今日から、日記を書くっす。
駄文 の日記群
ねむい。日記をつけると決めた以上、できる限り24時間内になんらかの文章を記そうと思い、書く。
それはそうと、例えば、Yahoo!で「受験生物と、プレイステーションと、スティーブン・キングに関するページ」と書かれた紹介文をみて、どれほどの人が興味を示すのだろうか?普通(適当に忙しい)の人ならば、そのような「ごった煮」のページには足を踏み入れないのではなかろうか?
現在1時過ぎ、やはりねむい。
今日は久々に池袋から歩って帰った。24時12分発の各駅停車小手指行きに乗った日にゃ、25時発の東長崎行きタクシーに乗るはめになりそうなので、あへて歩いての帰宅を試みた。とりあへず24時58分現在、自宅にいるということは、めでたいことだ。
(よく思うのだが、)果たしてあのまま電車に乗った場合、この時間に、私は何処にいるのだろうか。(ちゃんと東長崎で下車し、今頃は)布団の中だろうか?(やはり、乗り過ごして)小手指のホームだろうか?分からない。分かるハズもない。
今は夜。またまたねむい、が、明日は日曜日なので良しとしよう。
今日、よく行く飲み屋さんに、「ゲロゲロ」状態のおば(あ)さんが乱入してきた。かなり飲んだらしく、お店のヒト(ナベさんという)にからみまくっていた。
(自分でもおかしいと思うのだが、)昔(高校生の頃)は酔っぱらいを見ると、「何だ、あの酔っぱらい。ケッ。」と、思った。しかし最近は、「ああ、大変だなあ。ああいう風にならないようにしよう。」と思うのだ。つまり、私自身が酔っぱらい側(年寄り側)にシフトしたのだろう、確実に...。
笑う。
沈丁花の香る季節になってきた。実際には、昨日夕方床屋に行く途中に気づいた。床屋の帰りにコンビニに寄ったとき、豊島区の現状を(大声で)嘆きわめく40がらみの女性を見るに至り、「本格的に春だなぁ」と思った。
私も気をつけよう(何を?)。
風呂に入ろうと思い、下へ行ったところ(私は現在2階の自分の部屋にいる)父親が入浴の準備を整えつつあったので(正確に言うと、「入浴前のウンコをしていたので」となる。何故か、私の父親は入浴前には必ず長時間トイレに入る。実際にウンコの存在を確かめたわけではないが。)、入浴をあきらめ、日記の続きを書くことにする。
自己紹介でもしよう。現在、齢は26、性別は雄、身長は176cm、体重は70kg強といったところか。都内の私立女子校に勤める、理科の教師である。趣味は「飲酒・睡眠(相容れない気もするが)・TVゲーム」といったところだろうか?ちなみに高校ソフトボール部の顧問をしている。ノックはだいぶ上手くなったと思う、自分で。しかし、キャッチャーフライは難しい。学生時代は、中学で卓球部、高校で合唱部、大学では「歩いて旅をする」サークルと、地味な活動を精一杯行ってきた。で、気づいた方もいるだろうが、私は殆ど野球には関わってきていないのだ(実際には小学校4年生の一時期、地元(そのころは茨城にいた)の野球チームに所属していた。しかし覚えていることといったら、練習試合中、ライトでのライン際のフライに対するスーパーファインキャッチ未遂(自称)と、サードだかショートだか(とにかく内野)で、イレギュラーしたノックの打球を顔面に受けたことだろうか?)。長い括弧だった。
風呂が空いたそうなので、今日の日記を終わる。
僕が僕であるとき、僕は僕を意識しない。そして時は流れる。
寿司屋は寿司を握り、教師は嘆き明日を信じる。なにごとのふしぎなけれど。
それはそうと、昨日はマイクロソフトの腹黒さにあてられ、日記を書けなかった。ジャストシステムは非道いと思ったが、やはりビルゲイツのほうが上手だ。
暖かい一日だった。沈丁花に菜の花の香りが加わった。やっぱ、早春から初夏にかけてが一番好きだ、私は。
まあ、秋もいいけどね。
っさぃよんならー (ん)なつのひー
久々に図書館で本を借りたのだが、奇妙な現象に出くわしている。手に取ったとき、「やけに汚れた本だなー」と思ったほかは、とりたたて特徴はなかった。
通勤途上の電車の中で読み出して気づいたのだが、「何か挟まってんなー、何だろ、あれ、何も挟まってないや」という事を何度か繰り返した。その後、ふと、短い毛(丁度1週間程ヒゲを剃らなかったときに、毛抜きで引っこ抜いたくらいの)がページ番号のあたりで乾燥して「押し毛」となっているのを発見した。何気なく取り去り、「何だろ、床屋ででも読んだんかいな」と思ったが、よく観察すると、なんと、毎ページ毎ページ(ほとんど450ページ分全部)、ページ番号のあたり(本の下隅)に引っ付いているのだ、押し毛が。
いったい何なんだ。気色悪い。
ちなみにその本は杉並区の中央図書館で借りたもので、船戸与一という人の「蟹喰い猿フーガ」という本だ。
何かご存じの方、いらっしゃいましたら、メールください。(「いるわきゃねーよ」ってか?)
学校の先生方とスキーに行ったです。
いやな雨だ。私自身はわりと雨は好きなのだが、明日は久々の練習試合が予定されているのだ。朝の7時前には家を出なければならない。さっさとあがって頂きたいものである。
やはり、私に日記は似合わないようだ。「週記」くらいが関の山だろうか。
カウンタを相変わらず作成しているのだが、ものの本に従ってカウンタの本体(らしきもの)は一応サーバにのっかった。しかし、そのプログラムを呼び出すと、(懐かしき)syntax errorという文字が表示される。まあ、サーバにプログラムであることが認識されただけでも進歩といえるでしょう。
今日はソフトボール部の練習試合だったのだが、帰宅途上の近所の本屋で、2月24日に遭遇した女性に再び出会った。今日は本屋の店員をなじっていた。明らかに店員は動揺していた。私は、消費税が5%になったため、以前発刊された文庫本を買うとき、本屋でも1円玉が必要だと知り、動揺した。
祝 更新(何処?)
一応、この3日は「日記」と呼んでもいいような状況です。3日坊主になるのは目に見えてますが。
「友人リンク」をつくるにあたり、その友人のリンクを探ってみました、昨日。見知らぬ人の意見・論文にあれだけ見入ったのは初めてでした。やはり、友人の友人は友人なのでしょう(タモリの言うように)。他人では無いから、真面目に閲覧したのだと思います。
この世の中に「絶対」なんてものは無いと、常々思っている私なのですが、「絶対」に「限りなく近い」と思っていることがあります。それは、「モヤシはヒゲ根を取ったほうがうまい。」ということです。
最近、NHK「今日の料理」がお気に入りなのです。その番組中、松居直美とお茶目な女の先生がお勧めするように、試しにモヤシの根を30分ほどかけて取り去り、炒め物にしました。「(確かに)違う。」
ああいった単純作業が苦ではないので、時間がある限りは根っこをとる事にしている私だとさ。
そして、いまでも、「根っことり」は続いている。
保護者会も終わり、「ほっと一息」といった感じであります。たまには更新しようかなーと思い、更新してみました。学校の近くにラジコンのお店ができたようです。授業に必要なモーターを探しに行きましたが、目当てのモーターは見つかりませんでした。しかし、田宮模型の「ラジコンガイドブック」をゲットしました(十数年ぶり:税込み840円)。今は、田宮模型もエンジンRCカーを扱っているのですね。ラジコン好きにはプレイステーションの「マイクロマシーンズ」がおすすめです。ファミコン(青)ディスクシステムの「レースもの」の「F1グランプリ(だっけ?)」を彷彿とさせる、素晴らしいゲーム(洋モノらしい)です。
謹賀新年。新年にあたり、予言をする。
DHA・オリゴ糖・キシリトールに続き、今年あたりは「食物連鎖低位の食品(生物?)」が流行ると見た。(どっちかって言うと、「無農薬野菜」の後継ぎにあたるのでしょうが。)
マスメディアがだんだんと、食物連鎖における化学物質の生体濃縮を取り上げるようになっていき、めざとい食品会社が食物連鎖低位の(ダイオキシンやPCB等を比較的含まない)生物を原料とした食品を売り出すに違いない。
それは1月5日朝の出来事でした。
年末に買った新しいオーディオシステム(以下「キカイ」)で、ゴンチチでも聴こうと再生したところ・・・「音が出ん」。そういえば、目覚まし代わりにセットしたはずのタイマーも作動した記憶がない(出勤日でなくて良かった)。「キカイ」は涼しい顔してトラック1の再生時間をカウントしております。
「???。」
確かに設置場所は変えたものの、ケーブルの接続には念には念を入れたはずなのに・・・。
昨日の晩はヘッドホンで聴けたのになーと思い、もう一度ヘッドホンを使おうと思い手に取る・・・
何と、ヘッドホンのプラグが単なる円筒になっているではありませんか!
先端がもげ、「キカイ」内部に残ってるんかい!!!
--覗いてみる--
見慣れない「楊枝の頭」的物体が御成遊ばしていらっしゃいました。うーむ、侮る無かれ「オー○ィオテクニカ」(まあ、元々ミニプラグのヘッドホンなのですが、実家に帰った際に、添付品の標準プラグへの変換アダプターを鹵獲し、初めて使ってみたのです)。引っ越し当初に買ったラジオペンチを持ち出してみるも、太り気味のため、届かず。マイナスドライバーを2本使って挟みだそうとするも、力足りず。
「しゃーない、学校へ行ってピンセットを取ってくるのもめんどくさいし、細身のラジオペンチを買いに行くかー。この先、パソコンでも自作するときに必要になるかも知れないし。それにうまく(?)いけば、「東京トホホ会」に投稿できるかも知れないしなー。(今思えば、パソコンネタではありませんが、そのときは結構本気で考えました)」
比較用にラジオペンチをジャンパーのポケットに忍ばせ買い物へ。(この辺は「トホホ」的ではない)105円ショップ「ダイソー」に行きました。ノーマルペンチは存在しました。毛抜きもあったのですが、ジャックに入れるには太りすぎのような気がしました。「大丸ピーコック」には、思いっきり同じ形のラジオペンチがありました。(たしか、手持ちのものは西友で買ったのです。)第一家電にはラジオペンチはあったものの、「激やせ」ではなく、手持ちペンチの8割程度の太さでした。また、2500円(ボリすぎ)だったので、2分ほど手持ちのペンチと見比べた後、買うのを止めました。「ここで購入し、そして使えなければ、間違いなく投稿できるな(文壇デビュー)」と思いましたが。青梅街道へ出て、自転車屋を探すも見あたらず、金物屋は営業しておらず、学校近くにオープンした「ラジコン屋」も思い浮かんだものの、営業しているか分からないため、足を運ぶ気にはなれず(歩くにも、帰宅してチャリンコに乗り換えるにも大変)。文房具屋や居酒屋を覗き(半分がたフィクション)、とりあえず、毛抜きでもゲットしようかなーと「ダイソー」へ向かったところ、「ピンセット(先が曲がっているタイプ)」が陳列されていたのです。
「安物っぽくて、力が加えられそうにないなー」と思いましたが、「まあ、100円だからいいか」と。
結果からいうと、何とか引っこ抜けました、「楊枝的物体」。
コツはなるべくピンセットの先端近くを持ち、加えた力がピンセットの弾性変形に使われないようにすることでしょう。まあ、今世紀中(あと700日強)にそんな事態(楊枝的物体)に遭遇するヒトは、世界で18人くらいだとは思いますが。
最近、野球(ソフトボール)はシーズンオフなので、日曜日には家にいることが多い。暖かいときは、しょっちゅう(と、いうか9割5分)練習試合や公式戦を引率し(そして、帰りがけにもう一人の顧問の先生(21歳年上)や卒業生であるところのコーチ(どちらも、かなり酒に強い)、対戦相手の先生(飲む先生の学校へ練習試合に行くことが多い)などと酒を飲んでいる事が多かったりし)ているので、「サザエさん」など、ろくに見る機会が無いのだ。
そんなわけで冬になると、30分間に枠が縮小された「笑点」、復活した「ちびまるこちゃん」に続き、いつの間にかビールを飲みつつ「サザエさん」を鑑賞することが多い。と、ここまで10分ほど執筆・推敲している間に、「サザエさん」は終了してしまった。
「サザエさん」を見ていて思うのは、最近やたら声優が変わるということだ。カツオ君の声が変わったのは昨年のことだったように記憶しているが、そこから立て続けに声優が代わった気がする。
「サザエさん」と言えば、使いまわしの背景・使いまわしのお隣さん(数年ローテ)・時々変わる「ミカワヤ」さんのお兄さん(一発屋)・20年前から変わらない、台詞及び状況説明のテロップ(今思えば時代を先取りしていたのかも知れない)などが特徴であるような気がしていた。が、声優の変化はほとんどなかった気がする。気のせいか?また、新しい友人たちが現れている気がするが、もしかするとその友達たちも使いまわしなのだろうか?「磯野家の謎」・「続磯野家の謎」に続く、「日曜18時半の謎」が出てもいいタイミングの気がする。
更に謎であるのは、「なぜ、これ程までに「磯野家」の変化が気になるのだろう、私は。」ということである。
疲れたので、終わる。続きがあるかも知れないが、無い可能性が高い、過去の日記の文章のように。
私が、私に対して(不安に)思うのは、「なぜ私は「サザエさん」に不変を求めたのだろうか?」ということである。
年寄りは言う「昔は良かった」と。
私は「そんな言葉、吐くまい」と思いながら、十数年生きてきた。しかし、言葉にはしないものの、私の心の中に過去を懐かしむ気持ちが生まれつつあり、それが「磯野家(及び、その雰囲気)の変化への過剰な反応」として表出したのではないかと自己分析している。
現存のTV番組のなかで、私における通算視聴時間が最も長いのは「サザエさん」であるし。
今朝見た、--正確には今朝起きる間際に見ていた--夢はかなり妙な夢だった。
青梅線のとある駅から程近い宴会場だった。その会場(自宅の2階)を提供してくれたのは、大学の後輩として親しくなった松坂大輔クンだった。大学時代の同窓会を久々に開くことになり、20畳ほどの会場には、だんだんと人が集まりつつあった。
(中略)
「なんだか最近、よく見るんだよねー、大学時代の夢。(笑)」
「それも、4年のときの夢で、「この授業を落としたら、卒業できない」ていうパン教の授業が行われる朝、気が付けば8時過ぎ、どう頑張っても遅刻は免れない状況でさー、なおかつ学校へ行くための荷物がまとまらないし、どうしよう・・・・って。」
(中略)
これが新しい「ウメッシュ」かー(ごくごくごく・・・、こんなもの一気したら酔っぱらうなー)。
と、ここで目が覚めた。
「青梅線のとある駅」のルックスは「新小金井街道と中央線の立体交差上の駅」という感じだった、今思えば。駅名は未だ分からない。夢のなかで夢について語っているのも笑うが、他の同級生が「よお、久しぶり!」という友達に、私は「この前会ったばかりだな。(笑)」と会話を交わしたのも不思議だ。その友達とは、夢の世界ではちょっと(夢の世界で1ヶ月)前に再会していたのだ。実際の世界では、この数年間会っても喋ってもいないのだが。
最後に飲んだ「ウメッシュ」は、レギュラー缶とロング缶の中間の容器に入った、従来品の2倍の度数をもつ新製品だった。一気飲みした後に目が覚めた。
今日は始業式だった。担任を持つようになって3年目。やはり緊張した。明日は入学式。前方よーし。
新学期は忙しい。やっとこさ、洗濯済みのワイシャツにアイロンをかけた。アイロンがけはわりと好きだ。村上春樹の影響が微妙にあるのかも知れないとも思う。
が、スパゲティを茹でるのは別段好きというわけではない。あいらぶ「ごはん」。
賞味期限を4か月と3日過ぎたコンニャクを冷蔵庫野菜室(野菜用深トレイ)の左隅に再発見したので、炒めてみた。そして食らっているが、特に支障はない。
理科的な見地からすると、コンニャクのような傷みにくい食品ほど、賞味期限が曖昧でいい気がする。まあ、スナック菓子なんかは「賞味期限・・年・・月」とか書いてあるし、ビールは「・・月・・旬製造」、牛乳の類は必ず「品質保持期限・・月・・日」とか書いてあるから、それなりに「理科的見地」はグローバル?であるらしい。が、コンニャクの賞味期限が「・・月・・日」てのは、ピンと来ない。
話が変わるような気もするが、安くて不味い輸入ビールが廃れ、発泡酒がそこそこ売れているのは自然な流れのような気がする。
更に話が変わるが、都知事選で・・・・
先ほど、このページを眺めていた。「今日は特に日記のネタも無いなー」と思っていた。
「たまには流しの掃除でもするか」と、ボーっと生ゴミ受け兼下水管内の気体逆流防止器具を洗っていた。ら、手が滑って落とした。ところ、その下にあった箸に接触し、その片割れが「すとん」と排水孔内に消えていった。「この箸の片割れは、私がこのアパートを去ったあとにも存在し続けるのだろう」と思った。
この日記を更新するたび、「今日は木曜日だから・・・、さんでい、まんでい、てゅーずでい、うぇんずでい、さーすでい。そうか、THUか。」というような作業を行っていたのです。が、思えば無理矢理アルファベット3文字で「曜日」を表現する必要もないので、今日から漢字1文字で曜日を表現することにしました。以上っす。
日本酒の一部を冷蔵庫に入れて売っている(ただし、仕入れ直後から冷蔵しているのかどうかは分からぬ)割とよく行く酒屋に行った。レジの横に二毛猫(白黒)が載っていた、置物のように。この猫が床を徘徊しているところは今までも目撃していた。
今、この日記を書きながら、無駄な(あたかも注意されたがっているかのような)自己主張をする生徒をふと思い出した。
ここのところ、ちょっと気がかりなコトがある。それは、「メンバーズカード」に関わる問題である。厳密に言うと、「お買いあげ毎にスタンプを押印します。ウン十個でウン百円のお買い物ができます。」という類のカードのことである。
日曜日、白衣と冬物のスーツをクリーニングに出した。通い付けのクリーニング屋発行の「5月31日まで有効」の2割引チケットを使用していないことに気づいたからだ。そして無事2割引で白衣・スーツをクリーニングに出した。それらは本日仕上がりだったのだが、私はそのことを忘れてしまった。恐らく明日回収することだろう。
今日行こうが、明日行こうが、どちらの場合でも問題になるのだが、そのクリーニング店には私にとって苦渋の選択を迫ってくる店なのだ。なぜなら、「仕上がり当日及び翌日にお引き取りくださったお客様には、カードにスタンプを押印します。」というシステムの店であるからだ。
数ヶ月前までは、「当日及び翌日にお引き取りくださったお客様には、チケットをお渡しします。」というシステムだった。チケットを何枚か集めれば、金券として使えるというものだ。これは楽だった。きちんと引き取りに行けば、勝手に向こうがチケットを押しつけてくる。そして勝手にチケットは貯まっていく。
しかし現在は前述のシステム(スタンプ制)になっているのだ。未だに私はポケットにメンバーズカードを忍ばせたまま、店員さんの「カードはお持ちですか?」の声を待ち続けている、その店で。
久々に、ゴキブリに遭遇した。
食器を洗おうと、電灯をつけた。しばらくし、視野の隅にある黒い影に気づいた。蠅叩きもないし、スリッパも届かなそうな隙間だったので、輪ゴムを手に取り、狙いを定めて放った。見事的中した。
私が幼かりし(小学生の)頃、輪ゴムで蠅を狙撃するコトに熱中した時期があった。炬燵の縁にマッチ箱を並べて端から倒していったり、網戸に御座す蠅に対して、蠅叩きを用ひず、あへて輪ゴムによりその息の根を止めることに執心した時期があり申した。
そんな怪しい記憶がドワッと蘇った。そんな世界に浸り続ければ、神戸の「少年A」の先輩になれたかも知れない、と思った。現在のところ、私はそれなりに普通のヒトであるらしい。
瀕死のゴキブリは、私の手にした懐紙から逃げおおせた。しかし、冷蔵庫の端から転落し、冷蔵庫の背面にある「蒸発皿」に落っこちた。じきに昇天なさるであろう。
そして、戦争へ向けての様々な法案は実効性を獲得しつつあるらしい。
最近、よく蚊に食われる、特に就寝中。
私の住んでる部屋は、網戸がないのである。窓を閉め切ってクーラー点けりゃ網戸はいらないのだが、クーラーを点けるほどでも無い陽気のトキは、クーラーの冷気よりも自然な風に包まれたくなるのが人情(というか、まともな生物)というものであろう。
夜中に窓を開けているときは、扉一枚隔てた(強烈に狭い)台所の換気扇は点けないでおく。窓の隙間から蚊を吸引しないように。まあ、窓を閉めたら閉めたで、床と壁の隙間から風が入ってくることは知ってるのですが、って欠陥住宅?
今夜は、窓を閉め切り換気扇を点けてみようと思うのでした。
しかし、結局5mmほど窓を開け、右腕1カ所を蚊に刺されたのでした。
明日も保護者会なのでした。
今日はお勤め先の「創立記念日」なのでした。授業もなく、ソフトボール部もお休みにしました。
そんなわけで、一昨日出したクリーニングを引き取りに行き、更にズボン(今はパンツというべきか?)でも買いに行こうかなと思っているのでした。ズボンを買いに行くと毎回気になることがあります。それは、「丈はどれくらいにしますか?」という、店員さんの打診です。自分で丈を決める方が気楽なのだが、場合によっては試着室の外に店員さんが張り付いていて、試着室のカーテンを開けたときには、手にまち針を持っていることがある。
「ちょっと長めがいいですかね?」とか言われることがあるが、そうすると私の頭の中では「この人の頭の中の「長め」とはどれくらいの長さを指すのだ?」と常に疑問が持ち上がってくる。ジーンズ屋やスーツ屋の若いヒトならまだしも、「わたしゃ、長年この西友荻窪店に勤めてるのよ、どりゃ。」というようなお年を召されたカタの場合は特に、「この年齢のヒトビトの思うところの「長め」というのはどのくらい?」とか、疑問に思ってしまう。
以前、大学時代にせっかく買ったリーバイスの501の丈が妙に短くなっていたことや、「長め」と言ったら本当に長くなってしまい、再び丈を詰め直した白い501(最近は履く機会がない)のこともあるし。チナミに、ここに書いた2つのデキゴトはどちらも「タローズハウス南長崎店」での出来事でした、思い起こせば。結局、そのズボンを履くか履かないかは、その「丈」の好き嫌いによるところが大きいと思うのでした、そうだよ。
それから、床屋の「モミアゲはどうしますか?」も、困る。
今日のちょっとした疑問。何故、裁判長の椅子の背もたれは異様にデカいのだろうか?
「恐怖の大王」とは何か、地域振興券・盗聴法案・国旗国歌法案など、絞りかねている今日この頃です。
そこで一首。
試験前 教科書持って 帰宅する ビール飲みだし 問題できず
(8:56記す)
しかし、ホントにしっかり晴れたものです。洗濯機を回しながら、試験問題を作成しております。
最近参加するようになった、ソフトボールの「東京都教員クラブ」の練習試合が予定されていたのですが、雨のため昨日20時過ぎに中止が決定したのです。昨日はしっかりと昼に十一番(学校近くの中華料理屋:お昼にラーメン等を出前してくれる)のチャーハン大盛り、夜にはビールを飲み、大丸ピーコックの「(変にスジっぽい)カツオの叩き」と「エビイカ天丼」を食べたのでした。
デビュー戦に備えて、体づくりとまではいかないまでも、炭水化物をバッチリ摂ってスタミナ不足にならないようにしたのに・・・。
本日の朝食として更にチャーハンを摂取する予定もあったのですが、止めときました。トマトとヨーグルトを食べ、茶を飲みながら試験問題を作成しております、現在。
(12:26記す)
疲れたので、そばを茹でて食べた。ダイコンが眠っていたので「おろしそば」にした。しかし、それは激辛だった。食うのに疲れてしまった。私は今までは1/2カット大根は葉っぱ側を買っていたのだが、その選択は正しかったようだ。大根の先端はおろして食うものではない。
(17:16記す)
何故かポテトチップを食いつつビールを飲んだり、3時間くらい昼寝をしたりして、本日は50点分強くらいしか問題を作成できなかった。木曜日の試験なので、今ひとつ気合いが乗らない。ダビスタ風に言うならば「単走・馬なり」という感じだ。
天文学的には7月9日だが、気分的には7月8日な、今。
ガッコのセンセイの話題に、ちょろっと私のこのページが現れたので、更新しなきゃなと思い、書く。
帰宅途中、喉が渇いたので「きりり(レモン)」を買った、つもりが「キリンレモン」が出てきてびっくりした、さっき(実話)。
以上。
キリンレモンは昨日も相変わらずだった。
「サイエンスアイ」を見ている。私は、科学を教える立場にあるのだが、ここ数年科学は行き詰まっている気がする。サイエンスアイでの話題はそれなりに面白いとも思うが、「科学のための科学」を扱っているだけの気がする。
幼かりし頃のNHKの番組と言えば、「ウルトラアイ」と相場が決まっていた?が、どんな内容だったのかはほとんど覚えていない。たまたま1970年代のウルトラアイのビデオが数本、うちの学校にあったので見たことがある。なかなか面白いものだった。
だからといって、ウルトラアイが優れていて、サイエンスアイが優れていないということは無いだろう。優れている内容だったから、ビデオに保存してあるのだろう。
何にしても、サイエンスアイてのは、変な番組だ。ミョーに大学の教官が出てくる。予算の獲得とかそのへんの力関係にかなり影響を与えるのでは無かろうか。つくっているヒト達は、みんなメガネをかけてそうな気がする。ピチカートファイブの主題歌も怪しげだ。NHKのヒトビトが「私はそれなりに流行を知っているんだ」と言いたいのかとも思う。
なんだかよく分からない文章だ。
最近NHKの受信料を払うのがアホらしいと思うことが多い、この不況もあるし。よほど、「特命リサーチ200X」のほうが面白い。
単に、ウルトラアイを見ることによって得られた、「新鮮な驚き」に対する郷愁があるのは確かだろうが。
今日は初っ端から、大変な一日である。「一日であった」と書かないのは、これから何かあるかも知れないからだ。
3時頃、夢の中でも吐き気を催していた。2時頃にも気分が悪くて目が覚めたのだが、水を飲んでごまかして寝た後なのだった。目を覚まし「しゃーねーな」と思い「おえっ」と吐いた。
前の晩はシメサバと(ワカメの)メカブを食べたのだった、もちろんつまみとして。サバに当たった可能性が高いのかも知れない。が、メカブが汚染されていたとしたら、困る。未だ、半分くらい残っているのだ。その後はそれなりに寝た。
起きて朝ご飯を食べ終え歯を磨いていたところ、手にしていた陶器製のカップが滑った。「やべっ」と思い手を伸ばしたところ、一瞬間前に割れたカップの、その縁に左手の人差し指を突っ込んでしまった。ちょっと流血沙汰。
幸いながら、本日のうちに試験の採点は終了した。明日までかかるセンセイもいることだろう。明日は答案返却日だけど。
メカブは大丈夫だった。あれ以来、シメサバは買っていない。手を伸ばしたことはあるが。
本日、職場の季節行事である「職員検診」の結果が帰ってきた。尿酸値は年毎に、着々と上昇している。とうとう「9.3」だそうだ。やばいんじゃないかと思わないことも無い。そんなわけで忠告「タンパク質と野菜を多めに摂るように」に従い、「パストラミ(何語?)ビーフ」と「キュウリ・ダイコンおろし・ワカメの酢の物」を食っているのだった。まあ、キュウリもダイコンもハムも、在庫処分という意味がありますが。ハムは賞味期限を8日越えており、キュウリは確か1週間ほど前に買ったものを放りっぱなしだったし、ダイコンは下手すると3週間近く前に買ったものであるような気がする。
料理(というほどでもないが)をつくっていると、食欲が失せてくるような気がするのは何故なのだろうか。
「7月24日までに書いておけ」といわれた「調査書」の原稿、未だ半分しか終わっていない。ゴメンよ、ひらりん(進路指導主任のセンセイ)。
ソフトボール部における夏休み前半の練習が終わった。やっぱり練習すれば練習するだけ、上手になるものなのだと思った。
この数日、正確には8月1日(日)・4日(水)の2回、食べ物にアタッた。1日の「嘔吐ゲン」は昨年に買ったまま放っておいたインスタント冷やし中華のスープであったようだ。ただ、いっしょに食したキュウリも怪しい気がした。4日はトマト・トマトジュース・牛乳・オレンジジュースを二日酔い明けの朝食として飲んだときに起こったのだった。そんなわけで4日の夜、冷蔵庫の除菌を敢行した、消毒用アルコールで。
酒以外のアルコールを初めて買ったのだった。それはそれでドキドキ?
