ま、そこまでしなきゃ大学へ入れなかったから努力したわけだけど。
と、云うコトは、今の高校生は勉強しなくても良いわけだね、大学に入る為だけなら。
しかし、その2~数年後、大学生などが名のあるカイシャに入ろうとすると、SPIとか云う高校の勉強から毛が生え替わったようなテストがあるらしいし、やっぱ勉強はやっといて損はないだろう、阿久津真矢先生の言うように。
昨今は子供の数が減っており、私立学校どころか、公立の焼酎学校じゃなくて小中学校も、生徒募集の営業活動をする時代である。
で、私立中高に務めるワタシは、公立中学に営業に行くわけさ。ま、最大最良の営業は「授業をキチンとやる」コトではありますけれど、学校の知名度を上げるコトも重要なワケで。
文京区の中学巡りをしてると「すげぇなぁ」と思うコトがある。それは「緯度経度を表示した杭(?)がほぼ必ず埋まっている」というコトだ。あれは小中学生が「地球」というモノを理解する手がかりになるだろう、確実に。
太陽電池パネルとかの「変に誰かが儲けてそうな設備」より、数段有意義で金のかからない教材ですよね。あれは良い。
(しかし昔、文京区教育委員会と杭業者?間で、何らかの政治的決断がなされた可能性は否定できない...カナ?)
本日の東京は、ほとんど日差しがなかった。というよりも、基本的に雨の一日だった。そんな中、お勤め先の「オープンスクール」が挙行され、私は「太陽の望遠鏡観察」を担当したのだった。
私は今日は太陽を見れないと思ったね。天気予報でも曇り~雨だったし、朝起きた時も暗かった。で、開始20分前までは望遠鏡を仕舞ったままだったのだが、一緒に観察を担当してくれる先生が「陽が出てきたよ」って。
よほど、日頃の行いが良かったのでしょう。雲の向こう側だったけれど、太陽を望遠鏡で観察する事ができました。
チナミに、行いが良いのは私じゃなくて、オープンスクール参加してくれた生徒のほうね。
明日は文化の日である。
「文化の日」は元々「明治天皇の誕生日」つまり「明治節」だったと云うコト、ご存じですか?
私は、数年前まで知りませんでした。日本国憲法が公布された日だというコトは知っていましたが。この学校に勤務してから、社会科兼飲酒科教諭のK原センセに教えて貰うまで、その事実は全然知りませんでしたね。彼のポリシーは「焼酎の氷は3つまで」だそうです。
で、明日は授業も休みなのであるが、元々私の時間割では、木曜日の授業は1コマも無いのだ。そんなわけで、普段は授業案を考えたりする木曜日なのだが、今日は金曜と土曜の授業案(と言っても、NHKの番組を録画したヤツなんかも見せたりするのだけれど)を作成するので大変だった。金曜と土曜の10時間のうち、9時間は授業が入っているのですね。ま、そんなコトもあるわな。
授業が詰まった日が祝日なんかだったりすると、ちょっと嬉しい気がする私なのだが、その考えは教員としては甚だ不適切なのだろうなぁ。授業をするコトが最も重要な仕事だし、それの対価として安くはない(ま、高いわけでもないけど)給料を貰っているのだしねぇ。
私の使っているケータイは「Vodafone 702NK」別名「Nokia 6630」なのであります。
職場のノートパソコンにインストールされている「Microsoft Outlook」と同期させ、スケジュール管理などをやっております。メモ帳兼備忘録としてかなり有効であります。一番有効なのはシゴトとしての「朝の登校指導」等を予定表に入れておくコトですかね。
普段の勤務時間は8:15に開始なのです。ま、だいたい遅くとも8:00には出勤していますけれども。で、ほぼ2週間に1回くらい巡ってくる「登校指導」の当番となった日、8時前には「立ち番」の場所に行っておきたいわけです。ま、サボったとしても罰則や減給があるわけでは無いのですが、そこは一応教員ですのである程度努力しようかな...ってワケです。で、この当番は結構忘れがちなのですね。以前は財布にメモを入れておいた事もありましたが、財布自体を開かなければ気付かない事もあったり...
前述のケータイに変えてからは、アウトルックの「予定表」に時刻付きで予定を入れておけば、必ずケータイ内予定表と同期が取れるのですね。これは便利であります。
しかし、脳みその皺が減るというか、機械に流されて生活しているような気がするのが難点ですが。
で、このケータイには様々なアプリケーションを導入する事ができるのです。mp3ならぬ「mp4プレーヤー」としても使えます。iTunes との親和性が高い、というか、iTunes で取り込んだCDの楽曲の拡張子を変更してやれば、oggplay なる「Vodafone非公認ソフト」で再生できます。チナミにVodafone が許していないだけで、Nokia のケータイってのはそういったアプリケーションを受け入れる素地を持つものだそうです。ま、このへんのコトが本気で気になる方は、色々とググッて頂ければよろしいでしょう。Vodafone 702NKIIが発売になるらしいですし。
やっと本題に入ろうとしたのだが、疲れたのでこの辺で一度終了。
以前、授業を受け持った生徒にアンケートを取ったら、「理科の内容は特に覚えていないのだが、ドラえもんの話は鮮烈に覚えている(意訳)」という感想があった。
その話を。
私自身の学生時代、授業あるいは講義を受けているとき、ふと気が付くと「板書が進んでいるのに、自分のノートは真っ白」だったり、酷い場合は「授業している先生が替わって」いたりすることがありました。数年来、その現象に悩まされてきた私でした。
そして、私はあるコトに気付いたのです。確か大学のトキだったかな。
「ドラえもんとのび太の仕業だ」と。
彼らは22世紀からやってきて、テレビで放映されているように、ときどき時間を止めて悪戯をします。運悪く彼らの悪戯に「何故か」巻き込まれた私は、学校の授業という貴重な時間を失うことになり、上記のような現象に見舞われるのです。
それはまるで「居眠りをしていた」かのように。
実際は居眠りの言い訳を、ドラえもん達のせいにしているだけですけれど。
しかし、「ドラえもん達が現在のこの世界には居ない」とは言い切れない事にお気づきでしょうか?
何故なら「本当に時間が止まっていたら、時間が止まったことに気づくヒトも居ないハズ」だから。
ドラえもんやのび太が実在し、未来の道具を使って時間を止め、悪戯や騒動を起こしていたとしましょう。ドラえもんやのび太が動き回っている間、私達の時間は静止しています。そのため、私達はドラえもん達を見る事ができず、時間を止められたことにも気付かないのです。
この文章を読んでいる今、あなたの後ろを「のび太とのび太を追うジャイアン」が駆け抜けたかも知れませんよ。
2学期の授業案も作成し終わった。土曜から月曜にかけて授業(計7コマ)を行えば、本年の正規の授業は終了となる。冬の講習はありますけれど。

上の画像は複数の岩石が写っていますが、その中に1つだけ「仲間外れ」が存在します。アナタはわかりますか?
これは数年前から中学校の理科の授業で用いている「岩石についての導入」なのですね。
生徒の間でただ岩石を回させるよりも、このクイズを含めた方が真面目に生徒は岩石を観察すると思うため、このような形式にしてあります。
実は、このクイズはかなり難解です。そして、この画像はあまり鮮明でありませんから、当てることは難しいと思います。
このクイズ?の答えはCです。これだけは人工物(コンクリート片)なのですね。
一応、その他の岩石名を記しておきます。
G:凝灰岩(ぎょうかいがん)である「大谷石(おおやいし)」
H:斑糲岩(はんれいがん)別名は黒御影(くろみかげ)
I:花崗岩(かこうがん)の一種「稲田石(いなだいし)」
K:花崗岩 ごく一般的なもので、産地は不明(教材として買ったもの)
S:砂岩(さがん) 多摩川の河原で拾ったもの
「C・K」以外の岩石は大学の卒業論文を作成するために集めた岩石が中心となっています。
また、この実験の際にはおかしな出来事(1・2)もありました。
このクイズのように「人工物を混ぜる」というのは、大学時代に教わったワザ?なのですね。
私は「岩石・鉱物学研究室」に所属していたのですが、教授や先輩が巡検(じゅんけん)というのに連れて行ってくれることがあるのですね。基本の巡検先は長瀞でしょうか。
岩石学ですから、先生や先輩はそこら辺に落ちている石を拾っては「この石は紅簾片岩(こうれんへんがん)だ」とか「緑泥片岩(りょくでいへんがん)だ」とか「蛇紋岩(じゃもんがん)だ」とか「このキラキラしているのはパイライト(黄鉄鉱:おうてっこう)だ」とか教えてくれるわけです。
その巡検の途中に先生方は透明な小片を拾います「これはガラサイトだ」と。素直な(というか、岩石についてはほとんど何も知らないのだから、吸収するしかない)新入生は「ふーん、ガラサイトねぇ」と学習します。ここで、先生方は心の中でニヤッとしているのです。更に巡検は進みますと、場合によっては緑色をした透明な小片が落ちていることがあります。「これはスプライトだ」とおっしゃいます。この場合、アクセントは“ス”へ置く必要があります。間違っても“プ”に置いてはいけません。そうすると飲み物になっちゃうから。
オチがお分かりになったでしょうか?「ガラサイト」=「単なるガラス片」であり、「スプライト」=「スプライトの空き瓶の破片」なのですね。スプライトのガラス瓶、PET全盛の現在は売っていないのかと思いましたが、容量が250mLに増量され、活躍しているみたいですね。
量は減少しているでしょうが、鉱物スプライト?の生産も続いているコトでしょう。
18:20 約30分前に、やっと試験問題作成開始セリ。
18:52 ミスチルの『シーソーゲーム』を聞きながら作図。名曲だなぁと思う。腹減ったので、ご飯を食べましょう。
20:27 同じく『抱きしめたい』を聞きながら、答案用紙作成中。名曲だなぁと思う。
20:40 逃避。数年前に開発した「採点が多少楽になる解答用紙を作るワザ」を披露しよう。
教員にとって、テストの採点は結構面倒な作業であります。問題によって配点にはバラツキがあるはずです、難易度や重要性が異なるから。

この場合、上記のような解答用紙を作成し、予め配点ごとにアンダーラインを変えておくのですね。単なる実線は「1点」、二重線は「2点」、波線は「3点」、二重波線は「4点」とか。ここのところ、私はこのシステムを遵守?しています。それによって採点のスピードが上がります。これらのアンダーラインは「一太郎」でも「Word」でも存在しますし。
しかしこのワザは「○×を付けた後に配点を操作して、平均点を操作する」場合には使えませんけれど。まあ、私に云わせれば「後から配点を変更する」というような作業は「邪道」であると思います。
定期試験では、大体百数十人分の採点をするわけです。しかし、解答用紙に凝ったのは良いものの、採点の際に「繰り上がり」を忘れてしまうコトがあります。合計点を10点低く書いてしまう場合があったりするのです… orz
逃避終わり。解答用紙作成に戻ります。
21:05 50点分問題作成完了。残りは100点分である。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051205AT1G0502S05122005.html から
教員の6割、新規採用で縁故「有利」・内閣府調査内閣府は5日、教員の採用方法に関するアンケート調査結果を発表した。教育委員会や学校関係者に身内がいる場合、新規採用が「有利に働く」と答えた教員は23.5%。「多少有利に働く」(35.4%)も含め、6割近くが有利との認識を示した。一方、市区の教育委員会は同じ質問に0.4%が「有利に働く」、5.5%が「多少有利に働く」と答えるにとどまっており、現状認識に大きな隔たりがあった。
