1999年07月30日

●少し反省

メカブは大丈夫だった。あれ以来、シメサバは買っていない。手を伸ばしたことはあるが。

本日、職場の季節行事である「職員検診」の結果が帰ってきた。尿酸値は年毎に、着々と上昇している。とうとう「9.3」だそうだ。やばいんじゃないかと思わないことも無い。そんなわけで忠告「タンパク質と野菜を多めに摂るように」に従い、「パストラミ(何語?)ビーフ」と「キュウリ・ダイコンおろし・ワカメの酢の物」を食っているのだった。まあ、キュウリもダイコンもハムも、在庫処分という意味がありますが。ハムは賞味期限を8日越えており、キュウリは確か1週間ほど前に買ったものを放りっぱなしだったし、ダイコンは下手すると3週間近く前に買ったものであるような気がする。
料理(というほどでもないが)をつくっていると、食欲が失せてくるような気がするのは何故なのだろうか。

「7月24日までに書いておけ」といわれた「調査書」の原稿、未だ半分しか終わっていない。ゴメンよ、ひらりん(進路指導主任のセンセイ)。

1999年08月17日

●尿酸値・クワガタ・エースコンバット

精密検査?に行ってきた。尿酸値は採血を行っただけだが、ちょっと丁寧に胃のレントゲンを撮ってきた。そのときの会話の一部。

看護婦さん(以下看):「朝食は摂ってませんね?」
私:「はい」
看:「昨日はお酒は飲みましたか」
私:「はい」
看:「どれくらいですか?」
私:(ホントは1.9リットルほどビールを飲んだんだよね、500ml缶1本と350ml缶4本。キチンと数えながら飲んだから間違いない。だけど、正確に答えてしまうのも、相手を驚かせ怒らせてしまうかも知れないなあ。:以上恐らく2秒弱の間に考えたこと)「はあ、ビールをちょっと。」
看:「そうですか。」

ということで、受診はつつがなく終了した。結果の届く3週間後が楽しみだ。

テレビを見ていたら、クワガタハンターの話題を扱っていた。何でも、奄美大島あたりまで出かけて、クワガタを捕ってくるそうな。私は以前、6年ほど茨城に住んでいた。クワガタを捕まえて遊ぶこともあったが、ミヤマクワガタやオオクワガタを捕まえて売ると、結構なお金がもらえるという「うわさ」があった。私が捕まえられるのは、せいぜいコクワガタかノコギリクワガタあたりで、オオクワガタなどお目にかかったことはなかった。
最近、「クワガタブーム?」の話題をよく見る。オオクワガタなどは数百万から一千万円もするものもあるらしい。まあ、この世は自由経済社会であるので、需要と供給の関係で価格はいくらでもつり上がるものであると思う。結局、世の中のほとんどの部分はお金に関わってくるのだなあと思う。

プレステの「エースコンバット3」は面白い。このシリーズは最初から購入しているが、「3」の最初の印象は「何だかムービーが多くて、うざったいなあ。」というものだった。ので、あまりプレイせずに放っておいた。ここのところ、割と暇だったので何となくプレイを再開したところ、「なかなか、面白いなあ。」と認識を改めた。飛行機操縦時の操作性や画面とかは、さすがに今までのシリーズで最も良い。加えて、後ろに流れているストーリーもなかなか良くできている。小学生がその内容を理解できるかどうかは疑問が残るが、単なる「戦争ゲーム」に終わらず、殺し合い(私も体験したこと無いけど)の虚しさを伝えようとする気概が感じられる。まあ、自分の飛行機は相手の飛行機を百数十機くらい打ち落とすから、少なくともそれくらいのバーチャル殺人はしていて、なおかつその痛みが感じられないのは今までのシリーズと同じですが。そして、私も数百機撃墜したわけだし、偉そうなことは言えないが。
しかし、何でここへ来て「戦争の準備をしている」かのような法律が次々に成立するのであろうか?戦争をすると儲かるヒトが居るのは確かだろうが、自分は兵器産業に関わっているわけでもないので、戦争はいらないなあと思うのだった。

1999年09月24日

●尿酸値更新

まだ、尿酸値の結果を書いていなかった。「9.7」だった。検査前日の1.9リットルが効いたらしいことを、後になって知る。ビールは尿酸の素(プリン体というらしい)を多く含んでいるそうな。来年の定期検診の前日に飲むのは焼酎にしておくことを心に誓った私だった。
明日から、職場の学園祭である。ここ4年ほど、学園祭の担当教員に名を連ねている。が、飽きることはない気がする。お祭りはよい。

2000年12月21日

●不健康自慢

水虫は大分改善された。皮膚が裂ける気配は全くない。何が良かったのでしょうか?