精密検査?に行ってきた。尿酸値は採血を行っただけだが、ちょっと丁寧に胃のレントゲンを撮ってきた。そのときの会話の一部。
看護婦さん(以下看):「朝食は摂ってませんね?」
私:「はい」
看:「昨日はお酒は飲みましたか」
私:「はい」
看:「どれくらいですか?」
私:(ホントは1.9リットルほどビールを飲んだんだよね、500ml缶1本と350ml缶4本。キチンと数えながら飲んだから間違いない。だけど、正確に答えてしまうのも、相手を驚かせ怒らせてしまうかも知れないなあ。:以上恐らく2秒弱の間に考えたこと)「はあ、ビールをちょっと。」
看:「そうですか。」
ということで、受診はつつがなく終了した。結果の届く3週間後が楽しみだ。
テレビを見ていたら、クワガタハンターの話題を扱っていた。何でも、奄美大島あたりまで出かけて、クワガタを捕ってくるそうな。私は以前、6年ほど茨城に住んでいた。クワガタを捕まえて遊ぶこともあったが、ミヤマクワガタやオオクワガタを捕まえて売ると、結構なお金がもらえるという「うわさ」があった。私が捕まえられるのは、せいぜいコクワガタかノコギリクワガタあたりで、オオクワガタなどお目にかかったことはなかった。
最近、「クワガタブーム?」の話題をよく見る。オオクワガタなどは数百万から一千万円もするものもあるらしい。まあ、この世は自由経済社会であるので、需要と供給の関係で価格はいくらでもつり上がるものであると思う。結局、世の中のほとんどの部分はお金に関わってくるのだなあと思う。
プレステの「エースコンバット3」は面白い。このシリーズは最初から購入しているが、「3」の最初の印象は「何だかムービーが多くて、うざったいなあ。」というものだった。ので、あまりプレイせずに放っておいた。ここのところ、割と暇だったので何となくプレイを再開したところ、「なかなか、面白いなあ。」と認識を改めた。飛行機操縦時の操作性や画面とかは、さすがに今までのシリーズで最も良い。加えて、後ろに流れているストーリーもなかなか良くできている。小学生がその内容を理解できるかどうかは疑問が残るが、単なる「戦争ゲーム」に終わらず、殺し合い(私も体験したこと無いけど)の虚しさを伝えようとする気概が感じられる。まあ、自分の飛行機は相手の飛行機を百数十機くらい打ち落とすから、少なくともそれくらいのバーチャル殺人はしていて、なおかつその痛みが感じられないのは今までのシリーズと同じですが。そして、私も数百機撃墜したわけだし、偉そうなことは言えないが。
しかし、何でここへ来て「戦争の準備をしている」かのような法律が次々に成立するのであろうか?戦争をすると儲かるヒトが居るのは確かだろうが、自分は兵器産業に関わっているわけでもないので、戦争はいらないなあと思うのだった。
「エースコンバット3」、一昨日終了す、というか一通りのシナリオを閲覧した。エンディングでは「お疲れ様でした。さあ、君は自分の人生を頑張りなさい。」と言われた。そんな感じのメッセージを伝えるゲームがだんだん増えている気がするが、今回が一番強烈だったような気がする、私が遊んだテレビゲームの中で。「どーんなヒトが作ってんのかなー?」なんて、思ってしまった。
「きりり」レモンは相変わらず買えない。もう10本近く「キリンレモン」を買った。
5日前の話だが、書く。
その日は、学校に行って、理科室の整備をした。新校舎がほぼ完成したので。
朝、チャリンコで学校に向かう途中、ケータイを落としてしまった。くそ狭い道の曲がり角で「からん」と音がしたので、「何だ?」と思ったら、myケータイがアスファルト上に寝ていた。
夜、(またもや)ソフト部のセンセイと飲んだ帰りのコンビニで、財布がないことに気づいた。その直前、「富士そば」は食えていたので、道をたどってみた。
富士そばにたどり着き、座っていた机の下をのぞいた後、店員さんに「すいません、財布落ちてませんでしたか?」と、尋ねたところ、客席でタバコを吸っている中3か高1くらいの二人連れの少年が「財布がうんたらかんたら・・・」と反応していた。
結局、財布は椅子の下に落ちていたようだ。店にそのことを教えたのはその(不良?)少年達だったらしい。有り難かった。「すいません」とだけしか言えなかった、財布を落として動揺していたので。
今思えば、塾帰りの受験生であるところの中3かなぁ?と。
以上。
まだ、尿酸値の結果を書いていなかった。「9.7」だった。検査前日の1.9リットルが効いたらしいことを、後になって知る。ビールは尿酸の素(プリン体というらしい)を多く含んでいるそうな。来年の定期検診の前日に飲むのは焼酎にしておくことを心に誓った私だった。
明日から、職場の学園祭である。ここ4年ほど、学園祭の担当教員に名を連ねている。が、飽きることはない気がする。お祭りはよい。
今日、生まれて初めて「ワイシャツ」6つをクリーニングに出した。
スーツその他はクリーニングに出すしかない(と思っている)が、シャツは洗濯機で洗ってアイロンをかければ何とかなるので、今まではずーっと自分でアイロンがけを行っていた。1枚あたり190円だそうな。妥当な値段だとしか言いようがない。
ずーっと昔、中学生の頃、クリーニング屋から帰ってきたワイシャツの仕上がりが余り良くなかった印象(変な中学生!)から、ワイシャツは「自分でプレス」をモットーに生きてきた。なんちゅーモットーだ?。洗濯(襟は風呂場でもみ洗い)には2分くらいかかるし、アイロンがけには10分弱かかる。と、1枚あたり10分は時間をかけていることになるだろう。クリーニング代はワイシャツ6枚で1140円。自分でワイシャツ6枚を洗濯・整形するのも約1時間。学生時代にやった「つぼ八」のバイトは時給1000円だった。そんなことから考えても、ホントに妥当だと思う。
なぁんて計算をしてみるが、自分の正業の時給は計算したことがない。時給の面で言えば空しくなりそうだから。「やりがい」という面があるので良いのです、はい。
沈丁花が香りだした。確かに、平年よりは遅い気がする。
靴の中のゴキブリを踏んだ。やはり、気分のいいものではない。
(誤)沈丁花→(正)金木犀
(誤)踏んだ→(正)生きたまま奥へ押し込めた
以上、訂正終わり。
帰宅途上気づいた、「お月さまがきれいだなー」と。そこでチャリンコ上で(さらに)気づいたのは、「お日さま・お月さま・お星さま」とはいうが、「お地さま」とか言わないなあ、と。「母なる大地」とか言う(歌う)ことがあるが、「地球さま」という表現に遭遇したことはない。空は「おそら」というが、海は「おうみ」と言わない気がする。
で?
今日、おもろいなあ(不謹慎かも知れないが)と思ったのは、「地下鉄サリン事件の被害者の妹であるところの千葉に住まう女子大生の「オウムに拉致された」という証言は狂言だった。」というニュースだ。「オウムに拉致された女子大生がいる」という報道があった直後、オウムのヒトビトが「私たちは関係ない」と記者会見したのを覚えている。私は(報道関係のヒトビトと同じく?)「なーに言ってんだ!」と思った。しかし、オウムはその点においては嘘をついていなかったのだ。
思いこみは恐ろしい。
今日面白かったことの一つに、「私のこのページは有害かも知れない」という判断が下されたというコトがあります。最近、お勤め先のコンピューター環境が著しく改善されたので、生徒の使用を前提として「フィルタリングソフト」を導入しつつあるのです。そんでもって、この日記群は全面的に表示されなかったのです。こうやって、文章を記していること自体が、何かいけないコトをしているような・・・。もしかして、この行為は教員にあるまじき行為なのか?なあんて。
チナミに、前の日記群は途中まで表示された。ナゼ?
小、中学校時代の同級生の結婚式の二次会に行った。ここ10年前後会わなかったヒトビトと出会い、様々な記憶が蘇った。その頃はそれなりに様々な苦労があったのだなあと、思った。思い出さされた。思い出させた。
歳をとったなあと思うと同時に、若かりし頃の緊張感?を思い出した。ということは、やはり歳をとったということに他ならない。
今まで見たこともない現象に遭遇した。石鹸が立ったのだ。
「茶柱」程度なら数十回見たことがあるし、卵を立てたことも数回あるが、石鹸が立っているのは初めて見た。ツルッと手から滑った石鹸が、ユニットバスの洗面台の縁に「トッ」と当たったと思ったら、止まっていた。しかも、しっかり短辺を底辺として。さらに、シャワーの湯を当てても倒れなかった。
何故かは分からぬが、ちょっと感動したのだった。
電子機器について、新年になって気づいたことが2つあった。
1つめは、ケータイ電話のアンテナが減った(電波の状況が悪化した)ということで、2つめはパソコンから一部音が出なくなったということだ。
1つめの問題については、J-PHONEのページに書き込みをしたところ、いつの間にか画期的に状況が改善された、3時間程度で。たまたまかも知れないし、何らかの手だてを講じてくれたのかも知れない。調べようがないので分からないけど。
2つめの問題は自分に非があった。「ポスペ」の猫を幾ら撫でても、「シャカシャカ」といわないので、「すわ、2000年問題か?」と思ったのだが、よくよく調べてみると、いつの間にか「サウンド」の設定が「OFF」になっていたのだった。
思いこみは恐ろしいものだと、改めて思った。
ノストラダムスも、Y2Kも起こらなかった現在、私は何に怯えていけばいいのだろう!なんて思わないでもないような気がしないでもない、かもな。
年末からTV(正確にはモニター)の調子が悪く、無事に2000年を迎えたので、テレビを買った。しかし7日まで届かないので、もっぱらラジオを聴いて過ごす年始なのだった。
TVはtelevisionの略だというのは周知の事実(?)だが、それは「tele(研究社英和中辞典(正確にはジャストシステムのドクターマウス)曰く > 「遠い」の意)のvisionを出すキカイ」という意味だというのは分かる。で、ふと疑問に思ったのは「telephone」という言葉の由来だ。試しに「phone」だけ調べると、「電話」関係の意味しかでてこない。大体「電話」は離れたところでしか使えないではないか。「フォン」のほんとの意味は何なのだ?(洒落である、一応。)
まあ、もっと巨大な辞典で調べれば分かるのであろうが、あいにく手元には「ドクターマウス」しかいない。チナミにこのソフトは結構使える。データベースソフト「五郎」は使おうとすら思ったこともないが、この「辞書引きソフト」は使えると思う、私は。
暇なので料理くらいしかするコトが無く、今日は「アサリの酒蒸し」を作ることにした。「アサリの酒蒸し」なんて「料理」と言えないかも知れないが。
「crazy salt:クレイジーソルト」は何かにつけ「使える」調味料入り塩だ。大学時代の友人に教わったものである。結構、愛用者に出会うことも多い。
でもって、本題は何かというと、本日使った油が「アヤしかった」ということなのだ。一人暮らしを始めた2年ちょい前に購入した本「non-noセンスアップパスタ料理」に従って「ガーリックオイル」を作ったのは、やはり2年ちょい前のことだ。その本曰く「3ヶ月はもちます」ということだが、優にその8倍以上の年月を経ているのだ。
最初の頃はやたらと「ペペロンチーノ」とか、日本固有のスパゲティ「ナポリタン」を作成し、その「ガーリックオイル」を消費したのだが、根が日本生まれ・日本育ちなもので、到底消費しきれなかった。大体、1リットル作ったのが間違いのモトなのは、その最初の3ヶ月で気づきはしたのですけどね。
1回目の冬にはオリーブ油も凝固することを知りました。この2回目の冬の今日、気がつけば油の中に謎の「コロニー」が生じていたのです(直径1mm程度、百数十個くらい)。容器は密封できるものを使用しているつもりなので、「嫌気性」の生物なのでしょうか?「ボツリヌス菌」で無いことを祈りつつ。
NHK「手話ニュース」の「イカしたモミアゲのおじさん」の名前が「丸山さん」だということがわかった。
「ようこそ先輩」って、結構好きな番組であります。まあ、NHKの番組だから、かなり予定調和的であるけれども、教育というものの原点を見られる気がするので。
本日で、カウンタ稼働1周年なのですな。
ここ数日、ガッコの半御用済みパソコン「PC-9821Ap2」で修行しているのであります、「Free BSD」とやらを。日々進歩している気がして楽しいっす。結局今のカウンタは、感謝しつつリムネットの既製品を使っているのですが、もう少し修行して、このページもイカしたものにしたいなあと思うだけ思っていたりして。
最近、だんだんとパソコンを購入するセンセイが周囲に増えてきて、嬉しがって自分のメールアドレスを教えたりするのです。そして、私のアドレス「ariori」の由来を尋ねられることもあったりします。
このリムネットに入会するときは、「masaki」とか「m-ogawa」とかで入会しようとしたように記憶していますが、このリムネットの「東京第2ドメイン(kt)」ではそれらのアカウントの人たちがいたらしく、取得できなかったのでした。
「あり」「をり」とは「ラ行変格活用」の動詞であり、高校時代「ありをりはべりいまそが(か)り」と教え込まれたヤツらの一部であるはずです。
何故「ラ変」か?
大学時代に私が錯乱しかけた(していた)とき、「自分はなぜ存在するのか?」とかなり真剣に考えました。たどり着いたのは「自分がここに在ること自体が重要なのだ!」というコト。
「そうか、「ラ変」の動詞は最も意味がある動詞たちなのだー!」と勝手に思った気がします。
私は買ってはいませんが、五木寛之の『人生の目的』という本の広告には
この「生きる」「生きつづけている」というところに、私は人間の最大の意味を感じるのだ。-本文より
なんてあったりする。
で?
約2週間後に卒業する(予定の)ヒトビトの卒業文集が出来上がり(といっても勝手に出来上がったわけで無い、もちろん)、半分ほど読破した。友達礼賛の文章が多い。チナミに、「礼賛」は「れいさん」だと思っていた、さっきまで。「らいさん」だと生まれて初めて知った、「ATOK」と「ドクターマウス」のおかげで。
高校3年間てのは、私にとってはかなり重要な友人達を得られた時期であると思う。まあ、誰でもそうなのでありましょうが。
多分、卒業文集ができて一番真面目に読んでいるのは、書いた本人ではなくそのヒトビトに関わった教員達なのであろうと、センセエになり初めて卒業生を送り出す立場になって思った(気づいた?)。
自分が小・中学生のときは卒業文集の原稿を書いたような気もするが、しばらく読んでいない。
確か先週、ベイダー倒した。
数ヶ月前に何となく買ったKRAFT社の「ブルーチーズ」は、最初カビ臭さ?が気になったが、慣れはじめた今は旨味が強すぎるように感じる。納豆のほうがうまい、というか何回でも食える。
無事卒業式も終わり、私の身体の細胞の2割方が「真っ白な灰」となっているような気がしますが、日記を書けるくらいに恢復しました。
「男は人前では泣いてはいけない」と何となく思っているので、人前でモロに泣いた記憶があるのは数回です。
その1:小6のときの爺さんの葬儀(このときになんだか「泣くこと」の恥ずかしさを感じた気がする)
その2:1992年大学3年春休みの「伸歩会(歩いて旅するサークル)」の合宿最終日前日(その前数ヶ月壊れかけていて、そのとき何故か「真っ白な灰」となってしまい、その後数ヶ月壊れていた。恢復中に錯乱気味で迎えた中学校教育実習では評価「C」を頂いた。)
その3:昨年の夏、ソフトボール部の3年生の引退時(不覚にも久々に泣いてしまった)
そして今回の卒業式なのです。
素晴らしい「送辞」「答辞」を聞くうちにこの3年間の様々なことが思い出され泣けてきたのですが、涙も収まりかけ「蛍の光」を歌っている途中に、昨年の春死んでしまった高校の同級生を不意に思いだし、「(自分たちが高校を卒業した)11年前にいた、あいつはもう居ないのだ。」と再確認し、ついでに泣いてしまったのであります。私の涙自体は外から見れば、どの滴も変わらなく見えるでありましょうが、卒業生のみなさんや保護者の方々や、死んだセリザワにも悪い気がしたので告白しておきます、なんとなく。
かすみ草と球状星団は似ている。
1年4ヶ月程かかったが、「マイクロマシーンズ」で一通り優勝した、昨日。「グランツーリスモ2」は一回だけ起動したが、やはりピンと来ない。
そんな私が明日あたりに買わなければいけないものは、牛乳・ビール・焼き海苔・豆腐・油揚げ・レトルトカレー・野菜いろいろ、てなとこだろうか。
20日前の卒業式に際して頂いた花々は微かに生きながらえている。水だけで20日も生きているなんてスゲーもんだと思う。まあ、「水切り」したってのもあるでしょうが。
どういう状態が「生」であり、どういう状態が「死」か?あるいは、生も死も一続きかも知れないとも思うし、「脳」死とはなんぞや?とか言ったりしはじめると、話はどんどん複雑になっていくのでありますが、とりあえず「水切り」なんて技は「花を活ける」という作業に触れなきゃ知らないことでありましょう。
ここ数年、「生け花」とか「盆栽」、「剪定」てのは何なのかなあと思っているところもあったりします。盆栽、剪定はまだしも、「生け花」ってのはかなり「バブル」な道楽なのでしょう。
しかし、もらった花束は、可能な限り生かしておきたいと思い、その手段としてはバアさんあたりに教わったような気もする「水切り」がかなり有効であるコトも事実であります。
大リーグの試合を見ながらビールを飲むなんて、アメリカのオッさんになったような気がして嬉しい。正確にはメジャーリーグらしいが、「巨人の星」だ何だかんだの刷り込みにより、「大リーグ」の方がピンとくるのであった。ソーサもその他のヒト達も、打った後に滑ってコケていた。ホームベース近辺の土の質が本場アメリカとは違うのかも知れない。
その中継を見ていて思うのは「いったいあいつら何なんだ?」ということだ。「あいつら」とはフラッシュを焚いてるヒト達だ。サッカー場や野球場や陸上競技場、あるいはゴルフ場でフラッシュを焚くヒトビトも然り。彼らに対して思うのは、「ちゃんとカメラの設定をしておけよ、バーカ。集中している(ハズの)プレイヤーに失礼だろうが。」というコトだ。まあ、フラッシュで影響される場面はほとんど無いのかも知れないが。
勝手にフラッシュが点灯するコンパクトカメラで遙か彼方の「サミーソーサ」を写真を撮って何になるのか知らないが、「馬鹿か?」と思ってしまう。フラッシュなんて、数メートル先を明るくするためのものだろうに。まあ、馬鹿がいっぱい居れば、他の馬鹿のフラッシュの反射光が、馬鹿な自分のカメラに捕らえられるかも知れないから、馬鹿が集まれば少し効果があるのかも知れないが、そんなこと、馬鹿な彼らは知る由もあるまい。
今、バッターボックスの土の質についての話があった。2回の攻撃が終了したようだ。
しかし、見知らぬ他人を馬鹿呼ばわりしている自分が、無駄な作業をしている「馬鹿」なのかも知れません。
疲れた。
4月8日は大変疲れたので、4月9日にノートパソコンを衝動買い?した。その日は高体連のソフトボール部会の総会があり、その後、他のガッコのセンセイ方と昼間からビールを飲んだのだが、是非とも浪費をしたかったので、2次会?には参加せず、ヨドバシカメラに出向き、レッツノートを買ったのであった。
最初はVAIOに狙いをつけたのだが、あいにく品切れであった。次に目に付いたレッツノートはレジ後ろのラックにたくさん並んでいたのを確認した上で、「このパソコンがほしいんですけど・・・」と店内巡回のヒトに打診してみた。
カードで買おうとしたのだが、人物チェック?にミョーに時間がかかった。酔っぱらいだったから、時間感覚は定かではないが、数分間かかったような気がする。
カードは「サクッ」と使えるところに格好良さというか存在意義があると思うのだが、ちょっと印象が悪かった。DCカードもヨドバシカメラも、印象悪いぞ。ヒトのカードの番号を電話で伝えるなっツーの。
と、ここまで書いて、だんだん頭に来た(というか、不安に感じて来た)ので、DCカードとヨドバシカメラに苦情メールを送ってやろうと思った。
最近、水虫が凄まじいコトになっている。そんなに、カビを飼っておこうという気はないのだが、この冬にかなり増殖した。ここ2、3年指のすき間が裂けてしまうことがあったりしたが、現在は指先などに留まらず、土踏まずまでもが侵蝕されている。
「病は気から」が信条?である私としては、気合いで水虫を撃退したいのだが、なかなかそうもいかないようだ。とりあえず、普段の履き物を靴からサンダルにしてみた。本当は裸足がいいような気もするが、理科室を裸足で歩くのは余りにも危険であるし、地震でも起こった場合を考えると、とてもそんなことはできない。
以前、小学生だか中学生の頃、アトピー性皮膚炎だかなんだか知らないが、頭皮に何かが住み着き、しばらく塗り薬を使用していた頃がある。いつの間にか、というか親に薬を塗ってもらい続けた結果、その湿疹?は消失したし、今回もそのうち改善されるかなあと思っている。ただし今回は薬には頼らないつもりなのだ。
しかし、サンダルに替えても「そこはかとなく香る」ってのはちょっとイヤだ、自分の足(に棲む輩達の仕業)ながら。
いよいよ日常生活に支障を来すようになってきた「水虫」。具体的には、「ピリッ」と裂け「イテッ」と思う機会が増してきたくらいなのですけど。茶に足を浸すという「お茶療法」を始めて2日目の今日。
帰宅し風呂に入った後、ビールを飲みながら新聞を読みつつ、洗面器の粉茶に足を浸した。そしてかれこれ2時間弱。足が茶漬けになっている。
東急ストア阿佐ヶ谷店には安い粉茶がなかったので、40g500円の「手軽にカテキン」という名の粉末を購入した。もちろん飲用である。
「緑茶」は「緑茶」で良いじゃないかと思う、ある程度自然科学を勉強した私なのであった。
宗教と詐欺の境界は何処?
ヒトは何らかの宗教-例えば国家-の信者に過ぎないのではないか?
私はその宗教に守られた教師という職業のもと、勝手に喋る。
宗教と詐欺の境界は無い。
正気と狂気の境界は無い。
存在するのは自分の意識。
ソフトボール部の試合も雨天順延となり、昨日までの高1移動教室の疲れを癒せた日曜日でした。
移動教室最終日である昨日から、肩の筋肉痛を覚えていたのです。「何故かなー、運動といえばチャリンコに乗っただけだし・・・。」と考えていたのですが、思い出しました。大縄跳びをしたのです。
考えれば、「一昨日、縄跳びの縄を回して筋肉痛になった」なんてヒトは、世の中に数人いれば多い方でしょう。もしかすると、私だけかも知れない。
大縄跳びは楽しい。それほど難しくなく、何となく連帯感が生じるし。
「モナザイト」が何かと言うよりも、「モナザイト報道」のあり方が疑問に感じられる今日、帰宅途上に道路の白線を外れないようにチャリンコに乗っていたら、辞世の句を思いついた。
出たかった びっくり日本新記録
今日はかなり真面目に休日を過ごしている。
厚手の布団を一応干した後、押入にしまった。洗濯をして、物干しにつるした。テレビ・ビデオ・オーディオの載ったラックを組み直した。そのうち購入するであろう『PS2』の置き場所確保のためである。その後、フローリングの拭き掃除をした。おっそろしく、タンパク質の小片が落ちていた。「小片」とは白癬菌の餌食となり、私の本体から別れを告げた元皮膚達である。洗濯して乾かしてあったシャツにアイロンをかけた。選挙の投票に行った。そして日記を更新している。
「プレイステーション2」、買おうか、買うまいか迷っている今日この頃なのである。まあ、いつかは買うに違いないのですが、今買っても遊ぶヒマがないのが分かっているので。
今年も硫酸バリウム入りうんこが流れない。あんなに金属を飲んで良いのだろうか?と思う。明日は終業式らしい。
初めて2000円札を手にした。「松屋」阿佐ヶ谷店でGetした、両替で。
改めて「何のために作られたのだろう?」と思った。
「チキン定食」が無くなって久しい。「牛カルビ定食」は一度食ったが、油っぽすぎる気がした。が、慣れてしまえば何とかなるかも知れない、「ドクターペッパー」のように。
学校で「地学」を教えており、天体望遠鏡を是非ともゲットしなければッ、何故なら現有の望遠鏡は「チョー古い」且つ「昨年の引っ越しに伴って、架台行方不明(というか、捨ててしまった気が・・・)」だからだ!