調査は全国の都道府県や市区の教育委員会と学校法人の採用担当者を対象に、9月12日から10月21日に実施。回答率は60%。教員は東京都江東区の公立小中学校などから2835人を無作為抽出し、回収率は9.2%だった。
教員免許がなくても非常勤講師などで仮採用し、優秀なら本採用に移行する制度の拡大に関しては、教員は「賛成」が35.4%、「どちらかといえば賛成」も31.5%と積極的な回答が目立った。市区の教育委は「賛成」が7.6%、「どちらかといえば賛成」は28.2%となり、慎重な声が多かった。 (23:35)
帰りの電車の中で日経のこの記事が目にとまり、帰宅後に内閣府のページを調べて驚きましたね。
http://www.kisei-kaikaku.go.jp/publication/2005/1205/item051205_01.pdf の2ページ目から
参考:教員アンケート実施概要
・教員の採用に関する実態を教員の視点から把握する。
・東京都江東区の公立の小学校(43校)、中学校(22校)から、約半数にあたる小学校(22校)、中学校(11校)を無作為に抽出して調査票を送付し各校の全教員に配布した。各教員からは、郵送にて直接調査票を回収した。また、英語教材製作会社の会員リスト(英語教員が全国的に登録)をもとに、調査票を送付し、郵送にて回収した。
また、同じページを見てみますと、江東区の教員には合計652通送付し、回収されたのが129通。英語の教員へは同じく2183通中131通の回答。
滅茶苦茶回答少ないですね。都道府県47の教育委員会は100%の回答率だったそうです。ま、ヒマなのでしょう。
日経記事内の「教員」ってのは、何となく読めば「全国の教員」って勘違いすると思うのですね。しかし、このアンケート結果は「比較的公平さが保たれているであろう東京都江東区の話」であり、「縁故採用が活発に行われていそうな地方の話」ではないワケです。私は、東京とその他道府県においての教員採用の実態は知りません。教員採用が公平なのか、あるいは縁故が幅を利かせているのかということは、私の想像でしかありません。
では、身近な話をいたしましょう。
大学時代の友人には、学部卒業直後は自分を含めて教員採用浪人しているヤツも多かったのです。教員採用試験が今よりもずっと全然厳しい時代だったですし。
しかし、23区内の教育科学館のようなところでアルバイトをしていた知り合いの2名は、サクサクと教員採用試験に受かっていきました。私の記憶が正しければ、浪人1年目にI区の科学館でバイトしていたAくんは浪人生活が1年で終了しました。その後釜でバイトに入ったBくんも、やはり1年間のバイト生活の後に正式採用になりました。チナミにその間、私は同じ東京都の小学校教員採用試験に落ち続けたのですね。私の人物観によれば、Aくんと私の能力はどっこいどっこい、その下のほうにBくんが位置していたのです。
「あいつが採用されちまうのかよ...。元校長なんかが関係している場所でアルバイトしているのだから、優先的に採用されるかも知れないがなぁ...」とかなりクサり気味になった私でした。
教育の荒廃(存在するならば)は縁故採用からも来ているのだと思いますね。教員に様々な能力が要求されていくこの時代です。能力に欠けるのに縁故によって採用された教員の存在は無視できなくなっていくでしょう。だからこそ、内閣府とやらはそんなアンケートをやったのでしょうね。文部科学省じゃないのが面白いですね。
その内閣府のpdfはザッとしか眺めていませんが、面白かったのは13ページ目。

パソコンの普及によって、楽になったことと、面倒になったことがある。
しかし、インターネット(およびブロードバンド)が普及したことによって、楽になったことは多くても、面倒になったことはあんまり見あたらない。
インターネットの普及によって、教員業務で楽になったコトを一つ挙げるとするならば、「大学の入試情報が簡単に手にはいるようになった」というのがあろう。
数年前は、大学の学部名や学科名を調べる場合、いちいち電話帳のような冊子を調べる必要があった。今でも私の職場では一応『蛍雪時代臨時増刊』ってヤツを購入している。
まあ、電話帳自体が衰退の一途を辿っており、セルロース版タウンページはここ最近繰ったことがないが、インターネットタウンページは何度か使ったことがありますねぇ。
生徒ができたヒトならば、自分が出願する学部名や学科名などを間違うこともないのだろう。しかし、ヒトは間違いを犯すモノである。数パーセント程度の割合で、生徒が自己申告している学部・学科名には間違いが含まれる。大体、受験に長年付き合ってきた教員である私たちが見たとしても、現在の大学などには「間違いやすいような学部・学科名」が氾濫している。
大学は受験生を集めるために差別化を図り、学部名や学科名を特殊なモノにすることが多くなった。しかし、そこに棲んでいる教官は基本的に変化しないし、教える内容だって教官の趣味が多分に反映されていて、あまり変化することは無いのじゃないだろうか? というか、大学だからこそ、教官の専門分野を学生に叩き込むべきだとも思う。だから、心ある教官?は「また、変な学部名にしちゃって、歯がゆいったらありゃしないよ。教える内容は大して変わっていないのだから…」という場合が多いんじゃないかな?
話は戻り、以前は電話帳のごとき臨時増刊をめくり、出願締切や試験日などを知るコト自体が一苦労だった。今は自分の机に居ながらにして、出願締切や試験日などを知ることができる。楽になったものだ。
ここまでWebサイトが増加し、その情報量が増えてくると、「日本の産業は大丈夫なのか?」とか思ってしまうのですね。Webデザインみたいなシゴトって、基本的に外貨を稼げません。何で日本というクニが成り立っているのだろうって思いますね。どうやって稼いでいるの?って。まぁ、私も全然外貨を稼いだりしておらず、産業的?には何も生産していない様なモノですけれど。
まぁ、実際は日本は赤字国家なわけで、その借金が私達やその先の世代に先送りされているだけですけどね。老人は良いよねぇ。
本日まで3日間、冬期講習ということで高校2年生の7名を対象に化学の問題演習を行ってきた。
化学は本当に暗記すべきコトが多くて困る。私自身は高校時代、化学が一番好きな科目だったので、その暗記量の膨大さに気付かないまま無事に受験を迎えた。今回講習を受けたのは高校2年生であり、カリキュラムが大幅に変更されて2年目の世代に該当する。
現在の高3は何かと大変な学年であろう。
理科の化学を例に取ると、現在の大学1年の世代は「化学IB」+「化学II」という科目構成で高校の授業を受け、大学受験に臨んだ世代である。化学IBは4単位(週4コマ)、化学IIは2単位(週2コマ)であった。現在の高校生は「化学I」+「化学II」であり、それぞれ3単位である。
現行の「化学I」は旧課程の「化学IB」に比較すると、有機無機の「各論」の比重が高くなり、「理論」の比重が低くなった。これは受験生にとって、「暗記」の重要性が増したってコトになるのだろう。また、授業をする側から見ると、各論というのは個別の現象を並べて提示するだけになりがちであり、理科の楽しさである「へぇー、そうなんだぁ!」というコトを伝えづらい。これは困ったことである。まあ、有機や無機の実験は色々派手な実験もあるから、「楽しいといえば楽しい」ですけれど。
理系(この「理系・文系」という分類や進路指導自体がマズいという説はたくさんあるし、私もそう思う)で無い限り、「化学I」だけで化学分野の学習を終えてしまい、「化学II」を履修しない場合が多いだろう。「高校皆進学」どころか「大学皆進学」時代となった昨今である。そんなニッポンの世の中の大半をなす「文系」のヒトは、自然科学と高校時代でオサラバするコトが多かろう。そしてその「世の中の大半のヒト」は「化学というのは暗記で面白くない学問だ」という印象を持つ可能性が高い。そしてそして、化学や自然科学にクラいヒトが増え、「似非科学(似非化学)」に騙されて無駄なカネを払うヒトが増えてしまう、ハズ。
「日本の経済活動が活発になって良い」と言えるのかも知れないケレド…
そういえば「科学技術立国」とかいうフレーズを聞いた事ある気がします。小学校から高校まで、全教科の教育課程を俯瞰し、無駄な重複を省き、意図的な重複を行えるならば、このクニの教育力も上がるのだろうなぁ、って他人事のように思います。それをやるのが役人だと思うのですね。税金をばらまいて、高校生に高度な実験をさせるばかりが「科学技術立国」ってワケじゃないと思いますよ、マジで。
結構真面目に文章作ってしまいました。
で、話は戻り現高3。彼らが受ける入学試験は、先輩達が受けた試験とは内容がかなり異なるわけです。センター試験にリスニングも導入されるし、何かと大変でかわいそうな気がします。
特にシゴトが遅くなった今日などは、以前の住居が懐かしく感じられる。ドアtoドアで5分もかからなかったから、お気楽な通勤であった。
職住近接は良いコトなのだが、難点があるにはある。それは「本を読む機会が減る」というコトだ。
数年ぶりの電車通勤をするまで、朝刊を開くのは、その日の夜だった。新聞記者や、配達員が「最新のニュースをいち早く」って作っているであろう「朝刊」なのに、その意味が薄れるような読み方だったワケだ。
まぁ、今の新聞には速報性を求めるヒトは少ないでしょうね、インターネットの発達があるから。
そんなワケで、歩きながら電車に乗りながら日記の文章を作成する私でした。
大学入試センター試験の理科を解いてみた。
とりあえず、「化学1」と「生物1」をそれぞれ30分程で解いた。私の得点はそれぞれ85点というコトであった。今回も解答の見直しや計算のやり直しをしなかったので、「本気でやればもう少し良い点が取れるはず」と、例年のごとく言い訳をする私である。上記2科目について言えば、「それは問題として変じゃない?」という疑問を持つことは無かったッス。
私の専門である地学の問題も解かねばなぁ…って思いながら、未だ解いていないのですね。
現在、私が家で講読しているのは日本経済新聞なのだが、当然のごとく「地学1」の問題文は掲載されていない。センター試験の問題文はいろいろなサイトに存在する。これらのサイトから「紙に打ち出して、解いてみる」というコトは「反エコロジー」であるコトに間違いない。そんなわけで「画面見ながら解いてみましょうかねぇ…」っていう昨今。
ってコトで画面を見ながら「地学1」をやはりざーっと解答してみた。89点でした。3問ほど間違えたが「これはちょっと自信ないなぁ?」ってヤツばかりだったので、良しとしましょう。
しかし、クリノメーターなんて、大学時代にしか触っていないですね。マイハンマーは持っているのだけれど、マイクリノメーターは持っていないのだなぁ。
地質学の研究成果を聞くのは面白いけれど、調査自体は非常に地味で大変だろうし、あまり興味を覚えない分野なのであります。
今朝、職場で生活指導部長のKセンセから「とある物」を貰った。
それは、生徒が拾ったメジロの遺体であった。
生徒が学校の自転車置き場で拾ったときには生きていたそうなのだが、Kセンセが預かったときには事切れていたそうである。
鳥が死ぬことを「落鳥」っていうコト、本日知りました。
なお、春から夏にかけて小鳥のヒナが地面に落ちていた場合、それには触れないほうが良いらしい。それは単なる巣立ちの練習途中であることが多いのだそうだ。下手に小鳥の雛の身柄を確保してしまったりすると、結果的にはその鳥を殺してしまうことに繋がってしまう場合がほとんどであるそうだ。
確かに私もお節介を焼いてしまい、スズメの雛を殺した事がある。小学校4年のトキだったかなぁ?