まあ、今現在も烏龍茶パック(烏龍茶はサントリーのコト)の出涸らしに足を浸しながら執筆(打鍵)しているのですが。でも、効いたのかどうかはよく分かりません。本当は、片一方の足だけ「茶漬け」にして、もう一方の足は素のまま置いておけば良かったのですが、私もそこまで科学的(実験マニア)ではないのです、残念ながら。サンダル履きが良かったのかも知れません。しかし、片足だけサンダルにしたわけではないので、これも定かではありません。
また、要因の一つとして考えられるのが、足を化学洗剤から遠ざけたということです。ワイシャツを洗う際、以前はバスタブの湯に溶かした粉末化学洗剤に浸して置いてそれらを足で踏みつけつつ、その襟元どうしをごしごし摩擦していたのですが、その際に使用する洗剤も固形石鹸に変更しました。てことで、結局原因は分からないのですな。

今度は痔をどうにかしたい。直腸癌だったら困るけど。チナミに、職員検診の(癌細胞検出用)検便はここ3年くらいやってますので、もし私がガンだった場合は訴訟を起こしたいと思っています。更にチナミに、痛風の発病はまだです。痛風についても結構調べたのですが、尿酸値の「危険値」ってのは「尿酸の水への溶解度」から算出されているらしいのですナ。水と血液は根本的に違うと思うので、とことん薬を飲まずに行こうと思っている次第であります。一生涯薬を買い続けて飲み続けるなんて、性に合わない。

話は戻りますが、茶ってのはそれなりに値段通りの味となる気がします、ただし私が購入する「ウン百グラム数百円」の範囲において。水出しの茶は「茶」の飲みごたえが今ひとつ無いような気がします。

2003年08月22日

●とうとう

♪発作がぁ来たのよぉ(メール読みマウスのメロディで)

とうとう彼が来た、痛風の発作である。とりあえず、1日寝ていた。ってか、寝ていることしかできなかった。不幸中の幸いと言わずして何と言おうか。発作が起きた際、痛風持ちのヒトがすぐそばに居たのです。その方から薬を貰い(よい子は他人から薬を貰ったりしてはいけません)服用することによって、翌日には外出することも可能になったのでした。
その発作が起こるまでの経緯を記しましょう、日本だけでも云百万(マジらしいです、この数値は)の痛風予備軍のためにも。

6泊7日の旅行に出ていたのですよ、この夏休み。
その1日目の晩、寝付かれないこともあって、左の足首をゴキゴキ鳴らしまくっていたのですね。私は幼い頃から、手や足や首などの関節をゴキゴキ鳴らす癖があるのですが、更にここ2年くらい、左足首付近の筋肉を用いることによって、簡単に左足首をゴキゴキ鳴らせるようになっているのですね。「ひとりカイロプラクティック(もどき)」ってトコロでしょうか。横になったまま、半意識的・半無意識的に左足首をゴキゴキゴキゴキ…。2日目の朝は軽い捻挫に陥っている自分に気づきました。
2日目は結構歩いたのですね。動物園や古寺を案内してもらったのです。そしてその晩は左足首に懐かしい痛みを覚える羽目になりました。「腱鞘炎」の痛みでした、それは確かですね。足首を動かす度にスジが軋むような感じでした。
そんなわけで、2日目の晩は左足首に湿布を貼り、眠りにつきました。
そのあたりから発作が起き始めたのでしょう、今思えば。トイレに行くために起きる度、足が痛くなっていったのです。そのときは「変に腱鞘炎が悪化してきてるな」としか思わなかったのでした。
3日目の朝はかなり足が腫れていました。どんどんどんどん痛みが増していくのです。最終的にはソファーに座った体勢から立ち上がったとき、「これは失神するのではないか?」ってくらいに気分が悪くなりました。あれほど気分が悪くなったコトは今までにありませんでしたね。冷や汗は出まくるし、吐きそうになるし。過去最悪の二日酔いよりもひどい状況でありました。