拙者は「アキバ」の「望遠鏡ショップ」で参考書籍を購入後、いつの間にやら出現した万世橋横の「Laox」に侵入!。そこで見たのが「ネットワークウォークマンNW-E3」!!!。疲れたので、文体を元に戻す。
メディア(フラッシュメモリー)内蔵型の「MP3」ではなく、「ATRAC3」プレーヤーを見たのだった。ちょうど、MDも持ってないし「買うならコレかな」と。ただ問題なのは、私が普段から音楽漬けでなくても構わないヒトであることなのですな。酒浸りだけど。
ペルーのフジモリ大統領、人相が悪くなったような気がした。
自分の人相の変化はよく分からないが、一昨日、昨日と久々に実家に帰ったときに、たまたま目にした「幼い頃」の写真に比べると確実に老けている。自分のことなので『相』が悪くなったのかどうかは判別できない。悪くなっていないつもり。
「教育改革国民会議(誰それ?)」言うところの「奉仕活動」が強制されたら、その活動は「奉仕」とは言えないだろう。
と、ここまで書いたものの『岩波国語辞典』で調べたら、「奉仕:(1) 国家・社会や目上の者などのために、私心を捨てて力を尽くすこと。「勤労―」」ということらしい。今までは「奉仕=ボランティア」と漠然と思っていたが、辞書が正し(?)ければ、「奉仕」は「volunteer」ではなく、「走狗」となることであるらしい。
てなことで、「なんとか会議」の言いたいことはさらにハッキリした。
私に言わせれば、単なる戦中世代のノスタルジアに過ぎない。
チナミに、私は10年近く前に教員免許を取得したが、「ボランティア活動」が必須となる前で良かったと心底思っている。今思えば、教育実習の担当教諭にも存分に迷惑をかけたし。
本日は文化祭の初日である。時計では土曜日だが、金曜深夜に記している。文化祭てのはいいですなぁ。非日常。
前回の日記には「ましてや、ボランティア活動など・・・。」と続くところを省略している。ボランティアとは「何ぞや?」という気もするのですな。家族や友人と仲良く暮らし、職場のヒトビトや近所のヒトビトとも良好な関係を築いているヒトが、ボランティアをするなら良いような気がするのだが、現実はどうなのだろうか? とりあえず、私は身近な人と仲良く過ごしたいと思いながら日々生きている。そういった優しさが繋がっていけば、世界中幸福になるはずだ。理想論だけど。
もちろん私は「モノゴゴロ」ついてから募金をしていない。「『見知らぬ困っているヒト』を助けようと企画している見知らぬヒト」の手下たち(駅前で声を枯らしている、お疲れさま。)にお金を渡すという行為はしない。無視無視。声を枯らしている彼らには悪いが、どうしても「エネルギーの浪費」という気がする。青春だねぇ。貧困に陥っている国には何らかの原因があるはずだと思うので、ジャパンマネー(?)によってその国に暮らすヒトビトを助ける、ってのは対症療法に過ぎないと思う。例えば「ユニクロ」の服を着ることや、エビの天ぷらを食うこと自体が搾取に当たっているのかも知れないし。
国内においても「助け合い運動」とかあったりするけど、私から奪い取った税金を回せばいいだけだと思う。
てことで、夜が明ければ2日間の浪費活動が始まるのですな。
ソフトボールネタ?が続くのですが、誰か私のユニフォーム知りませんか?盗まれたのです、昨年。
約1年間「犯人」を泳がせていたのですが、全然見つからないため、あえて全世界への公開捜査に乗り出すのです、今日。
紺色(メッシュ)のユニフォームに赤い布(文字部分)が白い糸の刺繍で縫いつけられています。右胸と背中に「13」と番号があり、左胸にはチームのマーク(TとCをかたどっているように見える)、半袖の左袖口に「TOKYO」の文字(これは赤い糸で刺繍)。
「東京都教員クラブ」で初めて使用した翌朝、洗濯して干しておいたところ、夕方にはハンガーと洗濯ばさみだけ残ってたのであります。悲しかった。
何かご存じでしたら、連絡お願いします。チナミに、「押し毛」問題も未解決です。情報お寄せください。
よっぱらててれびにゅーすおみると、からみたくなてきて、こまります。
今日は妙にいろいろあったッスよ。
- 今日の午前中、フトこのページを見てみれば、カウンタは「1001」を示していた。祝1000カウント。と、言ってもその種は自分が蒔いていたとも言えるのですけどもね。学校で教えている「情報」の一部で「ほめぱげ」づくりをしているので、その「見本」の一部にこのページへのリンクがひっそりと佇んでいるのも一因でしょう。
- 昨年卒業したオシエゴ(浪人生)がやってきた。まぁ、頑張ってくれ。
- 車に轢かれかけた。チャリンコに乗っていたこっちは、信号を守っていたし、ライトもつけていたのであるが、丁字路(南阿佐ヶ谷駅前)で車にはねられそうになった。その一瞬のうちに「怪我して学校休む自分」が思い浮かんだ。幸い、自分も向こうもブレーキを踏み、轢かれ損なった。「事故り」懐かしいねぇ。
- 昨年卒業したオシエゴ(この氷河期に就職できたヒト)とすれ違った。向こうは歩き、こっちはチャリンコ。私も向こうもすれ違った後に気づき、それぞれ振り向きざまに10m以上離れて「ちわっ」と挨拶、夜だってのに。付近にいたヒトは何事かと思ったことだろう。
これらのデキゴトの途中にもう一つ何かあった気がしたが、忘れた。
水虫は大分改善された。皮膚が裂ける気配は全くない。何が良かったのでしょうか?
まあ、今現在も烏龍茶パック(烏龍茶はサントリーのコト)の出涸らしに足を浸しながら執筆(打鍵)しているのですが。でも、効いたのかどうかはよく分かりません。本当は、片一方の足だけ「茶漬け」にして、もう一方の足は素のまま置いておけば良かったのですが、私もそこまで科学的(実験マニア)ではないのです、残念ながら。サンダル履きが良かったのかも知れません。しかし、片足だけサンダルにしたわけではないので、これも定かではありません。
また、要因の一つとして考えられるのが、足を化学洗剤から遠ざけたということです。ワイシャツを洗う際、以前はバスタブの湯に溶かした粉末化学洗剤に浸して置いてそれらを足で踏みつけつつ、その襟元どうしをごしごし摩擦していたのですが、その際に使用する洗剤も固形石鹸に変更しました。てことで、結局原因は分からないのですな。
今度は痔をどうにかしたい。直腸癌だったら困るけど。チナミに、職員検診の(癌細胞検出用)検便はここ3年くらいやってますので、もし私がガンだった場合は訴訟を起こしたいと思っています。更にチナミに、痛風の発病はまだです。痛風についても結構調べたのですが、尿酸値の「危険値」ってのは「尿酸の水への溶解度」から算出されているらしいのですナ。水と血液は根本的に違うと思うので、とことん薬を飲まずに行こうと思っている次第であります。一生涯薬を買い続けて飲み続けるなんて、性に合わない。
話は戻りますが、茶ってのはそれなりに値段通りの味となる気がします、ただし私が購入する「ウン百グラム数百円」の範囲において。水出しの茶は「茶」の飲みごたえが今ひとつ無いような気がします。
買って来ちゃいました、まずはケース・マザーボード・CPU・OS(windows2000)を。
どうも私の場合、この時期(年末)はシゴトが無くなり、ヒマになってきて散財する傾向があるようであります。一昨年はオーディオシステム・昨年はテレビを購入しましたし。チナミに「シゴトが無い」ってのは「部活動(私の場合はソフトボール部)の指導すら無い」という意味であります。さらにチナミに私のお勤め先のセンセイと生徒達は、その所属している部活動によっては年中無休であることもあるようです。凄い。
ソフトボールは野球から派生したスポーツであり、野球はシーズンオフだから、ソフトボールも完全に休むのです。・・・・・・と、私は解釈している。寒いとボールが硬くて痛いんですよね。硬式のソフトボールならそれほど変わらないのかも知れませんが、ゴムボールは捕球感が違います。硬式のソフトボールってのは、大学や実業団やオリンピックとかで使う革張りの硬い球であり、高校以下や「草ソフト」はゴム製の(軟式?)ソフトボールを使うのですね。ソフトボールは複雑な生い立ちを持っているスポーツでありますが、やってみると結構面白いスポーツだと思います。少なくとも、軟式野球よりはボールの動きからキビキビしていて面白いでしょう。
そんな私は『ソフィーの世界』を読了していないことを気に病んでいる。
今日初めて遭遇したのは、「新聞の誤字」である。「私の汗で政界工作とは」という見出しの写真付きの記事@朝日新聞東京本社発行2001年2月7日朝刊14版第1面。
その本文には、
<前略>KSD会員(五九)は、『自民党がたかってKSDを食い物にした。腹立たしい。会費が余っているなら、保証を充実したり福利厚生に回したりしてほしい』と話した。
って書いてある。私は、「保証」ではなくて「保障」が正しいのではないかと思った。
そして、ついでに記事の内容について考えてみた。誤字がなければ、私はここまで真面目に読まなかったケド。
で、「企業経営者が(KSDに)保障を求める」ってのがなんだかピンと来ない。業を起こすってコトはそのリスクを負うってコトだと思うし。そして「KSD会員」ってことは中小企業経営者の皆さんってコトで、もしかすると異国からの労働力の恩恵に与った人がいるかもしれないけど、そんな世渡り上手はデモには加わらないでしょうなってコト。
「(うまい)汁は吸え吸え、あるならば」って感じでしょうか?
誤字で思い出すのは今は亡き『Oh!PC』であります。
好むと好まざるとに関わらず、役人や議員(あるいは教員)ってのは何らかの形で関わらざるを得ない、世話にならざるを得ない、というより賃金を払ってやらざるを得ない存在である。また、ある種の企業-銀行やゼネコンなど-もそうであろう。
そんな私が信じられない、関わりなくない存在は「証券会社」である。株でもうけたいなら、ヒト(顧客)のカネを使って手数料を取るよりも、自前のカネで株券をあつかった方が利益がデカいはずだろうに、なんでそんな商売が成り立つのか未だに分からない。すんげー胡散臭い。株価がいくら下がろうと、私には関係ないと思う、今のところ。そして、株価に一喜一憂するようなヒトになるつもりはない。ゴルフをせず、タバコを吸わないヒトであろうとするくらいに。
勤務先(高校)の修学旅行が行われている。「花の巴里」でございまする。私は九州の修学旅行がいいと思ったし、学校の会議でも主張し続けたつもりだったが、決まったものはしょうがない。「アタックチャンス」「その狙い目は?」「パリ挑戦権獲得!」「その人物の名は!?」で私の頭の中では「エールフランスで行くパリの旅」ってことで、パリといえば「アタック25」だったのだが、アタック25の商品はいつの間にかパリからアメリカになったのね。
宇多田女史の最新曲の歌詞は普遍性が低いと思ふ。
私が胡散臭いと思うのは「自民党の若手議員」というヤツだ。それに輪をかけて胡散臭いのが「『そいつら』に期待する(したい)」と宣う輩だ。そんな「センセイ(ほめ言葉?)」や「ヤカラ」って本当にいるのかしら?
自民党に存在していること自体が「老人の証」である気がするし、そんな老人(利権依存者)に期待するくらいだったら、他の政党に投票するコトのほうが法律上は健康的な気がする。
「政党名でも個人名でも大丈夫」っていう選挙の方式が通っちゃったのはしょうがない。選挙監理委員(見たこと無いッス)がんばれよ、とナ。
CPUはクソ速くなりHDDはとてもとても使い切れない昨今だがレトロなメディアである新聞ですらとても読み切れないコトもありそんなパソコンのメカニカルな部分の技術開発をしているヒトってのは無力感に囚われやしないだろうかと心配。
高校の卒業式。とりあえず涙をこらえた。泣き癖がついてもまずいし。
今朝、ガスが出なかった。「おなら」ではなく「都市(13A)」のほう。
家賃を払い忘れていたからかと最初は思ったが、東京ガスに電話したところ「そういう操作はしていない」とのことだった。まあ当たり前である、東京ガスには契約通りの支払いをしているし。
結局のところ「メーターの電池が切れた」とのことだった。ホントかどうかは分からないけどね。家賃の滞納(昨日「フドーサンヤ」から電話で知らされた)という契約違反をした以上、これからはその不動産屋(杉山商事@阿佐ヶ谷)に強い態度で臨めなくなってしまったのがチョット残念。今日は奮発?して2ヶ月分振り込んでおいた。滞納したという事実は変わらないけど、謝意の表出として。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言うが、何となく春ってのは良いですね。中学卒業式代休の春風の中、運動(部活の指導)をし、帰宅後にビールを飲んでも寒さを感じないこともあるし。
今年になって、やっとソフトボールの下投げ(ウインドミル投法)のコントロールがついてきた気がします。苦節6年(長げー)。
結局のところ、投げる先を見続けるということが重要であるようです。まあ、このことはごく初歩の入門書にも書いてあるんですけどね。ただ、体が「ド真っ正面」を向きっぱなしではあんまりいいタマは投げられないことも確かなような気がします。結局、ソフトボールのピッチングも、他のスポーツや勉強や教員業務と同様、「気合いと訓練」なのでしょう。
数週間ぶりの完全な休日、今朝新聞の1面を見て驚いた。地震があったらしい。
大きな見方をすれば、地球上で地震の起こらない日はないと言えるのだが、死者が出るような大地震が国内で起こっていたとは知らなんだ。でも、そんなニュースを知らなくても、充分この世で生きていけるのですね。
気がつけば、ミールも無事(ヒトが死んだという話を聞かない、という次元)に落っこちていたし、このページの更新も全世界の60億人が知らぬ間続いているし、核戦争も多分起こっていないし。
で、むやみに進化した経済学者の立場から言わせれば、「株安」=「悪」なのかも知れないが、賃金を「もらえている」立場の私にすれば、デフレは歓迎すべき現象である。
科学もむやみに進んだ結果、反省を始めているように思えるし、経済学者なんて、いらないんじゃない?と思う私なのだった。株安によって影響を受けるのは、世の中の風潮に流されて就業した「虚業」に携わるヒトビトであろうし。
何故、オトナのオッサンは「ヒゲ」を剃り、「ネクタイ」を締めるのだろう。それは一種の化粧ではないのだろうか。
「ルーズソックス」も「ガングロ」も、はたまた身近なおばさんの「臭う化粧」も、本質的には「ヒゲ剃り」と何ら変わらないのではないか?
サントリー、サッポロと、立て続けにダイレクトメールが送られてきた。「もれなくもらえるキャンペーン」である。
最近はもっぱらサントリーのモルツを飲んでいる。普段は500mlの通称「ロング缶」を半ダース単位で購入しているのだが、現在のように「シールを集めるモード」に入ると350mlの缶ビールを買うようになる。サッポロのシールを120枚集めるともらえる「ソフトクーラーバッグ」も良さそうだが、品揃えの豊かなサントリーに惹かれているのである。現在のところ、43枚集まった。
このDMが送られたヒトビトのリストって、高値で売れそうな気がする。薬のキャンペーンとかで使えそうだ。「『液キャベ』についてくるシールを20枚集めると、もれなく『電車内でも使える携帯エチケット袋』を差し上げます」とか。あるいは、保険会社で「今なら『アル中特約』キャンペーン中です」なんて。
チナミに私はここ数年で「クスリ嫌い」に転向した。風邪薬や解熱剤なんかもほとんど飲まないし、「飲む前に飲む」とか、「二日酔いにこの1本」とかいう類のクスリって飲んだことない。「呑む前に飲む」なんて、性に合わない。
アルコールという毒の前に、更にクスリという毒を飲むなんてこたぁ。
青梅市の「ナガブチ」は「長渕」では無く、「長淵」だそうです。私が数年来愛用している「ニュータイプ東京区分地図(昭文社刊)」などの地図においては、青梅市のナガブチは長渕と記されてますけど。
何故そんな話題なのか?それはかの有名?な「生徒指導要録」作成の際に、青梅市の地名ナガブチ(ナガフチ、あるいは別の読みかも知れないけど)が「長渕」なのか「長淵」なのかが疑問として持ち上がったからであります。 あんまり期待しなかったのですが、青梅市のホームページの送信フォームに書き込んでみたのです、数日前。で、本日返事を頂いたのであります。以下部分的に引用します。
From: "青梅市役所市民相談係"
Subject: ナガブチの表記についてナガブチの正式な表記は「長淵」です。
平成13年4月13日
青梅市秘書広報課市民相談係
ってことでした。またチョット好きになった。青梅が。世の中の地図よりも「ぽすたるガイド」のほうが正確なのですね、多分。
コイズミジュンイチロウというヒトが、ジユウミンシュ党の一番ウエの存在になりそうであるらしい(かなり伝聞)が、「地滑り的」という表現を多々眼に、耳にする。愛読しているアサヒシンブンで。
地学的にいうならば「地滑り」というのは、人為的に作られ力学的に不安定である地形で起こる現象であろう。
新聞記者的使用法では「気がつきゃ起こっちゃった」ってことを指す形容動詞なのだろうか?「地滑り的に」ってのもいい加減な表現だ。
まあ、「ルックスと発言力が注目されるヒト(コイズミジュンイチロウ)はペンしか持たない者(アサヒシンブンの記者の思いこみ)より強し」ってことでありましょうか?
私が不安に思うのは、マスコミがジユウミンシュトウ内部の動静を「いちいち」報道することにより、小学生をはじめとするワカモノが「自民党=政府」と思ってしまうのではないか?ということである。まあ、マスコミのヒトってのは世の中に「何か」を広く主張したいからギョーカイに就業するのでありましょうし、特に目くじらをたてるわけでもありませんが。
基本的に自民党内部の派閥間の抗争なんてどうでも良い。とりあえず、毎度毎度選挙権を行使するだけである。
愛車(ただしチャリンコ)のシフトレバーが破損した。「カリフォルニアロード」っていう名前もかなり古風ではある。ためしに宮田自転車のページを見てみたが、生産中止のようであった。そりゃそうかも知れない、私は18年くらい乗ってるもの。当時のライバル車種としては無く子も黙るブリジストンの「ロードマン」てのがあった。実はこの「ロードマン」て名前が思い出せなかったので、「ブリジストン・ドロップハンドル」って検索かけたら引っかかってきたのだったりする。
我が愛車はシフトレバーが「カチカチ」いうタイプの「はしり」だったのですね。それ以前はシフトレバーは「カチカチ」言わずに、金属製のレバーだったのであります。その「初代?カチカチ」は、一昨日停車時に転けたとき、欠けてしまったのであります。まあ、劣化するわな、18年も経てば。
お勤め先の、「ルックスが堅気には見えない、体育科である(かなりすごい)ハンド部顧問のセンセイ」から教えてもらった3階建ての100円ショップ@中野に行ってみた。ソフト部で使う予定の「メガホン」がほしかったので。
その3階には新品のプラスチックが大量に積んであり、呼吸困難に陥りそうな感覚を覚えた。最近ご無沙汰している「オヤジ満載の通勤電車」とも、馴染んで?しまった「換気を2時間ほど怠った女子校の教室」とも違う息苦しさを感じた。
と、いうこと?で鯖の塩焼き(西友阿佐ヶ谷店にて100円で購入)を食っている。世の中の火災原因の大半は「放火」と「タバコの火の不始末」だそうだが、天ぷら油の火災ってのもかなりの割合を占めるそうである。鯖ではなく(コンピュータの)サーバーってのも火災原因になるそうだ。近年は光によるデータの送受信も存在する関係で、サーバーにゴキブリなどの虫が入り込むことによる火災ってのも報告されていると聞いた。
今日は鯖から炎が出なかった。その煙の立ち具合からコンロに流れるガス量の微調整を行い、「鯖あぶら」の発火点?以下に魚焼き網を制御することに成功したのだ。「東京に原発を(広瀬隆著)」って本を改めて読んだりしたので、気分は原子力技術者であった。
またガンガン雨が降ってきた。
中間試験問題を作らなければいけないのだが、筆が進まない。ネタとして、本日作成したメールを引用してみる。
Date: Sat, 19 May 2001 19:18:36 +0900 Subject: 防火管理者講習感想(財)東京防災指導協会 曰く:
> 小川正樹様
>
> お便りありがとうございます。
> 具体的のどのようなことか、教えていただきたく存じます。
> よろしく、お願いいたします。
>
>
> (財)東京防災指導協会 小林<中略>
> ----- Original Message -----
> From: 小川正樹
> To:
> Sent: Monday, May 14, 2001 10:27 PM
>
>
> > あんたらは誰なんですか?
> >
> > そんなシゴトをしていて恥ずかしくはないのですか?
> >
> > 小川 正樹 OGAWA Masaki
>長い引用済みません。
小川と申す者です。私は今年2月、「甲種防火管理者講習」を受けました。
受講申し込みの際、消防署のヒトに
「講習にかかる費用はいくらですか?」と尋ねました。
私の印象では「講習は無料ですが、資料(テキストだったかも知れません)代
がかかります。」と言いづらそうに答えてもらった記憶があります。
本当に火災を無くしたいのなら、防火管理者講習で使用するテキストは
無料で配布するべきだと思うのです。
私たちが納めた税金が消防や警察に使われているのは承知しています、
そして、消防や警察の方が日々努力されていることも承知しております。
その一部を回し、法令(でしょうか?詳しくないので良く知りませんが)で定めた
「防火管理者」の育成も税金から賄うわけにはいかないのですか?
テキスト代5100円は高すぎると思います。上記のメール(わけ分からんメールですみませんでした)に解答くださった方は
直接金銭の授受に関係されているわけでは無いでしょうけど。防火管理者なんて、不要なのかも知れません。
講習は非常に眠たいものでした。
財団法人ってのは「お役人の再就職先」という印象がありますもので、
言いたいことは言っておくほうがいいかと思い、お便りしました。以上です。
小川 正樹 OGAWA Masaki
ってことで、「人の振り見て我が振り直」そうと思った私がいるというコトを全世界?に無闇に発信するのだった。
電気の無駄遣いですねぇ。
昨晩、据わりの悪いいすに座りながら飲酒していたら、うたた寝すると共に転倒し、右手中指の爪が微妙に剥がれて流血すると共に、肘の下を擦りむいてしまった。また現在、首の後ろ側にもすこし違和感があったりする。まあ、キーボードを打つ分にはそれほど支障はないので、ダラダラと試験問題を作っている。
J-PHONEの無料メールは面白い。自分宛のメールをJ-PHONEに転送すれば、メールチェックするためにパソコンの前に座る必要が無くなるのである。それはそれで良いような気もするが、なんつーかメールに追われて生きているような感じになってしまう気もする。ま、家でダイアルアップを無駄に繰り返すよりは良いのだろう。
私の持っているプリンタはPICTY180というhp(ヒューレットパッカード)が作ってNECに卸しているものなのだが、今日までWindows2000には対応していないのだと何となく思っていた。が、ドライバがあることを今日知った。Windows2000は安定していて良い。一太郎・エクセルを使用しながらメディアプレーヤー7.0でCDを流している状態でこの文章を書いているのだが、固まる素振りすら見せない。安定しているというのは良いことだ。
ってコトで、試験問題の作成も終わった。まあ5時間も(酒を飲まずに)パソコンの前に座ってれば、それくらいはできるのでありましょう。SETI@Homeの36ユニットめの作業が終了したようでもあり、リムネットに繋ぎますかね。
革命に加担してきた。ただし、残念ながら「共産主義革命」ではなく、あの胡散臭い「IT革命」ってやつ。杉並区の行っている「IT講習会」ってののボランティア講師として。
自分でもちょっと悪いなって思っているのは確かです。何がかというと、自分の職場のセンセ方を放っておいて、3時間も見知らぬオッサンやオバサンの相手をしたコトを。ま、もちろん勤務時間外(17:15~20:45)にその講習の手伝いに行ったわけですから、私の勝手なのですけどね。
「とりあえず、IT革命なるものの実態を見てやろう」という純粋な好奇心から、講師として参加してみたのでした。
Subject: Re: 防火管理者講習感想
Date: Mon, 21 May 2001 14:26:45 +0900小川正樹様
貴重なご意見ありがとうございました。
テキスト代の無料化については、受益者負担の原則から、当面困難です。
しかし、乙種防火管理者講習のテキストについては、本年度からスリム化し、
テキスト代も、約半額になりました。甲種についても、引き続き検討中です。
講師陣についても、より一層の充実強化に努めて参ります。
当協会は、「人と金は削減する。ただし、都民サービスは低下させない。」を
目標に、業務の改善に鋭意努力しているところでございます。
今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
(財)東京防災指導協会 小林
「受益者」って誰のこと?私に言わせりゃあんたらでしょ!
ってメールを送っても、私と見知らぬ「小林さん」では主張の交わる点が少なそうなので、止めた。でも、なんとなく好感を持ったことも確かであります。メールの返事が返ってくるだけでもスゴイと思いますし。これからも防災指導協会の監視?を続けようと思ったのでした。
12年前には二日酔いになったら2週間くらいは酒を飲みづらかった気がするのだが、現在では「二日酔いダイエット」を挙行した翌日でも酒を飲めたりする。自分自身に感心する。
そんなコトを改めて思ったり、練習試合が雨天中止になったり、中間試験の採点が終わったり、国技が相変わらず茶番で笑えたり、そんな場に出るコイズミってヒトもなんだかなぁ。と、そんな日だった。
最近思ったコトがある。世の中で一番虚しい職業は「佐渡トキ保護センター職員」かも知れない、と。
本日は高校2年の校外学習の引率で上野動物園などの上野公園周辺を散策してきた。上野動物園には様々な籠があったが、大型の鳥類の籠ではしみじみとした悲しさを感じた。特に雨に打たれる「モモイロペリカン」なんかは。
そんな籠・壁、幼かりし頃は気づきもしなかった。ランラン・カンカンを見るために並んだ記憶くらいしかない。コドモには子供の、オトナには大人の動物園鑑賞法(動物園の存在意義)があると思った。少なくとも私自身については。
病気は医者が創り、世論は報道が創り、明日はヒトが創る。
最近ワタシはテレビゲームをしない。プレステ2の「機動戦士ガンダム」とかも春先に買ったのだが、数時間しか遊んでない。ヒトが一生のうちにコントローラーを持っていい時間を使い果たしたのかも知れないが、「コントロールパッド操作許容量の上限」があるってのは聞いたことがない。
ゲームは現実からの逃避ですよね。広い意味ではトランプ・麻雀・パチンコなども現実からの逃避だ。まあ、読書も逃避だし、ビデオ鑑賞も逃避だけど。
ってことは、そんな最近のワタシは結構健康に人生を送っているのかもなぁなんて、思った。まあ、日記を全世界に発信するコト(このページの更新という作業)や日を跨いで飲酒したりすることの不健全さはさておき。
メールマガジンに100万人ってのも面白いハナシです。国民の1%に直接訴えかけられるってのはスゴイ、そして恐ろしいことだ。「俺ャ購読なんてしねー」と思った私である、今のところ(弱気)。新聞なんて、どんどん廃れていくでしょうね。ワタシが死ぬ頃、新聞は無くなりはしないものの、凄まじく衰退していることでしょう。
で、話題は変わるのだが、本日帰宅したところ25歳であると宣う知り合いが胃の内容物を吐瀉したトコロ(土壌)に、いきなり植物が存在していた。そうかー「じ○○○」センセの2年前の肥料が効いたのだなぁ、と思った。嘘。本日植えられた植物のようだ。滅茶苦茶「内輪ネタの暴露ネタ(時効)」ッスね。
「『現在の私』が嫌いなNHK」の3チャンネルを見ている。題名からクサい。『にんげん広場21いのち「働く喜びって何ですか」世代を越えた対話3時間生放送』だってさ。まあ、新聞のテレビ欄にあった「そのクサい題名」に興味を覚えてチャンネルを合わせたので、けなしていること自体が私の中で自己矛盾しているのですけどね。
よく小学校時代に見たNHK教育(15分番組)の記憶「3チャンネルは何となく偉い」ってのが効いているのかも知れない。道徳とか理科ではよく見たッス。多分、担任の先生がその科目が苦手だったのだろうと気がついたのは大学の頃だ。
総合的な学習についても、NHK教育で「対応番組」をつくるらしい。そんな状況だったら止めましょうよ、「総合学習」。
テレビ東京の「美の巨人たち」とかいう番組で聞いたフレーズは、異様に私のココロに突き刺さった。確か1・2年前だ。
インタビューで「どうしたら、(有名な)画家になれるのですか?」と聞かれた画家(誰だか忘れた)は「画家になる方法はない。ただ『描き続けた』ものが画家になるのだ」というヤツだ。カッコ良すぎるけど、真実であると思う。多分どんな職業においても。
一日86.4k秒(十進法)も生きていると、結構楽しいこともあったりする。今日も、結構愉快な出来事があった気がする、「今日の(この)ページの更新のネタに使えるな」というコトが。そして、悉く忘れ去っている。「ことごとく」は「悉く」と表記されるのですね。
で、結局普遍的な話題を。
今の高校生徒って、やたらとプリクラを撮りますよね。このブームは既に5年以上経過しているのです、恐らく。もう「ブーム」ではなく、女子高校生活の一部のようです。気がつけば、教室の床や廊下にプリクラ殻(がら)が落ちている。チナミに「プリクラ殻」とは私が命名した(そして私の心の中でだけしか用いていない)、プリクラの台紙(台プラスチック)のことです。
なんで、あんなに自分たちの姿を記録に残したがるのだろう?と疑問に思いました、1996年当初。しかし、私自身も中学頃に始まるのです、プリント癖。高校・大学時代の7年間に私が撮影した写真の量は、他の23年間の撮影した、撮影された写真の量を遙かに超えています。
これは私の仮説なのですが、「自分の存在があやふやに思えるとき、つまり人生に悩んでいるとき、ヒトは自分や友人の姿をカタチに残したがる」のではないかと。
これは「私的(わたしてき)に」かなり深い話題ですので、気が向いたら関連ネタを書くこととし、本日はこれにて終了。
写真を意図的に撮らなくなったのは、大学4年頃からです。記憶は写真などによって意図的に残すものではなく、無意識的に形成されるものであると気づいたからです。
多分、本当に重要なことは本人が望むと望まざるとに関わらず、勝手に心に凍みていくものである気がします。ま、昔の写真を見るってのも、面白いことは確かですが。
で、私は「学級通信」ってのを作らないことを信条にしているのです。
茨城から東京へ転校した、小学4年生の時に担任をしてくれたK先生(男:多分20代だったハズ)は若くて熱心なセンセイでした。やたらと学級通信を発行し、休みの日には生徒や親を連れて郊外の公園へ行ったり、クラスのお楽しみ会などではアコースティックギターを弾いて、みんなで歌を歌ったり。
小学校を卒業した後に知ったのですが、結局その先生は家業(教会だというウワサを聞きました)を継ぐために教師を辞めたということでした。私たちが小学校を卒業して数年後のことらしいです。
今にして思えば、カタチに残るものを作らざるを得ない心的状況だったのカナ?と。
ヒトは設計図であるDNAがあれば、生物としてこの世に生まれられるのでしょうが、ヒトが「ヒトらしいヒト」であるためには愛(教育)というものが必要なのだと思います。最も重要なものは親の愛でしょう。その補助として学校という存在、教師という職業がある。愛の一部であるはずの教育は、モノを残す必要は無く記憶にさえ残れば良いのだ。
なんて思うので、「学級通信」は書かないのです。
ノリスケさんの声が変わっていたコトに気づいた。
じゃ、何で私はこんな作業(homepage作成)を続けているのか?私自身も謎に思っています。極論すれば「神の要請」かしら。
海の向こう(古風な表現だ)ではイチローが凄まじく活躍している。彼は1塁にたどりつくまでに4秒かからないと聞いた。
で、日本の阿佐ヶ谷。生徒の計測によると、私はソフトボールの塁間(60feets=18.29m)を3.01秒で走ったそうな。正確にはバッターボックスでバットにボールを当てた(バントした)瞬間から、1塁を踏むまで。とりあえず少なくともソフトボール部員である女子高校生徒達には勝った(当たり前?)。
で、比較してみた。私とイチローの足の速さを。野球の塁間は90feets(=27.43m)だそうな、今日知ったッス。ということは、私がバントをしてダッシュし、そのトップスピードを持続すれば、メジャーリーガーの平均(4秒台半ば)には達するのであろう。
しかし、メジャーリーグで毎度毎度バントだけをするわけにもいかないでしょうから、右のバッターボックスでフルスイングするならば余計に時間がかかりますな。てコトで、足の速さについてもまだまだ精進が必要であることを認識した、って当たり前?