で、私が受け取ったのはメジロの成鳥だった様子である。昼過ぎに花壇の隅に埋めてきました。
鳥を埋めながら思った。「この世の中では死んでしまったまま放置され、埋葬というコトをしてもらえない、してもらえなかったヒトがたくさん居るはずだよなぁ」ってコト。
一昨年末にはインドネシアで巨大地震が起こった。未だに行方不明のヒトがいるそうである。
また、紛争や政治の不手際によって、凍死・餓死してしまい、放置されたままの亡骸も毎年増加していることだろう。
しかし、また思った。
「結局、死体はヒトでも鳥でも、埋葬されても放置されても、結局は分解されて地球上の物質循環に入っていくのだろうなぁ」と。だから、どのような死に方、どのような葬られ方をしても、結局は大差ないのかも知れないって思った。問題は生き方なのだろうってコト。
何でそんなこと思ったかというと、以前にWebで読んだ文章が記憶の端に残っていたからである。で、気になったので「水分子 コップ」でググってみたら、さくっと再発掘できた。
そして、そのサイトは数年前から私の「お気に入り」に入っていたのだった。(最近、こればっか)
その文章は私と二度めに出会う「水」ってヤツである。
こちらのサイトは面白いですよ。元々サイエンス系のライターもなさっている方らしいですから、文章が面白いし、内容も面白い。
例によって、全文章を読破したのではありませんが、少なくともオススメ文書群は以前に読破した記憶があります。
メジロよ、安らかに眠れ。
PentiumIII の頃はそんなに気にならなかったが、Pentium4 になってから、気付いたことがある。
なお、自宅で稼働しているマシンは PentiumIII だったり、Celeron ( Pentium II の低位バージョンだったヤツ、多分)だったり、時々 K6-2 だったりするので、これは職場のパソコン室についてのハナシになる。
なお、職場でシゴト用に与えられているノートは SeleronM であります。
私の職場のパソコン室には、40台超のパソコンが集合しているわけだ。
で、何に気付いたかというと、Pentium4 の発熱っぷりである。冬場は暖かくて良い?のだが、夏場はクーラーが効いていないのかと錯覚するときがあった。以前のPentiumIII (たしか450MHz)のトキにはそんなこと無かったハズである。
多分、それなりの発熱量になっているのでありましょう。パソコンの筐体自体はだいぶサイズが小さくなっているのですけれど、山椒の実のようなマシン?になっているようだ。
そういえば、スカートって服装は寒いらしいですよね。私は経験無いから分からないが、見た目にはとても寒そうだ。ま、夏場のスラックスやネクタイは暑いから、引き分け?かも知れませんけど。
教員ってのは授業中、大体立ちっぱなしでシゴトをするし、割と動き回る。だから、授業をしながら寒さを感じる事は少ない。
しかし、生徒は椅子に座りっぱなしだ。教室の床に近い空間は、当然空気が冷たい。ましてや、ジョシコーの制服はスカートが基本だったりする。寒いよねぇ。
ま、私の勤め先にはオプションとしてパンツ(スラックス)があるので、好みによってはそれを選択する事ができる。とても良いコトだと思う。
なお、教員である私は、「職業病」ってコトになるのだろうが、下肢静脈瘤が発達しちゃってる。遺伝的な要素もあるみたいだけれど。
で、パソコン室にて行われる「情報A」の授業に於いて、私や生徒はそのCPUの能力を活用できているのかどうかは判らん。しかしとりあえず、冬場は電気懐炉として、知らず知らずのうちに活用しているようだ。
そんなコト思った春の初日でしたとさ。
職場では高校2年生の修学旅行やら、中学1・2年生のスキー教室やらが挙行中である。一番多く授業で関わっているのは中学2年生であり、ホームルームを担当している高校3年生も自宅学習中なのである。つまり、授業がだいぶ少ないのだ。
そんな本日は1ヶ月以上の間「なんとかしなきゃなぁ」って思っていた「理科室でのインターネット接続」の実現を果たしたのだった。まあ、光ケーブルを公道から理科室まで引っ張ってくるわけでもなく、パソコンの設定を変更するだけだったのですけどね。しかし、日々の授業などに比較すると優先順位が低い作業であるため、延ばし延ばしになっていたのでした。
ついで?に無線LANの設定も行い、これで「理科ねっとわーく」の素材を気軽に理科室で見せる環境が出来上がったわけです。
この「理科ねっとわーく」ってヤツ、ご覧いただければ分かるのだが、結構凝った内容も多いし、相当量の血税が注ぎ込まれていそうなのだ。この血税の結晶を生徒に還元するためには血税の結晶であるパソコンが必要なのだ。そして、インターネット上に存在しているわけだから、血税によって敷設された電話回線も必要だ。しかし、それだけでも推奨環境にはならない。
基本的に必要なのは「教室等での常時接続環境」なのだ。どれだけ血税を必要とするシステムなのだい? 使用するためには相当ハードルが高いシステムなのだ。プロジェクターやスクリーンも必要でしょうし。
まあ、希望すれば、モノによってはネット上にあったヤツを郵送してくれるらしいが、それも面倒だしねぇ…
「ドラえもんの道具って、科学的にどうなんだ?」ってコト。私は高校くらいからずーっと考えていた。特に疑問だったのが「スモールライト」あるいは「ガリバートンネル」である。原子はどうなっちゃってるのだろうって思ったわけだ。かなり怖いのは「通り抜けフープ」の類だ。あれを間違って地面なんかに使うと、自分の体が重力に引かれ、地球の中心まで体が落ち込んでいってしまう可能性があるのでは?とか考えました。
本日超久々に『ドラえもん』を見た。噂通り、声優がだいぶ違っていた。また、他のアニメと同様、コンピューターで作られたのであろうノイズ?が見られた。タイムマシーン使用中の背景なんかも面白かった。で、その『ドラえもん』を見ていて新たに気付いた。「どこでもドア」って、ドア前後の気圧差ってどうなっちゃうのだ?って。
で、ググってみて感動しました。センター試験の理科で丁度そういったネタを扱った問題が出ていたそうです。既に4年前なのだが、知りませんでした。総合理科はチェックしてませんでした。


問題文が知りたい方は河合塾のサイトへどうぞ。
大学の教官にも、私と同じように「真面目にドラえもんを考えている方」は居るのだなぁって、心強く思ったッスよ。この「スモールライトってどうなってると思う?」って話、何度か授業中にしたコトあるのだけど、生徒受けがあんまり良くない感じなんだよなぁ…。
昨日は初訪問の土地?2箇所に行ってきた。
東京私学教育研究所あたりが関わっている「理数系教科研究会」の「見学研修会」として、「独立行政法人文化財研究所 東京文化財研究所」に行ったのである。そこの見学に行くまでは気付かなかったが、その研究所は東京国立博物館の裏手にひっそりと佇んでいた。あたかも付属品のように。その研究所筐体は強烈にカネがかかってそうな、内部には木材と岩石が目立つ建物であった。研修としてそこに勤めている方の講話を聞き、その建物内の見学をした。そこで仕事をしているヒト達は、滅茶苦茶高価そうな建物内部で仕事をしていた。それにも関わらず、彼らの会話を聞くうち、その半数以上の方々からは「シゴトするにも予算が...」というフレーズが発せられたのだった。
とても不思議な場所であった。別に土建国家ニッポンでは不思議ではないのかも知れませんけれどもねぇ。
研修が終わり、その周囲を雨の中散歩した。すると、聞いたことある菓子店の名前が目に入ってきた。パティシエ イナムラ ショウゾウである。折角だから、ケーキを買って帰宅することにした。ビビッたのは、店の前にガードマン?が立っていたことだ。そんなケーキ屋初めて見ました。正確に言えば「ドアボーイ」ですかねぇ。ケーキは美味しかったです。ま、安くはないですけれどね。私の配偶者の両親(中国のヒト)には、とても好評の様子でした。彼らが食べたのは「特製苺ロール」でした。私が食べたのは確か「ショコラフロマージュ」ってヤツ。初めての食感&味覚でありました。「中国のケーキってのはあまり美味しくない」ってコト、私の配偶者は良く口にします。彼女が小学生のトキ、日本に来て何に感動したコトの1つに「ケーキが美味い」ってのがあったそうです。ま、日本にずっと住んでいる私も、年を取るほどに美味しいケーキに巡り会ってきた気がします。昔よりもケーキの質は全体に上がっていると思うのです。値段が高い店で購入していることもありますけれど。
で、帰宅してパソコンを眺めていたら、「Winny(とそこに生息するウイルス)でNTTの顧客情報が流出」とか聞きました。それよりも、防衛庁の方が拙いと思うのだが、不思議に報道は少ない。2ちゃんねるなんかによると、「自衛官にパソコンが公費で支給されるなんて夢の夢」みたいな書き込みもありました。
以下は「防衛庁・自衛隊:海上自衛隊の秘密情報流出事案への対応について」から引用
海上自衛隊の秘密情報流出事案への対応について 平成18年2月24日 標記事案を受けて、防衛庁として次のとおり対策を行うこととしましたのでお知らせします。(中略)
2. 私有パソコンによる業務用データ取扱いへの対策
私有パソコンからのデータ流出を防止するため、緊急の対策として次の事項を実施。職務上使用する私有パソコンについて、ファイル共有(交換)ソフトの削除を確認
私有パソコンに保存されている業務用データについて、秘密の情報・必要のないデータを削除
現在、許可を得れば職場において私有パソコンによる秘密の情報の取扱いが認められているところ、これを全面禁止
前述の「バカ高い建物内で"カネがない"ってヒイヒイ言ってる独立行政法人職員」や、「怪文書を発表するような自衛組織」を雇っているクニに生まれたコト、とても有り難く思えます。
何だか、気付いたら3月になっていた。自宅のカレンダーの1つが先月のままだったので、それを今朝直した。そのカレンダーは2ヶ月分が1ページ?になっているタイプだった。そしてそこには、ムラサキケマンが印刷してあったのだ。
ムラサキケマン(紫華鬘)という植物名を初めて知ったのは、私の教員生活1年目のことである。恐ろしいコトに、既に13年前ではないか!!