結局、前述の通り痛風用の薬を飲んだところ、翌日には何とか観光できる程度に痛みは治まりました。
別の学校に勤めていて、ソフトボール顧問の理科(しかも地学)を教えている痛風持ちのセンセイの場合の初発作は、海で足の親指を捻挫したことに始まったのだそうです。私の場合は捻挫及び腱鞘炎から派生したのでした。
現在は初発作から2週間弱経過したのですが、痛風の発作の後遺症はありません。捻挫による足首の痛みが残っているのみです。

何かの参考になりましたら幸い至極。チナミに捻挫なんかは年中していますコトも申し添えておきます。

2004年06月28日

●10000カウント目前

おお、あと数日で10000カウントに達しそうではないか。

5年数か月で10000カウントですか。速いのか遅いのか分からないが、ただアクセスログを見て云えるのは「最近は色覚異常のページからトップへ行った人が多い」ってコトですね。予定通りであるといえましょう。

そんな私は久々に一般ピーポー(?)との色彩感覚の違いを感じたのでした、2週間くらい前かなぁ?
「ビミョーな水色のシャツだなぁ」と思って買った半袖のオックスフォード地ボタンダウンシャツ(税込み1280円@西友阿佐ヶ谷店)が、実は薄い青緑色だったらしいのだ。そう思えばそうも見えるわ、確かに。
「この何とも云えない色は何だろう?」って思うと、大体において私の場合は「無彩色に近いうすら緑」であったりするみたい。


実は「痛風」についても、私の近辺で徐々にネタが集まりつつあるのである。私自身は昨年夏に続いて2度目の発作に襲われたのだった。
が、「痛風日記」(本日の段階ではgoogleで“2位”にランクされてる、「痛風」で)は他の方が執筆されていたので、そして、それを読むに「ああ、私そっくり…」と、ぼんやりとしたおかしさと悲しみと慈しみを感じるので、まだ書けないのだとさ。
チナミにそのページは3年半で56万を超えるヒット数らしいです。やっぱわたしは修行が足りないようだ。

2004年08月13日

●駄長文

Windowsって高価なんですよね。
部活動の指導も一段落し、お盆休みに突入したので、プラプラっと秋葉原を散歩?した際にハードディスクを購入したのであります。2001年初頭から使っていた45GBのハードディスク、最初の段階で妙にパーティションを分けすぎてしまい(DOS・windows95時代からの影響でしょう)使いづらくなっていたのですね。ま、120GBで値段も手頃(約9000円)なので購入してきたのです。しかし、体感的にはあまり変わりませんね。
そのHDDを購入する際、OEM版のWindowsXPを一緒に買おうかと思ったけれど、数万円(といっても2~3万だったかな?)も出すのはイヤなので、今回も購入を見送ったのでした。次回マザーボードなんかを買い換えるときに、一緒にOSも更新しようと思っているのですね。

で、最近常々思うのですが、パソコンには本当に「ビデオキャプチャー機能」とかって必要なのかしら?と。
私、あんまりスポーツ観戦とかしない人間なのですね。電機会社や雑誌の類は結託?して「アテネオリンピックをパソコンで保存しよう」みたいな、あるいは「これがおすすめのハードディスクレコーダーだ」なんて宣ってますが、ホントに興味がある競技ならば、夜中だろうが衛星中継を見ることだろうし、それほど興味がないのだったらダイジェストを見せてくれる翌朝のニュースを見ればよいのだ。自宅&自前の映像ライブラリーなんて私は必要ないなぁ。
また、気になるっていえば、「昔のビデオや写真をパソコンで永久保存しましょう」みたいなヤツだな。どっちかっていうと、パソコンなんかに取り込んでしまうより、写真はプリントとして残しておく方が保存性が良いのではないかと思うのだ。HDDなんてクラッシュしたらおしまいだし(私は5年ほど使ったHDDのクラッシュに立ち会ったことがあり、それ以降、作成した文書はLANを用いてバックアップをとっており、半年に1回くらいはMOにもバックアップを取っている)、たとえDVDに焼いたとしても、20年後にそのDVDを再生する機械は残っているのだろうか?DVDメディア自体の耐用年数も気になるけどね。