暑いッスね。現在私のいる部屋は摂氏30度を超えており、私は私自身を強制空冷しながらこの文章を書いているのであります。部屋の中の空気自体を冷却しているわけではありません。わかりやすく言うと、クーラーは使っていません。扇風機の風を浴びながら、ビールを浴びつつあり、打鍵しながら、ソフトボール大会の要項をパソコンFAX経由で送信しているのでありました。
この暑さは完全に梅雨明けの暑さですね。梅雨前線も東京の北に移動しているし。東京付近は「モンスーン気候区」から「亜熱帯気候区」に移行しつつあるのかしら?でも、とりあえずは「23区?」なんてね(寒む!)。梅雨前線は今後南下するのでしょうか?
こんなに梅雨の中休み(そしてこのクソ暑い日々)が続いた年は記憶にありません。それは以前の梅雨時に「飲んだくれ」すぎていたためなのかも知れませんし、今現在「飲んだくれ」ているからそう感じているだけなのかも知れませんケドね。
そんな感じで、21世紀最初の夏は始まるようでありました。
山下達郎ってヒト、割と好きです。
自分で発見して好きになった歌手・演奏家って言うと、L⇔Rとゴンチチくらいしか思いつかない。後は「巷でウワサ」のCDを買ってみたというパターンだ。ヤマタツってのは、昔から耳にしていたが、私の心に刺さったのは「さよなら夏の日(by最初の教育実習でお世話になった中村享史(たかし)センセのカラオケat渋谷のカラオケボックス、その日は最初の教育実習の最終日)」であった。で、その後愛聴。
山下達郎ってヒトのクサいラブソングはそれなりに良いですが、私の人生とはあんまり関係ないッス、ホントに。私が好きなのは「オヤジというほどには歳をとっていないヒトの心象」を描いた胡散臭い歌たちです。新しめでは「セールスマンズ・ロンリネス」など。
私が一番好きなのは「蒼氓」って歌です。東ミキヒトが出てたジャックスカードのCMのBGMで流れていたヤツ。本当に悲しいヒトは涙など流さず、「悲しい」という感情も持たないのかも知れません。そんな意味ではヌルい楽曲ですけど。
大体、音楽ってもの自体が人生の余興的な存在であると思います。山下達郎というヒトは、そんなコトは承知の上で「こうなったら歌を通して自己主張してやろう(生き続ける意味を探そう)」と、彼流のサッパリとしたメロディーと特徴的な歌声を発しているのでありましょう。
「歴史にifは無い」とかいうフレーズを聞いたことがあるが、もし私が以下のフレーズを聞かなければ、もう少し「歴史学」という学問に興味を持ち続けられたかも知れないと、最近改めて感じた。
そのフレーズとは「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。威き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。」ってヤツ。中学3年の時に国語の時間に暗唱させられた(させていただきました、川北肇センセによって)。
そうか、歴史は突き詰めるところ「盛者必衰」か!と妙に気分が楽になり、その後歴史という分野を軽んじた小川少年でありました。大体、そのフレーズを書いたヒトって誰だったかは覚えてなかったりして。でも、数百年経っても暗唱されるってコトは重要な意味を持っているのでありましょう。
「日暮らし、キーボードに向か」っているわけでは無いので、この文章は「久しく留ま」るコトは無かろう。なんて「徒然なるままに」「ココロに浮かぶ泡沫」を披露する小川青年?でした。
コイズミとかいうヒトが結構遠くへ出かけて、何かを喋っているようだ。
「京都議定書」がナンボのモノか知らんが、二酸化炭素の削減を議論するよりは、兵器(もちろん「核」を含むが、「地雷」とか「銃」とか「火薬」とか「ミサイル」とか「ミサイル向けミサイル」とかそういったモノ全般)の生産縮小を真っ先に考える方が、このホシに生きる生物として重要なのではないかと思うのでありました。
結局、当たり障りのない話題なのでしょう、「二酸化炭素削減」とかは。そんなものをあえて拒否するアメリカというクニは、自己主張があって日本よりはましである気がする。もしかすると、「京都議定書」をスケープゴートにしようという、日米首脳間の密約があったりして。深読みのしすぎか?
以前作成したメールを引用してみる。またも「文字数」稼ぎ。
Date: Mon, 01 Dec 1997 20:31:26 +0900
To: khccop3@mail.joho-kyoto.or.jp
Subject: 一つの提言疑問を感じました。
それは、NHK7時のニュース「京都会議」の会場に
「南アルプスの天然水」の500mlPETボトルが
そこかしこに置いてあったからです。「ミニPETボトルは不燃ゴミを増やすだけです、
使用をやめましょう」と言ってる人々もいるのに。「ちょっと、おかしいんじゃないの」と思わざるを得ません。
確かに、コスト的には楽なのかも知れないませんが。
(また、意見を述べる先が違うかのかも知れませんが。)いかりや長介さんではありませんが、
「駄目だこりゃ」って気がします。以上、失礼いたしました。
小川 正樹 OGAWA Masaki
返事なんか期待しませんでしたが、言いたいことは言っておく方が良いと思ったので、こんなメールを送った私でした、もう4年近く前なのですね。
もちろん返事は来ませんでした。
結局、上記のハードディスクはスキャンディスクやレジストリエディタが働くことによって、元の動作に戻った気がする。原因は熱暴走による起動停止という気がしないでもない。
最近パソコンの新たな使い道を開発した。と言ってもそれは昔から知っていた使用法であり、私が実行しなかっただけだったりするけど。それは「音楽の記録メディアとして」です。
10年くらい前レンタル屋でCDを借りてくると、それに見合うカセットテープを買う必要があった。あるいはあらかじめ40~90分(4・6分刻み)のテープを数本ずつ常備していた。今は借りてきた(シングル)CDをWAVE形式で取り込み、それを再生している。1000円払ってシングルCDを買うよりは、レンタルで聞く方が楽だ。気に入ったアルバムはレンタルよりも買う方が手間がかからない。3000円前後をポンと使えるようになるなんて、子供の頃は思いもしなかった。アタリマエ?
自分で稼ぐようになったら、思う存分プラモデルを買おうと思っていた記憶があるのだが、実行してない。プレステ2もほとんど使ってないし。
今の小学生は「大人になったら、思う存分『遊技王』を買うぞ!」とか思ってるのかしら?
PC-9821Xa10/C12のハードディスク1.2GBはやはり駄目らしい。
1学期も終わり、一息つけたトコロであります。ま、部活動の指導はあるものの、授業やほかのオシゴトがある平常時よりは、お気楽な日々が待っているのです。練習後の昼ビールもおいしいですしね。
でも、うちのガッコの一部のヒトビトにとっては、これからが正念場なのかもしれない。「インターハイ」ってやつが控えてますから。
と、そんなわけで、学校で日々使用していた履き物(サンダル)を持ち帰って洗った。サンダルのくせに「臭う」ってのが気にくわないので。裸足でプラスチック製のサンダルを履き続けると、てきめんに香ってきますね、私の場合は。かといって、学校内で草鞋(わらじ)を履くのも不気味だし、結局靴下を履いた状態でナイキのサンダルを愛用しているのであった。
今後は athlete's foot ユーザーとでも自称すれば、多少はかっこいいかも知れない。
左足首を捻挫した。
ピッチングマシンの球をポコポコ打てたので、いい気になって校庭の壁に向かってピッチング練習をしていた。そして、投げ損なって逸れた球を追ったとき、ゴム製の(ダブル)ベースを変なカタチで踏んづけた。そしてとりあえず前回り受け身。
左くるぶし外側の前方が見事に腫れている。
今年も私は焦げている。冬場になると色白になるということは、メラニン?の生成にはそれなりの(生化学的)コストがかかるということなのであろう。
31度4分の部屋でも、扇風機の風に当たっていれば、楽勝で過ごせる。何事も慣れなのでしょう。
なーんとなく「鳥人間コンテスト」を見てしまう、今年も。人力プロペラ機よりは、単純に滑空する方に興味を覚える。幼い頃から見ている番組の気がした。今年で25回目らしい。ちょこっと参加してみたい気がしたが、参加してない。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」や「高校生クイズ」も参加してみたい気がした番組であった。「出られるようになったら、ぜってー出てやる」と。しかし、出場できる年頃になったものの、部活やサークル活動やオシゴトを真面目にやっていると、参加する機会はないのだった。というよりも、部活動やサークル活動やアルバイトやお勉強やオシゴトの方が重要だったのですな。
それで良いのだよ、オガワ君。
プッシュ回線をダイアル回線に戻すには工事費として2000円かかるというコトを本日知った。でもまあ、半年で元が取れる(プッシュ回線利用料は390円/月)ので工事を依頼した。逆に言うと、この4年間で1万円以上を無駄にしていたのでありますな。
テレビの地上波放送が「デジタル化する」というコトが話題になっているような、でもあんまり関係ないような現在だが、電話に関して言えば、未だにプッシュ回線使用者は月に390円を余分に払わないといけないというのは不思議だ。まあ、NTT(東西)のページを見れば分かるのだが、プッシュ回線の「売り」ってのは「過去の遺物・残滓(ざんし)」であり、私自身もプッシュ回線の御利益に与った記憶は全くない。だったら申し込まなければ良かったのにね。
夏休み前半の部活動も終わり、一番お気楽な季節が訪れている。やっとそれなりの休みがやってきたのである。暦の上では「秋」だそうだが、こんなに秋らしい秋は記憶にない。暑けりゃ暑いで文句を言うし、涼しけりゃ涼しいでどこかが気になる私だった。カレンダーに縛られているなぁと思ったりする。梅雨もほとんど記憶にないし、最近は妙に涼しい。その理由として私が立てた仮説?があるのだ。
実は、22世紀(次世紀)からやってきた「ドラえもん」と練馬区に住んでいるらしい「のび太」くんのイタズラ(時間を止めた?)によって、私(達)の数十日間が間引きされたのではないかというのがその説だ。
この辺の話を詳しく書くと「未来警察ウラシマン」あたりに検挙されそうな気がするので、この程度の記述にとどめておこう。
もっと真面目な話を書こう。
フソーシャというトコロの教科書自体を良く知らない(というよりも、ヒトの作ってきた歴史およびその周辺にあんまり興味を覚えられない)私ではあるが、東京都教育委員会ってのも傀儡の集合であり、その会議の結果も茶番であるなぁ。と、思った。
バッサリ扶桑社の教科書を切り捨ててしまえば、それなりにかっこいいというか、フツウである気がするのであるが、中途半端に過ぎるであろう。ま、世の中の戦前教育礼賛老人に数パーセントの理解を示したのでありましょうケド。教育委員会ってのが注目されるってコトで、面白い世の中になってきたのかも知れない。教育委員会なんてものの存在は、「教職教養」の受験勉強で初めて知りました、私は。
近年は理不尽な理由で死するヒト(例えば、二軒お隣の手持ちの金が少ない生活力薄弱な兄さんに殺されてしまう幼子たちのようなヒトびと)が多い気がする。でも、理不尽な死亡理由の筆頭といえば交通事故死、特に被害者だという話も忘れてはならないのであろう。自分に原因があるであろう「ムボー運転者」を含め、年間一万人を越えるヒトがこの日本で死んでいるらしい。約一万人に一人の割合である。通り魔や毒物混入や飛行機事故よりも確率的には高いはずだ。
そんなコト言う私が最も死にかけたのも、クルマ・バイクがらみであるのは確かだったりして。
今日、特にオチは無い。
NTTから合計3通メールが来た。
本日のメールでは
1 ご利用開始日 (工事日) 平成13年8月23日
てなことでありました。最近勉強したので、また横文字省略形の語彙が増えた(ような気がする)。例えば、PPPoEとか。
本日は「終戦記念日」とかいう日らしい。「小泉さんカッコイー」とオバハンが従順するのも止めはしないし、「シンタローは男だぜ」とオッサンが賞賛するのも個人の勝手であろうが、それはコイズミや石原というヒトをはじめとするクニ(?)に対する戦いを放棄したことになるだろう。
戦いを止めてしまうと、最終的には巨大な戦い(裏切りとか、戦争とか)が襲ってくるのだ。この終戦記念日、日々私は戦っていこうと思い直した。別に私は好戦的なイキモノではないつもりだ。ただ、「本当に言いたいことは言う」ようにしているつもりである。
世界に対しても、国家に対しても、自治体に対しても、職場の同僚に対しても、家族に対しても、通っている学校に対しても、友人に対しても、世界中のヒトビトが言いたいことを言えるようになれば、世界はもっと住みやすくなると思うのだ。
共産党系・組合系のヒトビトの悪癖として、「我々」という言葉を多用するというものがあると思う。
教師の悪癖として、自分自身を「センセイ」と「のたまう」ものがあると思う。
「私」はそんな喋り方をしないように心がけているつもりだ。
ADSLモデムとスプリッタが本日午前中に届く予定なのだったのだが、12時23分現在届いていない。
台風が夜に来るらしいので、午後の部活動をお休みにしてしまった。雨の中登校して、外で行う競技であるソフトボールの練習をするというのがピンと来なかったし、練習終了時には風雨も強まっているであろうと考えられたし。
昨日買った「ノルウェイの森」を昨晩から改めて読んでいたのだが、それも読み終わってしまい、読書にも飽きたので気分転換に日記を書くのであった。腹も減ってきたのだが、買い物にも出かけられない。
家で「届くのが分かっているもの」を待つというと、小学校の頃の学研の『学習』と『科学』を思い出す。
住処の通信インフラは整ったのであるが、毎月のコストも増えた。そんなわけで、NTTに頼んでいたプッシュ回線と、PC-VANのころに何となく入会し、ポスペ用として契約し続けていたBIGLOBEを解約しようかと思っている。キャッチホン2は本日解約されたハズだ。
それらで月に1000円くらい浮くのです。というコトは本気?になれば2ヶ月に一度「養老乃瀧武蔵小金井店」に行って、吐くほど養老ビールを飲めたのに、と。
何のこっちゃ。
以前から思っていたのだが、美人のメイクアップアーティストってのを見たことがない。その理由がさっき分かった。自身の顔の造作が良くない(と思っている)から、装飾に興味を覚えた為なのだ。なんてなコトをボーっとテレビを見ていて考えた。
夏休みももうじき終わりのようだ。私自身にもオシゴト先から出ている夏休みの宿題があるのだが、未だやっていない。部活動の指導や担当する夏期講習も無く、本日は暇であった。午の刻まで眠り「笑っていいとも」を眺めつつ朝日新聞を読み日清の冷凍カレーうどんを作って食い洗濯をしつつ寝っ転がって読書をしボーっとテレビを見ていた。気の乗らない宿題は切羽詰まらないと着手できないのですな、幼い頃から。
リンクの色使いを変更し、ページを多少見やすくしてみた。そんな私はプロジェクトXが嫌いなの「だった」。その理由は前述(今年6月5日)の通りなの「だった」。
何で外務省のヒトビト(ま、一部であるのでしょう、と祈ります)はあれだけ税金を無駄に使えるのだろうか、と考えてみた。あいつらは、ヒトにペコペコされることはあるものの、ヒトに感謝され、その微笑みに触れる機会が少ない人生を送ってしまったのではないかと思ったりした。だから、どんどん荒んでいった。落ちるところまで落ちていったのであろう。「罪を罪と認識できて良かったんじゃない?」と祝辞を送る。
ヒトは「『人の役に立った』と自己満足したい」が為に生きているのではないかと思っている。そんな私は、リアルタイムにその感覚が味わえそうな職業として「教師」を選んだわけだ。
「情けは人のためならず」というコトワザがある。「情け」なんて恩着せがましい気がする。「愛は人のためならず」だったらすこしは妥当な表現である気がする。
「アメリカは銃(武器)によって発展した国だから、その繁栄の結果としてテロを誘発する」のではないかと最近思う。戦い続けたツケがここへ来て反動(テロ)として現れているのであろう。「日本はメチャメチャ素晴らしい国である」という認識は無いが、私が生まれた国であり、仕方なく此処に生きている。かといって、別の場所で生きようと思ったりしたこともない。
アメリカのヒトの多くがテロリストに対して「戦おう」と思うことは仕方ないのかも知れないが、それの軍隊を支援すると公言する日本という国はどうなっていくのだろう?この国がイスラム原理主義者のテロルの標的になることは間違いないであろう。では、憲法九条に従って・・・と言っても、警察予備隊を作ろうかどうしようか?という現場にいたわけでもないですし。私は知らぬ間に米軍基地のある国に生まれたわけだし、問題は複雑で目を逸らしたくなってしまう。
「(日本の)若者は刹那主義的に過ぎる」という近年の指摘もあるが、あれは私に言わせれば「片腹痛い」。日本と云うクニについては政治家自ら刹那主義(国債・支援の乱発)に走っているではないか。「とりあえず」私は存在する。
私が生きてきた日々を10倍すること昔、「フランス革命」というのがあったらしい。
今世紀中には「地球革命」というのが起こるのではないかと思う。アメリカや日本を代表とする国々が「搾取者」として断罪され、「人類は皆兄弟(姉妹)」という思想が地球を覆う日が来るのではないかと。もちろんその革命の扉を叩いたのは「ビンラディン」。
共産主義とも違うのではないかと思う。そこに指導者(搾取者)は不要であろうから。
国という概念、国境線の存在は徐々に薄れ、やたらな利益を追求することが「罪」と認識される世界。今現在はカネになるシゴト(例えば麻薬の製造)も、その革命後の世界ではの倫理的に許されないであろうし、利潤を追求しようにもそれらのシゴトに対する規制が無いため、「莫大なカネ稼ぎ」が成立し得なくなっているような世界。あるいは貨幣も「過去の遺物」と化しているカモ。
そしてその世界は、ヒトが生物として成り立たなくなっていくようなセカイ。医学の発達による後押しもあって。
自然科学的な話題を。
掃除は水洗いと水拭きに限りますね。一人暮らしを始めた頃、掃除機も買ったには買ったのですが、私が買ったものはクソうるさかったのであります。筐体は小型ながら「ハイパワー」というコピーに惹かれ、何となく購入してしまったものです。確かにハイパワーなのです。スイッチを入れると、モータが回転し始めるため、その小型筐体を保持している手首が捻られます。もし私が精霊飛蝗(ショウリョウバッタ)だったなら、腕が肩からもげてしまうくらいの勢いです。でも、まあバッタならば少なくとも腕は3本残るでしょう。ラッキー。
ってコトで、部屋とかの掃除は古典的に雑巾を水で湿らせ、拭いてから雑巾を水洗いするっていうスタイルでここ数年過ごしてます。直接の水洗いで楽なのは綿埃が引っかかるタイプの物体です。網戸・クーラーの埃よけ・扇風機の羽根とその保護ケースなどがおすすめ。私は換気扇のフィルターも石鹸を用いて水洗いしますが、油分が多くて少し厄介であります。まあ、私の住みかには網戸は装備されておらず、クーラー(エアコン)も冬場・夏場とも、ここ2年くらい使っていないのですけど。
と云うわけで、今日は扇風機の羽とフードを水洗いして収納したのでした。
私は幽霊の存在を信じないのであるが、同じくその存在を信じていないのが「罪のない市民」てヤツである。まして、アメリカのヒトビトが自分たちを称して言うとしたら、片腹痛きこと此の上ない。
アメリカ合衆国にしても、日本にしても、西ヨーロッパの国々にしても、基本的に他の国に棲むヒトビトに対して搾取を行うことにより、かろうじて生きていることを忘れてはならないハズだ。私のこの電力消費(パソコン使用・ページ作成等)も恐ろしくエネルギーを必要としているのだ。その源は石油かも知れないし、天然ガスかも知れないし、ウランの核分裂かも知れない。産油国・産ガス国・産ウラン国から「日本¥EN」でむしり取ったそれらのエネルギー資源を原料として、富津や東海村や福島県や新潟県柏崎あたりから送られてくる電力で私は生きながらえている。これを搾取といわずして何と言おうか?国外においては、間接的に危険な労働を強いているわけであろう。また国内においても、特に原発近辺のヒトビトの生活を脅かしつつ、私は東京でぬくぬくと暮らしている(同意の上の搾取?)ワケだし。
例えば「オウム真理教」。彼らは「罪のない市民」を殺したのだろうか?ああいった邪教を含め、私は特に宗教に関心を持たない。が、それらに入信することにより、ココロの平穏を保てるヒトがいることは事実であろう。そんな日本というクニの一部に所属している以上、日本に住むヒトは、「(ごくかすかに)オウムを生む環境を生んだ」という罪を被らざるを得ないのではないかと考える。「霞ヶ関」を狙ったってのは、オウムのヒトビトが何かを主張したかったのであろうよ。
イスラム過激派が世界貿易センタービルを狙ったってのも熟慮の上なのでありましょう。それを忘れてはならないと思うのだった。そして、日本をテロが襲った場合、それに巻き込まれて死んだとしても、甘んじて受けるしかないであろうと思う私であった。生き延びる努力はするでしょうけど。
とりあえず書いておくのだが、先週の12日金曜日午後1時頃、杉並において以下の特徴を持ったヒトが徘徊しているという情報がお勤め先(私立の中・高等学校)に入った。情報の出どころは「区役所」と聞いた記憶があるが、定かではない。
男
目出し帽
色白
身長172~3cm
刃物を持っている (以下略)
この情報は午後1時半頃、お勤め先近くの区立小学校にも流れたそうだ。そこの校長先生は「その情報が届いたときには1年生を帰宅させてたし、『注意しろ』ったって注意しようがないよ・・・」とぼやいていた、その日の午後4時過ぎに。
ってコトで、かなり集中してマスコミの情報を確認し続けている私だが、そういった報道は未だに無い。その日12日金曜日、確かにヘリコプターが飛びまわっていたが、積極的に住民に注意を呼びかける放送とかは無かったようだ。
で、考えられるのは「デマ」あるいは「意図的な情報の隠蔽」である。前者の方がありがちな気がするが、後者の方も捨てがたい。マスコミは「110番通報(あるいは警察無線?)」を傍受しているという話も聞くし、前者の方が可能性が高いかとは思うけれど、世の中には意図・政治的な「秘密」も多いだろうし。
そんなこんなで、ヒトからの伝聞よりは新聞・テレビを信頼している自分を再確認した。山本リンダの云うトコロの「噂を信じちゃいけないョ」ってコトか?「新聞だから正確だろう」と思っているわけではないし、テレビなんか「やらせ」の巣窟であろうと思ってはいる自分だが、出どころのはっきりしない噂話にも気をつけようと思うのだった。
私はカップヌードルと数え年が同じであることを本日再確認した。学年では1コ上であるのでチョット先輩風吹かしてやろうと思う。何のこっちゃ?
嫌い嫌いと言いながら見てしまうNHK。そしてその「プロジェクトX」では「N清食品」の「Cップヌードル」を扱っていた。1行前に正式名称を書いてるから伏せ字にする必要無しスか?
初めて日清食品のページを訪れてみたが、レスポンスが悪かった。やっぱり「親方日の丸の放送協会」のチカラは偉大なのだと思った。そんな私も影響されたひとりである。受信料払ってるんだから、カップヌードル割引券でもよこしやがれ!でも炭疽菌はノーサンキュー!!アメリカ合衆国の植民地の増加反対!アフガニスタンのパレスチナ化反対!兵器市場の拡大、大大大反対!!!