その年は「とある私立女子中・高校」で非常勤講師をしていたのだった。中学1~3年を担当し、中学1年理科2分野の一部として野外の植物の観察を行ったのである。その当時は確か校舎が改築中だった記憶がある。そんなわけで植物の観察ができないかと思いきや、なんと「校長先生のお宅の庭を授業で使って良いよ」ってコトになったのである。それには大変感動した。「非常勤講師1年目のヤツに、自宅の使用を許可してくれるなんて、太っ腹な学校だなぁ」って。お借りするからには、それなりに予習をしなければならない。で、庭に生えている植物を図鑑片手に一通りチェックしたのであった。フキが大量に生息し、シャガなども生えていたような記憶がある。その中に、名前を知らない植物があった。それが「紫毛マン」その人(?)である。
ムラサキケマンという植物の存在は、それまで全く知りませんでした。そんなわけで、教員1年目の思い出として「ムラサキケマン」と「ダンディな校長先生」はセットになっているのです。
話は戻り、そのカレンダーは2ヶ月が1ページになっているタイプでありました。カレンダー写真の撮影者は布施正直さんという方だそうです。母の同級生だというコトなのだが、私はその方を直接知っているワケでは無い。
そして話は飛ぶ。
昨年の5月、私の配偶者の高校時代の友人(♀)とその彼氏が、私達の住んでいるところにやってきた。その彼女もオシエゴであるわけですけれどもね。
休日の午後に都立旧古河庭園ってトコロにバラなどを見に行ったのだが、あいにくの雨だった。夜には「その筋」では有名な「ざくろ」という店の予約をしてあった。しかしそれは20時からであったため、一度家で待機するコトにしたのだった。
で、私達の住居のトイレに行った彼女は驚いていた。別にトイレがくみ取り式だとか、強烈に臭いとか、バラ色の小便が出たとかではない。その中にあったカレンダーに驚いたのだった。「なんで、マサナオさんのカレンダーがあるの!?」って。彼女の父親は職業カメラマンであり、その友人に布施さんがいるのだそうだ。そんなわけで、布施さん撮影の植物写真カレンダーが彼女の家にもあったそうだ。世界は狭い。
なお、「ざくろ」って店はかなり強烈でした。Web上には大量の文書があります。それを読むと、行ってみたくなるハズです。3000円で大量の料理に飲み放題付きでした。水煙草も面白かったです。しかし、何よりも面白いのは店長さん?の喋りです。
と、いうコトでそんな出来事を一気に思い出しました。「友達の友達は皆友達だぁ」なんて、改めて思いました。二日酔いではありましたが、多少気分が良くなった、今朝の私でありました、とさ。
昨日、3年間担当した学年の卒業式が行われた。送り出す側の私に「慣れ」が生じているのは事実である。しかし、送り出される彼女たちは1回きりの卒業式である。
もちろん、第32回の卒業式は昨日の1回しか行われないし、私がそれに出席できるのも1回きりである。突き詰めれば、昨日という日は1回しか無いし、今日も明日も1回しかない。今この瞬間も「今」しかない。
そういうことを改めて思い、日々の授業なり生活なりを真面目に過ごしていこうと思い直したのでした。
昨日は卒業式後に校内で謝恩会も行われた。卒業式での校歌斉唱もとても良かったが、謝恩会での歌が良かった。Kiroroの「Best Friend」をソロで歌った生徒がいて、私は何故だかちょっと泣きそうになった。彼女とピアニストが本気で演奏しているからこそ、私の冷え切ったココロ?にも伝わるものがあるのだろうなぁ、と思ったスよ。
今朝、普段とは違う通勤経路を歩いていた。春先であるためか、アスファルト上でネコが牽制しあっている場面に遭遇した。それに見とれていた私は、足の裏に違和感を感じたのだった。靴底とアスファルトの間で「何か」を転がした感覚があったのだ。直径は2~3cm程度だったのだろうか? 一般的な犬の糞を踏んだ際の「ネチョッ」では無かった。ビビッた私はその場で足の裏を確認してみた。その靴底は元々生ゴムの色をしていたが、長年の使用で汚れて黄土色~黒色になっていた。靴底が汚れていたため、特別に糞で汚れているのか、普段通りなのかが判明しなかった。以前の私なら、路上で靴底に鼻を近づけて臭いを確認するのだろう。しかし、四捨五入で40歳になってしまうらしいし、そんなジンブツが路上で自分の靴に顔をすり寄せているのは異様に見えるだろうと思ったのだ。私もオトナになったものだ。
と、云うことで靴底の問題はとりあえず放置し、数分の後に職場に到着した。靴を履き替える際に臭いを確認するという手もあった。しかし、踏んだ(阿佐ヶ谷路上フットサルのボールに使った)ものが、「糞系統」であることが確認できた場合、確実にヘコむだろう。そして、「糞系統」の香りが無かった場合、とりあえずは安心できるわけである。しかし、誰が見ているか知れない職場の下駄箱(別に下駄を履いて出勤したコト無いケド)で、出勤と同時に自分の靴の臭いをかぐジンブツなんて、ちょっとナニである。で、とりあえず暫く働き、下駄箱周辺も静まったとき、おもむろに靴を確認してみた。特異臭は感じられなかった。多分、私が靴の底で弄んだ物体は、犬の糞以外の何かだっ たノダ。
そんな本日は高校が学年末試験であった。試験監督も無かった午前中、卒業生を送り出した後の教室の片づけをした。大体きれいになったので、残されたシゴトは床掃除と荷物の移動くらいだろうか。毎回のことなのだが、卒業生を送り出した後の教室整理というのは、どうも気が進まないシゴトである。歌に例えるならば、チェッカーズの「Room」や、槇原敬之の「もう恋なんてしない」みたいな状況だろうか。どちらも10年以上前の曲だが。失恋や別離と生徒の卒業は違うものだろうが、「長くて地味な祭りが終わった後の静けさ」って感じが似ているのでは無いだろうか?
約4年前に「私は学生時代に野球をやっていなかった。そのため、自分の野球の技術低下に落胆することはない。元々、自分は野球が上手いと思っていないから」というコトを書いた。逆に私はいつまでも「これはできる」と思っていたいことに、「受験化学の解答能力」がある。生物もやはり満点を目指すには目指すが、もともと生物を真面目に勉強したのは大学を卒業し、就職してからなのである。だから、それほどには拘らない。また、大学では地学を専攻したが、生徒で地学受験をするような生徒もほとんど居ないから、私の地学の能力?を披露する機会もあんまり無い。基本的には地学の解答でも満点を目指しますけれど。私は大学では化学を勉強したかったのだ。しかし、何の因果か地学を勉強する羽目に陥った。まあ、最終的には地学科で良かったと思っていますが、大学入学当初はだいぶヘコんでいましたっけ。
で、英語も数学もあまり得意でない私なので、「せめて化学は満点を」という思いが常に存在した。そしてそれは今でも存在する。
ここ数日、新高校3年生対象の春期講習を行っている。基本的に問題演習になるので、講習前に自分も問題を解いてみるわけだ。そして、緊張しながら自分の解答チェックをする。やはり全問正解だと嬉しい。この解答作業をしている最中は錆び付きかけた脳みそに火を入れているような感覚がある。あるいは「脳の再構築」とでも言おうか。この作業(化学の問題を解くこと)を時々やっていないと、自分の頭が自分の頭で無くなっていってしまうような、自分が自分でなくなってしまうような、そんな気がするのだ。
で、化学の問題が解けたから何になるかって云えば、何になるのでしょうかねぇ?
それはそうと、昨日今日と『女王の教室』の続編をやっている。今もやっている。あんまりドラマには没入することが無い私なのだが、このドラマは見入ってしまう。見ていて辛くなるような筋であるが、それでも見入ってしまうのだった。
阿久津真矢の臭いセリフは許せる私だ。坂本金八は生理的に受け付けないが。
今回の『女王の教室』の難点を挙げるとすれば、CMがミョーに多いコトだ。レギュラー放映当初には、その強烈な展開から悪評が相当に立ったらしい。それでも放映を続けるうちに理解者?が増え、特番にスポンサーが付きまくるほどに市民権を得たということだろうか。
何よりも脚本が良いのでしょうね。役者も良いけれども。ってか、私が気に入ったドラマだから、何もかも良く見えてしまうのかも知れないが。
平日の早い?時刻に日記なぞを更新すると、なんだか人非人であるような気がする昨今です。そんな今日、私は堂々と更新してしまうノダ。
何故なら、本日、私の職場は休業日だったりするからだ。一応職務規定的には週休1.5日が基本であり、週の労働時間は約40時間である。現実には41.25時間になるのです、クミアイ活動をしている私の計算によると。これって、明らかな労働基準法違反である気がするのですね。まあ、鳥肌実様みたいに「パン工場勤務」ではありませんから、「巨大なジャムパンが」1日中、8時間連続で「攻めてくる」わけではありません。しかし、そうだとしても、学校の勤務ってのは恐らく公立も私立も、休憩時間なんて無いに等しいのでしょうね、普通に働ける(働かされている)ヒトであれば。
私は公立学校勤務ではないので詳しくは知らないが、そこでは1日の実労7.5時間を基本としているらしい。それに休憩時間がプラスされる様子です。でも、1日にセンセイが7.5時間だか8時間だけ職場にいて、その後は速攻で帰れるという学校って、ほとんど無いんじゃないかしら?
世の中では基本的に「残業80時間」がひとつの目安になるらしい。何の目安かといえば「過労死」である。と、いうコトは、手に職を持っているヒトが趣味でブログなどを営業している場合、1日に大体2時間40分以上費やしてしまうと「ブログ過労死」と認定して差し支えないのだろう。
じゃなくて、どう考えても私の職場ではこの「死んだら過労死」と認定されてもおかしくない人々が「コロコロ」いる。「ゴロゴロ」とまでは言わないくらいってコト。私自身は、月~金曜日はおよそ3時間「職務規定外の労働」をしている。また、大体2週間に1回存在する土曜日の出勤では、およそ5時間「職務規定外の労働」をやっている。ってコトは、1週間あたりで平均すると18時間程度の「残業」を行っていることになり、月80時間に丁度引っかかってくるくらいの「残業っぷり」を披露?していることになるのだ。最近は部活動の試合の引率が減っているから良いが、約3年前は、休みが極端に少ない1年間を過ごした。夏休みは情報科の免許取得のための研修も「職務命令」として突っ込まれてた。
大体、職場では私よりも常に帰りが遅い方がいるので、働き過ぎ(働かされすぎ)を懸念している。また、ほとんど年中無休&微給で部活に精を出している方もいらっしゃる。部活の指導が何よりも好きならば、休日の部活動指導はそれほど問題ではないかも知れませんが、どうなんだろう?