記録を残すって意味で言うと、日本ってクニが「核燃料サイクル」にこだわるのは原爆なんかを作る技術を保持しておきたいからだっていう説もあるらしいですね。槌田敦<つちだあつし>さんってヒトがいろいろなところで喋っていますし、500兆円の借金を持っているクニなのに、ITER(核融合?施設)なんかを持ちたがっているのはチャンチャラおかしい。8月になるとやれ原爆だ戦争だと騒ぐくせに、首相はちゃっかり毎年靖国神社に参拝したりして。そのくせ隣のクニには「政治とスポーツを混同するな」なんていちゃもんをつけるしなぁ。

こうやっていろいろ考えていると、どんどんアホらしいことだらけの世の中である気がしてくるので、とりあえず私の身の回りの職場なんかでは言いたいことをきちんと言っていこうと、改めて決意した次第である。


ところで、皆さん鳥肌実って知ってますか?彼のCDが欲しかったので、数日前に新宿を徘徊していたら、HMVではフェア?をやっていてビビッた私だった、インディーズに該当するのに。ま、新宿南口駅前には彼の巨大な看板があるし、需要は高まっているのかもしれませんねぇ。ちょっと「時局講演会」が気になるのだが、コンサートと名の付くものは合唱か吹奏楽くらいしか行ったことない私だから、突然彼の講演会に行くのも何かなぁ?と思っているのですね。ま、職場が文化祭だからどうせ見に行けないのだけれどね。


そう、本年度の小川正樹公式尿酸値が確定した。7.7mg/dl(デシリットル!?懐かしぃー、ってか100mlのコトですね)である。男性の基準値は2.6~7.5mg/dlであるらしいから、基準に毛が生えた程度?で済んだのである、素晴らしい!
ざまあ見やがれ、東日本労働センターから派遣された嫌みな医師よ!俺は貴様の知らぬ間に、立派に更生していたのだぁ!もう金輪際「医者に行け」とは言わせねぇ!!!チナミに女性は2.0~5.7らしいッス、基準値。
何でそんなに尿酸値が変わったかって?聞きたい?ウフフゥ
結局、酒量の削減ですね。それに尽きます、恐らく。検査前の2ヶ月くらい前だったかしら、彼女ってヤツと私の酒量について喧嘩?が挙行されたのですね。ま、私も「酒を減らした方がいいかなぁ」と、今回かなり真剣に考え、基本的に自宅での一人酒と飲み屋での深酒を絶ったのですね。そしたらこの結果となったのです。チナミに、「要観察」だったのは「白血球減少」であり、これは数年来同じなのでありました。男性の平常値は3900~9800粒/血液1μlなのだが、私は3400粒しか無いんだそうで御座います(鳥肌実口調で)。えー、チナミに女性の平常値は3500~9100で御座います。

鳥肌実CD『トリズム』は最終トラック「小鳥のさえずり」が一番笑いましたね。職場とかのパソコンで上記サイトに行ってしまい、なおかつスピーカーが生きていた方、ご愁傷様でした。自宅でゆっくりと(ちゃんと?)「演説」を聞いてくださいね。あるいは、いつ消えるのかと思っているのだけれど、なかなか消えないページ(フラッシュ)をご覧になるのも良いでしょう。
長い日記を終わります。ちなみに、トラヴィダ語というのはちゃんと存在するっぽいです。

2005年08月14日

●尿酸値とアルコール

とうとう私は人並みになった、尿酸値が。

一昨年の検査では9.1mg/dL(リットルを大文字にしてみたッス)、昨年の検査では7.7mg/dL、そして今年はとうとう7.5mg/dLとなったのです。ま、一昨年は検査後1か月くらい経過した頃に初の痛風発作を起こし、その数ヶ月後にも軽い発作が1回あったのでした。表にしてみるとこんな感じであります。

2003年度 9.1mg/dL 判定F1(要治療)
2004年度 7.7mg/dL 判定B(著変なし)
2005年度 7.5mg/dL 判定A(異常なし)