テレビを聞いていると、引っかかる場合がある。例えば、「この少年は、(中略)父親を殺した疑いです。」とか。
「少年」は「疑い」を「持たれて」いるというのが正しい表現なのではないかと思うのだがねぇ。「少年」=「疑い」なんすか? 「マスコミ」=「疑うべき存在」ってなら心から同意するのですけれども。まあ、メイルカを立てるほどのことでもないかな?。スイマセン、「目クジラ」でしたね。
原稿を書くヒトも、それを読むヒトも、もうすこしニホンゴを勉強した方が良いと思ったりしないこともない。
そんな理科狂士であるトコロの私は、二重否定は近いうちに消え去るだろうと思っていたりしないこともない。
日本は平和だ、今のところ。
炭疽菌恐れるあなたは喫煙者
そんな川柳作りしアル中
コイズミってヒトはよく分からない。ま、ジュンイチロウ氏も私に分かってもらうために首相になったわけではないのは承知しているが。
結局、彼には何らかの刷り込みがあるのであろう。「自衛隊は○、郵政省は×、ゼネコンは×」ってな感じで。恥ずかしながら告白すると、私はコイズミってヒトは割と好きだった、総理大臣になる前は。マイハートワズブレイキング。
愛しの彼、ルックスは良いし、省庁(郵政省)の改革を唱えるヒトだったし、小渕ってヒトよりは信頼できそうな気がしたのは事実だ。
カリスマ性ってのはどうやって生まれるのか。
今の日本に於いては「テレビ映りがよい(=ルックスがいい)」っていことが重要なのでしょう。コネ(クション)の次に。
燃料気化爆弾ってヤツの「資料映像」?を見たのは数日前だが、恐ろしさを感ずると共に見入ってしまう自分に気づいた。この感覚は原爆実験の映像でも感じたことがある。そこに見られるのは「強烈なチカラ」。そんなものを開発してしまうヒトという生物のアホらしさに感動する。
原爆・水爆開発は「自然科学の延長」という気がするが、燃料気化爆弾ってのは最初から人を殺そうと企んでいるのであろう。劣化ウラン弾ってのも醜悪だ。まあ、その標的となる戦車という存在も醜悪であるけれども。
「燃料気化爆弾」なんてモノを考え出せるなんて、凄まじいエネルギーであると思う。そんな負のエネルギーを(結果的に)持った「開発者」と友達でなくて、そんなヒトがいるアメリカに生まれなくて良かった、ええホントに。
原爆だって凄まじく憎むべき存在だが、開発すること自体には、「自然を知ろうとする無邪気さ(=自然科学者的本能)」が存在した気がする。で、その破壊力を高めようとするヒトビト(軍人)がいるということに驚嘆する。生物としては真っ当ではないだろう。そんな生物「ヒト」はセルフメンテナンスという意味で戦争を行うのでしょうな。軍隊・包丁・子殺し必要論。60億という人口が異常?そう、異常なのでしょう。
ま、数でいえば土の中を始め、いたるトコロに住んでいる細菌たちの方が偉いのカモも知れない。私の腹の中と云わず、口の中でも胃の名の中でも皮膚表面でも、細菌同士が生存競争を繰り広げているのでありましょう、兆を超える彼らは。
そして白癬菌は私を悩ませる。
『どっちの料理ショー』を見ている。
金八センセイは見ない、コッパズカシくなるのでネ。「そんなドラマ作るくらいだったら、教員でも目指せば良かったじゃん」なんて、口が裂けても言う。「ポマード」ご用意ください。東京地方、口裂け男に注意。
「鮭児」ってのはここ数年聞きますが、よく考えてみると性ホルモン等の働きに何らかの異常があったサケなのかも知れないと気づきました。「酒チャーハン」間違い「裂けチャーハン」でもなく「鮭チャーハン対カキごはん」だそうだ。ご存じない方に説明すると、「鮭児」ってのは特殊な鮭だそうだ。
『プロジェクトX』は1年後には存在しないだろうが、『どっちの料理ショー』も2年後には消滅しているコトだろうよ。相変わらず無責任な予言でした。
鮭チャーハン勝った。
「『教育基本法』を見直し」って話は根強くあり、ここのところ進展?があったらしいが、最終的には『日本国憲法』の改正を目論んでいるのだろうってコトは、容易に予測される。
誰が文部大臣であるとかは恐らく関係ないのだ。辛酸を舐めてゲットした大臣のポストであるので、その一時的な権力を与えてくれた「腐りかけたジジイ」どもに圧力をかけられただけだろう。私が文部大臣だったなら、そんな圧力は断固拒否するけどね。ま、残念なことにしばらく大臣になる予定はないのだけれども。
私は『日本国憲法』の全文を一通り読んだ、何度か。その理念は素晴らしいと思った。『教育基本法』全文を読破した記憶は無いが、その文章の一部(前文だったかしら?)は「もっともだ」と納得した記憶がある。そういった意味では、私は「生粋の戦後世代」であり、「個性」を尊ぶヒトであるのかも知れない。で、それなりの「普遍性」も持ち合わせているつもりでもある。いつまでもラブ&ピース。お父さん、お母さん、ありがとう。
少なくとも、これまでに私が記してきた文章(これら日記)は「首相コイズミジュンイチロウ」の言動よりは筋が通っているはずだ。
で、高速道路に50年間カネをつぎ込もうとする老人タチは、結局のトコロ『教育基本法』は改正できず、ましてや『教育勅語』の復権もできず、彼らの嗜好に沿わない『日本国憲法』のもと、戦争を起こせないまま、「(憧れの)戦犯」になれずに逝去されるのです。ご愁傷様。
冬休みに入ってから今日まで、覚醒中(俗にいう昼間)に空腹を感じたことが無かったことに気づいた。ま、それなりに肥えるわなぁ、という気がする。
本日も暇だったので、昨日に引き続きキョーザイ(サンガッキ最初のジュギョウ用のpuzzle)を作ろうとしたのだが、その前にCD-RWドライブのファームウェアの更新を行ってみることにした。ああいった機器(CDドライブの類)にファームウェアがついてるってのは今日初めて知ったのである。セブンイレブンで昼飯と共に購入した愛読書『週刊アスキー』を読んでて。
で、そのアップデートにうまい具合に時間がかかったのである。いい暇つぶしだった。何時から始めたのかは記憶にないが、2時間は軽く費やしたような気がする。
ま、今のスキルがあるからその程度で終わるのであり、6年前の私だったら皆目検討つかない状況だった気がする。今回の作業(win2kが走っているCUSL2上のIDEデバイスの転送モードを変更したい場合は、デバイスマネージャやCUSL2のBIOSをいじるのではなく、マザーボード付属のCDROMでインストールした「Intel Ultra ATA Storage Driver」を操作する必要があるというコト)も苦労しただけに忘れないだろう。
私のパソコン能力は着実に向上しているのであろうが、客観視してみると「下り螺旋エスカレーター(ウィンテル社謹製)を中途半端に上り続けているヒト」とも言えるだろう。
パソコンは便利ではあるがテレビよりも使いづらい、テレビにファームウェアは無いし。ファームウェアを含めたドライバ類を更新(アップデート)しなければいけないというパソマニア(この語は私だけが使っているのかと思い、商標?に登録しようかと思ったが、googleで81件も引っかかってきたので止める)心理がこの不便を生んだのだろう。
「これマジ!?」って番組を、初めて意図的に見てみた。新聞のテレビ欄にあった、「スクープ アポロ11号の月面着陸は嘘だった!?決定的衝撃映像」という宣伝文が目に入ったからだ。面白かった。
話は変わるようで続くのだが、難解な詩を歌いながらヒットした歌手っていうと、私がまず思い浮かべ、よく聞いているのはスピッツである。また、大御所としては泣く子も黙る井上陽水というヒトも存在する。が、忘れてはならないのは現在も活動しているらしい「たま」というグループなのである。
私が持っているアルバムは「まちあわせ」っていうメジャーデビュー初期のベスト版1枚のみなのだが、何度聞いても何を主題とした歌詞なのかが判明しない曲がある。まあ、作者も明確な意図を持って作成した曲でないのかも知れないし、とんでもなく深遠なテーマを扱っているのかも知れない。判らないッス。最近何度か聞き直したのだが、やはり判らない部分が多い。
そんななかで「この歌詞は面白い」と思ったのは最もヒットした「さよなら人類」であろう。そのサビ部分を勝手に引用する。
今日 人類がはじめて 木星についたよ
ピテカントロプスになる日も 近づいたんだよ
ピテカントロプスってのは「ジャワ原人」ともいわれる、約100万年前の霊長類の一種(現代人の祖先?)を指すのですが、詩的にはシナントロプス(北京原人)やアウストラロピテクスよりもリズムにうまく収まったから用いられたのだと思います。簡単に言っちまえばこの『さよなら人類』は「環境問題」を扱った歌なのでしょうが、宇宙開発の不毛さと絡めているところが秀逸だと思いました。私たちは地に足を据えて生きるしかないのでしょう。宇宙を想像することは許されるけれども。
そんな私のコンピュータ上ではSETI@Homeの107ユニットめを演算中である。時々英語のメールが届くのですよね、「合衆国政府に宇宙開発関連の予算を増やすよう訴えましょう」っていうのが。最近は「冥王星への探査機を将来飛ばさせることに成功した!」とか伝えてきました。
「ひげ剃りの際、ヒゲは十分に湿らせてあれば、石鹸があろうが無かろうが、剃り心地には大した違いはない。」
電気かみそりが何となく嫌いで、「うえっとしぇいびんぐ」派の私なのだが、近年は加齢のためだろうか、朝っぱらに石鹸使ってヒゲ剃ると、午前中は肌がパサパサしていた、外見からも。
本日、シェイビングフォーム(多分7・8年前に惜別した)とか、石鹸とかを用いずに髭剃りしてみたのだが、石鹸を使うよりは快適であることに気づいた。刃物による肌荒れは気にならなかった。ケミカルな肌荒れ(石鹸による皮膚の溶解)が無い分だけ快適でありました。
死んだクジラって食べちゃいけないの?
指紋認識って、指先怪我したらどうなるの?
杉並区は「マイバッグ」推進してるけど、ゴミ袋にも使えるレジ袋に5円払うほうが、都指定のゴミ袋買うより楽じゃない?
ヒトという生物は物事に境界線を引くために生きているのかも知れない。なんて最近考える。
例えば、動物と植物の境界線。それを生物学者が議論するのは一向に構わないのだが、結局のところその境界なんてのは科学が発達すればするほど曖昧になっているのでは無かろうか? 「気ちがい」って言葉はあんまり使わない方が良いらしいが、私自身は幼い頃に比べるとそういった精神状態に陥るヒトに対して理解を深めたように思う。というよりも、「正気」と「狂気」の境目は存在しないコトに気づいた、と言うべきか?
ブッシュというヒトを代表とするアメリカ合衆国というクニ、狂っているのか、正常なのか?この地上で何故か殺し合う生物の筆頭はヒトであろう。アメリカも日本も、せっせと武器を作っては、その消費地を探している。生物の最も重要な使命は「存在すること」である気がするのだが。
ブッシュ君たちはどういった基準で北朝鮮・イラン・イラクを仮想敵にしたのだろうか?どうやって境界線を引いたの?と思った。
文明や経済の仕組みを系統樹化してみると、結構面白いのではないかと思うのだが、どうなんでしょう?生物の系統樹ってのは必ず理科の資料集に存在するが、人口を考慮に入れた文明(とその社会システム:原始共産制とか資本主義制とか)の系統樹って作ってみたら面白いような気がする。
バレンタインさんの業績は知らないし、地球が回転していることも自覚できないのだが、そこはかとなく虚しいような今日は、ちょっと前の出来事を記したりする。
「阿佐ヶ谷」のイントネーション(抑揚)は↓↑↓↓、同じく「南阿佐ヶ谷」は↓↑↑・↑↑↓↓、また「苺」は↓↑↑が正しいと思う私です。東京近辺?は「苺」を↑↓↓と発声するヒトも多いけどね。
で、2日前、パソコン周辺機器の偵察in新宿の帰り道、地下鉄丸の内線の車内から最寄り駅のホームへ降り立ち数歩、ふと違和感を覚えたんッス。何故なら、ホームにいたであろう駅員さんは「南阿佐ヶ谷」の最初の「minami」のイントネーションを↑↓↓としていたから。
「minami」を↑↓↓と発音したら、「三波」しかないでしょう。私の脳は「三波阿佐ヶ谷」と認識したのですな。
♪あー、明日の今頃はー、僕は宿の中ぁー
ってことで、高校2年の修学旅行の引率前日。
明日は早起きせねばならない。部活動の引率でも4時台に起きる必要って、まず生じない。「起きなきゃ」って思うと、目覚ましが鳴る前に何度も起きたりしちゃうんですよね。明晰夢ってヤツにも遭遇しやすい。
「へーえ、珍しいんだ。」って感じ。何がかって?それは「明晰夢」という存在。
さっきgoogleで「明晰夢」を検索したらば、1400件しか引っかかってこなかった。コトバ自体は聞いたことがあったが、改めてその定義を確認したことはなかった。「明晰夢」ってのは「『これは夢だ』と自覚しながら見る夢」のことらしい。
あたしゃしょっちゅうある、「あ、これは夢だ、起きなきゃ」と思って起きる朝。でもそのうち「いまもやっぱり夢の中だなぁ」と思うなんてコト。
何でそんなこと書いてるかというと、現在『特命リサーチ200XII』でそんなハナシを扱っているからなのですな。竹中直人って面白いですよね。形態模写絡みのフリートークがオモロイ。
ワタシは(霊的?な)金縛りとか、お化け・幽霊って信じませんね。特に「夜中(就寝中)に出会った、見た!」ってヤツは。結構ワタシは「明晰金縛り」に遭遇します。幽霊の夢は現在の住みかに移動してから何度か見ましたね。起きてから「あれは夢だったんだなぁ」と思いました。
「ワタシ、霊感強いんですよ。」なんてヒトがいると、あたしゃココロの中で「そうですか、頑張ってね。」とエールを送り、その場を荒立てずに流してしまう。
夢を見ながら「これは夢だ」と思うヒトが「10人に1人(特命リサーチのリサーチ結果)しかいない」ってのもホントかしら?と思ったりする。「明晰夢」を見るコツ?ワタシは知りませんね。ふと気づけば、夢を見ている自分の存在に気づいてました。
沈丁花薫り 春感ず
パソコンって何時の間にやら調子が悪くなりますよね。そんなわけで昨日はルータのファームウェアのアップデートを行ったのです。ネット接続の調子が戻りました。
本日のソフトボールでは3打数1安打、レフトの守備でのエラーもなかった。まずまずの結果であります。ま、唯一の安打は相手一塁手のエラーと言えなくもないのですが、足元への鋭い当たりだったので安打ってコトにしておきましょう。あんな方角へ自分の打球が飛んだのは初めてだったので、自分でもビビッタ。恐らく芯で捉えていたのでしょう、気がつけば一塁手の足元を抜いてましたので。
私が野球をやってる上での強みは、特に実績・自信がないということなのですな。中学・高校時代に野球をしていたわけではないので、現在ソフトボールをしていても「何だオレは!こんなにも動けなくなったのか!」っていうふうに落胆することが無いのです。齢参拾を超えても徐々に進歩しているような気がするので楽しいのでアリマス。
定期試験の問題作成は面倒くさい。
私が問題作成にアタマを悩ます、その瞬間にも愛国心?のため命を捨てるヒト、そしてそのとばっちりを受けるヒトがイスラエル近辺ではいるようである。
また、この瞬間にも「発展途上国」ならずとも餓死するヒトもいるはずである。世界は広い。日本のマスコミの報道を見てその全てを把握している気になってはいけない。とりあえず、身の回りのヒトビトと仲良く暮らしたいと思う私なのであった。
同時多発テロから半年経ったらしい。「アメ公(あえて記す)」の一部が自社商品(兵器)の消費拡大を喜んでいるだけだ。と「ジャップ」である私は見ている。
ま、このクニ日本でも、フランスでも、イギリスでも、私が名前を聞いたこと無いクニでも、そういった消費拡大の喜びを感じているヒトはいるのであろう。「やったー、私が作っている兵器が使われてるョ。これから忙しそうだ。給料も上がるカモ、うふふ。」ってなヒトが。結局、「世の中はカネ」なのでしょうか?「愛」は何処?
もしかして「ヒトの殺し合い」=「地球への愛」?
阿佐ヶ谷の東急ストアにしろ、西友にしろ、大丸ピーコックにしろ、ミョーに買い物袋をくれると思っていたのです。「そんなにサービスしてくれなくても良いのに。そんなにサービスしたくなるほど、私は男前なのか?ふふ、儂も罪作りな男よ。」なんて。
今日、閉店間際の東急ストア(何故東急ストアを使う頻度が高いのかといえば、大学時代に大変に世話になったヨッパライの先輩が東急百貨店に勤めているからなのである)でこう聞かれた。「袋は二重にしますか?」と。
別に私が男前だからポリ袋を余計に貰えたのではなく、持ち運びの袋を二重にしたいという要望を持つ客が多かったから、それらのスーパーは袋を多めに配布していたらしいことを知った。そういえば、他の人が貰っているポリ袋も基本的に多めだったような気もする。
たまには多少笑える話を書かねばと思い、記してみた。
苦節4年半、とうとう解放された。新聞屋さんから貰った洗濯用洗剤から。
この地へ越して最初の数ヶ月、とりあえず新聞を色々替えてみた。大体3ヶ月ごとに朝日・読売・毎日あたりを購読した。日経はそんなに勧誘に来なかったし、産経についてはあんまり良い印象も持ってなかったから、購読したいとは思わなかった。豊島区の実家?では東京新聞が de facto standard だった。何で、『東京新聞』だったんだろうか?今までも何度か謎には思ったが、その理由をとことん突き詰めて訊ねたことはなかったですねぇ。ま、安いですけどね。
その新聞放浪旅の結果、貢ぎ物としての洗剤を多量に頂いてしまい、一時期は布団を敷いたり食事をするスペースにも難儀した時代もありました。なんて嘘。
で、ここ2年と4ヶ月は、意図的にアサヒシンブンを購読しているのですな。あの「変なニイさん達」がやってくる新規の契約?もしないから、洗剤も収集できない。んな訳で、やっと前回の洗濯でそれらの洗剤を使い切りました。
本日の洗濯では、自らの意志で購入した洗剤を初めて使うことができたのです。洗剤(石鹸)も、買うとなると色々悩みますね。阿佐ヶ谷は「パールセンター」のマツキヨで、5分くらいかけて選んだ洗剤を使用し始めました。
で、最近気になるのは、新聞会社・新聞販売店の収支についてです。3000円チョイで毎日読み物が届けられるってのは、読者のこちらとしてはありがたいのですが、配達している「マジメな兄さん姉さん達」は過労状態ではないのか?とか。この新聞購読も「搾取」なのかしら?ま、どんな場面(ワタシの生業?も含む)であれ、金銭の授受が存在する時点で何らかの搾取が生じているのだろうねぇ、なんて最近の私は考えるのだった。
春分の日(Vernal Equinox Day) を過ぎた。地学(天文学)的には「太陽が春分点を通過した日を過ぎた」というトコロか。今年の春は暖かい。
「暑さ寒さも彼岸まで」という諺があるが、その英訳を今日知った。Neither heat nor cold lasts beyond the equinox. だってさ。このコトワザは誰が言い出したのかと疑問に思い、少しネット上を漁ってみたが、分からなかった。日本(京都か江戸?)あたりで使用され始めたのだとしたら、そんな例文が『研究社英和中辞典』に載っている時点で、日本における英語って学問の閉塞状況を示しているのではないかと思った。このクニの英語教育が「無闇矢鱈に英語化したニホンゴを覚えさせようとする机上の学問」であることを示す好材料となろうて。
じゃ、何で equinox なんて単語を知っているのかといえば、それは今は亡きL⇔Rの歌の題名にあったからだったする。で、暦の上でも新年を迎えたわけだし、焼酎を「お湯割り」から「ロック」にしよっかな、と冷凍庫を覗いたところ、数ヶ月放っておいた氷が昇華し、見事な自形の結晶が冷凍庫内の氷ストッカー近辺で形成されていた。結晶って美しいですよね、少なくとも「Neither heat nor …」って文字列よりは格段に。
明日は始業式である。今日は入学式であった。
朝7時少し前、フジテレビ「めざましテレビ」の占いで「山羊座」は「日記を書く」と「ラッキー」ということだった。そんなわけで日記を更新している。
「星座占い(12・13星座とも)」にしても、「血液型占い」にしても、「バイオリズム」にしても、「動物占い」にしても、基本的に信じないスね、現在の私は。てコトは、小学校・中学校・高校時代くらいまでのワタシは、結構それらの占いを気にしていた?
そうかも知れませぬ。私の「個性的(生徒に言わせれば「変」とか、他の(私が思うに怪しい)センセ曰く「怪しい」とも表現される)?」な性格・言動は「(血液型の)AB型は『二重人格』である。」という雑誌(例えば小学館の『小学云年生』)の付録における表記を素直に信じたためであるような気もする。
「風水」ってのは何なのでしょうかねぇ?あるいは「仏滅」とか「大安」とか。「丙午<ひのえうま>」の出典?は知らないけど、その年に生まれるヒトが少ないことは知ってる。
そんなわけで、無理矢理日記を書いたら、妙に括弧<かっこ>が多くなった気がするのでした。熱い4月であります。扇風機を出そうかと思った。
ふと思った。「有事」ってのは戦争を起こしたい日本国籍のヒトが捏造(偽装)するコトは、とても簡単なのではないか、と。
税金の私物化を「無かったこと」にしようとしている公僕、私物化することに麻痺している公僕、私物化していることに気づかない公僕は腐るほど存在するのであろう。であるから、「無いこと・起こらないこと」をあたかも「起こりつつある脅威」のように偽装することは、やる気になれば結構簡単なのではないかと思った。ただし相当本気で。
偽装牛肉・偽装鶏肉よりも遙かに厭ですなぁ、「偽装不審船」なんて。
最近自分がオッサンになったのだか何だか、あんまり働きすぎは良く無いなぁと思っている。何で学校ってシステムは「出勤簿(働いた日に印鑑を押す帳簿)」ってものを重要視するのであろうか?
学生時代は意図的に教育絡みのアルバイトをしなかった自分である、教員になるつもりであったので。
大学1年の時には新宿はヒルトンホテル裏の妙なビアガーデン、大学2年次は「つぼ八 新宿中央口店」、大学3年次は「ゲームファンタジア サンシャイン店」あたりでバイトしたのでありますが、必ずタイムカードってのがありましたね。まあ、時給というコトで給料が計算されている職場だったからそうなるのでありましょうが。
私の出勤簿、この4月に入ってからは「はんこ」の途切れることがないのでありますな。毎日労働。今日はブカツの引率で6時起きだった。結局この今も降り続く雨のため、試合は順延となったのでした。10時過ぎには帰宅し、久々にダラダラ昼寝しました。ここ数週間の労働を時給に換算してみると、恐らく給料の手取りは1000円/時を下るのであります、私の場合は。大学のアルバイト時代と大差ないか、あるいは少し安く働いているようであります。ま、私の学生時代は「バブル期」だったこともあるかも知れませぬケド。(でも、かなり真面目にバイトでは働いた。つぼ八では、他のヒトがくっちゃべってる間にもフロアを回った記憶がある。ゲームファンタジアは一番面白かった。いろんな同僚?(大学生)やゲーセンに通う変なヒトビト(お客さん)にも出会えたし。)
まあ、今の世の中でシゴトがあるだけでも幸せだっつーことも自覚しているのでありますがね。でも、結構搾取されていると感じないことも無い。
「靖国神社」でまず思い出すのは、私のバヤイは「白い不気味なハトたち」である。ま、土鳩<ドバト>が好むべき鳥であるという認識は更々無いのであるが、あれだけアルビノ?のハトが揃っているのは、相当に気持ちの悪い光景であった。私は「灰色いハトはどうなってるのだろうか」という疑問を感じずにはいられなかった。神社の職員?に葬られたフツーのハトの慰霊碑なんかもあったりするのかしら?と、その時考えたような気もする。
戦犯と呼ばれるヒトビトなどが祀られていることを知ってから、怖いもの見たさ?でその境内に侵入したのだった。その訪問は高校から大学くらいの時期だった記憶があるのだが、誰と靖国神社に行ったのか、あるいは自分一人で訪れたのか、記憶に残っていない。
何か気の利いた文章を記そうと思うが、打っては消し、消しては打ち、それなりの読み物を作成しようとするものの、それも叶わず、2日前の日記を推敲してみたりした、だけではつまらないなぁと思った、と記す。
今日は凄まじく良い日だった。昨年末からの目標としてきた「文大杉並高校ソフトボール部都大会出場」が達成されたので。ソフト部顧問となってから、今日が一番嬉しかった。自分の高校時代における合唱部の活動に匹敵するくらいの喜びが得られた。
試合後はもう一人の顧問のセンセと祝杯をあげた。帰路のバスに乗っても喜びを反芻していた。電車に乗ったトキ、ふと思った。私は何を思ったのか?
非常に教員臭いというか、胡散臭い話?になるのであるが、「私や部員達がソフトボールという競技をしている間に、世の中ではどれくらいのヒトが餓死したのだろうなぁ?」なんて思ったのであります、嘘じゃないすよ。スポーツをできるということ自体、非常に幸福なのでしょう。それを忘れてはならないのだなぁ、とか思ったりした。そんな喜ばしい今日のこの日。
くだらなすぎるような、でもそれなりに笑えるようなハナシ、こんなページを訪れてくれるあなたに贈るッスよ。
午後7時過ぎ、普段よりは早めに職場を退出した。作りかけの試験問題と教科書・ノートその他を持って。
世の常・人の常でありましょうか?やらなければいけないコト(試験問題作成)をさておき、CD屋と書店を巡ったのでした。
買ってきたCD(3枚中の1枚)を再生しつつ、飲酒しつつ、買ってきた『週刊アスキー』を読んでいた。
最初のページから真面目に読み進み、「福田有宵先生の誕生月占い」にたどり着いた。
そのページには5/7→13と書いてあった。
???今日は5月16日???なのに。
何故に型落ちの週刊誌が書店に置いてあったのだろうか?