昨今はタイムカードを置いてある学校もあるとか無いとか聞いているが、学校という職場に限らず、家に持ち帰ってシゴトをしている職業人も多いだろう。だから、タイムカードを置いたからといって、残業および過労死の抑止力になるかといえば、その効果には疑問を感じる私だ。裁判沙汰になった事例に、「タイムカードをとりあえず押してから、深夜に勤務を続けて死んだヒト」ってのもありますしねえ。また、仕事の速さには個人差があるだろうから、長時間働いたからといって、「仕事をたくさんこなした」とは言えない面があるのも難しい。さらに、その人が気合いを入れて行っているシゴトでも、職場全体から見て必要なシゴトであるかどうかを見極めるのは難しい場合もあろう。その辺のシゴトの割り振りは「管理職」と呼ばれる方がきちんと行うべきなのだろうが、さっさと帰っちゃう管理職だったりすると、更にその辺の判断は難しいのでしょうねぇ。逆に、その部下も「管理職!何やってんだぁ!おい!」って突っ込めるほど、管理職のシゴトっぷりを把握できているワケでも無かろう。
そして、学校という場に限らず、「シゴトはできるヒトに回ってくる」という面もあるのだろう。だから、更に問題は複雑だ。
なお、基本的に私は、試験問題の作成とか、その採点を除いて、自宅にシゴトを持ち帰ることはしない。
基本的に上の話は「勤め人」全般について記したつもりだが、第一次産業みたいな世界になってくると、シゴトとそれ以外の時間を区分することも難しいのかも知れない。
オチが何だったか忘れた。というか、元々オチは存在しないのだ。
何しろ、今日、私の職場が休みなのは、3月になってからこれまで、土曜日の休業が1回も無かったコトの埋め合わせであるらしい。まあ、年間予定に於いて、この3月の休日の配置は、最初から決まっていたことでありますけれどね。
日経新聞(電子版)http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060327AT1G2600727032006.htmlを読み、「ふーん」と思った。
英語、小学校で必修に・中教審専門部会が提言
国際的なコミュニケーション能力の育成が課題となっているなか、中央教育審議会の外国語専門部会(主査・中嶋嶺雄国際教養大学長)は27日、小学校から英語を必修にすべきだとする報告をまとめた。これを受け文部科学省は2006年度中にも行う学習指導要領改訂で、小学校のカリキュラムに英語を導入する方針。全国一律に小学校から英語教育が行われることになり、戦後日本の学校英語教育は大きな転換点を迎える。
英語教育の開始学年と授業時間数について、報告は「中学との円滑な接続を図る観点から高学年において必要性が高い」などとして、5年生または6年生から平均週1回程度、必修化する方向性を示唆した。 (16:01)
恐らく、日本のそこら中で繰り返し述べられていることであるが、私も一応思うところを記しておこう。それは「外国語の前に、まずは日本語じゃないの?」ってコトである。一般的な話をしても面白くないので、個人的な体験を話そう。
これは毎年のことなのだ。業者に頼む高校生向け学力テストの結果データが帰ってきて、かなりビビる。それは「マークシート用紙に、自分の名前をローマ字でマークできない生徒の率が増えている」というコトである。
私の勤め先は偏差値的には「中堅」といえる場所に位置していると思う。受験産業に関わる業者の設定する「ランク表」を見る限り、入ってくる生徒の学力レベルは、毎年同レベルを死守?しているか、若干上昇傾向にあると言って差し支えないハズだ。
しかしながら、年々、「マークミス」あるいは「ローマ字ができない生徒」が増えているようで、業者から帰ってくる生データには、日本人としてあり得ない名前の生徒の混入率が上昇している。
具体的に言うと、学校側で把握している生徒の情報(漢字の氏名やふりがななど)に、業者から届いた生のデータを結合させる際、学校側のデータと業者からのデータに不整合が生じる割合が年々増加している気がするのだ。
例えば「山田太郎」という名前をローマ字にすると「yamada taro」となるハズだが、業者から届くデータには「yamada taro」が存在せず、「yanaga taro」さんが居たりするワケだ。子音のアルファベットを間違えているくらいならまだ可愛いのである。マークミスや勘違いの可能性もあろうから。しかし、本当にビビってしまうのは、母音のアルファベットを間違えたり、子音も母音も間違えている場合である。
そのような生徒は、中学で「わざわざ3年間も勉強したはずの英語」以前に、ローマ字が身に付いていないのでは無いかと考える。ローマ字というのは小学校4年生で学習するべきものだそうだ。これは現行の学習指導要領にも記してある。
で、私は「小学校4年生の段階で徹底的にローマ字を学習させるべきだ!」って主張をするのかと言うと、そういうわけでもない。劇的にローマ字が書けない生徒ってのは、ローマ字の前段階となるはずの「五十音表」すら書けずに小学校を卒業してしまっている可能性が高いと思われる。
「幼稚園や保育園で文字の読み書きを修行すべきか否か」という問題は難しい。しかし、義務教育である小学校1年生の段階では、「五十音表がソラで全部書けなければ、家へ帰してもらえない」くらいのスパルタ的な厳しさが必要なのではないかと思うのである。
小学校の時点で「五十音表」と「ローマ字」を完璧に覚え込ませ、その上で英語教育を展開する意志があるならば、「小学校の英語教育」を許すよ、私は。それができないなら、小学校ではひたすら「読み書き算盤」ですね。私はソロバン使えないケド。
なお、高校生に理科、特に化学を教えていて思うのは「四則演算ができない生徒が居て困る」ということである。
まあ、実際の化学実験をやれば知るのだが、「有効数字3桁」というような厳密な実験は、そうそう実際に行えるものではない。しかし、それだとしても、「受験へ向けての修行」として化学の計算問題などに取り組む際には、きちんと間違いなくかけ算や割り算をやって欲しいと思う私である。また、問題文に書かれている日本語にも慣れて欲しいとも思う。問題演習を繰り返せば、理科の試験問題における文法?も、だんだんに身に付くものなのですから。
明日から新年度の授業が始まる。
もう何年になるのか忘れたが、担任するクラスには「学級文庫」が置いてある。基本的に私が読み終えた文庫本で、面白いと思ったものを置いてある。単行本は大きすぎ、高すぎるから買わないのだ。鞄に入れて通学途中に読むには単行本は大きすぎる。ただ、最近はブックオフなどでベストセラーの単行本を投げ売りしていたりするから、そちらを購入することもある。
本日、明日の始業式へ向けて「文庫」の在庫をチェックしていたところ、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド(上)』と『コインロッカーベイビーズ(下)』が無くなっていたことに気付いた。誰か卒業生が持って行ったのだろう。もしかすると捨てられてしまっている可能性もあるが、良い方に解釈しておくのだ。
私が必ず「文庫」に置いておくのは『少年H』『リング』『TUGUMI』『ノルウェイの森』あたりだ。この文章書いていて思い出したが、『ライ麦畑でつかまえて』も無くなっていたなぁ。上下巻に分かれている文庫本だと、無くなっていることに気付くが、1冊で完結するような作品だと、無くなっていることに気付かないことも多い。『アルジャーノンに花束を』は残っていた。
「本を読むのが苦手だ」って生徒には『リング』を勧めますね。あの物語は面白い。また、それなりに厚さがあるから「本を読んだ」って実感が得られる。映画化もされてますから、馴染みがあるはずだし。
「平成14年度 新教科「情報」現職教員等講習会 Eグループ ネットワークの基礎 演習」が役に立った、かなり。
10BASE-TのケーブルにRJ-45モジュラープラグってヤツを圧着するだけなのだが、3年半前のあの講習がなければ今日の作業は行えなかったはずだ。
昨日から、職員室の一部でLANの接続が不安定になっていた。結論から言うと、ハブの使い方を間違えていたのだが、LANケーブルのプラグ部分が不安定になっていたので、ケーブルを一部切断してプラグをつけ直したのだった。できるヒト(電気屋さんとか)には至極簡単な作業なのだが、あまり普段やらないコトやったのでシゴトをした気分になった。実際、少なくとも30分以上は床の埃などと格闘したわけである。また、この作業はお勤め先に於いて、私ともう一人の先生しか出来ないだろうってコトにも優越感を覚えた。やはり、シゴトをする際には、自分で自分を褒めながらやらないとね。
私、本年度は高校2年生のクラスを担任することになった。
今の職場に専任教諭として就職して、この4月で12年目となった。ずいぶん年を取ったものだ。最初の2年間は「副担任」というコトで、クラスの担任はしていなかった。その後は「高校1年→2年→3年のクラス担任」を3回繰り返した。割と順調な道のりだったと言えよう。今年は高校2年生の担任となり、入学式で担任として新入生を迎えることは無かった。3年間のうち、一番緊張するのが入学式である。こっちも向こうも勝手が分からないから、最初のうちは気詰まりな時間が流れることも多く、いろいろと大変なコトが多い。それに比較すると、入学してしばらく経過した生徒の相手をするほうが、いろいろと楽である面が多い。
本題に入ろう。
今年改めて感じたのは「授業の記録をパソコンに打ち込んでおくと、何かと便利であるなぁ」というコトである。
基本的に授業に向かう際には「前回どこまで授業をやった」というコトを書き込んでおくノートを持参する。「指導週案」という名称で売られているらしい「業界向け」ノートである。このノートが無いと、私は授業に行くのが不安になる。同じ内容の授業を3クラスとか4クラスとか担当している場合、どのクラスにどの授業を行ったのかが分からなくなってしまうからだ。古き佳き?先生方だとそういった「指導週案」などを持たずに、教科書1冊だけ持って授業に望む方もいらっしゃるのかも知れない。しかし、そういう方は多分絶滅寸前であるだろう。
私は高校のトキに、同じ先生から同じ内容の授業を繰り返して受けたことがあった。クラス内の誰も文句を言わず、指摘もしなかった記憶がある。この記憶は恐らく「模造記憶」ではないはずだ。今から思えば「こんな気合いの入っていない授業を、先生はやっていて良いのですか?!私たちは授業料を払っているのですよ」って刃向かっても良かったのだろう。昔の気概ある高校生ならば、そのようなこともあったのかも知れない。平成元年卒業の私たち、優等生なのか劣等生なのか分からないが、垂れ流される授業を聞いているだけだった。