結局何が一番効果があったかというと、「酒の量を減らす」という一点に尽きるのですな。「プリン体カット発泡酒」を飲むとか、肉類を控えるとかいうような姑息な手段(どこがどう姑息なのかはよく判らないけれど)をとらず、薬にも頼りませんでした。何が効いたのかというと、「酔っぱらった状態で睡眠に入る」というコトを極端に減らしたのですね。すると、数値は劇的に改善しました。
ま、実際のトコロ、痛風予備軍への指導には、「飲酒を控えろ」っていう一文が必ず入るのですけれどね…。私の高尿酸血症は「アルコールの代謝過程での尿酸」が元凶だったようでゴザイマス。何しろ一人暮らしをしていた頃は、帰宅すると毎晩ビールを1リットル以上飲んだ上に焼酎や日本酒を飲みまくっていましたからねぇ。多すぎたのですね、アルコール摂取量が。現在は平均するとビールの350mL缶1つくらいです。

2005年11月20日

●節酒で尿酸値減

ここのところ、酒量が劇的に減少しました。禁酒はしようと思いませんケレド。
3年くらい前は毎晩飲んでいました。現在はほとんど飲んでいません。

以前は帰宅後に一人で飲んでました。大体20時過ぎくらいに帰宅し、まずは風呂に入り、買ってきた惣菜などをつまみに用意します。時間があれば、簡単に料理しました。ご飯は炊きません。
最初に500mLの缶ビールを2~3本くらい飲み、その後は大体焼酎でしたね。お湯割りもしくはロック。(思い浮かべたら、段々飲みたくなってきたッス)
結局、かなり酔っぱらっているのでしょうが、出歩くわけでもないから、どれほどに酔っぱらっているのか自覚ができないのですね。24時くらいには寝るように心がけていましたが、夜半過ぎにアパートの床(フローリングでした)で目覚め、布団を敷き直して寝たコトも度々ありました。夏場しかできませんでしたが、あれはあれで結構気持ちがよいのですね。飲み過ぎると翌朝悲惨でしたが。
チナミに、朝食は必ず食べていました。ご飯を炊くか、前日に炊いておいたヤツを電子レンジで温めて。基本的にみそ汁は作成していましたね。職場まで自転車で3~4分くらいでしたから、時間的な余裕はあったのです。

現在はほとんど自宅では飲んでません。配偶者の親と同居しているのですが、私の配偶者を含め、ほとんど酒を飲まない一家なのですね。
私が酒を飲まないのは、遠慮もありますが、まあ「飲まなくたって死なない」コトが分かった(当たり前だ!)から飲まないのですね。あとは、痛風対策という面がかなりあります。ここ1年少しで、劇的に尿酸値が低下しました。

2003年7月には 9.1(mg/100mL)だった尿酸値が、2004年7月には 7.7 、今年7月には 7.5 となり、とうとう「人並み」の尿酸値になったのです。私の場合は「大酒」によって「高尿酸値」という症状が起きていた様子ですが、それがすっかり影を潜めました。めでたいめでたい。

2006年07月18日

●尿酸入り血液提出完了

本日、職場で健康診断があった。
ここ数年不思議に思っていた。ケンコウシンダンは「健康診断」であり、ケンシンは「検診」と記すらしい。厳密には違いがあるらしいのだ。「検診 健診 違い」でググると出てくる。

私はここ数年、尿酸値が高かった。
結局、アルコールの摂取を控えることにより、尿酸値は劇的に低下したのでした。

以前は、ほぼ毎日飲んでいました。ビールを約1L に加えて、焼酎などを飲んでいましたねぇ。1日あたりのアルコールを「ビール大瓶換算」すると、4本前後を飲み続けていたハズです。
先週の土曜日から昨日までの3日間で口にしたアルコールは、青島ビール500mLを1本のみでした。私も焼きが回ったものですねぇ。ま、ハッキリ言うと、大酒に良いことはありません。ただ、食事の量は若干増えたような気がします。また、以前は肝臓でのアルコールの消費のために、糖分がたくさん消費されていたのかも知れません。濃い酒を飲むと、お腹が減りますものねぇ。「アルコール分解のためのエネルギー」が、私の体内で余るようになり、それが皮下脂肪として蓄えられつつあるような気もします。

本日の体位測定結果は、体重74kg強、身長177cm強でした。標準体重よりは重いですし、私の生涯に於いて、過去最高レベルの体重であることは確かなのです。

本年度の尿酸値の結果が出るのは8月上旬なのだそうです。昨年度は数年ぶりに正常に収まったのです。ただ、正常範囲ぎりぎりの"7.5mg/dL"でした。
今年はどうなるのでしょうか、楽しみであります。