私の見る限り、『週刊アスキー』はこの1冊しか見あたらなかったノダ。
私が『週刊アスキー』を買う理由の1つは『カオスだもんね!』を読むためであったりする。その型落ちの雑誌が扱ってた「大谷石採掘跡地見学」、私の幼かりし頃の記憶を蘇らせてくれた。あの空間に気が向いたら行ってみようかと思わないことも無いが、多分行かないだろうね。ただ、小学生の私が夏休み恒例だった父方の親戚旅行で「大谷石採掘跡地」を訪れたときの印象は未だに私の中に残っている。「大谷石」ってのを卒論で扱ったのも、その時の強烈な印象が(実験材料である石の選定に)影響を及ぼしているのであろうと思います。
私がただ何となく(良く言い換えると「自身の命の存続を意識せずに」)生きてい(られ)る間にも、知り合いに子供が産まれたり、顔とナマエを知っているヒトが死んだりした、らしい。
そんなアタシゃ「自分が生きている」というコトを認識できること自体が、相当に幸福なのではないかと思ったりした。
例えば、噂に聞く「下水管内に住まう子供達」。あるいは、私が想像するところの「何となく兵器を作り続ける労働者」の存在に比較すれば。
しかし、こんな作業(この腐れ日記執筆)自体が不健康であることも疑う余地はない。
テレビのある居酒屋、普段は野球中継が多いのだが、ここ10日ほどはサッカー中継が多い。この10日で100軒の居酒屋を巡った観察結果である。もちろん「100軒」は嘘である。2軒くらいである。
そのサッカー中継を見ながら、社会科(地理歴史科・公民科)のセンセイに聞いてみた。「アイルランド」は「北アイルランド」なのか「南アイルランド(「アイルランド」なるクニ)」なのか、あるいは「アイルランド連合チーム」なのか?と。私も分からなかったし、そのセンセも分からなかった。互いに知っているのはその地域(特に北アイルランド)が相当血にまみれた地域であるらしいという現実である。
さっきネット上で調べてみたところ、W杯出場の「アイルランド」は「アイルランド」というクニの代表チームであることが分かった。人口170万人(我が杉並区の3.4倍!)の「北アイルランド」はしっかり「北アイルランド」で欧州予選に参加していたようだ。そして予選敗退。
次回以降のW杯にニッポンというクニが本戦出場を果たすための秘策を考えたヨ、私たちヨッパライ教員は。
例えば「ねづ共和国」なる仮想国を立ち上げ(?)、アジアに参加チームを増やす。イングランドもウェールズもスコットランドも北アイルランドも「大英帝国:The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国):俗にいうUK」の一部に過ぎないのであります。アジア地区も、やたらにチームを増やせば、参加枠が増加するかも知れず、日本が本戦に出やすくなるかも知れない。
どうですかねぇ?このアイディア。
私の内なる何かが「ゴーヤチャンプルー」を作らせたもうた。
数年前に「ソーミンチャンプルー(素麺の炒め物)」も1度だけ何となく作ったことがある。沖縄料理屋で食べたものを再現しようと作ってみたのだが、不味くは無かったものの、全然別の食べ物が出来上がった。
で、その印象的だった「ソーミンチャンプルー」を出してくれた荻窪の『番小屋』という店(このページに頻出する酔っぱらいのソフト部顧問に連れて行ってもらった、3回くらいだったかしら?)を、最近お気に入りのGoogleで検索してみたところ、その「ソーミンチャンプルー」はその店の十八番、あるいは命、キモであるらしいことをネット上で知るのであった。私はそのソーミンチャンプルーを再現しようとしたらしい。そりゃ、一発で再現できるわけゃ無いすわなぁ。
結局、それ以来「ソーミンチャンプルー」は作ろうとしていない。素麺を茹でてから炒めるって時点で面倒くさいのですな。
で、本日初めて作ってみた「ゴーヤチャンプルー」なのですが、美味いのか不味いのか分からないのでした。ま、食えますけどね、普通に。何故「ゴーヤチャンプルー」かというと、東急ストア阿佐ヶ谷店に「ニガウリ」が陳列されていたからだったりする。あんまりニガウリを見た記憶は無いですなぁ、あの店で。最初は出来合いの「お総菜」とか「刺身」(そして言わずもがなのビール)などを買って帰るつもりだったのだが、久々に料理っぽいものを作る気になったのでした。
自分で作った料理って、不思議なくらいに美味いのか不味いのか分からないコトが多い。息をするが如く、自らの生命を繋ぐために餌として料理を作成しているからかなぁとも考える。
私が自分で作って食えなかったタベモノは、今までのトコロ1つだけある。それはタイマーを設定し忘れ、間違って「保温」のまま一晩放置してしまった、研いだばかりの米粒達である。あれだけは食えなかった。ゴメンナサイ。合掌。
その米粒達、今にして思えばとりあえず保存しておき、お粥として再生できたかもなぁ、とも考えたりする。というか、5日前に日記を書いていて気づいた。
その暖かいものの、糊化していない澱粉達を口にしたとき、その食感に強烈な衝撃を受け、そのままゴミ箱(正確にはスーパーのポリ袋)に彼ら?を葬ってしまったのだった。
久々にドーブツを葬った。カラス(の死体)に初めて触った。
午後1時過ぎ、校庭で行われているソフト部の練習に参加すべく、中央線高架横である学校の敷地を歩いていた。「上空に妙にカラスが多いなぁ」と気になった。(全国的に有名な「文大杉並の」)ソフトテニス部室前を通り過ぎようとしたとき、その部員が「カラスが死んでます」と。彼女ら曰く、「自分たちが見たわけではないけど、カラスが(校舎の)壁に激突して死んだらしいです」とのことだった。
確かに校舎脇に仰向けになったカラスが寝ていた。
カラスって、変に「おっかけっこ」している場合がありますよね。あれはカラス界の「(弱いもの)いじめ」なんじゃねーかなぁと思っていた。追っかけ方と逃げ方が尋常じゃないもの。でも、もしかすると、カラス界にも「ジョナサン・リビングストン」が居るのかもしれないなぁ、荻窪には。とか思ってた私だったりする。
何で彼(彼女かもしれないけど)は壁にぶつからにゃならなかったのだろうか?
流れた練習試合・上がる雨・遅々として進まぬ試験問題作成・そしてこのような逃避。
未承諾広告※って何なのだ?
お役所のすることは下らなさすぎ!
そして、私の腹は下りすぎ!
それは毎晩酒を飲み過ぎるから!
現在の私のこのページのトップのカウンタは三々五々<さんさんごご>を表示しているらしい、わらえる。ホント、三々五々といった感じで、しみじみ増えているのですよね、このカウンタ。現在では1日平均で4カウントくらい増えていってるのです。結構なペースだと思います。
で、「誰が見に来ているんだろう?」と6月末からアクセスログをとっているのですね。それをボーっと眺めるのも面白いものです。
で、まだ全然答案の採点を始めていない、気合い不足の私なのでした。三々五々?、答案をかたづけていきましょうかね。
私にとっては便利でした。何がかって?それは、粗大ゴミのネット申し込み。
私はネット中毒であり、役所とかNTTとかへの事務的な連絡はメールの方が記録が残って安心に思うヒトなのだ。電話しながらメモ取るってのは、必要ならば行うけども、結構面倒くさい。
杉並区では粗大ゴミの受付をネットのフォーム上で行うことができることを知った、昨日。
私にとっては都合がいいけど、「インターネット」という「邪教」に染まっていないヒトは、「わたしの便利帳」とかを見て、直接役所に電話をかけるしかないのでありましょう。「ネッ中症(ネット中毒症)」の私は、全然使えなくなった折り畳みベッドを「粗大ゴミ」に生まれ変わらせる?べく、休日である昨日に杉並区の「粗大ゴミ申し込みフォーム」に書き込んでみたのさ。
「フォームに書き込んでも、その返答が来るのは平日(月曜日)です。」って書いてあった気がするバリバリ休日の昨日、
杉並区粗大ごみ受付センター曰く:
Subject: 粗大ごみ収集のお知らせ
Date: Sun, 21 Jul 2002 11:04:27 +0900
小川 正樹 様
粗大ごみの収集申込を下記のとおり受付しました。
(以下略)
ってなメールがバッチリ届いたのです。
休日出勤?
そうかー、そっちがその気なら、こっちだって本気になって大量に出しちゃうよぉ、粗大ゴミ。
って単なる契約違反?
そして、向こうも迷惑スか?
服装とかって、フシギですよね。
ワタシも結構オッサンになった(長いものには巻かれるようになった)らしく、改まった場所ではスーツ着るなり、ネクタイ締めるなりしてしまうのでありました。ま、夏休み中の部活動とかのための出勤では無精髭に半袖・短パンでチャリ通勤するんだけど。
その、「情報科」の講習、今日で3日目だった。
1日目は煉瓦色のコットンのパンツにカフェオレ色のシャツ、適当なネクタイを締めてった、靴はプレーントゥの茶色い革靴、ベルトも同系色。2日目は黄色いオックスフォード地のボタンダウンシャツ、ノーネクタイ、グレーのグレンチェックのスラックスだった。黒のローファーと革ベルト。本日3日目は、紺色のコットンパンツに緑がかった辛子色のポロシャツ、モカシン風の薄茶の靴と同色のベルト。
明日は綿のパンツに裾を出したポロシャツの予定。
Gパンとか、短パンを経て、最終日には「全裸」を予定してるんですけど、どうですかねぇ?
ワケ分からん。
その1:蟻
9時に始まり、16時半に終わる講習、昼食場所の確保が多少面倒くさかった。
うちの学校から今回の研修に来ているのは私1人である。同僚のセンセがいれば、その人と食事に行ったでしょう。研修に参加している他の学校の先生には、多少顔見知りもいたことはいた。自分が高校時代に教わった先生とか、他校のソフトボール部顧問の先生とか。食事時間の微妙な駆け引きって結構面倒くさい。数名でつるんでいったとき、誘われないと悲しむヒトがいたり。
基本的に1人でいることを全然厭わない私である。水道橋駅近辺の食べ物屋を巡った、数日間。
その日、講義の開始が10時45分開始だった事もあり、朝食が多少遅めだった。JR阿佐ヶ谷駅に付随しているJR系のコンビニでおにぎりを2つ買っておいた。水道橋駅近辺を散策した際、発見した公園でそのおにぎりを食べようと思っていた。
そして、その日の午後の講義も終わったとき。「蟻さん、どこへ行ったのでしょうねぇ?」「そうだねぇ」私の席の後ろからその会話が聞こえてきた。
私の脛、アリンコが引っ付いていた。気づいたのは午後の講義の1コマめだった。公園での昼食の際、同僚の食事を調達すべく、探索活動に勤しむ蟻たちがいた。私の毛脛をガンガン登坂してくる。「なにもないっつーの!」と、足を振り回したり、アリンコを潰さぬよう、軽く手で叩き落としたりしつつおにぎりを食べたっけ。間違って?おにぎりの具「うなぎ」を落としてしまった。そこにやってきたクロヤマアリの行動を観察するも、私はファーブルほどの暇も無く、観察も適度に切り上げ講習会場の地下ホールに戻ったのだった。
そうか、彼はこの地、餌もなく我が家からも遠く離れたこのカーペットの上で殉死するのだなぁ。
その2:スニーカー
スラックスに運動靴はどうかねぇ?先生。
その3:サイクル
四・五十代のオッサンは、周波数の単位を「ヘルツ Hz」と云わず、「サイクル cycle」と云うことを確認。
『蟻』で文学的才能を使い果たしたので、『スニーカー』『サイクル』は手を抜きました。スミマセン。講習全16日中の9日が終了した。お疲れ様、私も他のセンセイ方(401名)も、講師のセンセイも、会場管理の公務員さん達も。
ここ数年のぎもぉん。「ヒロシマ・ナガサキ」が語られる時って、それ以前の悪行が無視されてませんか?私の住む日本というクニのさ。
ま、世の中は複雑に過ぎるから、話を単純にしたくなるのは分かります。私自身も自然科学(事象の単純化・理論化を目指した学問)が好きだし。
でもさー、原爆。日本だって開発しようとしてたわけじゃないスか、ただ間に合わなかっただけ。そして先に落とされた、広島と長崎に。
現在もアメリカ軍の基地があるから日本というクニが存在しているのは確実であると思います。
原爆・水爆、あるいは地雷とか銃とかの武器、無くなって欲しいですね。軍隊いなくなって欲しい、全ての国から。人殺しを撲滅したい。
教師というシゴト、相当素晴らしい職業と思うのです。
広島、長崎に限らず、人に殺された人の冥福を祈ります。世界貿易センタービルにしても、アフガンにしても、パレスチナにしても、その他紛争地域にしても。
パチンコって、ハマる気持ちは分かります。近年、私はほっとんどやらないけど。
私が結構パチンコに傾倒したのは、大学を卒業して1年目か2年目あたりの頃、何しろ非常勤講師時代のコトである。
大学時代に同じクラスだった、3浪して大学に入ったという、料理人バイターでバイク野郎で、確かその当時も産休補助教員の「こにP」というヒト(現一児の父親)から誘われ、調布のパチンコ屋に行ったのでした。「小川ちゃーん、調布のパチンコ屋、出るんだよー。来なぃー」と。その時、私は始めて真面目にパチンコ台に向かったのでした。
結論から言うと、その日は8000円くらい突っ込んだ時点で当たり始め、最後は2箱くらい飲み込まれたものの、差し引き9万円くらい儲けさせていただきました。10箱以上出たわけですよね、結構大きな「ドル箱」の店だった。その当時における私の月給の半分以上を数時間で得たのでした。結局、その後数ヶ月パチンコ台に向かうものの、転落の一途。「多分9万円以上つぎ込んだな」と思った時(実際はもっとつぎ込んでいたと思います)、パチンコ・パチスロからは撤退しました。ま、勝ち続けるわけは無いですね。パチスロもビギナーズラックで当たったのでした、池袋での単独行動で。その時は大当たりしているのが分からなかったので、当たった分全部飲まれちゃったのでした。
で、何でそんなハナシかというと、spitzの新曲が『ハネモノ』って題名だからだったりする。パチンコ中毒後期、ハネモノに凝りましたね、江古田とか池袋とか、東長崎とかで。見ていて当たりが分かるから面白いのでした。今でも有るのでしょうかねぇ「ハネモノ」?
で、何でそんなハナシかというと、HMVってレコード屋(表現古すぎ?)有るじゃないスか、新宿南口に。その店に行ったんですよね、本日の講習の帰りに。欲しいCDは結構昔のものだったので、それくらいデカい店じゃないと置いてないと思ったから。
で、spitzの新曲『ハネモノ』のハズなんだけど、その店の曲紹介の印刷物、ぜーんぶ『ハネモネ』って書いてあったんですよね、そこかしこに。んー恥ずかしいでしょう、HMVの関係者のアナタ(そんなヒト、このページに来るんかい!)。アネモネって花は有るらしいけどね。
草野マサムネってヒトは「パチンコまにあ」なのかなぁ?以上、徒然なるままに記させて頂きました。
暇なので、日記作成中。都立芝商業高校にて。
SQLなるものにちょこっと触れているのである。情報の研修4コマめ(15:00~16:30)である。30分残しているのであるが、課題を自力でこなしちゃったので暇なのである。現在16:03。
Accessってヤツに久々に触れているのであるが、少し理解が深まった気がする。でもSQL、今後は金輪際触れない自信がある。何のための研修なのだ。ま、いいか。高等学校新教科「情報」ってやつ、前にも記したが、パソコンだけではないはずなのですよね、肝の部分は。しかしながら、講師の先生はパソコンマニアっぽい人が多く(私もパソコンマニアであるが)、教科としての存在意義・存在価値ってちゃんとあるのかしら?と思うノダ。講師の先生は「新教科『上方』はこれからの教科です。金勘定・お笑い、どちらもこれからの社会に重要な要素であります。私たち自身が『かみがた』を理解し、より良いものにしていきましょう!」とよく言っている。理科を教える方が圧倒的に楽しいと思う、今のところ。ま、命令だから仕方ありませんね、コーチョーせんせからのサ。もう少しで講習も終わりそうであるので、日記作成も終了しましょう。16:09記す。
今日行った逃避として、ポータブルCDプレーヤーの購入ってのがあった。職場で時々使うんですよね、パソコンに向かっているときとか、要録・調査書の類を作成しているときとか。さすがにヒト(生徒やセンセイ)がたくさんいる平日とかには使いません。長期の休みとか日曜なんかは音楽聞きつつシゴトする。私は結構音楽聞きながら作業する事って苦にならないヒトらしいス。ま、聞き慣れている音楽に限りますけど、歌詞が入っていても問題なく聞き流せる。
で、今まで持ってたプレーヤー、右のヘッドホンの音が割れ気味になっちゃったので、新たなのを買うことにしたのでした。性能が全然違った。前のも今のもパナソニック製を買ったのであるけど、雲泥の差。音質が違うし、イヤホン自体も耳への収まり具合がよろしい。ま、古いヤツは壊れかけてたのでしょうけどね。プレーヤーはめちゃくちゃ軽く、小さくなってる。
ケンイシイなるヒトのアルバム等を聴いたりしつつオシゴトしたのでした。渋い音楽知ってますね、私って。何で「ケンイシイ」知ったかというと、ラジオで聴いて気に入ったからだったりする。何年前だろ。「メタルブルーアメリカ」って曲だった。
もうひとつ行った逃避はバドミントンの公式戦の観戦。んー大変暑うござんした。うちの学校の大体育館に面が6つ出来てた。ハードな世界だ。勝ち上がってくと1日最大6試合行うらしい。タイヘンだ。
なんか、ケンイシイとか聞きつつパソコン打ってると、サイバー?な感じがしてきますね。今暇つぶしに読みつつある本、かの有名な「1984年」ってヤツなのです。以前から書名は知ったんですけど、読んだこと無かったんですよね。
サイバーパンク。私の頭もパンク。それは「情報科」レポート作成のため。今までも相当文章作成したのだけど、更に6400文字紡ぎ出さなきゃならない。この脳味噌から。つれぇ。
そのCDプレイヤー、私の愛するノートパソコンLet's note は CF-L1EA と色がお揃いなのだ。紫がかった青色がカッチョイー。で、私の顔色ともお揃い!
「ぇ、マジすか?」(Kセンセ風)
またビミョーに内輪受け?
初めて、この住処(とあるアパート)で「ヤモリ」を見た。ヤモリは愛らしい。
清々しい秋の朝である。燃やせるゴミを出した。高い雲、少し冷たくなった空気。
飛行機の破片、ビルの破片、人肉の破片が空から降ってくるなんて、相当強烈な現象ですわな。
9:53現在、阿佐ヶ谷に雨は落ちてきていないようだ。ソフトボール部の公式戦が先週の8日から順延になり、今日行われる。
私は試合の引率はお休みし、もうひとりの顧問のセンセに監督をお願いした。この約束は既に2ヶ月程前から交わしてあったのだ。今日、高校時代の友人の結婚式が行われるから。
夏用の礼服を買っておいたのだが、結構今日は涼しい。ま、良いでしょう。冬用では暑いのは確かであるし。薄手の礼服は以前から欲しかったわけですし、丁度良い口実ができたのでした。黒の革靴も修理に出したのが戻ってきていたし、朝の5時に目が覚めた私は6時過ぎから靴を磨き始めた。何にせよ、今までで一番興味がある結婚式&披露宴なのだ。
その友人は私の中では「最も“結婚”という概念が似つかわしくない男」だったのだ。彼は高校時代の合唱部における友人である。彼の結婚話は、同じく合唱部にいた別のヤツから聞いていた、この年末だったか、年始だったか。「F野(仮名)が結婚するらしいんですよ。あいつが結婚するとは…」ヤツも私とほとんど同じ印象を持っていたそうだ、その結婚するF野(仮名)については。
私もこの数年間は、F野(仮名)とはあんまり接触がなかったですから、彼もそれなりに加齢によってジワジワと変化していったのでありましょう。けど、それよりもあのF野(仮名)の結婚するヒトを見てみたい!そして、惚気<のろけ>顔のF野(仮名:クドいけど)を!!!
ハナシは変わるけど、「タマちゃん」って日本国の秘密部署が密かに拉致・放流したアザラシだった可能性はないだろうか?世間の関心を一時的に多摩川方面へ向けさせ、その間に日朝首脳会談・アメリカによるイラク攻撃への協力・大相撲における八百長の隠蔽・そして「F野(仮名)の結婚」などをいつの間にか一挙に済ませてしまおうという魂胆の下サ。
学園祭に引き続いて行われた体育祭が終わり、本日は2連休の1日目である。ブカツのシドウも終わり、帰宅してブロッコリーを電子レンジで茹でていた。その最中、久々にゴキブリを見た。最初はビーサンでひっぱたいたのだが、不発に終わった。その後、物陰に隠れているので、輪ゴムを用いて狙撃した。1度目もヒットしたはずだし、2度目には羽を1枚もぎ取ったのである。それでも彼は力を振り絞り、物陰へと戻ったのだった。
「ゴルゴ13」的、「甲殻機動隊」的、「ホワイトアウト」あるいは「猛き箱船」的と言おうか?何にせよ、狙撃者の気分を味わった。死体を確認したい。
洒落を最後に挿入したッス。不健全な日記と思ったので。
「彼」は生きていた。1本の脚と1枚の羽を失った「彼」は。
体液が飛び散って、それが衣類に付くのもいやなので、彼の隠れていた近辺の洗濯物を全て取り払った。その最中も、彼は壁伝いに脚を引きずりながら移動していった。その先にあったアルミサッシを開放し、彼を外へ出した。
さらば、ゴキブリ。
私の住処、日当たりは悪いけど、建物の建て込んでいる場所にあるから、風はあんまり強くなくてラッキーかも知れない。台風が来てますよね、21号らしい。
高校3年の担任をしているので、調査書を作成する必要があったりします。と、言っても30数名分なので楽なのかも知れない。私は第2次ベビーブームの走りの世代らしいのですが、私のオツトメサキでも平成元年前後は1クラスが50名を超えていた時期もあったそうです。すんげー。そんなわけ?で、調査書の所見欄や推薦書の下書きをする前に日記を更新したりしてます。「色覚異常について」ってページも更新しましたから、その存在を知らなかった方、お暇な方はご覧あれ。
NHKのアナウンサーが「赤い羽根」つけてる、ヤダヤダ。私は「偽善者」よりは「偽悪者」でありたいね。基本的には「本音のヒト」であるつもりだけど。でも、調査書・推薦書作成の際は相当嘘付いてる気がします。「この生徒、そんなに良いヤツだったっけ?」って内なる声が聞こえるノダ。教員業務も板に付いてきた感じ。そんじゃ、専門学校への推薦書の原稿を作成しましょかね。そんな都民の日(オツトメサキは私学なのに本日は休業なのだ、謎だ)。
ホント、全然どーでも良い話題なのですが、ふと思い出したので記します。このコトに気づいたのは一人暮らしを始め、しばらく経った頃でした。「シラスおろし」、生家では「かつおぶし」がかかっていたのですよね、必ず。あるとき、何となくシラスと大根おろしにしょうゆかけて食ってみた、かつぶし抜きで。
「まいうー!」(5年前はそんな番組やっていないって!と、自己突っ込み)
大根おろしにかつおぶしでも問題は無いのですな、ぷちまいうー。シラス(あるいは小女子<こうなご>)に「かつぶし」かけると、変な臭みが生じませんか?アミノ酸の干渉が起こっている気がするのですけど。
シラスおろしを食していて思い出したのでした。
雨天のため、教員ソフトボールチームの試合は流れた。「リーグ戦」ってヤツなのでした。東京都の実業団とクラブチームによるリーグ戦なのですな。もらっているプリントを元に、その参加チーム記してみよ。
IHI(石川島播磨重工業)瑞穂 筑波クラブ(筑波大の卒業生なのかしら?) オリンパス 東京アスリートクラブ(多分今年からリーグ戦に参加したチーム) 航空自衛隊 早稲田クラブ(早稲田の卒業生チームらしい) 東京教員(私のいるトコ) 高風<こうふう>クラブ 印刷局王子(別に王子様ってワケじゃなく、北区のオウジ) 睦<むつみ>クラブ 以上。
全部で10チームのリーグ戦であること、今知ったのでした。ちょっと賢くなった。
試合が無くなったので、思う存分寝たつもりが、6時半には目が覚めてしまった。ま、8時間くらい寝たわけですけど。睡眠時間が減少している気がする。老人化しているのだろう。
『目がテン!』見て、風呂入って、賞味期限を約一ヶ月過ぎた「サッポロ一番味噌ラーメン」キャベツワカメ混入物を喰らい、1週間前に借りたけど結局見る暇がなかったビデオを返してきた。
そろそろ試験問題を作成しましょうかね。中学2年理科(化学反応のトコロ)の問題、あと80点と少し作らにゃならないのでした。そう、今は逃避中。朝は9時13分。
現在11:17。90分ほど問題作成し、40点分と少し完成した。残りは41点分である。逃避として洗濯物を畳んだのだった。更に逃避として下らない文章記そ。
近年、具体的には2年前にその現象に気づいたのですな。オツトメサキの合唱祭の引率の帰り、魚屋の2階の飲み屋の宴会場だった。ちゃんと店を予約しておいた(そう、私は「宴会」のためにも生きている、相当に。宴命!)のに、どたきゃんしたセンセが多く、食べ物が余りまくったのだな。ホントはドタキャンのヒトからも料金を徴収すれば良かったのだけど、性格的に駄目なのだ。万を超える額の自腹を切った記憶がある。2年くらい経ったので白状しておきましょう。宴会のドタキャンは駄目ですよ、皆さん。とか言いながら、やはりオツトメサキのセンセの結婚式の2次会、練習試合後に駆けつけるつもりだったのを、すっかり忘れたことがあるのも私だったりする。5年くらい前のコトだったような?さっき思い出した。悪いコトしてますね、私だって。
で、「その現象」とは何か。具体的には「限界スレスレまで飲酒をした状態で、牡蠣を食うと吐瀉してしまう」という私のカラダについての出来事である。その魚屋の2階では、厭になるほど生ガキを食いましたね。5・6個くらい食ったのかしら。夜中にモドしましたね。翌日他のセンセに聞いてみたけど、「牡蠣にアタった」ってヒトは居なかった様子。その後、たしか2度ほどありましたね、牡蠣食って吐いた経験。1回はグラタンの中に入ってた牡蠣でした。1個しか食わなかったのだけど、酒は大量に飲んでました。牡蠣食っても、飲み過ぎていなければ大丈夫なのです。モドしたりしない。
2日前、高校時代の友人中最強の酒飲みと阿佐ヶ谷で飲んだのでした。2人でジョッキを1杯ずつにピッチャーを3つ。後に焼酎をロックで飲んだ。飲み屋では彼が「牡蠣とニンニク芽の炒め物」を頼んだのでした。私も不安があったのですが、牡蠣食いました、美味かった。夜中突如として吐き気で目が覚めましたね。昨日は二日酔いとトイレ掃除のために職場に遅刻しかけた。
今朝、2度めの掃除もしたのですけど、まだトイレが生臭かったりして。
オゲレツな話題でスミマセン。問題作成再開しよう。11:34ナリ。
本日3度目の日記執筆。試験問題の作成は終了した。あとは校正と手直しだけだ。結構早く終わった。教員チームの試合が流れたのは、それはそれで良かった気もするのだった。今日、高体連の新人戦、東京都2支部予選が行われているはずでもあるのだ。勤め先のソフトボール部、公式戦に参加できないのでした。部員が9人に全然満たないのです。悲しいけど事実である。私が顧問になってから、公式戦に不参加になったのは初めてである。試合の申し込みを忘れたことを除いて。なんて顧問だ!
私の2台のパソコン(もう1台は職場のノート)で動く SETI@home が199ユニットめに突入した。
4000カウント突破記念に自分のトップページ(ホームページ)をちょっと変えてみたのだ。なあんて嘘。私の顔が4年前のものだったので、今年のものに変えたのはたまたまである。撮影してくれたのは大学時代のサークル「伸歩会(歩いて旅するサークル)」における腐れ縁の友人。もちろん彼も酔っぱらい。ロケ地は養老乃瀧阿佐ヶ谷店(別名養老乃瀧『越川』)。
テレビCM?を見ていて吐き気がしたのは初めてだ。意味不明で醜悪、私の文章以上に。
JTもおしまいだね。お勤めご苦労。この世の中、君達は不要だ。
私は煙草を吸わなけりゃ、使う塩も高価な塩だし、トマトなんかを作ってた農産物部門も挫折したらしいッスよね。淘汰淘汰。
2006年4月追記:上記CMのナレーションを以下のページで発見しました。
http://www.h4.dion.ne.jp/~mykw/image/menu/witty/witty.htm
上記ページ内を「引きこもり」で検索すると、その私が吐き気を催したCMのナレーションだけは見ることができます。
なお、特定のページ内の語句を検索するには「Googleツールバー」があると便利ですよね。
文部科学省周辺の腐れ公務員様へ
まずは自分らの評価をすべきじゃないの?児童・生徒・学生に全国的なテスト(=税金消費するわなぁ)を行う以前にサ。指導要領って何だっけ?上限?最低基準?大体、あなた達は日本国憲法とか教育基本法遵守してる?朝令暮改も甚だしくて、涙すら出ないね。私自身があなた方(の先輩?)のお世話になったのは確かだろうが、君たちを尊敬はしないね。食わしてやってるんだから、働け、上から下まで。ってか上のヤツらね、特に。
「大量破壊兵器」って何のこと?アメリカとかフランスとかインドとかの「核兵器」って「大量破壊兵器」じゃないの?あるいは「アメリカドル」も「大量破壊兵器」じゃなくて?「燃料気化爆弾」・「劣化ウラン弾」ってアリですか?