今のハナシに戻ります。
一昨年の授業の記録(ワープロ「一太郎」で作成)を発掘してみたところ「そうか、そういえばこんなコトやってたカモ知れない」って思い出すことが多かったです。1時間ごとに記録を取ってあるので、それを踏襲するだけでも、それなりの授業は展開できそうな気がしてきました。新学期バタバタしていますが、だいぶ気持ちが楽になった。
数年間分の「板書のためのノート」は保存してあるのですが、1学期なり1年間なりを見通して考える場合、板書に使ったノートを見るだけでは全体像が見えません。また、実際に使用した手書きの「指導週案」は、B5版で厚さが1cm前後あり、保存性が良くない。
それに対して、パソコン内で記録を取った場合、後から閲覧するのも大変に楽です。昨年はエクセルで記録したため、そっちの方は更に使い勝手が良くなっています。まあ、実際は授業の記録を入力するのはそれなりに手間です。しかし、後からの再利用を考えた場合、手間をかけるに見合うだけの効果が得られる気がしました。昔に行った授業展開を推敲していけば、更に良い授業が展開されるハズです。
明日は中学2年生の希望者に対して「天体観測」を予定している。パソコン上、Outlookにも「天体観測」って予定が入れてある。そして、同期しているケータイの予定表にも「天体観測」って文字列があるワケだ。
ってコトで、やるべきシゴトを確認する度、私の脳内でここ数日、BUMP OF CHICKEN の『天体観測』が流れているのでした。
この曲を最初に知ったのは、大学時代の友人のカラオケでした。彼とカラオケに行く機会がある度、この歌を聴かされました。その熱唱を聞くうちに、この曲は私の脳みそに焼き込まれたのであった。
名曲だと思いますね。
明日の夕方は晴れて欲しいなぁ。土星と火星が見えるハズなのです。
天体観測、無事終了。
本日の東京は昼間に雷雨もあった。しかし、レーダー画像や気圧配置図を見る限り、雷雨は去ってしまうと思われたため、安心して過ごしていた。予想通り、午後から夕方は快晴となった。彼女たちの日頃の行いが良かったのだろう。
やはり、見て面白いのは土星である。望遠鏡でそれを見たある生徒が「ビビアンだぁ!」って言ってた。「ビビアン」とは Vivienne Westwood である。知ってますって?土星に十字架がおっ立ってるロゴ?がトレードマークのブランドだぁな。近頃の生徒は博識であります。私がそのブランドを知ったのは、2,3年前です。配偶者から教えて?もらいました。
土星に十字架が立っているのって、最初は「なんか、悪趣味だなぁ」って思ったのです。しかし、見慣れるうちに可愛いような気がしてきました。慣れというのは不思議なものです。
教育基本法ってヤツが改正されようとしているらしい。この10年以上、私は教職ってヤツに就業している。
ここ数ヶ月、いろんなサイトを見ていて、自分なりの思いをこの場で披露しようかと思ってた。しかし、どうもまとまらなかった。
そして、今日改めて気付いた。「教育基本法あるいは、その改正ってヤツについて、職場の同僚と話したことは無いな」って。職場のヒトと話さないような内容を、ここに書いても仕方ないし、書いても意味がないだろうって。
法律が改正されたとしても、基本的に私のシゴトが劇的に変わることは無い気がしてきた。勤め先は私学ってコトもある。なにしろ、以前から思っているように、「真面目にコツコツ、自分が楽しいと思うことを続ける」だけである。
「教育は人なり」って言葉がある。「人は、身近なかっこいい人の真似をしがちだ」ってコトだろう。私から見た「かっこいい人」はそこら中に存在する。
両親。お世話になった先生たち。影響を与えてくれた友人。日頃お世話になっている同僚。ネット上で知り合ったヒト。
彼らから得たモノを消化・昇華し、私というモノを高めていけたら良いと思う。
職場では、最近ひたすらパソコン上の作業をしている。生徒の選択科目登録をしているのだ。こいつをやらないと、中間考査後に行われる、全校的なパソコンでの得点入力作業に臨めない。
近年、私の職場もパソコンの使用が浸透してきている。そのため、何らかの集計を行う場合、紙に書いた情報を人様に提出するのではなく、予め書式を設定しておいた Excel・Access・桐 などのファイルにデータを入力する場面がある。私が依頼することもあるし、依頼されることもある。こういった場合、パソコンに慣れているヒトと、慣れていないヒトでは、入力するデータの質に、劇的に差が付いている気がする。しかし、画面上では分からなかったりする。
私が他人のパソコン習熟判定に用いる「リトマス試験紙」、それは「スペース」という文字の扱いである。
私が誰か(例えばクラス担任)にデータの入力を依頼する場合、基本的には「コード化したデータの入力」をお願いする。そして、間違ったコードを入力すると、画面には文字などが出ないようにしておくのだ。そうすると、入力されたデータが不揃いになることが基本的に回避される。
しかし、人様が作成された入力フォームなどでは、勝手な文字列を入力できる状態になっていることが多い。その結果、生徒の氏名などの後ろに「無意味なスペース群」が続いたり、何も入力されていないと思っている「セル」に「スペース」が入り込んでいたりする現象が起こる。
職場では「情報処理部」ってヤツに所属しているので、最初に書いた「選択科目登録」を行っているのだ。いろんなヒトが関わって作成されたデータを照合したり、並び替えを行ったりしていく。その途中、「スペース入りのセル」に結構出くわすワケです。
本当はムダな文字列を排除するように、関数等を用いてそいつらを除去してしまえば良いのかも知れない。でも結局、ひたすら検索&置換を行ったりするのですね。
結局、人力での「検索&置換」のほうが安全で早いような気がするのです。私が扱っている「データの量」と「不揃い加減」を勘案するに。
月曜日の選択化学Iの授業へ向けて、チョコチョコっと試薬を用意した。
アルコールとカルボン酸からエステルを作成する演示実験である。生徒にやらせても良いのだが、時間短縮のために、そして濃硫酸を用いるので安全のために、私がやってしまうことにした。
私はこの実験をやるたびに、都立小石川高校時代にお世話になった安楽貢先生を思い出す。私が一番好きだった先生である。
異様に舌っ足らず?な先生で「皆さん」ってコトバが「みなしゃん」になったりするのでしゅ。って、書いてましゅが、私が教わった時は定年近かったのじゃないかと勝手に思ってる。
NHK学校放送の化学講座にも出演なさったことがあったそうなのだ。なお、安楽先生の姿は現在の職場で、ビデオ映像として拝見したことがある。私の職場の理科の先生が、出張か何かだったのだ。代理で授業監督に行ったトキ、生徒に見せるビデオの中に安楽先生がいらっしゃった。例によって舌っ足らずだった。
私が高校生の時は、ひたすら実験をやらせてもらったので、NHKのテレビ番組などを見る閑は無かった。ほとんど毎時間、化学の授業は実験であったような記憶がある。その当時は「実験大変だし、レポートは一応作成するものの、意味がイマイチ分からないしなぁ…」って思っていたのだ。
しかし、高校3年となって改めて受験勉強を進めるにつれ「そうか、あの実験にはそういう意味があったのか」って思うことが多かった。やはり、実験を「やらない」よりは「やる」ほうが、圧倒的に記憶に残るのである。そして、受験勉強として化学(や物理)などを自分で勉強する際には、その「実験の記憶」が圧倒的な力に変わるのであった。
実験は重要だ。
で、あれから20年近く経過したのだが、エステルの実験をやる度、安楽しぇんしぇえに理不尽?に怒られた記憶がよみがえるのである。
エステルというのは、香料に使われる物質である。ってか、天然の香料にはエステルが含まれることが多い。大して良い香りでない「アルコール」と「カルボン酸」を脱水縮合(エステル化)させると、果物っぽい香りや花っぽい香りの「エステル」に変化するのである。
高校3年生の時だった。安楽しぇんしぇえが授業中に「これは何の香りだ?」って質問とともに、エステルを私達「昭和63年度高校3年生 安楽の化学選択者」の生徒に与えた。
与えられた物質、確かに甘いような香りがするものの、これといって「果実名」や「花の名前」が思い浮かぶような代物ではなかった。そのため、私は「んー(何と表現すればよいのだろう)」って感じの反応を続けていた。すると、安楽先生は珍しくキレかけ「これはバナナだろう!」「これはパイナップルだ!」みたいに、断言なさった。
珍しく安楽先生がキレかけたってコトで、また、ちょっと釈然としなかったデキゴトだったため、私の中では妙に印象に残っているのでしたとさ。
なお、酢酸エチルってのは化学教育界?では「パイナップルの香り」であるともいわれる。厳密には「パイナップルの香り成分に含まれている」ってコトらしい。私は毎回思うのだが、酢酸エチルの臭いに一番近いのは駄菓子屋で売っているおもちゃのポリバルーンである希ガス。私が教えている生徒達も大体そういう反応をする。なにしろ、パイナップルの香りとは思えない希ガスる。
本日、職場では中学校で「授業参観」が実施された。
本年度も昨年度までと同様、年に1日しか開かれないハズだ。そして、そのうちの午後の1時間だけ公開される。
今までは、時間割の関係で「参観」していただく機会がなかった。しかし、とうとう中学生の保護者の方々に、私の授業を見て頂く機会がやってきてしまったのだった。
やはり、それなりに緊張したのだった。生徒も普段よりは真面目であった気がする。
今日の授業披露では、別に「手に汗握る」とまでは行かなかった。私も成長したものである。
ただ、今日の放課後は妙に腹が減った気がした。普段の授業よりも余計に頭を回転させることにより、体内のブドウ糖が消費されたのだろうか? 昼食のカロリー量なども普段と大差無いハズなのだ。
逆に言うならば「普段から、腹が減りまくるほど、真面目に頭を回転させて授業をせよ」ってコトになるのだろうか。
なあんて、思った本日でありました。
なお、授業は太陽系の惑星などについて学習したのだが、数年来この範囲は盛り上がるのだ。何故なら、セーラームーンという人々(?)の活躍により、惑星の英語名が中学生女子には浸透しているからである。私が小さい頃はセーラームーンという人々は存在しなかった。その頃は天文オタクでない限り、マーキュリーだのヴィーナスだのといった惑星の名称は知らない輩がほとんどだったハズ。
ただ、今の中学生はベルクカッツェとかいうコトバを発することは無いだろうから、ドイツ語の習熟には若干の問題がある、…コトも無いな。
「オルト・メタ・パラ」ってコトバ、ご存じか?