2006年08月27日

●尿酸 8.3mg/dL

表題の通り、本年度の公式尿酸値が確定した。
自覚症状が無いので、尿酸値が昨年度の 7.5mg/dL より減るのか、増えるのかは全然予想がつかなかった。なので、健康診断の結果通知を見ての感想は「ふーん」ってトコロである。

痛風の発作は痛い。
私がこの生涯で、最も失神に近づいたのは痛風の初発作のトキである。

以前、もう10年くらい前の事である。本当か嘘か知らないが、都内の私立女子校のソフトボール顧問の先生に、以下の話を聞いた。
彼は私と同じく理科の、それも専門が地学の教員であり、組合活動もバリバリにやっているという方だった。年齢を除けばかなり共通点があるので、親近感があった。その先生曰く「痛風の発作は痛かった(気をつけなよ)。あの痛みは出産の次に痛いものらしいよ」と。
そんなお言葉を頂いたのだが、その数年後、私も無事に発作を迎えてしまったのだった。

本年度の結果通知をもらってからは、飲酒を控えているのでした。

2007年03月01日

●焼酎のペリエ割り

今回、パリへ旅行へ行って知ったことがある。それは「ガス入りの水は、それなりにウマい」というコトだ。

以前まで、日本でガス入りの水を飲むトキは、しみじみ味わいながら飲んでいた。日本の無色透明な炭酸水といえば「三ツ矢サイダー」である。しかし、「ペリエ」などはサイダーほど甘くない。若干苦みがあるし、「変な味で妙に高価」って認識だけがあった。

今回のパリ旅行で、ガス入りの水ってのは「ビールのように、ノドで味わうものだ」ってコト、とある酔っぱらいの先生に教わった。
アルコールに慣れている私である。ビールが好きだ。料理を食べる際、「単なる水」を飲みながらってのはあんまり面白くない。そして、ガス入りの水はそれなりに「ビールの替わり」になるコトを知ったのだ。ごくごく飲むと、ビールのような気分になる。
それからはガス入りの水にハマッた。


昨日、たまたま配偶者が「ビールの替わりに」ってコトでペリエを買ってきた。ビールは痛風に良くないというのが、日本でも中国でも定説らしい。

焼酎のペリエ割りはウマかった。
あれれ?

2008年03月09日

●卒業生を送り出す。その前後に痛風。

胃腸炎以降、風邪に罹ってしまった。そして、何故か痛風の発作まで起こったのだった。

3月6日の夜に足の痛みに気付いた。
エビは、全世界的に高尿酸血症には良くないそうだ。豆類は、日本では言われないが、中国では「痛風に良くない食べ物」とされているそうだ。痛風発作出現まえの数日間、そいつらを結構食べていたのである。

右足中足骨(ググリンク)の薬指及び小指周辺が震源地である。痛みがピークだったのは7日夜から8日朝にかけて。卒業式の前の晩である。式典中は一応2本足で歩いていたつもりだ。歩けて良かった。何故に一番重要な行事の時に、痛風の発作など起こってくれるのだろうか。自分の体ながら有り難いものである。


高校3年の担任として、卒業生を送り出すのは4回めである。
彼女らの高校卒業式は、その一生で一度きりである。もちろん、私自身の高校卒業式も一度きりだった。
職業としてガッコウってヤツに関わっているので、卒業式には徐々に慣れてくる。慣れてきた。そのこと自体が、少しだけ悲しい気がする職業人なのだった。

今回卒業させたクラスの人々は、割と落ち着いた人々が多かった気がする。
お隣のクラスのセンセイ(学年主任)が、比較的強烈な個性を持つ人々の面倒を見るべく、自分のクラスにそいつらを集めたってコトも、理由にはあるだろう。しかし、それを差し引いたとしても、全体的には落ち着いた感じの良いクラスだったなぁって思います。祝卒業。


今回の痛風の発作で気づいた。
半年前の膝の痛み、あれも高尿酸血症が原因だったのかなぁ…って。
痛風の発作、捻挫チックな痛みとして始まる場合が多いみたいです、私の場合。


と、試験問題作成から逃避してみました。