「ポッキーの日」である今日は「新聞休刊日」でもある。
不思議なもので、新聞を意図的に購読している身ながら、休刊日には何故かほっとしたりすることもあるのだ、「今日はゆっくりできるな」って。私は朝日新聞の朝刊のみ(3670円/月)を購読している。夕刊まで見る暇・余裕がないのだな、多分。夕刊は夕刊で、それなりに面白い読み物もあるようなのだが、結局朝刊すら日中は読む暇が無く、大概の場合帰宅後に食事(アルコール)を摂りながら読むことになるのだった。新聞って購読しなけりゃしないで、日常生活にあんまり影響は無いような気もする。でも、新聞って読みたいときもあるのですな。自分自身が活字中毒人間(読み書きとも)であるし、話題のニュース?についてはテレビをボーっと眺めるより、活字として吸収したい場合がある。
しかし、老化が進んでいるため、吸収したつもりの知識が垂れ流される場合も多々あるのも事実。
年賀状のデザインを考えているのだけど、なかなか思いつかない。インクジェット紙用の年賀状は買ってあるのだ。「情報科」の免許状をゲットするため、阿佐ヶ谷南3丁目郵便局に通った際、賀状を売っていることに気づいたので。プリンタも新しいモノ(BJ F930)があったりするので、どんなデザインにしようかと悩んでいる。私的には2002年の賀状は秀逸だと思うのだ。それを超えねばならない。
日本ってクニは朝鮮社会主義人民共和国ってクニに対して、「あなた方に拉致され、この度ニホンに帰ってきた5人。このまま日本に居させる!」ってコトを表明したらしい。が!、「死んじゃったとされる人リスト」の家族の方々の意見が余りにも無視されているような気がする。
今回帰ってきた5人の家族の気持ち(もう、北朝鮮へは行かせない)も分かるし、旦那を北朝鮮に置いてきたカノジョ(ナマエ忘れた)も複雑な気持ちだろうけど、「依然家族が行方不明な人」ってのはどう思うのだろう?「とりあえず、5人を向こうへ返そうよ、返して欲しいな。そうすれば、私の子供も帰ってくるかも。」って思ってるんじゃないかしら?
今日、初めて「お色直し」をした。
今朝着ていったシャツ、かなり強烈な色だったんですよね。「臙脂<えんじ>」でしたね。
着用するのは2度目だったのです。前回は茶色の毛のパンツ(スラックス)を履いていったのでした。今回は濃いめのチャコールグレイの綿パンツと臙脂の地にプリントが乗っかったネクタイを合わせたのでした。自分でも「怪しー」とか思ってたのですね、実のところは。
職場に行って思いだし&ビビりました。「本日は学校説明会だったのだ」って。来年の4月に入学するかも知れない方々にお会いするのですよ。私自身、今朝の私のような格好をするヒトって信用しないなぁ(なんじゃ、そりゃ?)。朝のホームルーム(と言っても私は「一般的な」クラス担任らしきハナシをしないような気もする)のとき、生徒も言っていた「怪しー、ホストみたいー」って。別に「ホスト」という職業?を否定するわけではありません、念のため。かといって、肯定もしないけど。
一度帰宅し、ワイシャツ(ホワイトシャツ)・グレーのスーツに着替えた私だった。だんだんオッサン?になってますな。スーツ・ワイシャツを肯定したいとも思わないけど、全裸を肯定することもできない。
あと6時間後には職場のガッコに居るのだろう、私は。
無免許・酒酔い・視力不全でバイク運転・転倒して、キチンと教員として生きていられる私みたいなヒトも結構珍しかろうな。そしてこれほどの文才。えっ、気のせい?
そのバイクの持ち主は今週末に結婚式を挙げるそうな、めでてー。
そんな彼も僕も、国立大生だったから大学の学費を税金で立て替えて貰ってたワケでもある。ま、全ての大学教授・高等学校教諭・中学校教諭・小学校教諭・幼稚園教諭・保育士・その他議員や公務員を始めとした公僕、現在の私が養ってやっているわけであるけどさ。持ちつ持たれつ?自己努力?
翻って大学時代、バブル期にあやかってバイトした金で飲んだくれていた頃は、そんなこと考えなかった、気づかなかった。自分の親からは「学費がかからないように、学校は公立に行ってくれ」って小さい頃から言われてたから従ったまでのハナシなのだったりして。自慢、いやらしすぎ?
職場の先輩であり、私立大学出身のセンセ(鈴木ヒロコ)に、この「バイク転倒話」を披露したとき「学費払ってあげてたんだから、ちゃんと勉強して欲しかったわ(プンプン)」って言われて気づきましたねぇ、この根深き問題。
バイク転倒話、もう少し詳しく記しましょう。
はっきり言って、死んじゃってもおかしくない状況だったと思いますね。
転倒時、シャツ両胸のポケットには陶製の湯飲みが2つずつ入ってたのですが、転倒時に砕け散ったようでした。しかしながら、幸運なことにその破片、特にどこにも刺さったりした気配はありませんでしたね。で、転倒後しばらくぶっ倒れて天を仰いでいました。空を覆う松の木を眺めていたのは何秒間なのか、あるいは何分間だったのか、何を考えていたのか、何も考えていなかったのか…。今となっては分かりません。
で、夜空を見上げるのを止め、立ち上がろうとしました。が、うまく立てませんでした。右足に力がうまく入らないのですわ。膝を相当痛めてしまったみたい。
今だからこそ笑って記せ?ますけど、その時は相当動転していたわけです。足を引きずりながら、とりあえずその湯飲みの破片を回収しました「他の車がパンクしちゃいけない」って。謎な行動ですな。ま、現在でも私は「あやしい」らしいから、結局のトコロ「普通」の行動だったのかもしれない。意味不明。
で、次に吹っ飛んだ靴を回収しました。コンバースのオールスター、その紐がことごとくすり切れていました。とりあえず、それを足先につっかけましたね。履いていた黒のリーバイス501の右ひざは抜けており、そのウォッチポケットも剥がれ落ちかけていました。コーデュロイのシャツとその下に着ていた綿製ハイネックは肘の部分まですり切れていましたね。
出血部位はどれも擦過傷の様子でした、よく骨折しなかったものだ。これは部室に帰ってから確認したのですが、右目の横と右肘下2箇所、右手首、右膝2箇所から流血してましたね。さらに後から思ったのですが、膝の靱帯は何本かぶっちぎれたのでしょう。
で、借りたバイクを確認しました。エンジンはストップしていました。バイクを立たせ、またビビリましたね。前タイヤの方向とハンドルの方向が違っちゃってるんだもの。相当本気で転んだことに気づきましたね。1万円札に羽が生えて飛んでく姿を見たのはこの時が最初で最後であります、現在のところ。
くどいですけど「飲酒」してましたから、どの程度の転倒だったのか、そのトキはいまいち把握できていなかったのですな。鉄が歪むくらいの衝撃があったこと、その時にやっと気づいたのだった。
ギアが入ったままだとバイクを転がせないのでニュートラルに入れ直し、痛む足を引きずりながら学芸大構内でバイクを押して歩いたのですね。少なくとも30分くらいは時間が掛かったはずです。そう、あれは1990年12月。
「小川、遅せえなぁ」ってコトで私の探索に赴こうと、寝込んでしまった酔っぱらい1人を置き去りにして部室の扉を開けた酔っぱらい2人は、バイクを押す血みどろの酔っぱらい(私)に出会ったのでした。向こうも相当ビビッたそうです。
日本もイラクへの戦争協力を拒否するコトは無いのだろうか?ドイツやフランスのように。
まさに今この瞬間(私の文章作成・あなたの閲覧時)にも地雷の製造をしてるヒトがいることが不思議。「労働」って何なんザンショ?
また命が散ったのですね、宇宙開発に絡んで。
冷静に思えば、超高空絡みの数知れぬ死、これまでも相当数存在したコトは想像に難くない。
機器開発・実験中の不慮の事故死もあったろう。それはカメラの前に現れる事も無い。
宇宙飛行士として死ぬ。兵器製造者として生きる。悪徳政治家として生きる。首が回らなくなった社長として死ぬ。そして、挙動不審な国家元首達は生きてる。そんな現実(ただしブラウン管越し)を見ながら僕も生きてく。
私って、もろに『機動戦士ガンダム』世代なのですね。しかしながら、その続編であるらしい『Zガンダム』とかには興味はないのだ。あくまでも単なる『機動戦士ガンダム』なのですな。ま、機会があったらその続編やサイドストーリーなぞをレンタルで借りて来ようとも思ってはいるが、そんな暇は今のところ無いのだな。今、改めてWeb上で探索してみたら、私が本気で見てたのは、東京での再々放送だったことが分かった。小学校5年の時だったのですねぇ。最終話は3学期だったように記憶していたけど、それで正しかったみたい。
その最終回、「カツ・レツ・キッカ(子供3人組)」が「ア・バオア・クー(宇宙要塞)」を脱出しようとする「アムロ」に対して、テレパシー(ニュータイプの特権?)で指示を出すじゃないですか。「右だよ右」とか「そこで曲がって」とか。最終的には子供3人組が「3・2・1、やったー!」って言うと同時に、ブッ壊れかけた「コアファイター」に乗ってアムロが脱出するのですな。結構泣けそうになりますね、思い出すと。そして、メチャメチャ思い出し笑いをしそうになる。ってか、今も笑いを堪えながらこの文章を記してる。
今は製薬会社で研究職をしている彼、前日の放映の真似をしてたのですな。そう、小学校5年生の3学期、給食の時間のコトであります。
「3・2・1、やったー!」って万歳したら、指を盆に引っかけてみたいで、その日の給食をアルミ製のお盆ごとぶちまけてしまったのです。ムチャクチャ悲しく、そして笑える。
給食を食っているときに、牛乳飲んでるヤツを笑わせるって遊び?は必ずありますよね。あれは牛乳が白いから面白いってのもありますね、鼻から白い筋が流れるってのは視覚的に面白い。鼻血の赤も間抜けで笑えますよね。で、更に悲しくも笑えるコト、それは牛乳を吸収させた「布きれ」の臭さ。
今でこそ雑巾を濯いだり絞ったりってコトは簡単にできるけど、小学生は掃除も嫌いなら握力・腕力も足りないだろうしねぇ。
で、『機動戦士ガンダム』、画期的でしたよね。その当時は私も夢多き小学生だったから、自分が爺さんになる頃には「スペースコロニー」とかが空(ってか宇宙)にボコボコ浮かんでいるもんだと思ってた。ホントはこれから本題に入る予定だったんだけど、文章作成するのに疲れたからこの辺で止めておく。
でさ、スペースコロニーって完成しないでしょうね。
小学校・中学校時代の私は信じていた、スペースコロニーの完成・宇宙時代?の到来を。自然(科学)についての認識が甘かったからねぇ。万単位の大勢のヒトが住める建造物、どう考えても割に合わないでしょう。数名が居住する国際宇宙ステーションでヒイコラ言っている2003年現在だし。
ヒトが宇宙空間に定住するってのは非常に難しいですよね。その理由を少しばかり挙げよう。
宇宙空間に住むことによる宇宙線の被爆→癌やその他の病気の発症
隕石等によるコロニー破壊→酸素を含んだコロニー内のガスが洩れればその中のヒトは簡単に死亡
生殖の可能性の低さ→メダカの卵が稚魚になるには重力が必要らしい(ヒトもダメでしょね、恐らく)
有機・無機化合物の完全循環システム作成の難しさ→地球上ですらゴミがあふれて大変だっつーのに
夢物語っていうと、「核燃料サイクル」ってヤツもありますね。そっちの方が切実である気がする。こっちの方も私自身、中学生の頃は信じてましたね。「そうか、エネルギーが無尽蔵に得られるのか、凄いもんだ」って。行政と企業が結託してコマーシャルをしてるんだものな、今でも。特に夢見がちな若い世代はイチコロだよね。あるいは単純に信じちゃう「そうかー、原子力発電は地球に優しいんだ」とかさ。片腹痛きコトこの上なし。盲腸で核融合しちゃうよん(出典:臍で茶を沸かす)。
例えば太陽光発電や風力発電ってヤツっすよ。まあ、原子力発電よりは危険性は低かろうけど、原発と同様、生産されるエネルギーより、その施設を維持するためのコストの方が大きくなるでしょうね、恐らく。
年金や国債もそうだし、放射性廃棄物も同じ。このクニ日本の舵を取っている老人達、彼らはそのうち死んじゃうから良いだろうけど、残される私達やそれ以降の世代に丸投げしているダケじゃないですか。ま、それくらいの「図々しさ」と「向こう見ずさ」を持っているからこそ、ヒトっていう生物や日本ってクニが繁栄できてきたとも言えるのでしょうけどね。
この先は暗いねぇ、このままだと。「デフレスパイラル」よりも「丸投げ政策」に問題があるんじゃない?どこかの役所が言っているけど、そんなクニに「誇りを持て」ってのは難しいだろうね。とか言いながら、私は仕方ないから埃だらけのこのクニで生きていくつもりでもあるわけだけど。
ごく私的な話題なのですが、ってか以前から私的な話題しか無いことも承知だけど、記します。
本年度(2002年度)から、私と同じ名字の方が職場に専任教諭としてお勤めなさっているのだな。私の名字は「小川」であり、結構有り触れ気味?なのだ。チナミに私の隣の先生も旧姓小川だそうで。
この数年間は「オガワセンセイ」というと私のことを指していたのですね。稀に隣の旧姓小川センセイを「小川さん」と十年以上前の名字で呼んじゃったりする方も居ました。が、その方は(さすがに?)この前の春に退職なされた。で、本年度からまた混乱が始まったわけです、2人の「オガワセンセイ」が居るから。
高校時代の合唱部(小石川高校音楽研究会)でも「オガワクン」が居たんだよね。私と彼、どちらも「小川」なので、私は「おがま」彼は「おがひ」と呼ばれてた。私の名前は「マサキ」なので。「おがま氏」と私のことを呼ぶ後輩も居たりした。昨年9月に久しぶりに遭遇したときにもそう呼ばれたような気がする。
で、話は現在に戻ります。私は他のセンセへの連絡メモなどで自分の名前を記す場合、以前は「小川」だけで良かったのだな。縦線6本。今年度から「小川ま」って記すようにしている。「小川正」って書かれると、「タダシ」って名前みたいじゃないスカ。そんなこともあり、高校時代を懐かしむ意味もあり、自分の署名?は「小川ま」って記すようにしているわけです。
そんなわけで、自分は必ず「ま」あるいはフルネームで自分の名前を記すように心がけているわけですけど、職場内の公式?なプリントなんかだと、「小川」と「小川ゆ」と書かれている場合がある。その場合は「小川」=私であり、名前が平仮名の“ゆ”から始まるカノジョが「小川ゆ」であるのだ。そんな時、自分は心を新たにするね、「小川オリジナル」としてその名に恥じないような仕事をしようってサ。
ってか、ヒトの名前はシビアに記すべきだと思いますけどねぇ。しかしながら、「外字」ってヤツには反対。ま、自分の名前が有り触れた漢字で成り立っているってコトもありますけれども。
ウルメイワシの丸干しにマヨネーズを添えようとしている自分の存在にビビッタ。ウルメイワシの丸干し(若干しではない)はただ炙っただけで美味いのに、自分の味覚が(チープな)居酒屋ナイズされつつあってビビッタわけですな。
本日、微妙にパソコンを増強した。メモリを倍に増やしたのですな。暗号的には“DIMM 256MB (133) CL3”ってブツになります。ノンブランドだったけどバッチリ作動。税抜きで¥3580(税込み¥3759)ナリ。3年前に比べて約3分の1の価格になっているんですけど、底値は2年チョイ前だったようです。ま、net上で調べた限り、秋葉原を歩き回った価値はあったようだ。電車賃(往復¥580)とか、途中で飲んだ“缶茶”の値段とかを考えたりするのは虚しいので止めましょう。チナミに「まいぱそこん」の動作はそこかしこが微妙に速くなった気がします。でも、すぐ慣れちゃうんだよね、経験上。何で、「幸せ」って「気づき難くできている」のでしょうねぇ?
で、埃まみれのミドルタワーのスペックでも記しましょうかね、検索によってパソマニアがこのページに訪れて、ページカウンターの水増しが見込まれよう。ヘタするとリピーターになってくれるかも知れない。とりあえず、10000カウント行ってみたいですしね。
品番:飲んだくれ壱号
中央演算装置:PentiumIIIプロセッサ 800EB MHz
小片集合:Intel 815E Chipset (ってか、母板:CUSL2)
出鱈目利用記憶媒体:512MB SDRAM PC133
映像用出鱈目利用記憶媒体:32MB
映像専用加速装置:GeForce2 MX (ってか、映像加速板:AGP-V7100 Deluxe Combo)
むー。疲れたので、後はいい加減に。
サウンドブラスターのバルク・56kFAXモデム・LANボード・2モードFDD・650メガMOドライブ・CD-R/DVDコンボドライブ、他タブレット・プリンタ・モニタ・スピーカ等々
で、パソコン回りの書籍の整理を行ったのだけど、UNIX(Linux・FreeBSD)絡みの本が未だチョコッと存在しているのだな、「オガワマサキ第58次書籍粛清」を乗り越えて。
結局、自分のパソコン(自作機・PC-9821とも)にUNIXを入れようと試みた時期もあったけど、挫折しましたね。突き詰めるとLANボードやモデムのドライバがうまく入らなかったので飽きちゃったのですな。そして、オシゴトは完全にWindows上で行っているしねぇ。
そうですね、メモリ買った店のナマエ記しておきましょう。その店は“Computer Plaza ZOA”っつー店です。適度にマニア向けだけど店内は明るく、価格は安めだと思いますね。ま、階段は例によって狭いけど、その狭さがココロをくすぐるハズ、何じゃそりゃ?
ま、私の主観ですけどね。「アキバ」ってトコに行くコト自体がマニアの証でしょうね。
その店を知ったのは職場のTセンセ(キーボードやモニタが無い時代のコンピュータを知っているらしい:本人曰く)からの推薦ですから、まぁ間違いないでしょう。
で、私は「酒マニア」ね。(一応日記として完結させるために記した)
ソラマメを食べると「春だっ!」って気がしますね。鞘から出した状態で皮ごと喰らうのが美味いと思うのだ、私は。
梅は品種改良が進んでいるのでしょうね、散発的に香るがために、「春!」って感じはあんまり無い。春の香りは「沈丁花」でしょう、未だ嗅いでいない。ある日、突如としてあの香りに気づきます。
「春的映像」は散る桜ですね、言わずもがな?
船戸与一
この作家を知ったのは、マンガ『猛き箱舟』(原作:船戸与一 画:柳沢一明)を読んだからだったりします。「ベアーズクラブ」っていうヤングジャンプ系の月刊マンガ雑誌に連載されていたのですな。調べてみたら、私が高校3年の頃くらいに連載されていた様子。今から3億年前とは気づかなかった。で、かなり面白い物語だったので「原作読んでみてぇー」ってコトで読んだのでした。そこからハマりましたね、船戸与一ってヒトの小説。
船戸作品に触れることによって、私の中ではマスコミに踊らされずにモノゴトを多面的に見る傾向が出てきた気がします。私の人格形成に影響を与えていると言えましょう。マンガも重要だと思うんだよね。そのマンガに出会わなければ、今の私は存在しないのだ。特に『猛き箱舟』は船戸作品の中でも相当に面白い物語だと思いますね。
例えば、『ホワイトアウト』って作品も相当に面白いのは確かです、あれは面白い。あるいは『パラサイト・イブ』とかね。そいつらを書いたヒトの作品、他にも出ているみたいなのだけど、それほど読みたいとは思わないのですなぁ。「♪なんでだろーぉ?(ジャージ上下着ながら手足動かしつつ)」。『リング』は相当面白いけれど、続編を引っ張りすぎでしょうね。作家って職業も大変そうだ。
今回読み終えたのは『午後の行商人』って物語。例によって、読後はかなり脱力しますね。分厚い文庫本なのだけど、一気に読める感じです。
チナミに、私、『ポリー・ハッター』ってのは読んだこと無いス。そりゃそうさ、『ハリー・ポッター』シリーズだって読んだこと無けりゃ、映画も見たこと無いんだから。ファンタジー系ってあんまり興味を覚えないんですよねぇ。
そう、私はマンガを読まなくなった、大学4年になるくらいだったかな?「スーツ着ながら電車内で週刊マンガ雑誌読んでるヒト」になりたくなかったんだよね。いつか「ビッグコミックスピリッツ依存症」を断ち切らねば!って思ってたのだ。また、私はスポーツ新聞を基本的に読まない。「スポーツ新聞を読むオッサン」、あれもカッコわるいと思うのだ。銘柄不問、一括り。
また、「日本経済新聞を読むニイさんネエさん」には船戸与一をお薦めする、マジで。経済(お金)は二次・三次的なモノだよね。生物に絶対的に必要なのは「食べ物」だな。そしてヒトにはココロ。
2006年8月追記
『ホワイトアウト』を書かれた真保裕一氏の作品、その後何冊か読みました。
ドラマ化された『奇跡の人』と、デビュー作『連鎖』です。どちらも面白かったです。
その他の作品も読むことになると思います。
『連鎖』文庫版の解説を読んでいて、ディック・フランシスという作家の名前を再確認しました。そのヒトの作品は読んだこと無いのです。気が向いたら読んでみます。
大学時代、1年先輩の小学校国語科のヒトのお勧めが「ディック・フランシス」だったコト、連鎖を読破した中国上海で思い出した私でした。
今日まで、ウグイスとメジロを混同していた。メジロのルックスとウグイスのボイス、私のアタマの中では同じ生物と見なされていた。
ヒトってのはデジタルを志向する、あるいは回帰したくなる存在なのかしら。線引いて戦うのは楽だよね。とりあえず思考を停止できるから。
犬や猫ならば、あるいは大腸菌ならば、「自分はなぜ存在するのか?」なんて考えないだろうしね。何で生まれたのか解らないことを保留したまま、僕も生きていますよ。
でもさ、ブッシュ(ガキ)ももうちょっと考えて欲しいよね。兵器を使いたいのなら、日本の自殺サイトマニアにでも高額で売っぱらえば良いのだ。キルギス他どこでも構わないけど、ウラン鉱山にまとめて送り込んだら良いんじゃない?死にたい人たちに殺し合いをさせ、兵器も消費される。どうせ死んじゃう人たちだから、多少被爆したって問題Nothing. Very^2 Ecological! Isn't it?
4日ほど前に勤め先の高校卒業式があったのだった。自身としては持ち上がりで3年間担任した生徒を送り出すのは2度目なのだった。
ビビりますね、来年度は勤め始めて10年目に相当するのですね。大学卒1年目は別の学校で非常勤講師、2年目は今の勤め先で非常勤講師。3年目から今の勤め先に専任教諭として勤務している。
今回生徒たちが卒業し、大変に嬉しく思うのは確かだ。
で、次に心に浮かんでくるのが退学者たちなのだった。幸い?なことに前回の卒業生たちのときは、自分が担任した生徒で退学しちゃった生徒はいなかったのだ。今回は自分がクラス担任したことがある生徒は4人退学したんですよね。何らかの運命によって出会った以上、3年間お付き合いしたかったのだけど叶わないこともあるわけだ。
で、突然話は変わるが、「財団法人」とか「社団法人」とかって胡散臭い。「学校法人」より数段胡散臭い。
基本的に彼らの給料は税金な訳でしょ、あるいは寄付。よく知らないけどさ。
ま、私の給与の一部分も税金だけど。
私は真面目に仕事しないと生徒が来なくなって仕事を失う可能性があるケド、「補助金」が舞い降りてくる彼ら(見たこと無いけど)は大してそんな心配しないんじゃないかな?
私が在籍する「学校法人」にはそういった団体からの「講演会のお知らせ」みたいなメールが結構やってくるのですね。職務として学校宛のメールをチェックする係になっているので。そういったメールを目にすることが多いのですよ。
じゃ、採点に戻りましょう。そう、逃避していたのですね。
前回嘘ついた。
社団法人ってヤツに一時就職した友人がいて、非常勤講師時代の暇なときにボランティアとして何度か仕事を手伝ったのだった。ま、ボランティアと言っても「交通費」ってことで2・3千円貰っていた気がしますね、一日がかりの仕事だったけれど。別にその団体名隠すこと無いか。私がちょっとお手伝いしたことあるのは「社団法人青少年交友協会」ってヤツですね。結構変わったことやっていて面白いと言えば面白い団体です。宣伝でもしておきましょうかね、数年ぶりのボランティアとして。
青梅街道近辺にすんでいるヒトや、春や秋に青梅街道を車で走ったことある人は見たことあるかもしれません。青梅街道沿いの怪しい黄色の幟「かち歩き」。
「かち歩き」そいつは「飲まず食わずで20~43kmを歩き通す」というイベントなのです。スポーツするヒトは分かると思うんですけど、「食わず」は良いとしても「飲まず」ってのはかなり「問題アリ」ですよね。43kmって言ったら時速6kmで歩いたとしても7時間ですよ。水飲まずに7時間、危ないっすよね。ま、43kmは3月とか11月といった体力の消耗が少ない季節に行われますけれど、一応。
私が歩きに参加したことあるのは川崎~登戸20kmってヤツでした。新宿~青梅43kmは私もやりたいと思わないッス、20kmくらいが適当でしょうね。43kmを手伝ったときは車に乗って巡回や荷物運び、幟回収などを手伝ったのでした。
あとね、「グリーンアドベンチャー」っていうヤツも関わっているらしいですよ。都内では新宿御苑・代々木公園・日比谷公園・中野区役所周辺・北の丸公園・神代植物園・井の頭公園・しながわ区民公園・上野公園・昭和記念公園にあるんだってさ、今知りました。「グリーンアドベンチャー」ってのは「あなたのお名前何てーの?」ってコトを樹木に対して行うヤツ?なのです。上記の公園に行くと看板が立ってますよ。
その看板「グリーンアドベンチャー」を見るたびに、約10年前にその法人で働いていて現在塾講師をしている腐れ縁の友人Mと、その協会の理事長「モリタユウゾウ氏」を思い出してしまう私なのでした。
今、アメリカ合衆国国民は何を考えているのだろう。「ブッシュに投票しなきゃ良かった」とか思ってんのかなぁ?彼を大統領にしようと思い、世界貿易センタービルに勤めてて死んじゃったヒトはたくさん居たのだろうなぁ。
僕は身近な人と仲良くしたいと思う。家族とか職場の同僚とか生徒の皆さんとかご近所さんとか愛しい女性とか。今の僕にはそれくらいしかできないけど、それがとても重要なことだと思う。
職場で成績などのバックアップを取っている最中ふと思い出したんだけど、Windows95が無い頃はネットワークの構築がめんどくさかったのでありますね。私の職場には幸いにしてコンピュータに詳しいTセンセがいらっしゃるから、MS-DOSの頃からコンピュータのネットワークも形成されていたのだけど、確かもっとも初期の頃はDOSプロンプトからコマンドを入力する必要があったのだ。その上でウィンドウマネージャのソフト「EOSystem」ってソフトが動いていた。懐かしや。
で、コンピューターネットワークね。便利っていえば便利なのだけど、管理がまた大変になってくるのですね。スタンドアロンならばウイルスだってそんなに蔓延らないだろうけど、職場のメインアドレスなんてウイルス付きメールが届かない日の方が珍しい。果たしてネットワークは我々(共産党っぽい響きですね)を幸福にしたのだろうか?