知らない方は読み飛ばすか、これを機会にお勉強お願いします。
上記のコトバたちは、それぞれ o- m- p- って表記される。

上の図は、左から o-キシレン m-キシレン p-キシレン であります。これを知らないことには、化学受験をしようとは考えない方が良いのでしょう。
で、o- m- p- は、それぞれ "ortho-" "meta-" "para-" って綴るのですね。
2006年6月17日現在の化学接頭辞・接尾辞一覧 - Wikipediaから引用します。
オルト(ortho)は'正規の'という意味のギリシア語に由来し、ベンゼン等の六員環の化合物において、1位と2位に置換基が結合していることを示すために用いる。メタ(meta)はベンゼン等の六員環の化合物において、1位と3位に置換基が結合していることを示すために用いる。
パラ(para)は'反対の'という意味のギリシア語に由来し、ベンゼン等の六員環の化合物において、1位と4位に置換基が結合していることを示すために用いる。
ウィキペディアは「メタ」の説明を何故か避けている。
ネット上で他のサイトを見てみても、「オルト」と「パラ」は同じ様な説明がなされていることが多いし、多分その説明で良いのだと思う。オーソドックスorthodox とか、パラドックスparadox なんてコトバはニホンゴとしても使われていることだし。
私が気になるのは「メタ」の語源である。
こいつを「次の」とか「後の」って説明しているサイトを見かける。
「メタ(meta)」には小学館の『ランダムハウス英和大辞典第2版』を見る限り、「間の」って意味もあるようだ。化学で用いる「メタ」はこの「間の」を使っているのではないかの思うのだな。
ま、語源なんて調べ出すと切りがありませんから、とりあえずここまで。
昨日の続き。
前述の「meta」の語源は数年間謎のまま放置していたので、その語源について、もうちょっと調べてみた。
試しに、「ortho meta para meaning」でググッてみた。パソコンは便利である。
その筆頭にあげられたページ Ortho,meta,para. Text - Physics Forums Library に依れば、
meta is easy - coming from Greek meaning 'among' or in between (as in metastable), is the state in between ortho- and para-.とのコトであった。私の類推?と同じである。
ただ、他のページには
The prefix“meta-”comes from the Greek meta,meaning“following or after”.ってな記述もあったりして、これは旧来?の説と同じなのであった。
以上でぇす。
大体、何でこんなコトを調べだしたのかというと、高校2年の選択化学の授業で扱う範囲だったりするからなのであります。ま、長年放置してきた疑問が少なからず解決し、ちょっと賢くなった気分である。
久々に日記以外のページを更新しました。
職場では「スクールヨミダス」ってヤツに契約しているので、「八つ子」でヨミってみた。
読売新聞でも、1996年イギリスでの「八つ子妊娠」のニュースを扱っていたことを知った。
実は私、今日初めてこのシステムの恩恵にあずかった気がするのだ。安くないシステムであるし、もっと使い倒していこうと思ったのでした。なお、このシステムを使う際には、「固定グローバルIPアドレス」や「検索画面にアクセスするためのID、パスワード」が必要なのだそうだ。職場でこの「スクールヨミダス」を使用するために、パソ通の先生が自動的にログオンするページを作ってくれてある。そのため、IDやパスワードの存在は意識せずに使える。
私はハッカーではなく、ハッカーになろうという意志もないので、このシステムは普通に職場内で使っていこうと思うのだった。
http://www.asahi.com/business/update/0630/136.html から
仕事同じならパート賃金社員並みに 厚労省が法制化検討
2006年06月30日15時24分厚生労働省は30日、パート社員と正社員との賃金格差などを是正するためパート労働法を改正して処遇改善に取り組むことを決めた。正社員と同じような仕事をしているパート社員には同じだけの賃金を払うことなどを法律に明記し、企業へ指導を強める方針だ。同省の労働政策審議会雇用均等分科会で議論し、来年の通常国会への改正案提出を目指す。
93年にできたパート労働法は、企業にパート社員の雇用管理の改善を求めたが、具体的な基準がなかった。03年の「パート労働指針」には、▽仕事の内容や責任が実質的に正社員と同じなら、同じ賃金表や査定方法を使う▽正社員と異なる場合も、一律いくらではなく、能力や経験に応じて評価する「均衡処遇」をとる▽正社員への転換制度の創設――などが盛り込まれたが、強制力がなく行政指導が出来なかった。
同省では、これらの措置を法律に明記して、企業への指導を強めたい考え。また、処遇の改善だけでなく、能力開発など「機会の均等」についても、盛り込むことを検討している。
週の労働時間が35時間未満のパート社員は、05年で約1266万人で、雇用者の4人に1人を占める。店長など基幹的な役割を担う「戦力化」も進み、女性だけでなく、男性もこの10年で120万人増えている。
一方で正社員との賃金格差は、女性で正社員の71%、男性で63%(05年)と開いたままで、昨年、同省の外郭団体が実施した調査でも「正社員的パート」なのに、賃金は正社員の7割以下しか払っていないという企業が、全体の28%に上っていた。
上のニュースは良い知らせであると思う。
私自身は「正社員」というか「教諭」として私立学校に奉職している。
私の友人には私立学校に「常勤講師」とか「専任講師」という名の職に就いている・いたヒトが複数存在する。
つい先日、東京私立学校教職員組合連合(東京私教連)から「常勤(専任)講師の賃金・労働条件」って調査結果をまとめたヤツが届いた。この「常勤講師」ってヤツ、幸いにして私の職場には存在しない。なお「非常勤講師」は私の職場に存在するし、私も過去2年間、その職として勤務していたことがある。
「常勤講師」という職業、学校法人によって仕事内容や待遇に違いがあるらしい。私が聞いてビビるのは「"常勤講師"という名称で、クラス担任や部活顧問もやらされているのに、ほとんど同じシゴトをしている"教諭"より給料が安いヒトが居る」という現実だ。
こういう現象・役職(?)は、学校に限らず、企業でもあるのでしょうね。いろんな名称があるのでしょうが、俗に言う「非正規雇用者」ってヤツですね。正社員と同じシゴトをやらされているのに、給料や保障が制限されているというのは良いことではないハズです。
社員を育てるという意味では、ちょっとばかし能力が足りないと思われるようなヒトでも、正式に雇用するのが良いのではないかと思うのです。多分、私も昔は職場の先輩からそう見られていただろうから言います。別に今が完璧だなんてコトも言いません。
社員を増やす場合、ケツの青そうな兄ちゃん姉ちゃんだとしても、雇うならば先輩たちと同じように、きちんと給料を払う方が良いと思うのです。そうして一緒に汗して働いていけば、その会社も発展していくのではないかと思うのです。
また、特に学校などでは、ほとんど同じシゴトをしているのに立場が異なるってのは、変な軋轢が生まれそうですし、教育効果にも悪い影響が出るのではないかと思うのですね。
繰り返しますが、私の職場には「常勤講師(≒教諭)」という職が無くて良かったと思うワケですわ。
とりあえず、答案の採点も完了。
この答案を生徒に返却した後は、成績通知票その他の作成が待っているわけだ。
テストについてひとネタ。
大学時代、印象に残っている授業がある。それは「教育評価」という授業だったような…
「テストをなるべく公平に行うには、いくつか要点がある」という話だった。まあ15年くらい前の話だから、古い理論になっているのかも知れないし、私の模造記憶が入っているかも知れないけれど。
以下の2点を覚えている。
1.「再生式」よりは「再認式」
2.採点する際には「誰の答案か」を気にしないようにする
最初の要点の「再生式」とは、要するに「穴埋め問題」である。「再認式」とは「多肢選択問題」などのコト。「再認式」の方が、教員(出題者)の思いこみを排除できるという利点があると聞いた気がする。
やはり私の模造記憶かも知れないが、中学校のトキ、技術科などの試験問題では妙な部分が「穴埋め」になっていたコトがあった。用語などが穴埋めなのではなく、動詞や形容詞などを埋めさせる設問があり、出題者(センセイ)の主観で×をつけられたコトがあったような、無かったような。ああいうのは嫌いだった。都立高校に行くには、内申は重要なんですぜ、センセイ。
そんなわけで、私は教員になってからというもの、多肢選択式を多用しているのだった。解答用紙には記号が並ぶことになるから、採点もやりやすいというメリットがある。
二つ目の要点は、「答案を公平に採点するためには必要」と聞かされた。「まぁ、確かにそれはあるだろうなぁ」と感心したし、だからこそ覚えているのだろう。ただ、この要点、私のこの10年以上のキョーイン生活に於いて、未だかつて実行したことが無い。最も公平に採点する為には、氏名記入欄を裏面に作成しておき、回収後の採点では答案をシャッフルするのが良いのだろう。当然考えるだけでやったコトはありましぇん。
私が答案を採点する際は、生徒の氏名を確認しながらってのが普通になってる。採点しつつ、「そうか、コイツでもこの問題はできないんだ」とか、「へぇ、コイツって割とデキるんだなぁ」とか思ったりしてる。
なお、「テストの公平さ」と、「良いテスト問題かどうか」というのは、別次元の話なのでしょう。お間違え無きよう。
私は小学校教諭1種免許状・中学校教諭1種免許状(教科:理科)・高等学校教諭1種免許状(教科:理科)・高等学校教諭1種免許状(教科:情報)の4枚の免許状を持っている。

上の免許状を発掘するのに、5分くらい家の中をうろうろしてしまった。この免許状を紛失すると、お仕事を失ってしまうことになるのだろうか? よく分からないが、免許状がちゃんと手元にあって良かったと思う。この免許状、以前職場に提出したことがあった。基本的には「学校」という場所は、「免許状」を持たないと働けないトコロであるらしい。
今回免許状を確認している最中、改めて知ったことがある。それは「再交付」についてである。免許状と一緒に保管してあった紙には、以下の文言がある。
教育職員免許状は大切に保管してください。
免許状の再交付は、火災による焼失、風水害、盗難等の事実を、関係官公庁が証明(り災証明書等)する場合に限り行います。この場合、理由を明記し、返信用封筒を同封のうえ、「教育職員免許状再交付願」の用紙を請求してください。
調べたら、ネット上にも同じコト書いているページを発見した。私は東京都から免許をもらっているので、以下のサイトも東京都教育委員会内であります。
そこにはこう書いてある。
紛失・遺失の場合は、再交付はできません。これは知らなかった。単純に無くしてしまった場合、免許は永久に失われてしまうのだろうか。まあ、免許をなくしちゃうようなヒトには、センセイは任せられないってコトなのだろう。生山先生(参照?)は免許ちゃんと持っていたのかなぁ?