それはそうと、LANケーブルのストレートとクロスを自分の目で確認できる私って確実にスキルアップしてるわ。ま、コネクタが透明なやつに限りますけどね。
で、そこから私の思いは「グローバル化」に及ぶのですね、もちろん経済の。
市場の国際化(アメリカドルの流通)は富むものと富まざるものを明確化したに過ぎず、幸福なヒトが増えた反面、虐げられるヒトもまた増えた訳ですよね。これはビンラディンやフセインが常に言っていることだし、私もそう思う。私は「フセインってヒトが素晴らしい」と言っているわけではありませんよ、念のため。
もちろん、間接的には私も誰かを間接的に虐げているコトを知っています。食糧にしろ、衣料にしろ、輸入品だらけですものね。安い賃金で働く、日本以外のクニの人々が存在するわけです。有名なところでは、手縫いのサッカーボールってヤツがありますよね。あれは誰か(一説によるとパキスタンやインドの子供たちなど)が非常に安い賃金(もちろん、為替というシステムが存在するためだ)で働いた結果、生産されてくるわけだし。
で、私の思いはさらに飛躍するのであるが、「宇宙は無から生まれた」って言うのが現在の定説らしいじゃないですか。
ってことは、「幸福と不幸の総和は0となる」ってコトなのかなぁ?なんて。
でもそれは非常にむなしい考え方ですよね。地球上の幸福と不幸の総和が幸福にシフトしていくように、教育や国家というものが存在すると思いたいのだが、実際はどうなのだろう?
結局、世の中ってすべて競争ですものねぇ(ええ、否定しません、全然)。
むんずかすぃーノダ。
平成14年度も終了! と。
本年度前半は今まで生きてきたうちで一番多忙だった。後半はそれに比較すれば楽だった気がするのであります。チナミに残業とかいった概念は無いッス。教員は楽なのか?私はハードながらも楽しいと思う。おもしろい仕事だけど、休みが多いとは思えましぇん。
現在19:15、職場にいたりする。この文章がweb上に存在するってコトは、文章をメールで自宅に送信し、そこからhtmlに起こし(大した技使っちゃいないですけど)た上で、リムネットのサーバーにFTPで送ったってコトになるのです。
これから記すのは先ほど脱力したコト、「職場における旧世代の方々の努力」について。
とあるヒトが文章をワープロで執筆、印刷→その印刷結果をFAXで送信→受信した別のヒトはそれを見ながらパソコンのワープロソフトで清書、印刷以上の一連の作業が行われた様子である、私の観察によると。
原稿をメールで送受信してレイアウトをワープロソフトで行うか、あるいは元原稿作成者が直接添付ファイルの形にして送れば済むシゴト?であろう。時間が無駄に使われている気がしてならない。
「人の振り見て我が振り直せ」という諺もあるし、なるべく時間を有意義に使おうと思い直した次第であった。そんなわけで、自分の机の整理を放置して無駄に日記を記す私でした。帰宅しよう。
アル中の私。
酒を買うときって、どうしても「度数」を気にしてしまいますね、そして量。そう、結局は総アルコール量を気にしてしまうのだ。勿論、美味しさも重要な要素ですけれども。
最近日本酒に傾倒している私なのです。買うのは基本的に「純米酒」ですね。そして、製造からせいぜい3か月以内のものを選ぶ。価格は2500円くらいまで。ビールも好きなんですけど、特にビールと日本酒は品質の劣化が著しい気がします。ってか、ワインはあんまり美味い不味いが解らないのです。ラベルが横文字であることもあり、あんまり銘柄を覚えられないってコトもありますね。ウイスキーや焼酎などの蒸留酒は数ヶ月くらいじゃ品質の劣化は無いんじゃないかと勝手に思っています。
で、値段ね。この間、焼酎一升で2万5千円くらいのものがあることを知りました。超インフレ銘柄なのでしょう。日本酒一升でもそれほど高価なのってあんまり見ませんよね。私、ウイスキーはスコッチが好きなのですね。あんまりバーボンは好きじゃない。シーバスリーガルとか好んで飲んだりするのですけれど、最近研究するに「シングルモルト」ってヤツの方が美味いみたいな情報を得るのです、度々。ビールを基準に度数・価格を考えるとウイスキーは4000円くらい出しても良いのかも知れないけど、根が貧乏性なもので2000円台のボトルしか買ったことが無いのでした。今度高いウイスキー買ってみようと思っているのでした、シーバスリーガルも底をついたので。
職場から出た春休みの宿題を力業(?)で終わらせ、ノホホンとしている僕だった。酒もあるし幸せ。
ヒトの性格等についてのcategorizeってのは不要な気がするんだけど、このページを規定している言語という存在自体がcategorizeの賜物だものなぁ…とか思う、そして科学ってのも結局のところ宗教に過ぎないのかもなぁ…って気がする昨今。
新年度、何とかオシゴトのペースを掌握しつつあるみたい。
気がつけば教員業も11年目に突入したらしいです。
社会人?初年度はボロボロでしたね、登校拒否(出社拒否)に陥ったものなぁ。今でいう「パニック症候群」だったのでしょうね。2回ほど原因不明の動悸・発汗・めまいに襲われましたっけなぁ、山手線内で。
今でも生徒に対して「押しの弱い」教員だと自覚しているのですが、これでも強くなっているわけですよ、それなりに。教員業1年目、授業中は生徒に喋られ放題でしたからねぇ@品川女子学院。当時最も世話になった(私が制御できなかった)中学1年生、今は大学を卒業した頃なのでありましょう。
ま、現在の勤務校でも初年度はボロクソだったわけですけど。ってか、今もボロクソなのかも?でも、自分としてはかなり楽しくオシゴトしてますね。
こんな文章記す暇があるなら、試験問題作成すれば良いのにねぇ。
現在7:37。試験問題作成再開しよっと。
8:06 ふと思い出したのだけど、うちの職場ではワープロ(ソフト)で小さなイを打てないヒトが時々居る。全角カナで「ミーティング」って書きたいのだろうけど、その“ィ”が半角カタカナの単なる“イ”になっている場合があるのだ(半角カナはネット上で使うとろくなコトが起こりません、知らない方は今後気を付けましょう。とか言いながら、私は長きにわたり半角カナをトップページで使ってた。)。それを見て、私は悲しさを覚えるのだけれど、「“L(あるいはX)”の次に“I”を押せばよいのですよ。」ってことを教えてあげても良いなぁと思いながら幾星霜。
8:51 そう、思いだした。ヒトにメールを送るとき、やたらに“To:”欄に知人のアドレスを列挙するヒト居ますよね。「別に君の友人リストを知らせてくれる必要はないよ」ってメールで送り返そうかと思ったりするけど、結局面倒くさいので「本人が気づくまで放っておく」ってスタンスを取ってますね、わたしゃ。場合によっては「K田氏のメールからアナタのメールアドレス知ったんだよね。で、連絡したいことがあるんですけど…」ってメールを送ったこともあったなぁ。だから、便利といえば便利かも知れない。あと、失礼だと思うのは企業がそれ(アドレスの列挙)をやっている場合ね。ダイレクト広告メールが職場に届いたりするんだけど、htmlメールだったり、メガバイト級の添付ファイルがあったりした日は何となくムッとしますね。一度は企業に警告したコトある「訴訟になるかもよ」って。ADSLだったら「メガバイト級メール」もすんなり受信できるけど、ダイヤルアップだったら相当回線を占有しますものねぇ。
9:19 度々逃避。私は女子校に勤めている関係上、授業の板書や試験問題作成時「雄」よりも「雌」を「精子」よりも「卵」を「精細胞」よりも「卵細胞」を先に持ってくる。だから何だってか?うーん、何なんでしょう。心の中では女尊男卑、レディーファーストを心がけて居るんでしょうねぇ。教え子の皆さんが「淑女」かどうかはさておき。ま、私も自分が「紳士」かどうかは疑問ですし、持ちつ持たれつ?であろうね。
9:32 私の部屋にあり、長い間聞いていなかったCDを順に再生している。最も長いコト聴いていなかったのはオリジナルラブの『SESSIONS』、2番目はザバダックの『創世紀ザ・ベスト・オブ・ザバダック+2』、現在3番目のシュガーベイブの『SONGS』。2番目と3番目はリマスタリングか何かのヤツである。もっと聴いていないCDはブックオフ阿佐ヶ谷店に消えていったのである。もう退職なされたけど、自宅に千を越えるアナログのレコードを持っている数学のセンセが居た。私の見る限り、数学の先生って厳密さを好みがちである気がする。その先生はレコードをコレクションするのが大変だからピアノ曲に限って収集しているんだったかな?あるいはベートーベン限定だったかしら?数年前のことなので記憶が定かではないが、大量のレコードは印象に残りまくっている。分野を限定して千を越えるアナログ版ですよ。「さすが数学科!」って思った私だった。
12:03 うー、おなかいっぱい。気分転換に冬物のスーツをクリーニングに出した。目当てだった「(阿佐ヶ谷)ホープ軒」が休みだったので、北口の「いっこくや」で味噌ラーメンを食べてきた。フツーにおいしいラーメン屋だと思う、時々ラーメン食べに行く。どちらかというと、私は阿佐ヶ谷ホープ中毒である。1か月に1回以上は食してますね、確実に。いっこくやはそこまで通ってない。
14:40 試験問題9割完成。
そうだよね、書いとかないとね。

「趣旨」の1行目から誤解釈も甚だしいのですけど…。
直接「高等学校教育指導課」にもの申したワケじゃないけど、どうせメール送ったって反応無かろうから、こぢんまりと告発?してみました。一応解説しますと、「学習指導要領」ってヤツには「確かな学力」なんて文言は無いハズなのですよ。「確かな学力」ってのは最近雲霞<うんか>省、じゃなくて文科<ばっか>省が言い出した謎のフレーズに過ぎないハズなのだ、私が知る限り。
意見反論送りやがれ、バーカ。おまえの父ちゃん日本銀行!ついでにおまえはどら息子。そう、僕たちもリーチ孫ドラドラで二千ザンク。親流れだぁ、ざまあ見やがれ。(あぁどんどん意味不明)
そう、僕は純真さを失っている。どうしようもないギャグ風の文章でホントに言いたいコトを紛らわしているのです。
いや厳密に考えてみると本当に言いたいコトなんて特に無いのです、スイマセン。僕は僕として真面目に生きていきます、これからも。そう、高等学校教育指導課の馬鹿どもを反面労働者として。
現在11:02。阿佐ヶ谷北口から中村橋への関東バスの中。
本日は授業を1コマだけこなし、豊島区(地元!)の中学校4校を回る予定。今日で延べ4日間に渡る営業活動はひとまず終了する。昨今は少子化の影響著しく、生徒もなかなか集まらないのである。ポスターやパンフを渡しに中学校や塾を巡るわけなのですな。
11:09、ケータイメールは疲れるのでひとまず終了。
12:50、豊島区内の公園にて。さっきバスに乗ったとき、始発の駅から2つ目の停留所で下車する老人がいた。高齢者用無料パスの乱発が老人の足腰を退化させ、それが医療費の国庫負担増に繋がっているような気もした。老人になった時に困らないよう、職場(学校)内ではエレベーターを使わない私が思ったコトでした。雲行きが怪しい。雨にならなきゃ良いのだが。
16:50阿佐ヶ谷に向かう中央線の中。豊島区内の残りの4校を回り終え、帰宅の途に着いている。帰宅したら正式な報告書作成せねば。今回、私が理科教師の道を志す直接のきっかけとなったキムラ先生と同僚だったという先生にも逢え、それなりに面白い数日間だった。毎日この日々(営業活動)の繰り返しだったら嫌になるだろうケド。
その1:クリプトン85
アメリカは、自国がイラクを無理矢理爆撃したことから目を逸らさせようと、北朝鮮を新たな目標に設定したんじゃないの?
クリプトン85、イラクで使った劣化ウラン弾が大量すぎたので、そいつから流れ出したのさ、クリプトン。たまたま北朝鮮付近の飛行機で拾っただけじゃん?
その2:安売りティシュー5箱
「5箱で298円」確かに安い。しかし、よく見ましょう。結構あるんですよね「ヒトハコ200組(400枚)」未満のtissues 。150組(300枚)とか、160枚(320枚)とかの箱。
ま、私も今手元にあるscottie400枚(200組)の紙の枚数を測定したわけでは無いから、確かなことは言えませんけどね。
要するに、「百聞は一見にしかず」ってコトですね。もしかすると「金正日」は「クラーク・ケント」と同様クリプトン星からやってきただけかも知れませんしね。あるいは、長谷川町子の子孫がティシューを作っているかも知れない。
凄く解りづらいオチ?
ヒトがヒトを裁くってこと自体に矛盾がありますよね。このクニに存在する裁判官を選んだのは(相当に)間接的であれ、主権所有者である私になるのでしょう。ってコトは、裁判官の見解は私の見解であるのです。そして、言わずもがな、首相コイズミを選んだのは私なのでしょう、ジユウミンシュ党所属の代議士に投票したことは一度もないけれど。
近年は年間でも3万を超える日本国籍ってヤツを持つ人々が、自ら死んじゃっているらしいじゃないですか。
何で、医療ミスは裁判沙汰になり、政策ミスは見過ごされるのだ?医師としての免許を与えたのは主権を保持する自身達じゃないのか?何で裁かれちゃうの?スズキムネオは何で裁かれるの?私(アナタ)は裁かれるべき?誰が3万人を殺したの?
まだ、選挙権を持っているだけ良いというハナシをご存じか?
このクニには税金を払っているのに、参政権を認められていないヒトが居るのさ。このクニで働いていながら、「日本国籍」ってヤツを持っていないヒトたちね。
『GO』先ほど読み終えた。“ナオキショー”とやらを獲得したらしい小説ですわな。最初はレンタルDVDで見たのですね、1年近く前。オシエゴの薦めもあったし、スキンヘッドの兄ちゃん“クボヅカヨースケ”にも興味があったし。で、今回文庫化された本を実家で見つけたので借りてきた、読んでみた。また泣いた。
以下の話をもって、書こうと思いながら書いていなかったハナシは尽きますね。
「バカチョン(カメラ)」って意味、私は高校になるまで知りませんでした。googleで、“バカチョン 意味”を日本語のページから検索してみた。2003年7月25日現在、787件とのコト。多いのか、少ないのか、解らん。
部活動が終わり、帰宅途上の山手線内でセリザワは喋っていた、「チョンはさー、云々かんぬんなんだよねー、アハハ。」と。私は何となく彼が「チョンチョン」言っているのに気づいてはいたものの、具体的にはその「チョン」というものが何者なのか解っていなかった。そして、沈黙を良しとしていた若かりし頃の私は、彼の話を聞きながら曖昧に笑っていた記憶がある。池袋駅に近づき、もうすぐドアも開こうかとしたとき、ひとりの兄さんが絡んできたのだった。
結果的に、私は逃げ遅れた。というか、逃げる必要を感じなかった、僕は何も悪いことをしていない(と思っていた)から。絡んできた兄さんに求められるまま、池袋駅構内で土下座されられたのだった。周りの友人は逃げちゃったから。OGの南海センパイはずっと横にいてくれた。彼女は兄さんに対して怒っていた。「土下座までさせる必要ないのにー」と。
ってコトで、これが私における民族という概念との「遭遇コトハジメ」なのですな。
あの出来事が無ければ、今の私はない。
で、この間はちゃんと調べなかったのだけど、「バカチョン」というコトバは「馬鹿」と「チョン」に分解されるコトは確からしいが、「チョン」の語源には諸説あるらしい。今回調べてみて、初めて判りました。
ま、何にせよ私は「バカチョンカメラ」ってコトバは使わないな。「だったら記すな!」ってか?
差別?ってことで私の中に出てくるのは、「色覚異常」ってヤツですね。
ついこの間、7月22日から25日まで、校長の命令で「企業等派遣研修」とやらに行ってきたのですね。「株式会社日立ハイテクノロジーズ」には東京の私学から6名、東京の公立校から5名が参加したのでした。いろいろ貴重な体験をさせて頂きました、かなり面白かったです。
で、この日記に書きたいのは、公立小学校から参加された先生に、最終日の懇親会で以下の質問をしたってコト。「私は都の小学校の教員採用試験を3回落ちたのですけれど、『シキカクイジョー』って関係してるんですかねぇ?」と。彼女(管理職候補だそうで)曰く、「関係ないと思いますよ。」と。もっと具体的な質問をしましたし、それに対して答えを頂きました。が、当事者(「石原式:ラハシイ式では無い」に引っかかるヒトか、教員を採用するか否かの最終的な判断を下すヒト)じゃなけりゃ判りませんよね、確かに。
チナミに、私が質問をしたセンセ、公立のセンセ方の中では私(痛風候補?)が1、2番目に好感を抱いたおヒトです。ブッチャケ言うと、他のお三方はあんまり良い印象持たなかった。ま、私学のセンセも私を含めて怪しいヒトが多かったけどね。(一応お決まりのギャグで締めてみた。)
突然最終回になるのです。
気持ちが悪くなっちゃってトイレ以外の場所で嘔吐したことは多々あります。たしか、最初の「恥ずべきゲロ」は高田馬場の連絡橋の上でしたね。トイレを探したけど、酔っ払っているから見つけられず、結果的に駅の「屋根付き連絡橋」の中で吐いたのでした。凄く申し訳ないと思った、今でも思っています。スイマセン、見知らぬ駅員さん。
で、私はその後何度も酒を飲み過ぎ、中央線での帰宅途中に電車を降りてはトイレでゲロ吐いてましたね。さすがに高田馬場の一件以降は最悪でも「ホームから線路上へ」吐いていました。最後までトイレを制覇できなかったのは、大久保と西荻窪だった記憶があります。たしか、大学2年か3年の時にそれらの駅(のトイレ)も制覇した気がしますね。
で、冷静に考えてみたのだけれど、この物語は非常に自分勝手というか判りづらいですよね。私が大学時代に通過・使用した駅名を、学校に近い順から記しますね。
国分寺・武蔵小金井・東小金井・武蔵境・三鷹・吉祥寺・西荻窪・荻窪・阿佐ヶ谷・高円寺・中野・東中野・大久保・新宿(以上JR中央線)・新大久保・高田馬場・目白・池袋(以上JR山手線)・椎名町・東長崎(以上西武池袋線)
先日の「企業等派遣研修」で茨城県は勝田まで行ってみた際に改めて思ったのですが、東京は駅の間隔が狭いですよね。上記の駅の間はみんな2~3分くらいなものなのです。非常に無駄なエネルギーを金銭・時間・体力的に使ったような気もしますが、その浪費の末に今の私があるのです。
イラク特措法ね。
ブッチャケ、その条文を真面目に見たこと無い私です。そこまでの暇はないのだ。しかしながら、とても気になる法律なのですね。
ホント、よく判りません。ま、マスコミからの噂ですけれど、あんまり良い法律だとは思えません。
でも…
私が棲むクニ「ニッポン」はアメリカ合衆国の傀儡であることは確かだろうし、アメリカ合衆国の庇護のもと私は生まれるコトが可能になったのだろうし、憲法第9条自体が「チャンチャラおかしい」ものになったのは「警察予備隊」ってヤツの存在があるのだろうけれど、その時分に自分は居ないし…。
結構いい年になった私だってなんだか判らないのです。で、とりあえず目先のシゴトに専念したりするのだ。ですから、未来を担う子供は大人(筆頭はブッシュ・子分コイズミ)の迷走を目の当たりにすることにより、より刹那的にならざるを得ないのですね。文部科学省がコトバだけ「ゆとり」なんて言ったって、親が自衛官の子だって居るわけさ。
コイズミジュンイチロウも、その子コウタロウもイラクには行かないものなぁ。で、多分僕も行かないワケよ、私の親戚縁者もネ。
無力感に捕らわれる私は、このページ(ファイル)の先頭にしるした「思い」を改めて強くするのだった。
頭が大きく、てっぺんに頭髪をまとめてとがらせた、目の大きい裸の人形。背中に小さな翼をつけたものもある。▽kewpie
『学研新国語辞典(初版)』から引用したのだが、それをそのまま意図的におかしく描いたのが以下の絵となる。

チナミに、『岩波国語辞典第六版』では以下の様になる。
キューピッドに形どった人形。頭がとがり目が大きい。→キューピッド。▽kewpie
教材(パズル)づくりのために職場からタダで貰った『学研新国語辞典(初版)』を眺めていたら「キューピー」の説明文にたどり着いたので、それを基に日記を書いてみたのでした。
アクセスカウンタは7000に達した様子。
それを知った僕、冷蔵庫の野菜室でパンパンに膨れていた袋入り「シャウエッセン」のフライパン炒めを食している、先ほどから。
ちょっと酸っぱいのね。賞味期限は昨日なのね。
本日、お勤め先で「生徒会役員選挙」の演説会があった。
その最中でふと気づいた。生徒が結構(全員の2~3割くらいかな?)宣うのだな、「清き一票を」っていうフレーズ。
「んー、これは“過去の残滓”だな」と思った私が居るワケね。
だいたい、「清き一票」ってコトバが存在するのは「清くない一票」が実在する、あるいは実在したからですわな。普通の大人の頭で考えると、「清くない一票」ってのは「公職選挙法(突然大人の世界のハナシに移ります)に抵触する一票」ってコトなのだろうね。それは「金や物で買収された票」ってコトでしょう。
果たして、現在の生徒会の皆さんがどれくらいの選挙活動を行っているのか、生徒会に属していない(そう、生徒会は生徒の組織だ)私は知る由もないが、自分の高校時代を振り返ってみると、「ヤツはいくらで票を売った」なんてハナシは聞かなかったな、小学校から高校まで。ま、もしかすると「票ブローカー」が暗躍し、その結果として私の生徒会長達?が存在したのかも知れない。で、真面目な私?にはブローカーも声を掛けなかった。
公共の建物や横断歩道橋に存在する選挙の啓発ポスターや啓発横断幕を思い返してみると、「あなたの一票」ってフレーズは記憶にあるものの、「清き一票」ってヤツは見た記憶がないなあ。幼い頃?に街頭や街宣車で見た立候補者の「清き一票をお願いしますっっっ!」って大声は聞き覚えがあるけれど。
最近は選挙終了直後に「公職選挙法違反」で逮捕されるヒトも少ないですよね。中元や歳暮も選挙がらみの規制対象であると聞いた気がするし、当然の流れなのでしょう。「票田」に対する金の流通量も相対的に減少しているのは確かなんじゃないかしら。そう、徐々に一票の純度は高くなっていっているはず。
だからこそ、私は違和感を覚えるわけだ。「清き一票」って言葉に。
もともと中学や高校の生徒会選挙なんて「清い」ハズじゃないですか。
この謎な国家日本が存在するのは、清くない一票の集積でもあろう。
かと言って、自分の清き?一票に何の意味があるのか、あんまり分からないような投票を繰り返しているワケでもあるけれど。
そんな投票も、もう10年以上ですかぁ。年も取ったわなぁ。
「ポッキーの日」だっけか? ってコトで散文群。
10代の時に「カルーア・ミルク」を飲んだときは感動したけれども(アレレ、触法行為?)、三十路に突入して感動したのは「フランジェリコ・ミルク」ですな。乳味と甘味とアルコールの高度なコラボレーション。本能を刺激するのでありましょう。カルーアよりもフランジェリコの方が脂肪分が多そうだし。
今回の選挙の「一票の格差」は「最大2.15倍」らしい、byあさひこむ
「ガーディアン・エンジェルス」→保留
「自転車タクシー」には乗る気がしないアナタ。ユニクロ着てたりする?
最近変に『回転木馬のデッドヒート』って文言がアタマに浮かぶ。私もそこそこ「オッサン」になったのですか?その本(文庫本)は一度しか読んでいないハズなのに。
しかしながら、実家でその冊子を本気で探そうとしたことは無いのだな。
ああ、散文。
ホントに腹立つのは、税金の浪費ですね。
例えば“超豪華でありきたりなデザインの「官製html」群”など。
「2ちゃんねる」の方がよほど高貴だと思いますよ。「無益で有害な情念の支援」という目的がハッキリしているし、見たい人しか見ないし、やりたいヒトが勝手にやっているから。
翻って「官製html」群、情熱が感じられないのですよね、個性が足りないのですよ。それに比べれば、NHKはまだ良いよ。頼んでないのに勝手に送ってきやがるから、こっちも見ざるを得ない。
ホント、無駄金使われているなぁ、って気がする。癪だね。税金返せ。(え?私学助成金という名の税金から出ている私の給料かえせって?スイマセン、遠慮します。)
あぁ、お疲れ様。こんな夜にも夜通しで、“誰も読みそうにない「官製糞html」”起こしている最中に此処にたどり着いてしまったアナタ。(そんなヒト、居るのか?)
それはそれとして、「落雷を受けた国会議事堂修復費用に4800万円」には笑った。誰が許可を出したのだろうか?イラク派兵や自衛隊の存在もそうさねぇ。
ってか宇宙や地球や日本や私の存在なんかも誰が認めたの?やっぱ何でもアリ?
特にアメリカ合衆国が暴走しているここ最近の地球ですが、「本能的自滅」という解を避け、「全てのヒトの自律」を希望してみたりする私なのですね。
いよいよテロの標的になるのかしらね、日本ってクニも。今のところテロは起きていないし、思ったよりも遅いですね。
そう、私は杞憂が得意なんですよね。小学校1年の頃だったかしら?私は知ったのです、「昼と夜は地球が回っているから起こる」って。私は眠れぬ夜を過ごしました。最低で1回、もしかすると複数回の「眠れぬ夜」を。
幼かりし私は思ったワケよ、
「もし、今地球が止まっちゃったらどうしよう。朝が来なかったらイヤだなぁ。ずーっと暗いのか?ヤダよぉ…」
「せめてっ、そう、せめて地球が止まるとき、日本は昼間であって欲しいなぁ…」
アホか?
しかし、もろに実話なのです。その当時の私(はな垂れ&軽肥満児)は「慣性」ってヤツを知らず、暗闇を畏れる純なヒトだったのだねぇ…。
ま、過剰な想像力は悪くないと思う私ですけれどね。
かれこれ7年弱、日記を書いているみたいですね、このワタシ。「日記」っていうと、思い出されるのは小学校夏休みの宿題「絵日記」ですな。そして「絵日記」で思い出すのはオジギソウなのです。
茨城にいた頃であり、何度目かの日記だったから、小学校2年か3年だったのでしょう。未だに悔やまれるのです。何が悔やまれるのか… それは、夏休み最後の2日間、もしかすると3日間、ネタが尽きてオジギソウの絵とその観察をもって、「夏休みの日記」としたコトなのですね。よくそんなこと覚えているよね、このワタシ。幼かりしワタシは「こんないい加減な日記で良いのだろうか?」って気にしつつ、担任の先生にその「絵日記」を提出したのだな。やっと告白できたッス。(オガワマサキくん、昔はマジメだったのねぇ…)
でさ、本題に移りたいのだけれど、洗濯機が止まったのでちょっと中座します、スミマセン。
で、シャツは吊し終えたので本題に入ります。この腐れ日記、ワタシが勝手に記しているわけですけれど、そこそこカウントも稼いでいる手前、結構ネタに困るのですね。全宇宙的なハナシを偉そうに語るのか、ごく個人的な事柄を記して笑いを誘うか…。
で、佐川急便についてのネタはこの後すぐ!!!(下品なテレビ番組みたい)。