この更新制が実施された場合、ペーパーティーチャーさんの場合は、免許を更新しようとしても、免許自体を紛失しているコトも多いのじゃなかろうか? そういったヒトビトの場合、更新の講習を受けようにも、講習自体を受講させてもらえないというコトが起こる可能性が考えられる。永久に免許は喪失してしまうことになるのかも知れない。
しかし、教員免許にも期間限定バージョンがある。例えば、「特別免許状制度」でググってみると、そういった情報を得られる。
「免許更新制」は「学校という場における、免許の存在重視」に繋がるであろう。それは、昨今良く耳にする「開かれた学校」っていうフレーズとは、すこしぶつかる気がする。「社会人講師」みたいな存在は、今後もだんだん拡大されていくと思うのだが、「免許更新制」はそれに逆行していると思う。
ま、文部科学省の迷走には慣れているし、中教審ってヤツのメンバーだって、私の知らないオッサン・オバサンがほとんどだ。なお、私が知っていたのは29名中、野中ともよ・野依良治・増田明美・湯川れい子の4氏だけ。ここは一発、知り合いってか上司である「正論・毒舌オヤジ」の野原明氏にもメンバー入りを果たしてもらいたい、何となくね。
私も「免許更新制」が実施されるようになったらば、「長いものには巻かれろ」で30時間?の講習を受けるのだろう。講習を開く、免許を再交付する側の方が、絶対的に面倒なハズ。免許を交付してもらう側で良かったよ。
夏休みも終わってしまう。
私の勤め先は学校なので、普段に比べれば8月はお気楽な季節である。
そして、私は小学生時代から相も変わらず、夏休みの宿題に追われてしまったのだった。夏休みに入る前、校長から「全員必ず研修報告を提出するように」って言われていたのである。そして、やっと先ほど研修報告を作成し終えた。自分で言うのも何だが、それなりに面白い研修報告が出来上がったのではないかと思っている。
ってコトで、気が楽になったので、久々に日記を作成し始めたのである。
とりあえず、簡単に書けるネタを。
このサイトは GoogleSitemap ってヤツを使用している。
最近はやっと Google 様経由のお客様も増えてきた。それは多分、私の腐れ文章が Google 様の中でインデックス化されてきたというコトなのだろう。果たして、数ヶ月前に登録した GoogleSitemap が効果を現してきたのか、それともタマタマなのか。Google 様経由の客が増えた理由が分からないところがもどかしい気もするが、別にこのブログ?で企業活動を行っているわけでもないので、どうでも良いって言えばどうでも良い。
で、GoogleSitemap を利用させてもらって、ひとつ確実に良いことがあった。それは「内部リンク切れを教えてもらえた」というコトである。この「腐れ日記」内で、「とある日」から「とある日」にリンクを張っていたつもりが、日付の指定を間違って、リンクを張り損ねていたらしいのだ。そのリンク切れの存在を、この間教えてもらえたのである。以下がその画像。

ってコトは、他の内部リンクは一通りきちんと動作していると云うことであり、少なくとも内部リンク先は Google 様の中でインデックス化されたというコトなのだろう。
ってか、そう解釈して平穏な気持ちとなり、宿題も終えて安心し、気持ちよく新学期を迎えるとしましょう。
卒業式や入学式は「儀式」として、存在するべきだ。そして、その場には「日の丸」が掲げられ、「君が代」が歌われるべきだ。
この数日間、様々なサイトを見て、私の中の考えを整理した。そして、上の結論に達した。
私は以前にも日記で「君が代」について、思うことを記してきた。
2000年04月04日 君が代の「君」って誰
2005年11月24日 さざれいし
今回の日記を記すに当たり、まずは引用から。
下に示したのは、公立私立を問わず、学校を運営する際の指針となるであろう「学習指導要領」(文科省サイトへ・ウィキリン)の一部である。
中学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)
第4章 特別活動第1 目標
望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団や社会の一員としてよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,人間としての生き方についての自覚を深め,自己を生かす能力を養う。第3 指導計画の作成と内容の取扱い
3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
高等学校学習指導要領(平成11年3月告示、14年5月、15年4月、15年12月 一部改正)
第4章 特別活動第1 目標
望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団や社会の一員としてよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,人間としての在り方生き方についての自覚を深め,自己を生かす能力を養う。第3 指導計画の作成と内容の取扱い
3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
これを見る限り、以前の所沢高校のように「卒業を祝う会」があり、「卒業式」が無い学校が存在するというコト自体が不思議に思える。
そして、次のリンクを開くと、平成15年(2003年)10月23日に発せられた東京都教育委員会からのお達しを読める。
入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)
私は、差別主義者の石原慎太郎は嫌いだ。しかし、今回の「君が代訴訟」についての彼のコメントは適切だと考える。
私自身は小学校・中学校・高校・大学と「卒業式」に触れてきた。
果たして、私が卒業した都立小石川高校では、「国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚」してあったのか、また、「都旗を併せて掲揚」し、「国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚」してあったのかどうかは記憶にない。平成元年のコトだから、上に示した通達が発せられる前であるが。
校歌は歌われたはずだ。私は合唱部「音楽研究会」に属していたので、自分が当事者となっていない入学式や卒業式などでは、壇上で校歌を歌った(歌わされた?)記憶が残っている。しかし、「君が代」が歌われたかどうかについては記憶がない。なにしろ、卒業式は30分程度で終了してしまう、非常に簡素なものだったことは記憶している。
私は原理主義者である。「何事も法に則るべきである」という考えを持つ。
憲法等に基づいて行われた選挙の結果、今のイシハラシンタロウを始めとする、(特に好きでもない)政治家が君臨?している。しかし、彼は多数決によって選出された人物である。その意見を尊重するのが民主主義というものだろう。東京都という地方公共機関の一組織として「教育委員会」が存在している。それが3年前に命令を発した。
上記引用文や参照先サイトが存在する今、公僕である都立学校教員、公立小・中学校の教員はそれに従うべきであると考える。何しろ公務員である教員は、「税金のお流れ」を貰っている存在であることだし。
なお、当然のことながら、教員についても、日本国憲法第19条の「思想及び良心の自由」は尊重されるべきであろう。通達では「カタチ」について記してあるが、「ココロ」については一言も触れていない。場合によっては、ジャニーズ事務所のタレントみたいに口パクするとかもアリなのだろう。
以前の日記にあるように、私は「君が代」を歌う場合、基本的に「天皇のために」とか「お国のために」って思って歌っているわけではない。小学生の頃は、歌詞の意味すらあまり考えたことが無かった。
自分が所属してきた学校には、「強固なリベラル派の先生」が「居なかった」のだろう。だから、君が代を「歌い続けて来られた」。
「学校で君が代を歌う」=「戦争推進」っていうふうに、ハナシを短絡化させちまう教員や一部のマスコミ。それらの人々は「思考停止」しているとも言えるんじゃないだろうか。国際的なスポーツ大会では、立派に日の丸が掲げられ、君が代が流されてる。それを「けしからん」って明言している人物を見たこと無い。
君が代を歌いたくない公僕の方々やマスコミの方々に質問したいことがある。
「アナタはどんな結婚式を行いましたか?」って。
日本では、「神前式」で結婚式を挙げた方が多いだろう。
神前式ってのは、思いっきり日本古来の神に誓っているわけだろう。あんまりその仕草の意味も分からぬまま、「儀式」として和服を着たり、「三三九度」ってヤツをやったりしたのじゃないかな?
そんなヒトが「君が代歌うの反対」とか言ってるのだとしたら、矛盾も甚だしい。儀式として日本古来の神と接したことがあるのだから、儀式として君が代を歌うのも良かろう。「神前結婚式」に比べれば、ほとんどの「卒業式」なんて宗教色など無いに等しいだろうし。
結婚式以前に、ほとんどの日本人は「七五三」という儀式を経験しているだろうことも申し添える。
では、教会で結婚式を挙げたヒトなら良いのか?
日本では、何故か突然結婚式のときだけ「見知らぬイエスさま」に誓ったりなさる方が多い。にわか信者をやるってコトは、生まれながらのキリスト教信者を冒涜していると思うのだ。これはこの文章の本題からずれるけれど。で、そういう「にわか信者」って、それこそ「儀式として、あんまり意味も分からないまま、父と子と聖霊に誓」ったりしてるんじゃないかな?
それくらいに「宗教に寛容なヒト」だったら、「儀式として日の丸を飾り、儀式として君が代を歌う」のなんて、全然「やれるはず」だと思うのですよ。
何しろ、儀式は儀式として、見かけ上は厳粛にやっつけちまえば良いだろう。心の中は誰にも縛れないのだから。
この世の中は「儀式」だらけだ。「七五三」とか「成人式」とか「入社式」とか「結婚式」とか「葬式」とか。だったら、「儀式は儀式なのだ」って子供に伝えることは必要だろう。自分の思うところ、例えば「第二次世界大戦の前は不幸な時代で、日章旗や君が代の下に...」とかは、授業中などに披露すれば良かろう。そのセンセイが話す内容については、どこまでが許され、どこからがヤバいとかいった線引きは不可能だろうし。なにしろ、「思考停止」に陥って「通り一遍」の主張を展開するよりは、何事も自ら考えて授業を行うべきだと私は考える。
最近言われる「荒れる成人式」ってのは、「厳粛な卒業式」を知らない輩が増えたから起こっているのだと思うのだ。まあ、あれも一部のコトであり、マスコミが大げさに報道している面もあろうが。
なお、私は「成人式」には出ていない。その式に出る意味を見いだせなかったので。
昨日今日と、職場は文化祭だった。
昨日の開会式で、司会の生徒が「校歌を斉唱します」って言うべきトコロを「国歌を斉唱します」って言い間違えた。その後「校歌斉唱」だって言い直した。
なかなかタイムリーなギャグだと思った。そのギャグによって、静かになっていた体育館に生徒達のざわめきが起こっていた。司会をしていた本人はギャグでは無く、本気で言い間違えたのだろうけど。
私の隣にいらっしゃった先生は「今までで2番目に面白いギャグだった。一番はA先生のハナシだけど」っておっしゃってた。
A先生(現在は退職なさっている60代の先生)の伝説の講話が行われたのは、私が赴任する前だそうだ。スカート丈をどうしても上げたがる生徒がいるので、それを行わないよう諭すためだったそうだ。
生活指導主任だったA先生は、「スカートの裾を上げるために、ジャンパースカートのベルトをウエストの高い位置で締める生徒達」に対して、以下のように警告を発したそうだ。
「スカートのベルトを締める生徒がいる。そんなにベルトをきつく締めていると、腸捻転にぬぁる。 (数秒後) ...くぁも知れない。」
1000名を超える生徒が、1つの体育館の中で「どっかーん」って一斉に転けたということだ。全校一斉転倒。ただしココロの中だったらしいけど。
この画像は、私自慢の作品である。

何かといえば、リーフレットホルダーとでも言おうか。
製品として売っているものだと、リーフレットスタンド(画像ググリンク)の方が近いのかも知れない。
私の所属しているのは理科なので、他の教科に比べると、大学や各種団体からポスターやリーフレットが送られてくることが多いハズ。
ポスターは画鋲で貼れば良いが、リーフレットやチケットは生徒が自由に持って行けるようにしたい。その処理は結構面倒なのである。テーブルを出して、その上に積んでおくのもアリだが、それではテーブルが邪魔になるし、近くでハンドボール部が激しく練習したりすれば、恐らくリーフレットは飛んでいってしまうだろう。
で、この作品を思いついた。
最近の郵送物(やメール便)には、透明なプラスチック製封筒が用いられていることがある。その封筒から作成したのが画像のホルダー(製品版)なのだ。最初はハサミで適当な大きさに切り、そのまま画鋲で掲示板にくっつけてた(バージョン1)。リーフレットはA4版であることが多く、プラスチック製封筒もA4の冊子等がちょうど収まるようなサイズが多い。
しかし、「バージョン1」には欠点があった。画鋲を刺した穴の部分から、プラスチックが傷んでいくことがあった。
次に、画鋲を刺す位置に、予め小さく切った布製のガムテープ(布粘着テープ)を貼り付けることにした(バージョン2)。だいぶ耐久性が増した。ただ、プラスチック製封筒の横の部分(多分、熱で圧着されている部分)から、プラスチック自体が裂けてくることがあった。
そして、製品版が完成した。

このピンぼけ画像を見てもら